外伝 裏取引
「さて・・・今回の事についての説明を御願いしようかな?ロムルス殿下」
「・・・」
王宮の中にある一室で、二人の人物が向かい合っていた。
「え~・・・先ずは謝罪を・・・」
下座に座るのは身を縮こませて蒼白のロムルス第三王子。
「そんな事を聞くために、態々帝国から来たのでは無いのですがね」
片や上座に堂々と座って睨み付けるのはガイウス帝国のユーリー・ロマノフ公爵である。
「私はね」
「は、はい・・・」
ロマノフ公爵が口を開く。
ロムルスはただ静かに返事を返すしか無い。
そんなロムルスを値踏みする様に見下ろしながら、公爵は続ける。
「貴国の事、カイル・メディシア大佐の事を信頼して姪のエスペリアを留学させた。それは理解しているだろうね」
「はい・・・」
「私の狙いとしてはねロムルス君。姪がカイル大佐を上手い事陥落させて、我が国に連れ帰ってくれる事を一番に期待していたんだよ」
隠す事もせずに堂々と言い放つ公爵に、ロムルスは何も言えない。
「そうでなくとも、あの子には色々な事を経験して貰いたくてね。それで友好国のこの国に送り出したんだよ。それも理解しているだろうね?」
「それは重々・・・」
「うん、そうか・・・ならば、何故、我が姪がこれ程長い間捨て置かれたのか・・・序でに姪の護衛役になるはずのカイル大佐がいないのかね?」
「・・・」
ロムルスは答えられない。
心中で、ロムルスは当時の世論や父兄、貴族達の判断を呪った。
ハッキリ言ってしまえば、カイル・メディシアがこれ程までに信頼を受けていたと言うのも理解できておらず。
まさかこんな事になろうとは夢にも思っていなかった。
「私も鬼では無い。姪の移動進路上で問題が起きた事については、大佐の奮闘も合わせて評価して不問にしよう」
「ありがとう御座いま・・・」
「しかしだ」
ロムルスの言葉に被せる様に公爵が続ける。
「その後はイケない」
「・・・」
「カイル大佐が居ないのでは姪を貴国に向かわせた意味が無い。どころか、随分と長い事、姪の事を蔑ろにしてくれていた様だね」
この辺り、カイルが公国の方に行った後辺りから王国国内では貴族同志の激しい権力争いが顕著化しており、更に国王が床に伏し、第二王子レオンハルトが強権を振るい始めていた。
本来は国内を治める筈の王太子アレクトは、カイルを最後まで庇っていた所為で政治的に弱体化し、また、この時のロムルスの陸軍への過剰な介入が、後にレオンハルト側に陸軍が傾く要因となった。
国内全体が混乱して内乱一歩手前状態だった王国では、カイルが関わっている事もあってエスペリア皇女の留学が小さく扱われた。
エスペリア皇女自身は、こんなゴタゴタの中でも王国の学園に通い続け、その庇護を買って出たエスト・ローゼンとローゼン公爵家の力で政治的な利用が防がれた。
正直な所を言えば、蔑ろにしていたと言う程の事では無い上に、一応は国内の情勢的にやれるだけはやったと言えるが、とは言え、大国から態々留学してきた皇女への扱いとしては少々問題のあるのも事実で、流石に歓迎式典を開かなかったのは拙かった。
そして何より、皇女の留学中に内戦突入と、その後に責任を持って送り返すと言う事も無かったのは、政権を担っていたロムルスの落ち度だ。
内戦勃発以来、アレクトは王都不在で、後を担うロムルスは激務に忙殺され、そもそもその時点ではエスペリア皇女も南部のローゼン公爵家の方に身を寄せていた。
有り体に言えば、今現在のロムルスは割を食って公爵に追求されている状況である。
そして、公爵の方もそれを承知の上で、自身の目的を完遂させようとしていた。
「我が国としてはねロムルス君。重大な懸念を表すると同時に、現政権に対して嫌疑を持っている」
「っ・・・!」
下手をすれば帝国がレオンハルト側につく可能性を示唆されたロムルスは、何とか現状の打破を試みる。
「我が国としては今回の件につきましては最大限に謝意を表する所でございます」
「ふむ・・・それで?」
「・・・可能な限りの誠意をもって事に当たり、貴国との信頼回復に努めたいと思っております」
公爵は微笑んだ。
欲しかった言葉を引き出した事に、満面の笑みを浮かべた。
「では・・・如何なる方法で我が国に誠意を表すと言うのかな?」
「・・・内戦終了後に折を見てカイル・メディシア大佐を軍事顧問として派遣すると言うのは如何でしょうか」
この時、ロムルスも公爵の狙いをかなり正確に見極めていた。
正直に言えばカイルを他国に貸し出すのはドクトリンと経験を提供すると言う事で、かなり損な事なのだが、この際、帝国が敵に回るよりは遥かにマシと考えた。
内心で方々から文句を言われるだろうなと思いつつ、ロムルスは公爵の求める答えを返す。
「それは・・・随分と過分な事だが・・・喜んでその提案を受けよう」
「・・・ありがとうございます」
ぐうの音も出ないほどのロムルスの敗北である。
「どうだろう。貴国は今、大変な時期だ。国内にで大規模な反乱にあっている。・・・ここは、我が国としても友好国に対して助力は惜しまないつもりだ」
「ありがとう御座います」
「取り敢えずは、私の権限で動かせる部隊として、指揮下の騎士を6000程派遣しよう。既に国境に来ているから三日もあれば前線に到着するはずだよ」
「感謝の言葉も御座いません」
公爵は、現在の王国における現政権の正当性を認め、兵力の提供を申し出た。
ロムルスは丁重に申し出を受け、コレで、一応はロムルスも対外的に格好の付く結果となる。
「・・・」
ロムルスの顔は晴れない。
それもその筈で、交渉とはなばかりで、完全移行酌の掌で弄ばされた上に、個人的な借りまで作ったのだ。
コレはスタートからが不利だった事を鑑みても、完全にロムルスの敗北だった。
「まあ、君もまだ若い。経験を積みなさい」
公爵はそう言ってロムルスに微笑んだ。
「・・・はい」
その公爵の行動が余計にロムルスの神経を逆なでる。
公爵にとって、ロムルスは完全に格下で、侮っていても圧勝できる相手なのだと言う判定が下され、その事はロムルスにも感じられる。
何よりもロムルスが口惜しかったのは、その公爵の判断に一遍の誤りも無い事で、本当に大人と子供の勝負なのだと言う事だ。
「・・・」
公爵の去った部屋の中で、ロムルスは一人項垂れた。
去り際に公爵は笑顔で礼を言って退出し、悠々と自国へと帰っていった。
その姿がロムルスに取っては溜まらない屈辱であり、深く脳裏に焼き付いた。
「殿下」
「・・・アルフレッドか」
声を掛けられたロムルスは、俯いたままで返す。
「公爵はお帰りになったか?」
「はい。先程門を出られました」
「そうか・・・」
「大丈夫ですか?」
心配そうに尋ねるアルフレッドにロムルスは無言で手を振った。
その様子を見たアルフレッドは、これ以上は構わない方が良いと判断して部屋を出て扉を閉めた。
「・・・」
ロムルスは顔を上げてアルフレッドの退出を確認した。
それから立ち上がって、天井に顔を向ける。
「っ・・・!」
目許を右手で覆い、身体を震わせるロムルスは、確かに嗚咽を堪えている様に見える。
だが、次の瞬間に、ロムルスは口から唾を噴き出して笑い出した。
「やったぞ!!兄はアイツを失った!!奴が居なければ僕が軍を掌握できる!!この国を僕の物に出来る!!!」
一人で笑うロムルスは、部屋の外に音が漏れないのを良い事に、言いたい放題に叫んだ。
ロムルスには野望があった。
王位には執着は無かったが、しかし、ロムルスにはそれ以上の野望があった。
その野望を達成するのにカイルの存在は邪魔な物で、その排除はロムルスに取っては歓迎する事だった。
「コレでもう少しだ・・・もう少しで・・・!」
少し冷静になったロムルスは座り直してほくそ笑む。
暗い部屋の中で眼を細めてギラギラと瞳を輝かせて笑みを浮かべ続けた。
丁度その頃、戦場ではカイルが敵弾に撃たれて地面に倒れ伏していた。
本人が死の淵に立って与り知らぬ内に、カイルは陰謀のど真ん中に引きずり込まれていた。




