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四十話 予想外の出会い

 テベリア伯ゲルト・ホルス、王国北東部のテベリア地方一帯を治める領主であり、俺の初陣の際の上官でも有った人物で有る。

 あの戦いの時は、戦闘で負傷した為に戦地を離れはしたものの、帰るまでは確りと仕事はしていたし、普段の評判も悪くは無い人物だった。

 俺自身は、ほぼ騙される形で最前線に置かれはしたが、俺の経験が不足していた事と、あの状況下では理に適った配置だったことも有って、今では大して思うところも無い。

 俺は、そのホルス伯の下へとエスペリア皇女を連れて伺った。


「お久し振りだカイル殿。息災でしたかな?」


 伯爵邸は丸い領都市街地から北西に少し外れた小高い丘の上に建っていて、この伯爵邸を頭に見立てた雪ダルマの様な形の領都には城壁などは作られていない。

 雪ダルマの胴体部分である市街地の中央を南北に走る大通りの中程から、西に向かって伸びる伯爵邸へと続く道を進むと古めかしくも立派な高い塀に囲まれた石造りの屋敷に到着した。

 皇女の乗る馬車と共に屋敷に近づくと、塀の中央に有る木製の重厚な門の前で伯爵が数人の使用人と共に出迎えてくれた。

 俺がヘンリーから降りて近づくと伯爵は、あの時と比べて随分痩せて頬が痩けていて、右足を引きずりながら俺に近づいて来て、両腕で俺の二の腕の辺りを掴みながら声を掛けて来た。


「お久しぶりです伯爵。お身体の方は大丈夫ですか?」


 俺も挨拶を返しながら伯爵の様子を確認するが、よく見れば眼の周りに隈が出来ていて、俺の腕を掴む力も弱々しく感じた。


「皇女殿下、此方がこの領の領主ホルス伯爵で御座います」


 挨拶を交わした俺は、皇女の方を向いて伯爵を紹介する。

 伯爵は、それに合わせて一歩前に出て、名乗りを上げた。


「お初にお目に掛かります。テベリア領主ゲルト・ホルスで御座います。以後お見知りおきを」


「ガイウス帝国第四皇女エスペリアです。お世話になります。伯爵」


 皇女が略式に礼を返すと、俺達は屋敷の中へと入った。


「護衛の皆様は此方へ」


 使用人の一人がそう言って兵と騎士と召し使いを連れて行き、馬は厩番が引いていく。

 俺とエスト、クリストフ、皇女着きのメイドは揃って皇女の後に続き、屋敷の中の食堂へと通され、そこで席に着くと年老いた執事によって紅茶を出された。

 上品なブラウンのダブルのツーピースをカッチリと着込んだ老紳士は、紅茶を入れ終えると少し離れた位置に立った。


「大したおもてなしは出来ませんが、おくつろぎ下さい」


 伯爵は、言葉にしながら先んじて紅茶を啜る。

 俺達もそれに続いてカップに口を吐け、皇女は一番最後に紅茶を飲んだ。


「大変良いお茶ですね」


 一口飲んだ皇女が、そう口にすると、伯爵は実に嬉しそうに微笑んで、話した。


「ええ、此方の茶は私が以前居ました領地のバイユで取れた物で、私はこの茶が一番好きなのです。皇女殿下にも気に入って頂けたならば幸いで御座います」


 ここに来る前に伯爵が治めていたバイユは王国の南部に有るさして大きくない山がちの土地で、伯爵がここに来るまでは代々治めていた土地だそうで、恐らく本音では伯爵は領地替えを望んでいなかったのだと俺は思う。

 その後も暫く、伯爵のお茶の話が続き、程よく時間が潰せたところで、皇女は用意された客室へと案内され、エストとクリストフも兵達の下へと行った。

 俺は、部屋を出る前に伯爵に呼び止められ、場所を伯爵の書斎に移して、そこで話をする事になった。


「改めて、久し振りだなカイル・メディシア殿」


「此方こそお久しぶりです。脚はどうですか伯爵」


「・・・残念ながら、一生杖の世話になるだろう」


「心中お察しいたします」


 書斎に用意された一人掛けのソファに腰を掛け、紅茶を啜りながら改めて再会の挨拶と、伯爵の怪我の様子を探り、それから本題に入る。


「それで、どういった話でしょうか?」


 単刀直入に訪ねた俺に対して伯爵はカップを机の上に置いて口を開いた。


「うむ、君はこの領に来てどう思った」


 伯爵の言わんとする事は、その眼を見れば察しがついた。

 俺は、特に遠慮する事無く、思った事感じた事を素直に言う。


「大分危うい雰囲気です。領民には活気と言う物が有りません。しかし、その割には妙に力が入っている。帝国の護衛隊長も懸念を表しておりました」


 と俺が伝えると、伯爵は深く頷いて背もたれに寄りかかり、溜息をつきながら額に手を当てた。


「やはり、そう思うか・・・」


「一体何が?」


 伯爵の領の経営は、手耐え聞いた所では特に問題はなさそうで、俺の知る限りの人柄や帝国に行く前に調べた事なども考えると、今の領の雰囲気は些か疑問を感じる物だった。

 それは、伯爵も同じ思いだったらしく特に心当たりが無く、原因を調べようにも領民が非協力的で、どうしようも無いとの事だ。


「カイル殿、万が一の事を考えてだが、折り入って頼みが有る」


「何でしょう」


 一体に何を言い出すのかと思いながら俺が返事を返すと、伯爵は机の引き出しから便箋を取り出すと、手紙を中に入れて封蝋を押して俺に渡してきた。


「私に何か有ったら、この手紙を王都に居る娘に渡して欲しい。10歳の娘は妻と共に王都の屋敷で暮らしている」


 この手紙は詰まるところの遺言状の様な物であり、俺は確りと受け取りながら訪ねる。


「何時までお預かりすればよろしいでしょうか」


 俺の質問に伯爵は直ぐに答えた。


「取り敢えず何も無くても五年は預かっていて欲しい。それまでに私に何か有ったら届けてくれ」


「分かりました。承りましょう」


 そう言って、俺は手紙を懐にしまい込んだ。

 その様子を見て伯爵は満足そうに頷いて、話を終えた。







「伯の話は終わったかい?」


 召し使いに案内された部屋に入ると、エストとクリストフが待っていて、俺はエストの問い掛けに無言で頷いて答える。

 その俺の様子に何かを感じ取ったのか、エストは、それ以上は何も聞いてこなかった。


「それで、如何するのだ?」


 クリストフが訪ねてきた。

 言うまでも無く街の様子を見ての質問で、俺はそれに答える。


「街へ出てみようと思う」


「街へ?」


 俺の答えにクリストフが首を傾げながら聞き返す。


「ああ、取り敢えず街へ出てみて、何でも良いから情報を集めよう」


 そう言いながら俺は、着替えを始める。

 軍服を脱いで来る前に仕入れていた古着を身につけ、護身用のナイフと、拳銃を懐に隠す。


「兵団長自ら行くのかい?」


「ああ、自分の目で見て、自分の耳で聞くのが一番だ」


 そう言いながら、支度を終えた俺は、部屋から出て、6人程の兵に声を掛けて情報の収集を命じた。


「それじゃ行って来る」


 エストに後の事を任せた俺は、早速屋敷から出て街へと繰り出した。

 曲がりくねった丘の道を下り、市街地に着くと目的地に向けて進み始める。


「・・・さて、先ずはギルドだな」


 俺の向かう先、ギルドは所謂冒険者とか傭兵の仕事の斡旋を行っている職安の様な場所で、基本的に各領都に一つは存在し、また、ある程度の規模の街には大概出張所などが設置されている。

 冒険者と傭兵の違いは、人を相手にするか獣を相手にするかの違いで、基本的には多少上等なゴロツキである。

 ロマンを追い求めてだとか英雄願望を持って冒険者になる奴は、それなりにいるのだが、大抵の奴は食うに困ってヤクザな連中の真似事を始めたり、でなければ盗掘目的で遺跡を荒らしたり、酷い場合は完全に野盗や盗賊に身をやつす者までいる。

 本当に英雄的な働きをして称えられたりアイドル扱いされたりするのは、ほんの一握りでしか無い。

 しかし、そんな連中だからこそ表には出ない情報を持っていたり、ギルドの依頼窓口や掲示板に有益な情報がある事が多く、情報収集の第一歩としてギルドに行くのは必然だった。

 ギルドは、大通りを南に暫く進んだ位置に建っていて、それなりの大きさを誇っており、期待感に胸を膨らませながら扉を開けようとした瞬間、いきなり扉を突き破って大男が地面に叩きつけられた。


「何だ?こりゃ」


 地面に伏したままピクリともしない男を乗り越えてギルドの中へと入ると、そこでは数人のガラの悪い連中とそれに対峙して女の子を護ろうとしている少年がいた。


「てめぇ!ナニしやがんだゴラァ!!」


 ドスを聞かせた声で威嚇する痩せ型のチンピラは右手に大ぶりのナイフを持って構えて、今にも襲い掛かりそうになっている。

 それに対する赤毛の少年は、やや半身になって左手を鞘の口に添え、何時でも右手で剣を抜けるように構えていた。

 一触即発の雰囲気の中、俺はと言えばこの程度で怯むはずも無く、目的の掲示板に向かって歩いて行く。

 その結果、対峙する両者の間を歩くことになってしまったが、一切気にせずに進み続ける。


「オイ!」


 両者の前を通り過ぎて掲示板まで後少しと言う所で、チンピラの一人が俺に声を掛けてきた。


「テメェ!舐めてんのか!オラァ!!」


 後ろから俺の右肩と掴んで俺を無理矢理振り向かせた男は、俺の顔に唾を振りかけながら喚き散らして俺を脅してくるが、俺は、ソイツの顎に掌底を振り抜いて黙らせた。


「ゴバッ!!」


 地面に崩れ落ちたチンピラに更につま先で脇腹に蹴りを食らわせて、俺は再び掲示板に向かう。

 しかし、そうは問屋が許さず、今度はチンピラが二人俺の方に向かってくるのが足音で感じられた。


「全員纏めてヤッちまえ!!」


 どうやら背後では赤毛の少年に対しても攻撃が加えられ始めたらしく、俺は、煩わしいのを振り切る為に、懐から拳銃を抜いて振り向きざまに二発、チンピラに向かって引き金を引いた。

 二つの連続した乾いた破裂音の後、立て続けに、二人が床に崩れてそれぞれ右胸と左脇から血を流しながらもだえている。


「・・・」


「・・・」


 余りの出来事に少年もチンピラも動きを止めて俺の方を凝視してくるが、俺は、容赦なくチンピラの方に銃口を向けて引き金を引いた。

 再び二発の銃声と共に二人が血を噴きながら転がってのたうち回る。

 俺は、親指でハンマーを起こしてノッチ音を立てながら、リーダー格のチンピラに向けて言った。


「ここを引き取るか、それとも命を引き取るか、今すぐ選べ」


 そう言った瞬間、残っていたチンピラ共が一斉に外へと飛び出して行き、後にはギルドの職員と関係の無い冒険者、そして赤毛の少年と少年が護ろうとした少女だけだった。


「あのっ!」


 漸く終わったかと銃をしまいながら掲示板に近付こうとする俺を、少年が引き留めた。

 俺は、ハッキリ言って少年とは関わりたくない気持ちで一杯だった。

 何故ならば、少年の事を俺は知っていて、少年も俺の事を知っている筈だったからだ。

 振り向こうとしない俺に少年が何かを言いあぐねていると、背後で少年に声を掛ける人物が現れた。


「アル!」


「アル様!大丈夫ですか?!」


 そう声を掛けられた少年は、大丈夫だ答えながら、

俺に呼びかけた。


「兄さんですよね」


 事ここに至って、最早誤魔化せないと諦めた俺は、振り返って言った。


「久し振りだなアルフレッド」

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