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二十五話 新たな厄介事

相も変わらず、クオリティの低い癖に、時間の掛かった話です。

言い訳をすれば、最近、まともな仕事に就きましたが、それにしても酷い出来です。

まあ、元から大して変わらない駄文ですが。

 拝啓

 ここ数年はまともに話した記憶の無い妹へ。

 兄は今、帝国に来ているのだが、お前はそれを知っているのだろうか。

 最近お前の顔が頭に浮かばない様な不祥の兄であるが、それが少し気掛かりだ。

 現在、帝国北部では既に雪が降り、我が兵団は予想以上の積雪と寒さに大分酷く参ってしまっている。

 幸いな事に我々が今いるのが戦地でなくて本当に良かったと思う日々だ。

 私が今居るのは、帝国北部最大の都市、ボリスグラードと言う所で、兵団は三日前までのシャウスクの攻防での勝利の後、帝国騎士のカリス殿の計らいにより、安全な後方で勢力回復に努めている。

 さて、長々とした前置きは、このくらいにして本題に入りたいと思う。

 知っての通り、お前の兄で長男であり、騎士爵を頂いた身でもある私は、今回の帝国派遣軍の責任者と言う立場なのだ。

 そんな私は、ボリスグラードにある宮殿で行われる社交パーティーに出席する事になってしまった。

 今この時程、ダンスの練習を怠った事を後悔した事は無く、責任ある立場となってしまった我が身の不幸を呪った事はない。

 取り敢えずは、出来る限りの事をして、無難に乗り越えられる事を祈りたいと思う。

 最後に、今のところは、何時になったら帰れるかは分からないが、私は必ず生きて帰るつもりだ。

 どうか息災にして兄の無事を祈ってほしい。







「団長。時間ですよ」


「分かった」


 ちょうど手紙を書き終えた時、ナジームがタイミングを見計らって声を描けてくる。

 俺は返事を返し、ペンをおいて立ち上がった。

 黒のズボンにホワイトのシャツ、深紅の詰襟に袖を通し、剣帯にサーベルを吊り、腰に拳銃の入った黒革のホルスターを着ける。

 左胸には勲章が輝き、バイコーンハットを手に持っている。


「行くか・・・」


 そう呟いてみるが、俺の身体は動く事を拒否しているかの如く緩慢な動作だ。


「・・・本当に行かないといかんか?」


「諦めて下さい」


 最後の抵抗にと、ナジームに言ってみたが、彼に慈悲などなかった。


「・・・ナジーム。机の上の手紙を出しておいてくれ」


「分かりました」


 諦めて動き出した俺は、何時もの様に手紙を出すように命じ、扉を開けて廊下に出る。

 俺が今いるのは、ボリスグラード西側にある貴族街の一角、来客用の邸宅である。

 二階建ての白い大きな屋敷は、案内人が言うには、小さい方なのだそうだが、この屋敷を見ると、改めて帝国の強大さを見せ付けられた気分になる。


「しかし・・・」


 俺は、無駄に長い廊下を歩きながら口を開いた。


「どうしたんですか?」


 ナジームの反応から一拍置いて俺は言葉を続けた。


「この格好は俺には似合わない様な気がするが・・・どうだ?」


 今の俺の格好は、はっきり言ってしまえば、古き良き時代の英国騎兵の様な格好だった。

 たまたま値段の安い物を集めた結果がこの格好なのだが、格好自体は良いと思う。

 しかし、俺には似合っていない気がしてならない。


「・・・まあ、正直言って、余り似合って無いですね」


「やはりか・・・」


 ナジームに正直に言われても、起こる気にもならず、むしろ納得が行った。


「まあ、俺以外には似合ってるし、迫力も有るからコレを制式に採用するのも良いかもしれんな・・・安いし・・・」


「何だかイヤな理由ですね・・・」


 等と言っている間に、エスト、アダムス、ハンスの三人が待っている所に着いた。


「待たせたな」


「いえ、時間にはまだ余裕が有ります」


 俺の謝罪にアダムスが言葉を返す。

 三人とも俺と同じ格好をしているが、長身で見た目の良い彼等が着ている姿は、実に様になっていた。


「やはり平民の私は出ない方が良いのではないですか?」


 この中で唯一の平民であるハンスが、恐る恐る懸念を口にするが、ハンスを出さないと言う選択肢は無い。

 普通は戸惑うし、疑問にも思うだろう。

 だが、兵団に所属する幹部としては、これからも同じ様な場面は多くなる。

 今の内に慣れて貰わなければならないのだ。


「お前の言わんとする事も分かるが、士官になった以上、これも仕事だ。諦めてくれ」


 俺がそう言うと項垂れて、それっきり何も言わなくなった。


「正直言うと、俺もパーティーに出たくない。内心、エストに任せれば良いんじゃないかと思ってる」


「僕は、それでも構いませんが、貴方の立場を考えたら、そう言う訳にも行きませんね」


「だよな・・・」


 等と四人で話し合っていると、呼び鈴が鳴った。

 呼び鈴の音に反応したナジームが玄関に向かうと、直ぐに玄関ホールが騒がしくなった。


「カイル!カイル・メディシア!迎えに来たぞ!」


 その声の主は間違いようが無く。

 思わず痛み出した額を押さえながら、ホールに向かった。


「おお!カイル!久し振りだな!」


 玄関ホールに着くと、そこにいたのは、青いドレスに身を包んだタリア皇女だった。


「タリア・アーゲンブルグ・ガイウステウス殿下。この様な所に、何のご用がありましょうか」


 俺がこの様に問うと、彼女は一瞬キョトンとした顔を見せた後、直ぐに破願した。


「何だその言葉遣いは!貴様と私の仲に敬語など不要だ!」


 とても皇女とは思えない様な大笑いをしながら、俺の肩を叩く。


「タリア殿下。今ここにいるのは、よろしく無いのではないでしょうか」


「何がだ?」


「いえ、今はパーティーの直前ですし、私も殿下も未婚です。何か邪推をする者がいないとも限りません」


 実際、未婚の男女が親しげにしているだけで噂になり、それが問題になる事は良くある事だ。

 そう言う事は相手の脚を引っ張る為に良く行われる事であり、俺はよく知らないが、タリア皇女にだって、彼女を貶めたいと思っている敵はいるだろう。

 そうなると、俺とここでこうしているのは、余り宜しく無いのではと思い、其を伝えてみたのだが、彼女から返ってきた答えは、俺の予想から外れた物だった。


「・・・っふ・・・いや、やはりお前は面白いな!」


 何が何だか分からないが、余計にテンションを上げて、俺の肩や背中を叩いた。


「安心しろ!もしもお前との仲が噂になったら。その時は、お前を婿に取ってやる!」


「・・・洒落になって無いですよ」


 思わず脱力してしまった俺は、肩を落として、深く息を吐いてから、要件を訪ねた。


「それで、一体何の用ですか?」


 俺が聞けば、彼女は至極当然だと言う風に答えた。


「友に会いに来るのに何の理由が必要なのだ?」


 タリア皇女のその言葉に、再び言葉を失った俺は、諦めの境地で呟いた。


「・・・最早何も言うまい・・・」


 それから、パーティーの時間が迫り、いい加減に出発しなければならない時間になった俺達は、馬車に乗り込んだ。

 この時の俺が乗り込む馬車は、軍馬に牽かせた武骨な物のに乗る予定だったのだが、タリア皇女に強引に誘われた結果、彼女が乗ってきた豪奢な馬車に乗って会場に向かう事になった。

 その会場に向かう道中、タリア皇女は良く話を振ってきて、特にカリス殿の事については、何度も質問を繰り返して来た。

 そんな馬車での移動は直ぐに終わり、会場に着いた俺達を待っていたのは、驚愕と好奇に満ちた瞳の群れだった。


「・・・皇女殿下?」


「狼狽えるな・・・しゃんとしろ・・・この程度は、戦場に立つより遥かに容易いだろう・・・」


 思わずたじろいでしまった俺に、タリア皇女は俺を肘で小突き、アドバイスしてくれたのだが、生憎と、そんな物が役に立つ様な状況では無い。


「・・・吐きそう・・・」


 戦場にいた方が幾分かマシではないかと思える。

 其ほどに、周囲の視線とプレッシャーは凄まじく。

 情けないことに、俺は圧倒されて、体から力が抜けた。


「・・・情けない事言うな・・・オーガの群れに比べれば、どうと言う事はあるまい」


「・・・種類が違うでしょうが・・・!」


 小声でのやり取りは、誰にも聞かれる事は無く。

 しかし、耳打ちされた所は確りと見られ、その瞬間には、周囲から向けられる視線は、より一層、強さを増した。


「そろそろ行かなければならない。済まないが、後は頑張ってくれ」


 そう言い残すと、皇女殿下は俺を一人残して、会場の中央へと向かって行った。

 俺の方も、いい加減に成すべき事を果たすために立ち直り、パーティーの主催の元へと向かった。







「流石に飯は美味いな」


 一人舌鼓を打ちながら、目の前で踊る方々を見詰めている。

 先程、主催のロマノフ公爵夫妻に挨拶を済ませた後、俺は壁際で食事を楽しんでいた。

 広い会場の中を見回せば、エスト達の様子を伺う事が出来る。

 エストは流石に手馴れている物で、なかなかに美しい御令嬢と手を取り合いながら笑みを浮かべ、ハンスの方は、若干ぎこち無いながらも、やはり美しく上品な御婦人にリードされて、音楽に合わせて身体を動かしている。


「良いな。イケメンは・・・こう言うのをリア充爆発しろと言うのかね・・・」


 思わず、ため息混じりの独り言が漏れ出てしまい、それらの負の感情を呑み込む様に帝国の名物、牡蠣のオイル煮を頬張った。


「どうも、我が国の名物のお味は如何ですか?」


 そんな俺に声を掛けてきたのは、リヒトだった。


「リヒト殿か・・・いや、これ程の牡蠣は食べた事が無い。生で食べても絶品でしょう」


「ええ、生で食べても大変美味しいですよ」


「やはりそうか」


「しかし・・・」


 リヒトは一拍置いて言葉を続けた。


「生牡蠣を食べるのは、我が国でも少数ですが・・・」


「・・・」


「・・・」


 騒がしいパーティーの会場にあって、この二人の間にだけ沈黙が降りた。

 一体この後どうするかと、考えを巡らせていた時、タリア皇女が近付いてきて声を掛けてきた


「やあ、カイル。気分はどうだ?」



 初めて彼女に感謝した。

 片手にワインの入ったグラスを持ち、微笑みを浮かべながら近付いてくる皇女に、俺は返事を返す。


「今、リヒト殿に牡蠣の味の感動を伝えていた所です」


 僅かに弾んだ声で伝えると、皇女は少し嬉しそうな表情で更に訪ねてくる。


「そうか・・・ワインの味はどうだ?」


 正直、ワインの味の良し悪しなんて分からないが、渋味が弱く仄かな酸味と強い甘味で、とても飲みやすい。

 個人的には美味いと思うのだが、これが本当に良い物なのかは分からないし、他の人が、どう思うかも分からない。

 しかし、これ程盛大でタリア皇女初め、数多くの著名人や上級貴族が参加しているのなら、下手な物では無いだろう。


「お恥ずかしながら・・・ワインの味には疎い物でして・・・」


 俺は正直に言った。

 こう言う時、余り見栄を張らず、多少の恥を忍んででも本音を言う事が出来るのは、自分でも美徳であり悪徳でもあると思うが、どうやら、今回は良い方に転がった様だ。


「そうか!・・・いや、私も余り興味の無い事でな・・・何故、どいつもこいつも、ワインだの楽器だの、高いか安いかばかり気にしてばかりだ。少しは自分の好みだけで考えられんのか」


 彼女曰く、もっと強い酒が好みで、パーティーや茶会も余り好きでは無いとの事だった。

 その後も話は弾み、上機嫌で話す皇女に心の中で感謝する。

 彼女のお陰で、この場は乗りきれそうだった。


「皇女殿下。少しよろしいでしょうか?」


 そんな時の事。

 急に神妙な面持ちをしたリヒトが、タリア皇女に声を掛けた。


「どうした?」


 一体何を言い出すのかと思いながらグラスを傾ける。

 非常に嫌な予感がするのだが、それが正しかったのだと証明されるのは直ぐの事だった。


「カリス様に危機が迫っています」


 空気が凍り付いた。


「な、何を・・・?」


 あまりの事に言葉を失う俺に対して、皇女の方はグラスを手から落としてリヒトの胸ぐらを掴んだ。


「貴様一体どう言うつもりだ!冗談にしては質が悪いぞ!」


 皇女の激昂ぶりは凄まじく。

 周囲の人のみならず、会場中が此方を注視ししているかの如く静まりかえり、楽団も演奏を止めてしまっている。


「タリア殿下、落ち着いて下さい。・・・リヒトも悪趣味だぞ」


 激昂する皇女を宥める為に、二人の間に入って声を掛けた。


「・・・嘘でも冗談でもありません」


 しかし、リヒトは尚も言葉を続けた。


「私が言ったことは事実です・・・このままでは騎士カリスが戦死します」


「貴様!!」


 再び掴み掛かろうとする皇女を、何とか押し止めながらリヒトに訪ねた。


「リヒト。何故そんな事を言うんだ?冗談では済まされ無い事を言っているのが分かっているのか?」


 俺がそう訪ねると、リヒトは迷い無く深く頷いて肯定の意を示した。

 この時、俺は彼の目を見て根拠の無い確信の様な物を感じた。


「タリア殿下」


「何だ!」


 未だ怒りの治まる様子の無い皇女に、俺は意見を伝えた。


「殿下。落ち着いて下さい。リヒトの話を聞いてみましょう」


「何!?貴様もふざけた事を・・・!」


「決してふざけてなどいません!」


 俺の言葉を聞いて、更に怒りを強くした皇女の声を遮る様に言葉を被せた。


「落ち着いて下さい。タリア殿下」


「・・・分かった」


 ようやく皇女を宥めた俺は、リヒトに向き直って、その真意を問うた。


「リヒト・・・何故、カリス殿が死ぬのだ?いくら彼が戦地にいるとは言え、帝国有数の強者であり、騎士団4000を率いている彼が死ぬとは思えないぞ?」


 世の中には絶対など無く、如何なる剛の者であっても必ず戦死の危険は有るものだ。

 しかし、今のカリス殿は多数の部下を率いていて、しかも、その誰もが武勇を誇る騎士達である。

 例え倍の数のオーガを相手にしても尚、彼等なら勝利するだろう。

 その中では、必ずカリス殿が立って閧の声を上げているだろう。

 そんな確信がある。


「いや、このままでは騎士カリスは間違いなく戦死します」


 しかしリヒトは頑なだった。

 何故リヒトがカリス殿が死ぬなどと言うのか、俺には分からない。


「何故戦死するんだ?」


 俺は意を決して訪ねた。

 すると、リヒトはまるで見てきたか、それか未来を予言できるかの様な、迷いの無い口振りで話始めた。







 この、リヒトの話を聞いた時に、俺の運命は、大きく変わってしまったのかも知れない。

 翌日の夕方、この時のパーティー会場でのやり取りを思い出した俺は呟いた。


「どうしてこうなった」




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