百三十話 龍虎相打つ
ラッカーンの戦いの翌日、退却したレオンハルト第二王子の軍は12km程後退した先で布陣していた。
場所としてはリゼ大尉達の戦っていた場所とほぼ同じ場所で、なだらかな丘と小さな林の点在した平野になる。
今回は全軍を真っ直ぐに配置した陣形が取れないため、両軍共にある程度の部隊を小分けにした形で向かい合う。
その一端で、俺と指揮下の親衛兵団は義勇騎兵大隊を麾下に加えて、軍の最右翼に配置された。
我が方の配置は中央の平地に本陣と第一師団、騎士団を置き、丘と窪地を挟んだ左翼にはアレクト殿下の連れてきた南部諸侯軍が置かれ、俺達と中央の第一師団の間には縦長の林があった。
右翼は殆ど本隊から孤立する形で配置され、ここが抜かれれば、我が軍本隊は側面及び後方からの襲撃を許す事と成り、逆に、此方が敵左翼を抜けば、優位に戦局を進められる。
「レンジャーはリゼ大尉に任せる」
「はい」
アダムスが参謀として本部のアレクト殿下の側に居る以上、レンジャー大隊の指揮官が交代する事になる。
俺としては非常に不本意であるのだが、実力や経験、階級からして、リゼ大尉以外にその任に当たる事の出来る人物は居ない。
「アダムス・・・アラン大佐からは、正面に居る敵左翼を破れと言われている」
各隊長の顔を見回しながら言うと、全員が神妙に頷く。
何とも頼もしい各々の様子を見て、俺は更に続けた。
「ハッキリ言って、この戦いは始まりに過ぎない。この戦いに勝った後、今度は東部に攻め込んで諸侯を叩いて潰さなければ成らない」
「・・・」
「東部には未だ多くの敵が残っている。それは良く分かっているな?」
ハンスが力強く頷いた。
「・・・敵将、レオンハルト第二王子は既に戦場を離脱して東部に逃れた。ここで時間と兵力を浪費すれば、今後の戦いに重大な支障が出るのは間違いない。この戦争の今後は一重に、我らに掛かっていると言っても過言では無いだろう」
彼我の兵士の練度と装備に大きな差は無い。
強いて言えば、我が方の方が装備で僅かに上を行くが、兵力では敵の方が優れている。
戦力が伯仲している現状、戦闘の早期終結を目指すには、俺達が如何に早く敵軍を破れるかに掛かっていた。
「我々の正面・・・敵左翼の兵力は凡そ5000。対する我が方は3500を些か上回る。また、敵には軽砲ながら砲兵が存在している。・・・厳しい戦いになるだろう」
此方は擲弾大隊、第一、第二歩兵大隊が各700程度、レンジャー大隊600、それと親衛騎兵大隊500と独立騎兵大隊300、砲兵は無く、後方支援は本部に置いてきた。
「よろしいでしょうか?」
「・・・何だ?」
発言はリリアナ嬢からだ。
「何か作戦は、お有りなのですか?」
「無い」
きっぱりと答えた。
「敵左翼は砲兵が存在するが、代わりに騎兵が居ない。また、歩兵の内の1000程度はパイク兵だ。散兵も無く、兵の練度では圧倒している。下手な小細工は無い方が良いと考えている」
と言うよりも、小細工なんて一切考えつかない。
慣れない事をして失敗する位なら、何時も通りに一番自身のある事を胸を張って実行した方がマシだろう。
「相手の方が兵力で優れているのでしたら、何か考えた方がよろしいのでは無いですか?」
その反論には一理あった。
だが、そんな斬新な作戦を考えられる頭があったら、今まで苦労はしていない。
そう思っていると、リゼ大尉から声が上がる。
「敢えて奇策に走る事も無いでしょう」
「・・・」
一瞬、リゼ大尉とリリアナ嬢の間に雷が走った様な気がした。
「我々はコレまでも、多くの困難な戦場で戦って来ました。この程度の兵力差は大した問題にはなりません」
リゼ大尉が堂々と言う。
それに対して、リリアナ嬢が切り返す。
「それは思考停止と言う物では無くって?」
まあ、それは正論だろう。
「何時でも同じとは限らないのではありませんこと?」
「一朝一夕の思い付きに賭けるのは、リスクが多きと思いますが?」
リゼ大尉の考えも確かだ。
コレは、両者共に正論をぶつけ合って居る状況で、こう言う時は大体、議論が長引く上に拗れると相場は決まって居る。
その証拠に、二人とも周りの事など一切気にせずに睨み合っている。
気のせいか二人の背後に、それぞれ龍と虎の姿が見えてならない。
「我々・・・カイル大佐の麾下将兵は如何なる困難な状況にも対応できる様、日々訓練に励み、如何なる戦いにも勝利できる」
「では、そのありとあらゆる状況に対応出来ると言う能力を駆使して、臨機応変な作戦に当たるべきでは御座いません事?」
「その上で我々の最大の力を発揮しうるのが、大佐と指揮の下で訓練通りに戦う事と心得ている。ここは悪戯に奇策を弄するのは愚策と言うものだろうと考える」
「カイル様の指揮下なら奇策であろうとも対応しきると言う事にも成るのでは御座いませんこと?それなら、より効率的な方法を模索するのが、将足るの責務だと考えますわ」
「最も効率の良いのが、統制された正面攻勢だと考えている」
「それは、それ以外に試した事が無いからでは無くて?」
両者一進一退。
最早、戦いよりも熱い。
「カイル大佐は如何お考えですか!」
「カイル様はどの様にお考えですの?」
「うえ!?」
思わず変な声が出てしまう。
「それは・・・」
隣のエストに視線を送ってみた。
「・・・」
エストは無言で明後日の方を向いた。
「・・・それはだな」
今度はハンスを見てみた。
「・・・おっと」
あからさまな仕草で靴紐を気にしだした。
「・・・」
ソロモンの方を向いた。
「え~・・・あ~・・・天気は・・・」
下手クソな演技で躱された。
「カイル大佐?」
「カイル様?」
孤立無援。
嘗てこれ程までに追い詰められた事が有っただろうか、イヤ無い。
二人の美女に迫られると言うのは、役得の筈なのだが、ハッキリ言って、正面にいる敵軍よりも迫力が有る。
「カイル様?わたくしを選んで下さるのでしょう?」
「大佐?私は貴方を信じていますよ?」
何か、話が逸れている気がしないでも無い。
と言うか、作戦の話しをしているのだろう。
その筈だろう。
それ以外には無い筈だ。
二人には他意は無い筈だ。
「失礼します!」
突如、背後から声が掛けられた。
「お、おう!何だ?」
「伝令です!」
本陣からの伝令だった。
もしかしたら俺にとっての一番の救いはアダムスかも知れない。
俺は心中でアダムスに礼を述べた。
「報告しろ」
「ハッ!・・・発!アレクト・アレリア皇太子!宛カイル・メディシア大佐!内容!カイル・メディシア麾下将兵、親衛兵団は直ちに前進し、その全精力を持って正面の敵左翼を撃滅されたし!一重に!我が軍の勝負は貴隊の双肩に掛かる!以上であります!!」
「了解した!!」
さて、茶番はコレで終わりだ。
「諸君!仕事の時間だ!!」
「「「応っ!!」」」
威勢の良い返事が返る。
アダムス様々だ。
今度、機会があったら何か奢るとしよう。
「カイル様」
「?」
「大佐」
リゼ大尉とリリアナ嬢が話し掛けてきた。
何だか嫌な予感がする。
「後で確りとお話しの間を取って頂きますわね?」
「後程、お時間を頂きたく思います」
「・・・分かった」
何だか、このまま戦死してしまった方がいいような気がしてきた。
「如何してこうなったんだ?」
露骨な時間稼ぎェ・・・




