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三十五話 修羅場

「弾込め!」


 俺の言葉に合わせて、兵達が銃口から弾を込め始める。

 装填の要領は、まず銃床を地面に着けて銃口を上に向ける。

 次に銃口から発射薬を流し込み、小さな麻布でくるんだ弾丸を銃口にはめ込む。

 それから、銃本体に付属するラムロッドを使って弾丸を薬室まで押し込み、発射薬を同時に押し固める。

 この時、弾丸を布で包まないと銃口を下げた瞬間に弾丸が落ちてしまうため、確りと奥まで押し込む。

 装填に使ったラムロッドは、使用後に下の様にちゃんと収納するが、ラムロッドの破損や損失そ防ぐ為に確りと確認する。

 もしもラムロッドを破損、もしくは紛失してしまうと、それ以降の装填が出来なくなってしまうため注意する。

 ここまでの手順を終えた後は、左手でハンドガードを掴み、グリップを右手で持って腰に当て、銃を地面に対して平行に保持する。

 次に右手の親指でハンマーを僅かに起こしてハーフコックポジションにし、右手でフリズンを開ける。

 フリズンを開けたことで露出する火皿に点火薬を規定量充填し、再度右手親指でハンマーを起こす。

 この時、ハンマーが誤って動かないように、音がするまで確りと起こし、確実にコックする。

 ここまでやって射撃の準備が完了し、後は構えて撃つだけである。


「構え!」


 射撃目標に向かって、全員が一斉に銃口を向ける。

 俺が兵団で教えている銃の射撃姿勢は、立った状態と膝立ちの状態の二つであるが、銃の保持は一貫してオーソドックスな方法での保持を指導している。

 射撃保持の方法としては、左手でハンドガードを下から支える様にして持ち、右手でグリップを握り、銃床を肩に当てて腋を締めて引きつける。

 右頬を銃床の根元付近に着け、右目でフロントサイトの凹みから覗き込む様にして、リアサイトの凸部分の先端を目標に合わせる。

 一応、サイトを着けてはいるが、ライフルでも無い限り余り役には立たないため、実際の戦闘では目安程度にしか使わない。


「撃て!」


 号令と共に、一斉に放たれた光弾は目標に向かって飛んで行き、目標の丸太に光弾が当たると、丸太の一部がえぐり取られた。


「射撃止め!立て銃!」


 号令に従って身体の右側に着けるようにして銃床を地面に着け、銃口を完全に上に向けて地面に対して垂直にし、直立不動の姿勢を取る。


「休め!」


 次の号令で足を肩幅に開き、右手で銃のハンドガードを掴んで銃口が、やや斜め上を向くように右腕を突き出し、左手を腰の後ろ側に着ける。

 以降は、別命あるまでこの姿勢を維持し続ける。


「ハンス、何秒かかった」


 俺が直ぐ側に居るハンスに聞くと、ハンスは直ぐさま答えた。


「四十秒です」


 マズルローダーのマスケットの装填所用時間は、概ね一分から三十秒の間と言われており、四十秒と言うのは、まあまあの時間ではあるが、俺の眉間には深い皺が寄った。


「遅いな・・・最低でも射撃まで三十秒にしたい」


「一応、今回は急がせたのですが・・・ダメですか・・・」


「ダメと言う程では無いが良くも無い。理想を言えば一分間に三回の射撃が出来れば最高だな」


 俺は今回の帝国への遠征のオーガを初めとする蛮族との戦いで、何度も突撃を受け、その度に被害を受けてきたが、その蛮族の突撃に耐え切れたのは、重装歩兵や騎士達が前に出て盾変わりになっていてくれたからであり、もしも兵団の歩兵を完全に戦列歩兵化した場合、突撃を受けたら一溜まりも無いと痛感した。

 歩兵の戦列歩兵化が適ったとしても、今のままでは火力不足で突撃を止めることが出来ないと俺は考え、それをハンスやエストに伝えたところ、二人も同じように感じていた事が分かった。

 そこで、来たるべき日に備えて、部隊の練度向上による射撃速度の上昇を試みる事にしたのだ。

 それには、先ずは今の射撃速度を知る事が必要だと言う事で、今し方、全小銃兵を集めての射撃訓練を実施した所だった。


「取り敢えずは、間違いなく三十秒で斉射出来る様にしたい」


「そうですね・・・先ずは三十秒を切る様に・・・」


 俺の言葉を反芻する様に呟くハンスだったが、その表情は明らかに暗く、それがまるで俺達の行く末を暗示しているかの様だった。


「しかし・・・時間の短縮と言っても一体如何したら良いんだろうね・・・」


 そう言ったのはエストだった。

 エストの言う通り、どうやって装填時間を短くすれば良いのか分からなかった。


「反復練習で何度も繰り返すしか無いのか?」


 恐らくそれが答えなのだろうが、実施するとなると、想像以上に困難なのは誰の目にも明らかだ。


「時間もそうだが・・・何よりも予算がな・・・」


「ですよね・・・」


 一発当たりの単価はさして高くは無い魔法銃であるが、弓矢と違って再利用が出来ない上に、使用数が桁違いな為、実弾での射撃訓練は今までも満足に出来なかったと言う事情がある。

 これから、更に人数を増やして実弾射撃訓練を実施するとなると、その予算を考えるだけで頭が痛くなってくる。


「もうちょっと・・・やすくなんねぇかな・・・」


 実は、今の状況でも十分安くはなっている。

 帝国に来る前は、弾丸は魔石を削った物、発射薬に使う触媒は主に植物を乾燥させた物だったが、帝国に来てからは、弾丸を鉄と魔石の化合物で作り、発射薬は魔石を砕いた物を使うことでコストの大幅なダウンに成功した。

 しかし、それでも効率や、制作工程、材料の面での改善点は、まだあると俺は考えており、ソロモン中尉達に研究を命じている。

 その俺の目論見が成功すれば、単価を更に半分に抑え、一括大量製造で、更に半分に出来ると踏んでいた。


「所で、若様・・・」


「如何した?」


 俺が頭の中で狸の皮算用を始めていると、ハンスが恐る恐ると言った風に声を掛けてきた。


「あの、ご婦人方一体?」


 ハンスがそう言って視線を向けた先には、確かにご婦人方が集まって、テーブルや椅子を出してお茶を飲みながら此方の様子を見ていた。


「ああ、アレか・・・」


 一応、事前に知らされていたのもあって、安全に考慮した上で訓練の見学の許可を出したのだが、予想以上に大人数で来たため、俺も困惑していた。


「恐らく俺達が物珍しいのだろう」


 ここでは小銃隊だけでは無く、兵団全隊で訓練を行っており、 重装歩兵の訓練や、散兵の弓の訓練なども行っているため、見慣れない人にはかなり迫力があるだろう。

 それに、実は兵団の服装は格好良いと評判で、特に重装歩兵などは赤い服に甲冑の金属光沢が良く映えて、煌びやかな印象がある。


「彼女達に取っては良い娯楽なのだろう」


「そう言うもんですか・・・


 少し釈然としない様子のハンスに対して、エストの方は、あからさまにヤル気を上げていた。


「まあまあ、良いじゃ無いかご婦人方に僕たちの

姿を見せる良い機会になるし、ここでカッコイイ所を見せておけば、国の為にもなる」


「・・・そんなもんですか」


「エストの言うとおり、我々は国の代表でもあるのだから、ここは確りと精強な所を見せて評価を上げるチャンスだ」


 等と話し合っていると、幾人かの一団が此方に向かって歩いてきた。

 その一団が近づいて来て、顔が見えるようになると、俺は見知った顔が一人いることに気がついた。


「どうもカイル・メディシア殿」


「リヒトか」


 現れたリヒトは、三人の女性を侍らせていて、その三人とも、かなりの美少女だった。

 やはりモテるのかと、眉間に皺が寄りそうになるのを何とか堪えていると、リヒトの左側に立っていた少女が話しかけてきた。


「貴方がカイル・メディシアですか?」


 大分不遜な態度で、そう言った少女は俺やリヒトと同じくらい年の頃で、勝ち気そうな赤い吊り目と、やや赤みがかった金色の髪で、俺は内心ムカつきながらも、それを押し止めて答えた。

 この時、となりにいたエストから、震えているのが感じられたが、それが何故なのかは分からなかった。


「そうですが、何か?」


 極短く、俺が答えると、彼女はフンッと鼻を鳴らして言い放った。


「貴方、随分部下を死なせたそうじゃない」


「っ!!」


 その瞬間、場の空気が凍り付いた。

 俺自身も、一瞬にして頭に血が上ったかと思えば一気に下降して、冷静になった思考が目の前の女を敵と認識した。


「馬鹿の一つ覚えみたいに正面から戦って、随分たくさん死なせたそうじゃない。そんな貴方に従ってる兵卒が、哀れだわ」


「ミ、ミカエラ・・・!」


「っ・・・そ、そうか・・・まあ、俺は余り頭良くないしな」


 この時の俺の対応を、自分で褒めてやりたい。

 いくら何でも、ここで問題を起こす訳にはいかないと判断した俺の冷静な部分が、必死に怒りを押し止めた。

 しかし、彼女は止めようとしたリヒトの言葉を無視して、尚も俺を挑発するような事を言う。


「それに比べて、リヒトの用兵は素晴らしいの一言だわ。もしも、貴方の兵団の指揮をリヒトが執れば・・・」


 彼女がそこまで言った次の瞬間。

 それまで休めの姿勢を取っていた兵達が一斉に銃口を彼女に向けた。


「っ!!」


「お嬢様!」


 リヒトは下より、リヒトの右側の女性もコレには驚き、リヒトの後ろに控えていた召使いの女性は、ミカエラと呼ばれた少女を護ろうと前へ出て

パラッシュを抜いて構えた。

 パラッシュはレイピアよりもやや幅広の刺突剣で、刃渡りは100㎝前後、通常は騎兵が使うのだが、彼女の構えは中々堂に入っている。


「フッ!!」


 しかし、次の瞬間には、パラッシュは彼女の手から弾き飛ばされていた。


「何っ!?」


 驚愕を露わにする彼女に対して、一瞬でレイピアを抜き放ち、パラッシュを弾いた張本人であるエストは涼やかな表情で、確かな怒りを露わにしていた。


「ご令嬢・・・我が団長に対する非礼、それを詫びて頂こう」


 何時もとは違う冷ややかな声を出す、エストの様子に俺は、すっかり怒りを忘れてしまった。

 さっきまでの怒りを忘れて、何とか場を収めなければと考えていると、救いの声が上がった。


「何をしているんだ!冷静になりなさい!」


 銃を構える兵達に対して、声を張り上げたのはハンスだった。


「貴方たちは、間違いなくカイル兵団の兵でしょう!冷静さを失って如何するのですか!」


 俺は内心、ハンスの声を聞きながら彼を応援した。

 ハンスならば、この場を収めてくれるのではと思っていたが、その思いは直ぐに覆されてしまった。


「お前達、今すぐに銃を・・・」


 ハンスに便乗して命じようとした俺の声は、しかし、ハンスに遮られた。


「総員着剣!!」


「・・・えっ?」


 突然ハンスが、そう命じると、ハッと気がついた様に兵達が銃剣を着けて、再び構えた。


「カイル兵団の兵たるならば冷静さを失わずに状況を判断しなさい!


「「「応っ!!」」」


 余りの事態に着いて行けない俺を余所に、周りがヒートアップしてしまい、一触即発の雰囲気になってしまった。


「さあ、非礼を詫びるか・・・それとも僕がこの手で、その胸に突きを入れるか・・・選ぶと良い」


 とエストが言うと、続いてハンスが言った。


「全員、少佐の攻撃に続くぞ」


 弾かれた剣を持っていた右手を押さえる召使いの女性と、銃剣の切っ先を一身に向けられる貴族の少女。

 そして、狼狽えるリヒトとその右腕に脅えて縋り付く少女。

 端から見れば、完全に此方が悪者にしか見えない。


「さあ、早く、団長に詫びなさい」


 エストが更に語気を強めて言うと、ここでミカエラが言い返した。


「な、何よ!何なのよ!!アンタ達はコイツのせいで何人も死んだんじゃない!それに、こんな無能よりもリヒトの方が優秀なのは・・・」


 それ以上の言葉を彼女が発することはなかった。

 彼女が言葉を続ける前に、リヒトが彼女の頬を平手で打ち、リヒトが地に伏して深々と頭を下げたのだ。


「大変、申し訳御座いませんでした」


「リヒト様!?」


「リヒトさん!?」


 二人の女性が声を上げ、今まで殺気を撒き散らせていたエスト達ですらも驚愕を露わにした。

 それもその筈、リヒトは下級の、それも子息とは言え貴族である彼が土下座するのは通常考えられない事なのであるから。

 土下座は平民が、貴族に対して行う事であり、貴族が土下座するのは非常に屈辱的で、例え戦争に負けて処刑される寸前であっても普通はしない。

 上級の貴族のエストだからこそ、この行動の意味を重く捉えたのだ。


「この度の無礼に着きましては、後日改めて・・・」


「・・・もう良い」


 俺は、リヒトがそれ以上の事を口にする前に、それを遮った。


「もうそれ位で良い・・・そこまでされて、これ以上を求めたら、完全に悪者になってしまう」


 そして、俺はエストに向いて無言で、エストの目を見ると、エストは少し逡巡してから溜息をついて、剣を収めた。


「全隊立て銃」


 そのエストの様子を見たハンスが号令を発すると、兵達も何も言わずに命令に従った。


「今日は、もう訓練を終わりにしよう」


「了解しました。若様」


 全隊に訓練の終了を伝え、俺達は引き上げることにした。

 ハンスが兵を纏め、エストが他の隊にも終了を命じにいく最中、俺は、張られた頬を押さえているミカエラと呼ばれた少女に向かって言った。


「それなりの地位に立つのならば、その立場というのを理解しなさい。・・・今度は今日ほど優しくは出来ないからな」


 そう言って、俺は場を後にして、借りている屋敷に向かった。


「・・・俺が無能なんて・・・んな事分かり切ってるんだよ・・・」


 その言葉は誰の耳にも届くことはなく、青く抜けた空に消えていった。

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