百二十九話 アラン・スミス
「久し振りだなカイル」
「お久し振りです殿下」
天幕の中で、俺はアレクト殿下と対峙する。
「二年ぶりか・・・長かったなカイル」
「あっと言う間です」
「肥え太るのには丁度良かったか?」
「もう少し安穏としていたかったのですがね」
俺の答えに笑う殿下は、背後に向かって手振りをして合図を送る。
そうすると、幾人かのメイドが入ってきて食事の支度を始めた。
「殿下、戦場に女性は・・・」
「私の護衛だ。無理矢理着けられてな」
怪訝に彼女の内の一人を見詰めると、その女性は笑顔を作って俺に向き、それから服の袖から短刀を取り出してみせる。
「優秀ですか?」
「お前ほどでは無いな」
それでは役立たずでは、と聞きそうになるが口を噤んだ。
「さあ、食べよう。戦場の御馳走だ」
用意されたのは白パンとコーンスープ、チキンソテーに蒸したジャガイモと温野菜。
「あの時と同じ食事だ」
「豪勢な事ですな」
「時には余裕を見せる事も必要なのだ」
兵と共に麦粒を噛みしめる事は確かに信頼を得る。
だが、時には身分の違いを見せる事で立場を認識させ、余裕を見せる事で兵は安心する。
「私には難しいですね。私には泥の中で食む飯が似合う」
「人それぞれだろう」
殿下がスープを一口呑んだ。
俺もそれを確認してから匙でスープを掬う。
「それでだ・・・これから如何するつもりだ?」
「・・・私に聞きますか?」
口に含んでいたパンを飲み込んでから聞きかえす。
だが、殿下は笑みを浮かべたままで俺の答えを待つ。
「・・・このまま反撃に出ます」
「城には帰らないのか?」
「敵軍は戦闘による敗走によって著しく消耗しています。ここで敵に休ませてやるのは害にこそなれど、利には成りません。我が兵達も消耗は著しいですが、勝利と言う物は想像以上に兵士を鼓舞します」
「ほう?」
「今、我が諸兵はこの戦争における主導を握りました。ならば、するべき事は決まっています」
そう言って、俺は手早くチキンのソテーを頬張って流し込む。
根が日本人な俺は、如何しても味の濃い物を食べれば米が欲しくなる。
その欲求を満たすためにパンを口に放り込んで咀嚼した。
「・・・私の連れてきた兵力は騎士団3000と歩兵連隊五個だ」
「歩兵連隊の装備と編制は?」
「アダム・・・アラン大佐が教練を施した」
言い掛けてから名前を言い換えて、アダムスが訓練を行ったと説明する。
「銃に関して何だが・・・コレに関しては輸入した」
「輸入?」
「共和国からだ」
「信頼できるのですか?」
「我が国とは違う方式と弾薬でな・・・まあ、手間は掛かったが全て改造済みだ」
ならば大丈夫だろう。
「第一師団は損耗はしましたが三個歩兵連隊、一個騎兵大隊、一個砲兵中隊になります。親衛兵団約3000も含めて、我が軍の総兵力は20000程度です」
「お前なら如何する?」
挑むような目付きで、殿下は俺に問い掛けた。
俺は頭を悩ませた末に答える。
「騎兵重視の戦術で挑むほか有りません」
彼我の砲火力の差は圧倒的だ。
「真面に打ち合えば・・・まあ、負けない自信は有りますが、被害は甚大になるでしょう」
敵の砲撃の中を歩兵を前進させ、その上で劣勢の中で敵歩兵と正面切って殴り合う。
非常に厳しい戦いになるだろう。
絶対に勝てないとまでは言わないが、勝ったとしても、その後の戦闘の継続は不可能になる。
「レオンハルト王子の軍は未だ東部地域に余力を残しております。対して、我が方は未だ全勢力の集結には至っておりません」
「・・・一度の戦いの勝利では無い。明日の先の戦いを考えてか」
俺は無言で頷いた。
殿下は少し俯いて思案を巡らせ、それから顔を上げて、再度、問い掛けた。
「カイル。お前は誰が指揮するべきだと思う」
無意識の内に口角を僅かに歪ませた。
殿下の問い掛けに対する俺の答えと言うのは、たった一つしか無い。
俺は珍しく、敢えて笑顔を作って言った。
「アダムス・オルグレン・・・その一人を置いて他にはおりません」
自信満々に胸を張って言った。
殿下は、少し驚いた風にして問い掛ける。
「それで良いのか?」
「はい」
「あの男は・・・ああ、操られたとは言え、一度は牙を剥いた男だ。それに、コレまでの経歴から言えば、お前の方が相応しいと言う物が多いだろう」
「それでもです。指揮官を決めるのに必要なのは、ただ本人の実力を正統に評価する事だけ、伝記は必要ありません」
「・・・だが、そうなるとアラン・スミスのままでは行かないぞ?」
確かにその通りだ。
俺を含めた兵達は良いだろうが、貴族出身の指揮官や将校、そして何より騎士団は納得しないだろう。
今のアラン・スミスの経歴は貴族では無く、平民の生まれで有り、家柄や伝統を重要視する貴族などは到底従わないだろう。
何だかんだ言って、俺が色々とやりたい放題に命令を飛ばしても文句を言われないのは、俺が曲がりなりにも伯爵家の長男であるからに他ならない。
幾ら実力があっても平民の指揮官では貴族が抵抗する。
「オルグレン公爵の生まれとくれば、家柄だけで言えば誰も文句は言えない・・・が」
「アダムスには謀反の嫌疑が掛けられて・・・もっと言えば既に処刑が執行された」
バレたら酷いスキャンダルだ。
「流石に今のタイミングで・・・無理だな」
「まあ、そうでしょうな」
それは俺も予想が出来ている。
「お前が指揮をするのではいかんのか?」
と殿下が俺を指名するが、俺はあくまでも断る。
「私には無理です。これ程の軍勢の指揮は出来ません」
「・・・」
諦め悪く俺を見詰めるが無理な物は無理なので有る。
「今後の勝利にはアダムスの力は不可欠です」
「それは・・・確かに優秀なのは確かだが・・・だが、さっきも言ったが、現実的に無理だ」
本当に、こう言う軍以外の序列と言うのは煩わしい。
個人的には、そんな物は無視してしまいたい所なのだが、俺以外はそうは思っていない。
「でしたら殿下」
俺は妙案を思い付いて、と言うより、前から思っていた事を提案する。
「殿下が総指揮をお執り下さい」
「私がか?」
「ええ、と言うより、それ以外にありません」
この場で最も序列が高いのが王太子であるアレクト殿下で有り、また王国軍に対しての指揮権も持っている事から、そうするのが一番正しいのだ。
「だが・・・私は」
「それは私も分かっています」
アレクト殿下は頭は非常に良いが、頭が良ければ優れた指揮官になれる訳でも無い。
「アダムスを殿下の参謀として殿下の指揮の補佐をさせるのです」
「参謀?」
「はい。名目上の指揮は殿下が執る事に成りますが、実際はアダムスが全てを考えて判断いたします」
「・・・」
実際に、ドイツ帝国時代に行われていた手法だ。
当時ドイツ陸軍の将校は貴族出身の者にしか着けない物だったのだが、その補佐として、平民出身の有能な者が参謀に当てられていた。
彼等参謀は、時として実質的な軍の指揮を執り、数々の功績を挙げていた。
「殿下はあくまでもアダムスからの助言を受けて軍を動かすのです。指揮官は殿下です」
「・・・成る程」
こうして、俺は親衛兵団の兵団長として前線に立ち、面倒臭い全軍の指揮と言う大任から逃れた。
その生け贄としてアダムスに参謀と言うポストを用意して、華々しい表舞台へと押し上げる。
後は、アダムスとアレクト殿下が手に手を取り合って戦いに勝利した。
そう言う美談が残れば、今後、俺が面倒事を担当する事も無くなるだろう。
「如何してこうなったんだ」
翌日の戦い。
俺は軍の最右翼に立ち、親衛兵団を率いていた。
だが、どう言う訳だか、俺の直ぐ側にはリリアナ嬢が居る。
意気揚々と天幕を出たはずなのに、いきなりアダムスに笑いかけられた時は、何となく嫌な予感がしていた。
しかし、まさかこんな嫌がらせをしてくるとは思っていなかった。
「この度、アレクト殿下より親衛兵団の指揮下に入る様に命ぜられました。よろしく御願いいたしますわね。カイル・メディシア大佐」
本当に如何してこうなった。




