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三十七話 怖い二人

今回は短くなってしまいました。

相変わらずの駄文で申し訳ない。


 今、俺の目の前には、冷めて渋みの強くなった紅茶と、乾いてしまったイチゴのジャム、そして強面のおじさま方が二人存在している。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 俺は何も言葉を発する事が出来ず、目の前の二人、ユーリー・ロマノフ公爵とイーゴリー・リトビャク侯爵もムッツリと黙り込んで深い静寂が場を支配していた。

 俺は声を大にして言いたい。

 如何してこうなってしまったのかと。







 事の始まりは、俺が何時ものように訓練に向かおうと準備をしていた時、ロマノフ家からの使いが訪ねてきた事だった。

 使いの男性は、直ぐにロマノフ家の屋敷に来て欲しいと言い、俺は公爵直々の求めとあっては断る事は出来ないと諦めて、使いの男の跡を着いていく事にした。

 道中、全くの無言のまま歩き続け、屋敷の前に着くと、公爵自身が出迎えの為に待っていた。


「良く来てくれた。早速だけど、着いてきてくれ」


 公爵は言うなり、身を翻して屋敷の中へと進み、見覚えのある一室の前で立ち止まった。


「ここは・・・」


 案内された部屋は、あろう事か、ついこの前に俺が殺され掛けた部屋で、公爵は俺の反応を見てニヤリと笑いながら言った。


「この中で君に会いたがっている人物が待っている」


 公爵はそれだけ言うと、部屋の扉を開けて中に入り、俺もその後に続いて部屋に入った。

 そこには、一人の恰幅の良い男性がソファに座って紅茶を飲んでいた。


「・・・」


 男性は、俺の方を見ると、ゆっくりと立ち上がって、名乗りを上げた。


「リトビャク侯爵家が当主、イーゴリー・リトビャクだ」


 と言われれば、此方も何も返さない訳にもいかず、俺も会釈をして名乗った。


「アウレリア王国陸軍、カイル・メディシア大佐です」


 あのパーティーの後に送られてきた任命書によって、略式ながら大佐に任官した事を踏まえた名乗りを上げると、ロマノフ公爵が話しかけてきた。


「ほう、カイル君は大佐に昇進したのか、随分と出世が早いな」


「・・・ありがとうございます」


 絶対に嫌みも混じっているだろう公爵の賞賛に頭を下げながら返し、それから、公爵の促しで三人同時にソファに腰掛けた。

 一人掛けのソファは一つの小さな丸テーブルを中心に、等間隔に置かれていて、腰掛けると、他の二人の顔が視界に入る様になっていた。


「メディシア大佐、この度は真に申し訳ない」


 そう言った侯爵は、俺の事を真っ直ぐに見据えて言うが、頭は全く動かさなかった。


「いえ、私としては大して思うところはありません。しかし、仮にも王国陸軍に籍を置く者としては、今回の事に関する詳細な説明を頂きたく思います」


 流石に、母国が軽んじられる様な事は断固として阻止しなければならない立場のため、マトモな答えは返ってこないだろうと思いつつ、毅然とした態度で臨む事にした。

 この、俺の問い掛けに対して、侯爵が何かを言おうとした瞬間、ロマノフ公爵が割って入って来た。


「その事に付いては、此方の方で調べているが、恐らくリトビャク侯爵とリトビャク家に対する何らかの忖度があったと推測されている」


「そうですか、では、何か分かったらお教え願いたい」


 何故お前が答えると思いつつ、余り追求はせずに適当に流した。


「それは勿論」


 真相を明かすつもりは絶対に無いなと思いつつ、取り敢えず情報の請求と抗議したと言う事実があれば、それで良かった俺は、これ以上は何も聞かない事にした。

 一応、抗議して一定の対応と謝罪が帰ってきたと言う事実があれば、何か有っても、王国が軽んじられていると言う事には直結しないだろう。

 俺としても一介の大佐風情が、大貴族に楯突いて国交に僅かでも傷をつけるのは、不味いと思うし、何よりも、面倒くさい事には首を突っ込みたく無かった。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 それから暫く、無言のまま時が過ぎ、そろそろカップのお茶から湯気が消えるかと言う頃に、公爵が口を開いた。


「所でカイル君」


「何でしょうか公爵閣下」


「君はエスペリア皇女殿下の事は如何思っているのかな?」


 突然の公爵の質問に頭が付いていけず、混乱してしまった俺は、動きを止め、必死になって質問の意図を考えた。

 しかし、答えは出なかった。


「君に理解できているか分からないから説明するが、エスペリア皇女と君が深い仲になる事を期待して今回の要望を出した。それは、君の知識が今後の世界の戦争の歴史に一石を投じる物だと言う意見から来ている物だ」


「・・・それが何か?」


「エスペリアは賢い子だ。彼女もそれを理解して皇女としての役目を果たそうとするはずだし、私もそうする事を望んでいる。しかし、彼女の伯父として、また彼女の父親としての皇帝陛下はエスペリアには幸せになって欲しいとも思っている」


「・・・」


「それと、我々に取っての君の優先順位は余り高くは無い。もしも君がエスペリアを不幸にしてしまう様であるならば、私はそれなりの態度と行動を取るつもりだ」


「脅しですか?」


「そう取って貰ってもかまわない。私に取って君は、ただの羽虫にすぎない」


 あの時と同じ、深く暗い瞳で俺を見据える公爵には言い知れぬ迫力が有り、俺は背中が粟立ち、髪の毛が逆立つ様な感覚を覚えた。


「私からも良いだろうか」


 それまで黙っていたリトビャク侯爵が口を開いた。


「エスペリア皇女の事なのだが、君が来る前までは息子とエスペリア皇女の婚約が内定していた事も教えておこう」


 公爵の明かした事に対しては、驚きは無かった。

 パーティーの時もエスペリア皇女をエスコートしていたのまミーシャ殿だった。

 内定と言う事は、正式な婚約発表はされていないが、パーティーの様子を察するに、半ば公然の事実として扱われていたのだろうと思う。


「息子はエスペリア皇女の事をとても気に掛けていた。私の方としても、皇女に何か有れば、家や立場を越えてでも行動を起こすつもりでいる」


 帝国国内有数の両当主から睨み付けられると言うのは、凄まじく貴重な体験かもしれないが、出来れば経験したくはなかった。


「いえ、そもそも私には一応婚約者がいますし、エスペリア殿下と、どうこうと言うのはあり得ないと思うのですが・・・」


 俺がそう言うと、公爵が眉間に皺を寄せて答える。


「君はまだ、そんなことを言うのか」


「メディシア大佐、君は今の自分の立場と言う物を考えた方が良いだろう」


 正直言うと、俺は家で穀潰しとして生きていく方が良いと思っていたのに、周りが俺の平穏を奪って行く気がしてならない。


「この際、君の意思などどうでも良いのだ。大事なのはエスペリアが幸せになってくれて、尚且つ我が国の利益になることだ」


「開き直りましたね公爵」


「そもそも、君に気を遣う必要など無い」


 あんまりな公爵の発言に、俺も腹が立ってきて、険しい視線を向けるが、公爵は何処吹く風で受け流し、リトビャク侯爵も何も言わずに黙りこくって部屋の中を完全な沈黙が支配した。







 そして、冒頭の場面まで、誰も何も言わずにただにらみ合った。

 そんな状況を打破する乱入者が現れた。


「お久しぶりですカイル・メディシア中佐」


「エスペリア!?」


「エスペリア皇女殿下?」


 まさか、話題の中心であるエスペリア皇女本人が現れるとは夢にも思っておらず、無言で驚く俺は下より、公爵達もかなり驚いていた。


「ユーリー伯父様、余りカイル中佐に無茶を言わないで下さい」


「しかし、この男がお前の事を・・・」


「言い訳はしない」


「・・・」


 まさか、あの公爵がエスペリア皇女に対してはここまで弱るとは予想外で、俺は少し二人の様子が面白くなってきていた。


「リトビャク侯爵」


「何でしょうか」


「ちゃんと謝って下さい。それと誠意を見せて下さい」


「・・・大佐」


 さっきまでの憮然とした態度は何処へやら、侯爵は、その大きな身体には似合わない殊勝な態度で俺に向いて口を開いた。


「後日、使いの者を向かわせます」


 それだけ言うと、侯爵はふて腐れたようにして、何も言わなくなった。


「カイル中佐」


「はい」


 エスペリア皇女は今度は俺の方に向き、俺に声を掛けると深々と頭を下げた。


「この度は、伯父様と侯爵が大変な失礼を働いてしまい申し訳御座いませんでした」


「・・・!あ、頭を上げて下さい。エスペリア殿下が謝る事ではありません」


「分かりました」


 俺が慌ててそう言うと、エスペリア皇女は淡々と応じて直ぐに頭を上げ、淡々とした態度のまま俺に言う。


「カイル中佐、これからは私の事は敬称は省略して下さい」


 もしかして春が来たんじゃないだろうかと思った瞬間だった。

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