三十三話 何時になったら・・・
「カイル団長殿!」
「カイル中佐!」
今、俺は二人の女性に迫られている。
片や愛嬌のある同年代の貴族の令嬢。
片や長身で細身のダークエルフ。
二人とも実に魅力的な女性で、そんな二人が視界一杯に映り込む程に顔を近付けて迫られているのは、男冥利に尽きると言うものだ。
等と現実逃避しても始まらない。
「団長殿!我々を兵団から追い出すと言うのは本当ですか!?」
「中佐!一体どう言うつもりで私達を追いやろうと言うのですか!?」
二人に肩を揺すられながら、俺は今の状況に陥ってしまったのは何故かと考えを巡らせる。
事の発端は、ウシャでの戦いが終わった後、ボリスグラードまで戻ってきた翌日の事だった。
待っていて欲しいと言ったにも関わらず、護衛の騎士を引き連れてやって来てしまった皇女殿下と、逃げろと命じた筈なのに戻ってきてしまったフィオナ少尉。
結果的に二人によって助けられた俺達は、さっさとシャウスク駐屯地まで引き上げた後、駐屯地への増援の到着を待ってボリスグラードに戻ってきた。
あのパーティーから一週間が経過して、カリス殿を助けたり現地で終戦宣言をしたりと、漸く一息着けるかと思いきや、カリス殿による説教が始まった。
先ずは、俺に対しての命令違反と独断行動を咎める事から始まり、一緒にクリストフも絞られて、それが終わったかと思えば、今度はダリア皇女への説教が始まった。
その間に俺も、フィオナ少尉を呼び出して、説教を始めた。
もともと女性が戦場に出る事を良く思っていなかったのと、そもそも女性嫌いの気があったために、かなり長くなってしまった説教の最中、俺が口を滑らせてしまった。
「こんな事ならば女はさっさと除隊させれば良かった・・・」
この言葉がいけなかった。
この言葉を聞いた途端に説教されている筈のフィオナ少尉が、思いっきり噛み付いてきたのだ。
更に通りかかったリゼ少尉が状況を聞きつけてフィオナ少尉に加勢した結果、今の状況が出来上がってしまった。
「二人とも落ち着け。そもそも女性が軍に居る必要性がだな・・・」
「我々を追い出す必要性もありません!!」
「事実として私達は士官として職務を果たしております!!」
やはり女に口で勝とうと言うのが間違いだったのだろう。
俺が何かを言えば、彼女たちは数倍の言葉を返してきて、俺を追い詰めた。
「しかし・・・部隊の管理や風紀の問題も考えると、やはり男だけの方が都合が良い」
軍隊は、その性質上どうしても男ばかりが集まってしまう。
と言うより女で軍隊に入ろうと考える者の方が異端なのだ。
ほぼ男だけで構成されていると言うことは、施設、装備、作戦行動上の制約等は、全て男が基準となり、そこに性差による違いが介在する余地は無く、女性が使用する事など全く考慮されない。
そして、軍人は基本的に駐屯地内の兵舎で生活するのだが、当然の事、女性用の部屋は愚か、女子トイレも存在しない。
もしも、男100%の所に少数の女が入って生活しようとなったならば、どういう事になるのか、想像に難くない。
だからと言って、女性用の施設や装備を整備するかと言えばそんな事にはならない。
少なくとも、女性が軍隊に入るのが当たり前になるのには、後数世紀はかかるだろう。
「俺がお前達を士官にしているのも、お前達を通常の兵舎に入れるのが問題があったからだ。幸いな事にリゼ少尉は優秀だし、フィオナ少尉は貴族だから出来たが、お前達に触発されて入隊したいと言う女が来たら・・・」
「入隊させれば良いじゃ無いですか!」
「馬鹿を言うな。ただでさえ余裕の無い兵団に更に予定外の出費を強いるつもりか」
将来的な事を考えて資金をある程度貯めてはいるのだが、その資金の使用目的は来る日の為の駐屯地の建設費用や新装備の購入の為の蓄えであり、それ以外に使う予算などありはしない。
もっと言うと女性兵士用の施設整備や装備、訓練、その他のケア等も必要になってくるが、そのために使える費用も足りていない。
「そもそも、私達以外に志願している女性は居るのですか?」
フィオナ嬢がそこで疑問を口にした。
確かに彼女の言うとおり、入隊志願する女がいるのかと思うが、実際にいるのだ。
「既に二十人近い志願者がいる」
「ええ!?」
俺の言葉は今現在軍人の彼女たちにも衝撃的だったらしく、声を上げて驚愕を露わにしていた。
「正直、俺もかなり驚いたが、傭兵に限らず普通の農家出身の志願者もいた」
先勝パレードの際にリゼ少尉やダリア皇女の姿を見て、その姿に憧れて志願と言う、何ともミーハーな理由から、待遇を考えた実利的な者まで様々な志願者がいたのだ。
勿論、その時点では採用を見送ったのだが、特に女傭兵等はかなりしつこく志願してきていた。
「実際問題。我が兵団での、お前達二人を含む女性の雇用が問題化しつつあるのだ。なまじ前例が有るだけに断り辛くなっている側面がある」
「何故断り辛いのですか?」
俺は、そう訪ねてきたフィオナ嬢に応えた。
「実は、さる伯爵家の御息女からも入隊志願の手紙が届いているのだ。平民相手ならともかく、貴族が相手となると下手な事は言えないのだ」
実は何気に、女性の志願兵問題はかなり深刻になってきているのだ。
そんな風に、何とか二人を依願除隊出来ないかと思っていると、そこへダリア皇女が乱入してきた。
「何を不景気な顔をしているのだ」
「ダリア皇女・・・カリス殿との話は終わったのですか?」
俺がそう問いかけると、皇女はニヤリと笑って答えた。
「フフフ・・・まあな」
実に嬉しそうな、悪い笑みを浮かべる皇女は、それはそれは美しく輝いて見えた。
それもそのはず、身分違いの堅物のカリス殿から漸く引き出した本音であり、自身に対する愛の告白なのだ。
それも完璧に両思いなのであるから、その嬉しさたるや、想像して余りある物だろう。
実際、カリス殿の説教を受けている最中も終始嬉しそうに微笑んでいるものだから、カリス殿もかなりやりずらそうにしていた。
「求めていた言葉を引き出せたようですね」
ここでの皇女の求めていた言葉とは、要するに婚約の言質である。
平民の出であるカリス殿と帝国の皇女であるダリア皇女とでは、その身分には雲泥の差があり、これからの二人の歩む道には様々な壁が立ちはだかるに違いないのだが、皇女の笑顔には、その様な不安は微塵も感じられなかった。
まあ、彼女の事だから、ありとあらゆる手段を駆使してカリス殿と結婚してみせるだろう。
それに、カリス殿の功績等も考えれば決して不可能な話しでも無いのだから。
「それで、お前は一体、何で悩んでいたのだ?」
俺が頭の中で二人の将来について考えを巡らせていると、皇女は当初の話題に話を戻した。
その皇女の問い掛けに対してフィオナ嬢が答えた。
「カイル団長が私達を兵団から追い出そうとしているのです」
彼女は実に誤解を招きそうな風に皇女に説明をしてくれた。
その説明をきいた皇女はと言えば、予想通りフィオナ嬢達に加勢するように俺を責め立ててくる。
「カイルよ、この二人は今までお前の為に働いてくれていたでは無いか、それをいきなり放り出すのはどうかと思うぞ」
「いえ、しかし、そもそもの話し、男女が混合して部隊を編成するのが問題なんです。それに個人的にも女性が兵士をする意味が極めて少ないと思いますし」
「何故だ?何故、女の兵士を嫌うんだ?」
「基本的に男と女とでは体力的に男の方が優れていますし、物理的な肉体の強度においても男女の差は大きすぎます」
「だが、男にも勝る女傑はいるだろう」
俺の説明に対して、皇女が反論を出してくる。
確かに世の中には例外と言える物が数多く存在する。
現に、我が国の近衛騎士の中には女性でありながら一隊を任されている人物もいる。
しかし、だからと言って女性をわざわざ入れる必要が有るのかと言えば、そういう訳でもない。
「でも、そんな女性はそうそういないでしょう。なら男だけで統一した方が管理がしやすいですし。今は特に問題は起きていませんが、今後も問題が起きないと言う保証は有りませんし、まかり間違って女性の入隊者が増えてしまえば、よりリスクが増える事にもなります」
まあ、色々と理由は着けてきたが、要するに俺が個人的に女性の軍人と言う物を良く思っていないというのが一番大きな理由なのである。
ハッキリ言って俺は女という物がかなり苦手である。
それは、最近になって余計に酷くなっただろう。
わざわざ自分の苦手な物を自分の部下にする必要など無く、兵団を完全に男だけの世界にするためにも彼女たちが邪魔だったのだ。
「我々に女性の王族だとかの護衛任務でも無い限り、女を雇用する必要性はありません」
その言葉を聞いた三人は完全に黙りこくり、俺は勝利を確信した。
後は、フィオナ嬢とリゼ少尉に除隊を勧めて二人を兵団から追い出せば、俺の目的は完全に達せられる。
しかし、皇女は黙ってはいなかった。
彼女は、俺の言葉を聞いた後、一度は黙ったかと思えば、今度は勝ち誇ったような笑みを浮かべて自信満々に言い放った。
「それは良いことを聞いた」
「・・・え?」
「実はな、お前に頼みたいことが有って捜していたのだ」
「一体何を?」
俺は嫌な予感がしていた。
先程までの勝利を確信していた俺の脳裏に警鐘が鳴り響いている。
これ以上、皇女の言葉を聞きたくないと言う思いが思考を埋め尽くし始めた。
「お前に妹を紹介しようと思っていたのだ」
「へ、へぇ。そうなんですか・・・」
「ああ、それで、その妹がだな、アウレリア王国に留学する事になってな」
「・・・」
「ついては、お前にその護衛とサポートを御願い使用と思っている」
俺は、我が耳を疑った。
何故、俺にそんな大役が回ってきたのだろうか。
「何故我々に?」
「当然だろう。お前とは共に戦った仲で、お前と兵団の強さはよく知っている。大事な妹を任せるのならばお前以外にはいない」
と、自信満々に言う皇女に、俺は尚も食い下がる。
「しかし・・・皇帝陛下や国の意思は・・・?」
俺の問い掛けに、皇女は笑みを浮かべて言う。
「それならば問題は無い。お前と兵団の評判は父上や兄上達、それに北部を中心に貴族の間でも高く評価されている。民衆の間でも評判だぞ。規律正しく良く訓練された精兵だとな」
まさか、俺のやって来た事が俺自身を苦しめることになるとは、思いもよらなかった。
帝国に来てからも口うるさく軍規について説いてきたが、それが今、こんな形になって帰ってくるなんて、予想だにしない。
「父上も兵団の戦術に着いて随分興味を持っておられる様子だ。軍部も場合によってはお前を外国人教官として招聘する事も視野に入れている」
帝国軍の外国人教官として招聘されると言うのは、恐らく軍人として最大級の栄誉だと言えるだろう。
何せ、世界最強の軍隊である帝国軍は自国の指揮官を外国に送り出す事はあっても、呼び込む事は一切必要無いのだが、その帝国軍に将来にとって情報技術知識を取り入れるために自国の人物よりも有益だと見なされた事になる。
つまり、世界で一番進んだ軍事知識を持っていると広く知られると言っても過言では無いのだ。
そんな事になれば、俺の国での扱いはコレまでとは180度違う物になる。
皇女が言っているのはそういう事なのである。
「客観的に見て、今一番適任なのはお前と言うことになるだろう。それに、私とカリスの推薦まであるのだから尚更だな」
「い、いえ、コレは私の一存で決めれる事でもありませんし・・・」
俺が最後の悪あがきにと言えば、皇女は懐から一通の手紙を取りだして、俺に差し出してきた。
「コレは?」
疑問を口にしながら受け取ると皇女が言った。
「アレクトからの手紙だ。実は既に王国側には打診をしておいた。コレはその返事だ。非公式ではあるがな」
そう言われて、震える手を何とか押さえながら、封を開いて手紙を取り出すと、そこに書いてある内容を黙読し始めた。
そこには、皇女を通じて伝えられた皇帝陛下の意向に対する、アレクト殿下を通じたアスラン陛下からの返答が綴られており、その内容を要約すると、皇帝陛下の俺を皇女の護衛として指名したいと言う考えに対して、アスラン陛下もその考えを指示する旨を伝えると共に、アレクト殿下の私見ではあるが、強く推薦すると書かれていた。
「・・・まじか」
「暫くすればお前にも正式に辞令が下る筈だ。そうなればお前は責任を持って私の妹を護らなければならなくなる。つまり女だけの護衛隊を編成しなければならなくなる訳だ。残念だったな」
俺は目の前が真っ暗になって、その後の事は良くは覚えては居なかったが、翌日になって届いたアレクト殿下からの手紙と指令書を見て、強い敗北感を覚えた。
マジでどうしてこうなった。
これで一先ずは帝国での戦いは終わりになります。
この後は暫く日常話にしようかと考えております。
ここまで付き合って頂きありがとうございました。
よろしければ、これからもお付き合いいただければ幸いです。




