二十六話 敵は蛮族だけでは無い
これがまともな新年初投稿になります。
本年もよろしくお願いいたします。
現在、俺達三人は場所を移し、宮殿内にある応接室に来ていた。
ホール全体が騒然とする中、落ち着いて話をするために、公爵夫妻の許可を得て場所を移したのだ。
十六畳程度の室内には、テーブルとソファーの他に大きな壺や、花が飾られていて、リヒトとタリア皇女はテーブルを挟んだ対面で座り、俺は皇女の後ろに立っている。
「じゃあ、聞かせてくれ。何故、カリス殿が戦死するんだ?」
リヒトは、俺の問いに答える為にゆっくりと口を開いた。
「ウシャの森で騎士カリス率いる騎士団が奇襲を受けます」
「それは本当か?」
リヒトの言葉を聞いた俺は前のめりになって、詳細を訪ねた。
「間違いありません。騎士団の縦隊が森の中に入り、半ばまで達した瞬間に、左右から矢と投石を受けて混乱状態に陥ります」
そう言われれば、そうなる可能性は否定出来無い。
騎士団の練度が、いくら高かろうと、森の中を行進している最中に攻撃されれば、少なからず混乱するし、基本的には重装騎兵である騎士団側には、まともな反撃の手段はない。
「帝国騎士団が簡単に統制を失うとは思えない。カリス殿なら十分に対応出来るんじゃないか?」
しかし、あくまでも可能性が有ると言うだけで、帝国騎士団は伊達に最強と称されてはいない。
彼等が簡単に統制を失うと言う状況が考えられなかったが、その答えは皇女からもたらされた。
「・・・あり得る」
「どう言う事ですか?」
皇女は声を震わせながら言った。
「・・・カリスに預けられた騎士は、殆どが新人だ。歩兵隊の指揮官にも経験ね有る者は少ない」
「それに加えて、ウシャの森は非常に密生した針葉樹林です。騎士団の機動力も衝撃力も完全に殺されてしまいます」
実戦に置いて新兵や新人と言うのは、多かれ少なかれ混乱し、どれ程優秀であろうとも実力を全く発狂出来ない物である。
故に、指揮官たる者は慎重かつ大胆な作戦指揮を以て部下達の信頼を獲得し、彼等の実力を引き出さなければならない。
それには、指揮官自信の経験が不可欠であり、それ無くして満足な指揮は出来ない。
今回の騎士団は、カリス殿以外には経験豊富な指揮官が殆ど居らず、一般の騎士に至っては新人ばかり。
これで奇襲を受けよう物ならば、潰走は必至だろう。
「さて、どうした物かな?」
「・・・リスが・・・」
「殿下?」
タリア殿下の様子が、おかしくなった。
俯いて身体を震わせながら何かを呟いている。
「殿下!」
「カリスが・・・カリスが・・・」
「殿下!しっかりして下さい!」
「カリスが死んでしまう・・・」
顔は真っ青で目が虚ろ。
肩を掴んで身体を揺すってみても、全く反応が無く、声も届かない。
「カイル殿、これは一体?」
不安気な表情で、リヒトが訪ねてきた。
「何かあったか!」
様子がおかしい事に気付いたのか、部屋の中にロマノフ公爵が入って来た。
「カリス・・・カリス・・・カリス」
「タリア!しっかりしろ!タリア!」
ロマノフ公爵はタリア皇女を心配して、肩を揺すりながら呼び掛ける。
部屋の入り口付近には、公爵が連れてきたであろう衛兵が、数人たむろしている。
この状況に俺は何か違和感を覚えた。
「タリア!・・・一体何があったんだ!説明しろ!」
反応の無い皇女から手を離した公爵が、リヒトに剣幕で詰め寄った。
その迫力に圧されたリヒトは、後退りながら事情を話す。
「私が騎士リヒトが奇襲を受けるかもしれないと言ったら、殿下の様子がおかしく・・・」
「・・・何?」
公爵の様子が変わった。
先程までとは一転して、リヒトに質問を繰り返し、詳しく話を聞いた。
「カリスが死ぬ・・・か」
「その可能性がある。と言う事です」
「・・・」
口を手で抑える様にしながら何か思案する公爵に、俺は更に違和感を覚えた。
「この話は他の人にはしたかね?」
「いいえ」
公爵は自分の問い掛けに対する答に、満足したように笑みを浮かべた。
「そうか・・・」
「公爵?」
この段階に来て、俺は漸く違和感の正体に気付いたのだ。
それは、公爵が外に居たにもかかわらず、皇女の異変に気付いた事、彼が連れて来た衛兵の数と装備の種類。
そして、リヒトの話を聞いた直後にタリア皇女から興味を失ったかの様な態度だった。
「公爵閣下」
「ん?何だね?メディシア殿」
「何故入って来られたのですか?」
「何を言っているのかね?」
「カイル殿、この屋敷は公爵の屋敷ですよ?話をしたいからと訪ねた時に案内をして下さった・・・のも・・・」
「ああ、公爵閣下だ」
「一体何が言いたいのかね」
公爵の声色が変わった。
そのドスの効いた迫力のある声は、聞く者を萎縮させてしまうのだろう。
だが、俺は、そんな程度の迫力には、とっくになれている。
「閣下。この部屋は盗聴防止の筈ですか?」
通常、ある程度大きな屋敷に有る小さな談話室や書斎、執務室等は防諜対策がなされている物が殆どで、俺達も部屋を借りる際に、その事を確かめて部屋を借りた。
「何故、貴方は殿下の異変に気付けたのですか?」
先程の話の途中、リヒトも言っている間に気付いたのだろう。
彼も今は公爵から距離を取って、重心を下げていた。
「・・・」
「閣下。貴方は・・・」
言いかけた瞬間、公爵が声を上げた。
「殺せ!」
「「!」」
公爵の声に反応した衛兵が、サーベルを抜いて向かって来る。
「リヒト!殿下を頼む!」
言うや否や、俺はサーベルを抜いて、向かって来る衛兵に斬りかかった。
「っ!」
一切声を出さずに降り下ろされたサーベルを受け止めると、衛兵は空いた左手でナイフを取り出して、首に目掛けて突き出してきた。
「うぉっ!」
寸での所でかわす事は出来たのだが、それからも衛兵の攻撃は続く。
三、四撃と繰り出された斬撃は、狭い室内であるにもかかわらず容易く振るわれ、俺の命を刈り取ろうとしてきた。
「ぐっ!公爵!何が目的だ!」
「貴様の知る必要の無い事だ。余計な事に首を突っ込まなければ、まだ生きていられた物を・・・哀れだな」
厭らしい笑みを浮かべて言う公爵は、後を任せると言って部屋から去って行く。
「カイル殿」
情けない声を上げるリヒトと皇女を背に、衛兵に対峙する。
「数は八人。お前らは、衛兵では無いな」
「・・・」
反応は無かった。
眉一つどころか暗い瞳をも一切動かさず、上半身も全くぶれさせずにゆっくりと近づいてくる。
「大方、雇われアサシンってところか。何企んでんのか知らないが、他にも叩けば埃が出そうだな、あの公爵」
「・・・」
「無視か・・・いや、何も話せないのか・・・まあ良い」
俺は、一枚の布をポケットから取り出して、サーベルの刃の根本に巻き付けた。
そして、右手で持っていたサーベルを左手に持ち変えて、布を巻いた部分を右手で掴み、両手で正眼に構えた。
「さあ、来い。俺もそれなりに修羅場を潜ってる。覚悟しろ」
言い終わった直後に、先頭にいた衛兵がサーベルを突き出して来る。
「チャアアア!!」
さっきと同様に、首を狙って来たそれを、俺は大きく足を踏み出し、身体を前傾させ、顔を僅かに逸らして避けた。
そして、渾身の力を込めた横凪ぎの斬撃を胴に見舞った。
「ぐぶっ!」
血の泡を吐き出した衛兵は、そのまま床に倒れ、動かなくなる。
「っ!」
しかし、敵は全く動揺もしなければ、躊躇もせず、次の者が襲って来た。
「はあっ!」
次に来た衛兵は、二人掛かりで攻撃を繰り出して、此方を翻弄してくる。
俺は、そんな状況にあっても努めて冷静に見定めて、反撃に出た。
「っ!?」
二人の剣が同時に引き、攻撃に出れるチャンスを得た時、俺は向かって左側の敵にサーベルを投げ付ける。
左側の敵はその攻撃を容易く受け止めた。
しかし、俺の狙いは一瞬でも二対一の状況を崩す事で、俺の目論見は見事に的中した。
「ふっ!」
一瞬の隙を突いて、サーベルを投げ付けた方とは、逆の敵に向かい、息を短く吐きながら一気に懐に飛び込んで、顎に目掛けてアッパー気味に掌を打ち込んだ。
「ぐっ!」
それで怯んだ隙に、今度は足払いを掛けて薙ぎ倒し、顔面を勢い良く踏みつけて止めを刺す。
そこまでした時点で、もう一人の敵がサーベルを上段から降り下ろして来た。
それをかわしながら距離を取った俺は、腰のホルスターに納めていた拳銃を漸く抜く事が出来た。
「っ!!」
何かを感じ取ったのか、声にならない叫びを上げながら斬りかかってきた敵に、俺は狙いを定めて引き金を引いた。
銃口から飛び出した弾は、敵の額に穴を開け、穴を開けられた敵は、人形の様に崩れ落ちた。
「「!」」
「言った筈だ。覚悟しろと」
更に二発、大きな銃声を響かせながら放たれた光弾は、各々一人ずつ貫いて命を刈り取った。
「団長!」
「エスト!よく来た!」
銃声を聞いて一番に駆け付けたのはエストだった。
エストは部屋の外にいる三人の姿を認めるや、レイピアを抜いて強烈な突きを手近な者に繰り出した。
「はっ!!」
エストの剣技は冴え渡り、一人辺り二合で敵を葬り、最後の一人になった敵は、逃走を謀ってエストの方へ向かったが、エストは其を切り捨てた。
「お怪我は?」
「分かっていて聞いているな?」
そう、短くやり取りをした後、俺は皇女の下へ行って、その頬を叩いた。
「いい加減にしろ」
漸く正気に戻って俺を見詰める皇女に、言葉を続ける。
「己が今やるべき事を、やらなければならない事を、それをやって初めてやりたい事が出来る。お前のやるべき事は何だ?」
皇女は、俺の言葉を聞いた後、しばし考えて。
それから、立ち上がって、走り出した。
「カイル!着いてこい!私を手伝ってくれ!」
返事も聞かずに走る皇女を見て、俺は、首を振りながら溜め息を吐き、それから後を追った。
「どうしてこうなるかな〜?」
相変わらずのクオリティと短さですいません。
一応、二十一から二十五までが書き直されています。
よろしければ、そちらも目を通していただければ幸いです。




