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二十七話 公爵閣下

連続での投稿です。


何時も、早く投稿ができれば良いのですが、なかなかうまくいきません。


尚、クオリティは、お察しです。

「動くな!」


 作戦を決めてそれぞれ別れた後、公爵に追い付いた俺は、拳銃を抜いて公爵に向けた。


「生きていたのか・・・しぶといな」


 アッシュグレイのオールドバックに、鷹の様な鋭い眼光の公爵は、慌てた様子も無く、ゆっくりと振り向きながら言った。


「生憎と修羅場は潜ってる物でね」


 俺は右手に持って構えたリボルバーの銃口を、公爵の額に向けた。

 しかし、それでも余裕のある態度を崩さずに俺を見詰める公爵は、流石の気迫だ。


「公爵閣下。貴方は一体、何を企んでいるんだ」


 公爵の視線に焦りを感じた俺が、努めて平静を装いながら訪ねると、公爵は簡単に話した。


「私は以前から帝国は大きく成りすぎていると思っていた。だから、少し小さくしようと思ってね」


「小さくって言うのは、蛮賊に負けると言う事か?」


「そうだ。敗北を契機に、北部国境の一部と極東地域を明け渡して、東方異民との戦いを蛮賊共に肩代わりさせて、蛮賊と異民が争っている間に残りの土地を開発する」


「後は、力を着けた後で弱った蛮賊を潰す。そう言う事か?」


「まあ、概ねな」


 至極当然とばかりに言ってのける公爵には、全く悪びれた様子が無い。


「それで、どれだけの犠牲が出るか分かっているのか?」


「無論だ・・・だが、国政とは、そう言う物だ」


「その為に、皇女すらも口封じに殺すのも仕方がないと?」


「必要な事だ」


 そのたった一言に、この男の人生の全てが集約されているかの様な一言だった。


「カイル・メディシアだったかな?出来れば邪魔をしないで欲しいのだがな」


 まるで道端に転がる石ころを見るかの様な眼で俺を見る公爵は、興味なさげに言った。


「それは出来ないって分かっているでしょう」


 カチリと音をたててハンマーを起こす。

 だが、公爵の表情は眉一つ動かず、鋭く冷たい視線を俺に向けた。

 俺は圧倒的に有利な筈の、この状況で、公爵の迫力に気圧されてしまった。


「一つ教えてやろう」


 公爵は言いながら、コートの懐に手を入れた。

 公爵に圧倒されてしまった俺は、制止する事も出来ずに、公爵の行動を許してしまった。


「何も、お前ばかりが有利な訳では無い」


「っ!?」


 公爵が懐から手を出した時、その手にはシルバーのエングレーブが施された拳銃が握られていた。


「驚いたかね。回転弾倉なら私の部下も開発していたよ。ただ、君とは違って見せびらかさなかっただけだ」


 ここから見える限り、弾数は五発のパーカッションロックだろう。

 装填速度は一体型の金属カートリッジを用いる此方の方が早いだろうが、狭い廊下で向き合っている現状で、そのアドバンテージは、あまりにも無意味だった。


「っく!」


 冷や汗が頬から顎先に掛けて滑り、床に落ちていくのが感じられる。

 今まで、銃を向ける事は有ったが、銃を向けられたのは、これが初めての事で、その緊張感は計り知れない物がある。


「随分と緊張しているな。修羅場を潜って来たんじゃないのか?」


 対する公爵は、今だに余裕の表情で此方を煽って来る。


「どうだ?取引をしないか?」


「何っ!」


「ここで、こうしていても埒が明かない。ならば、今は互いに不干渉で行かないか?」


「そんな事・・・」


「冷静に考えてみたまえ、ここでお前が私と刺し違えて何の得がある。帝国の田舎が蹂躙されようと、お前にも、お前の祖国にも、何の影響も無いだろう」


「それは・・・」


「タリアと、あの少年の事も助けよう。どうせだから、あの少年は私が後ろ楯になっても良い」


 確かに、ここで公爵を殺しても、事態に何の変化も訪れないだろう。

 もしも、公爵が約束を守るのなら、公爵の提案には何も悪い所が無い。

 俺には何の損も無いし、長い目で見れば皇女やリヒトの助けにもなる。


「はあ・・・はあ・・・」


 じっとりと気持ちの悪い汗が、全身から吹き出すのを感じた。

 頭の中を木霊する公爵の言葉が、俺の脳味噌を揺らし心を溶かす。


「どうだ?悪い話では無いだろう?」


 最早、俺は堕ち掛けていた。

 顔を俯かせて腰を落とし、銃を握る右腕も力が抜けて下がり始めた。

 その様子を見て取った公爵の口元にも笑みが浮かぶ。


「話はまとまったな」


 そう言って公爵は、銃を握る右手を下げかけた。

 その瞬間、俺の脳裏にカリス殿の顔が浮かんだ。

 笑顔のカリス殿の姿が段々と溶けて消え、代わりに涙を流す黒衣の皇女が現れた。


「っ!」


 目を見開き、全身に力を込めて前を向いた。

 次の瞬間、一発の銃声が廊下に響き渡り、公爵の右手を撃ち抜いた。


「グアッ!!」


 銃を取り落とし、左手で銃創を押さえながら、うめき声を上げる公爵に対して、俺は怒りを露にしながら言い放った。


「舐めるな!俺は決して心を売り渡したりはしない!」


「貴様っ!」


「俺は戦友を見捨てられる程、落ちぶれていなければ、甘言に惑わされる程、腐敗もしていない」


「何を!貴様に何が分かる!国の為、民の為、大義の為!この程度の犠牲など!」


 そう言い放った公爵の言葉に、俺は更に怒りを強めて叫んだ。


「うるせぇっ!兵隊は死ぬ為に居るんじゃねぇ!!」


「それが甘いと言うのだ!より多くの民と国の為ならば、手段など選んでいられるか!」


「貴様!この老害の糞爺め!」


 あまりの理論に、頭に血が上った俺は、この老害を殺そうと引き金にかけていた人差し指に力を込めた。


「そこまでだ」


 しかし、それは突然の乱入者によって阻止されてしまった。


「そこまでにしておけ、カイル」


 その乱入者は誰あろう、タリア皇女だった。


「だが!こいつは!」


 興奮した俺は、公爵を庇う様にする皇女に食って掛かる。

 そんな俺を皇女が一喝した。


「目的を見失うな!」


「っ!」


 皇女に言われた俺は、少しだけ冷静になって銃を引いた。

 それを見届けてから皇女は、公爵に向き直った。


「タリア・・・何故止めた」


 公爵が訪ねた。

 その表情に現れた感情は、疑問と言うよりも落胆の気持ちが現れていると感じた。


「私は、お前とお前の騎士を殺そうとした男だぞ?何故止めた」


 そう問い掛けた公爵に皇女は、ニヤリと笑って答えた。


「勢いに任せて間違う事は容易く、熟考の果てに正解に至る事は極めて難しい。貴方が教えてくれた言葉です」


「・・・」


「私は例え、いかに困難と言えども、考え続けて答えを出したいと思います。それに・・・」


 皇女は一旦、言葉を区切った。

 何を言うつもりなのかと思う俺を他所に、皇女は公爵の眼を見詰めて言った。


「貴方にはまだ、利用価値が有りますから」


「・・・」


「・・・」


 微笑みながら良い放った皇女に、一瞬、考えが追い付かずに唖然としてしまった。

 それから、公爵が大声で笑いだし、目尻に涙を浮かべた。


「何だ?何が可笑しいのだ?」


 戸惑う皇女と俺を他所に、公爵は一頻り笑うと一言呟いた。


「・・・流石はあの人の娘だな」


 公爵の呟いた言葉に、一体どんな意味が込められていたのかは分からないが、公爵の表情は、何処か昔を懐かしむ様な少しもの悲しい物だった。


「それで・・・これからどうする」


 少し挑発的に聞いた公爵に皇女が返す。


「一先ず、貴方の野望を打ち砕こうと思います。貴方にも協力をお願いします」


 皇女がそう言うと、公爵は再び笑いだし、俺も少しだけ表情が緩んだ。


「無論、カイルにも手伝って貰うぞ!」


 俺の方を向いて言う皇女に、俺は頬を引き締めて頷き返して、皇女達の方はどうか訪ねた。


「・・・そちらは大丈夫でしたか?」


「勿論だ!」


 俺と皇女の僅なやり取りを聞いただけで、何かを察したらしい公爵は、フッと笑って俺達を見た。


「もう、事は成っているようだな・・・」


「ええ、カイルの足止め有っての事です」


「ほう・・・」


「大した事はしていません。ただ、やれる事をやっただけです。それに・・・途中からは熱くなりすぎました」


 俺が公爵に銃を向け、ここで公爵とやり取りををしている間に、リヒトと皇女によって全ての事がなされて知る手筈だった。

 エストはこの後の行動の為に兵団の下へと向かい、屋敷内の制圧とパーティー客への対処はは皇女が引き受けた。

 そして、これ等の作戦の立案はリヒトが行い、俺は詳しくは知らされていないのだが、恐らくリヒト自身も何かしらの行動を取っていたのだろう。


「それでは、次にやる事が有るので」


「ああ・・・頼んだぞ」



 既に降参の意を示し、床に座り込んでいる公爵と、その側に立つ皇女に声を掛け、次の仕事に移ろうとした時、公爵が俺に言葉を投げ掛けて来た。


「カイル・メディシア」


「何か」


「君の、その青臭い高潔さが損なわれず、誇り高い英雄となる事を願うよ」


 立ち止まり、振り向かずに公爵の言葉を聞いた俺は、ニヒルな笑みを浮かべているであろう、老獪な悪党に返した。


「俺は高潔でも無いし誇りも無い。俺は英雄には成れない。俺は唯の一人の男さ。それ以上には成れないだろうよ」


 そう言って、再び歩き出した。







 それから、俺はエストの集めた兵団の待つ屋敷の庭にやって来た。


「お疲れ様」


「ああ、ご苦労」


 それだけのやり取りをエストと交わした俺は、待っていたフィオナとシモンに向かった。


「準備は出来ているか?」


「もん、だい、ない」


 シモンは、何時も通りだが、問題はフィオナに有った。

 彼女は明らかに緊張しているし、不安で一杯と言う表情だ。

 俺は、そんな彼女に声を掛けようかと一瞬考えたが、今の状況を思いだして何も言わなかった。

 リヒトの情報によれば、明日の夕方に攻撃が行われるらしく、一刻の猶予も無い状況だ。

 カリスを助けに行きたいと思う騎士は数多くいたのだが、彼等は己の役割と言う物を良く弁えていたし、現地の戦場がそれを許さなかった。

 鬱蒼と木々が生い茂る森林に騎士団が行った所で、大して役には立たないし、かといって歩兵を送ろうにも、あまりにも時間が足りず、現状とれる唯一の手が、俺が軽騎兵と散兵を率いて向かう事だった。


「では、後は頼んだぞエスト」


 俺は不在の間の兵団の指揮をエストに任せて、ヘンリーの腹を軽く蹴って走らせた。


 後に続く部下たちは、第二騎兵中隊の200騎と散兵大隊から抽出した100騎、それと、騎兵中隊の馬に二人乗りさせて連れていく100名のライフル中隊である。

 今回は完全に特別編制で、騎兵中隊にも小銃を持たせ、散兵も偵察隊、弓兵隊の別無く選んだ。


「着いて来い!恩返しの時だ!走れ走れ俺達の力を見せてやれ!!」


 後に続く部下たちを背中に感じながら走る。

 ただ、ひたすらに走る。

 友の下へと走る。

 今まさに、俺に取っての本当の戦いが始まった。


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