外伝 ラッカーンの戦い
はてさて、お嬢と言い、あのダークエルフの女士官と言い、あの野郎はコレから苦労しそうだ。
何だってあんなデブが、あんないい女に惚れられてんのか、世の中ってのは、不思議な物だ。
「ミハイル」
そうこうしている内に、お嬢が近づいて声を掛けてきた。
「何でしょう。お嬢」
俺は何時も通りに礼をして、お嬢に応える。
この戦いでは、俺は第一師団長として、お嬢の指揮下に入った。
防衛陣地作ってる所に、いきなり来たかと思えば、後にお貴族様を引き連れているのを見たのは、かなりビビった。
そんで、来たかと思った次の瞬間には、レンジャー共を助けるとか言いだして出て行って、本当に助けてくるんだから、スゲえ人だと思った。
「本当にわたくしが指揮をしてよろしいのですか?」
「勿論ですよお嬢」
と言うか、お嬢が総大将になってくれないと、お貴族様が納得しないだろうし、言う事も聞いてくれないだろう。
「もう一度、現状を教えてくれないかしら?」
「了解です。お嬢」
一度説明はしたが、確認のためにとお嬢が防衛戦略を聞いてきた。
「先ず、俺達第一師団の残存は凡そ一万程度、敵勢力は見積もりで二万五千程度になります」
「ええ、それは承知しておりますわ」
「それで、俺達の戦略としては、ここ、ラッカーンに本陣をしいて街道を通る敵軍を阻止するって事になります」
カイルから防衛を指示された後、俺と第一師団はラッカーンと言う村に陣を張った。
ラッカーンは人口二百人程の村落で、周辺は広大な麦畑となっている。
王都の食糧事情を支える重要な村であるこの場所は、周囲を見回しても林も山も無い平野で、見渡す限りの麦畑は、まだ種が撒かれたばかりで隠れるところは何処にも無い。
「本陣を村に置き、右翼側には第五連隊と最右翼の騎兵大隊、左翼側には第六連隊、第二連隊、軽装歩兵大隊を置いています」
「ええ」
「お嬢の連れてきた義勇騎兵隊は最左翼の配置になります」
「ええ」
戦列は左翼側に長い緩やかな弧を描く形で形成され、各隊戦列の後方には塹壕を掘ってある。
「基本的には敵の前進に対しては、この村の中に置いた砲兵中隊と左翼の軽装歩兵による集中射撃で阻止する予定でした」
しかし、ここでお嬢の連れてきた義勇騎兵隊の中から、更に魔法を使える人員を選抜して独立魔法兵中隊が分裂し、コレを持って、両翼からの砲撃を敵に集中する事が出来るようになる。
「レンジャーの連中も弾薬の補給が出来た事で、充分に役に立ってくれるでしょうよ」
連中の怖さは、俺が一番良く知っている。
たったの百人足らずだろうが、連中が恐ろしいのには何の変わりも無い。
「どの位、耐えられますの?」
「・・・」
俺は答えに窮する。
一体、どの位耐えられるのか、と尋ねられれば、分からないとしか言いようが無い。
「此方の方が兵力で圧倒的に劣っています」
「・・・」
「我が兵は士気も低下していて、装備も決して優れている訳ではありません」
「そう・・・ですか
「極めつけは砲火力でしょう」
此方の砲は全部で6門。
小型で威力、射程、共に弱体と言わざるを得ない。
カイルの奴も、ウチの砲を見て共和国のを見た後だと随分見劣りすると言い、4ポンド砲と言っていた。
ポンドがどう言う意味かは分からないが、曰く、小口径で砲弾の重量が軽いと言う事らしい。
「ただ、まあ・・・」
「?」
「やれと言われたのなら、俺は最期までやりますよ。もう、逃げるのは嫌なんでね」
「そうですか・・・頼みますわよ」
「はい」
それから俺は更に、各隊の細かい配置を行う。
一先ずレンジャーは村に配置し、東側正面の壕に置き、次に、第五連隊第三大隊から一個中隊を街道上、東へ5kmの地点に前進させた。
だが、移動させた中隊が直ぐに戻った。
「報告です。敵軍を発見」
既にレオンハルト軍は直ぐ近くにまで迫ってきていた。
報告を受けて直ぐに東に眼を移すと、前進してくる敵の姿が次第に大きく見えくる。
「早い・・・」
俺は呆然として呟き、直ぐに気を取り直す。
「直ちに全軍に通達!戦闘用意!」
「了解!」
伝令を放ち、それからお嬢の下へ向かう。
「お嬢!」
「始まりですわね?」
「はい」
時は昼を僅かに進んだ程の頃。
午前までの濃い霧の晴れた今は、天高く日射しの射し込む秋晴。
敵軍は歩兵部隊を前面に押し出した深度の深い縦隊を組んで前進を開始した。
見る限り、敵軍の前列にはパイクを構えた兵が並んでおり、恐らくは銃兵を護るための壁役だろう。
「敵軍距離350!」
敵軍は当初、ゆっくりと前進を開始した。
恐らくは重砲の移動に気を取られているのだろう。
周囲の麦畑は良く鋤き返されており、更に今日までの天候によって土が良く水気を吸って少し泥濘んでいる。
コレでは重量のある砲を運びながらの前進は手間だ。
少しでも時間が稼げていると言う事を嬉しく思っていると、銃声が鳴り響いた。
「今の銃声は何だ!」
「報告!レンジャー隊が射撃を開始しました!」
敵軍との距離はまだ離れている。
にもかかわらず射撃を開始したレンジャーは、一体何をやっているのかと思うと、進んでくる敵兵が数人倒れている。
「アレは・・・」
「・・・中っていますね」
信じられない事に、ダークエルフ始めとしたレンジャーは350mと言う常識外れの距離でも有効弾を出したのだ。
「凄いですわね」
「・・・」
これ程の距離になれば恐らく弾の弾道は直線では無く山なりを描く様になるはずだ。
その威力も随分と低くなって、急所にでも中てなければ効果は無いだろう。
お嬢も凄いとは言っているが、それどころの話では無い。
ハッキリ言って不可能に近い事をを実現している。
「やってくれる・・・」
「ええ・・・コレで少しでも敵が減れば」
お嬢が俺の呟きに同意する様に口を開く。
「いえ・・・それだけではありません」
「え?」
「確かに彼奴らの射撃は敵兵を撃ち殺しています。ですが、奴等の射撃はそれ以上の効力を出しているんです」
「と言いますと?」
俺はレンジャーの妙技を眺めながら言う。
「コレまでの三日間、敵は嫌と言うほどにレンジャーの連中の射撃の正確さを味わっている筈です」
「そう・・・ですわね」
「この距離でも中てられる。その事が敵に与える効果と言うのは、何も一人二人を死だけでは無く、安全な筈の距離ですら死の危険があると言う心理的な圧迫、そして、実際に中てられていると言う事実故に、敵の指揮官は砲兵を前に出す事が出来なくなります」
「・・・成る程」
「奴等は・・・レンジャーはただ敵を撃ち殺す事だけで、一軍を留める程の威圧を相手に与えているんです」
コレでアッチは砲兵隊を前に出せない。
限定的に優勢の砲火力を投射できるチャンスだ。
「ミハイル」
「何ですか?お嬢」
「軽装歩兵隊に同じ事は出来るのかしら?」
「不可能です」
俺は即答で答える。
「レンジャーとウチとでは装備の質が違いすぎます」
それだけでは無い。
練度にも差が有りすぎる。
軽装歩兵は師団中の射撃の上手い奴を集めて訓練をしている。
だが、そんな軽装歩兵の練度も、カイルの部下達の前では雛の様な物だろう。
「・・・今の大陸の兵達を全て集めたところで、質においてカイルの兵に勝る強者はいないでしょう」
「それ程の・・・」
「はい・・・特に、あのダークエルフの女士官・・・アレは正真正銘の化け物ですよ」
あの女とくれば、撃つ度に間違いなく敵兵の急所を撃ち抜いている。
「・・・あの時に彼奴らが仲間だったら」
敵軍が脚を止めた。
本当に、あんな味方を持つアイツが羨ましくて仕方が無くなる。
「・・・」
「ミハイル?」
少し考え込んでしまって口を噤むと、お嬢が心配そうに声を掛けてくれる。
「いえ・・・何でも無いっすよ」
俺は首を振って意識を切り換えた。
「ミハイル」
「はい」
「砲兵隊に指示を」
「了解です。・・・砲兵中隊!砲撃用意!!」
お嬢に言われて直ぐ、命令を復唱して指示を出した。
その指示の通りに砲兵中隊が準備を始める。
「敵軍、距離320!第一から第六まで斉射!」
横一列に並んだ6門の軽砲に砲兵隊が砲弾を詰める。
発射様の装薬の包まれた油紙にナイフで切り込みを入れて、確りと砲身の奥の薬室に押し込み、そこから今度は拳よりも僅かに大きい鉄球を転がして装填する。
それから、発射角度の調整に入った。
敵に対しての砲撃の際、砲弾は敵の少し前に着弾する様に調整して放つ。
そうする事で、砲弾は地面に着弾した後でバウンドし、敵の戦列を転がるように進んで敵兵の足を吹き飛ばすのだ。
「砲撃準備完了!!」
砲兵隊からの準備完了の報告が上がった。
「よし!」
コレで先手が打てる。
そう思った矢先に、砲声が響いて俺の鼓膜を震わせやがった。
「誰だ!!誰が撃った!!」
俺が砲兵隊に向かって怒鳴ると、誰も撃っていないと言う風に身振りをする。
そんなはずは無いと思って確認しようとした瞬間、重々しい着弾の音と共に、近くの畑の土が跳ね上がった。
「着弾!!敵弾着弾!!」
撃ったのは、此方の砲兵では無かった。
先程の砲声は、敵の砲兵隊の撃った音だった。
「師団長!敵の砲撃です!」
「分かってる!!」
そんな事は言われなくても分かっている。
分からないのは何処から撃ってきたのかだ。
「ミハイル!」
右往左往として、敵の砲撃地点の分からないでいた俺に、お嬢が呼び掛けて敵の砲を指差す。
「ミハイル!アッチです!アッチから撃ってきたのです!」
何を当たり前な事をと思った瞬間、もう一度砲声が響いた。
それと同時に、敵の戦列の後で白煙が上がる。
「兵の後から撃っているのですわ!」
再び敵弾が着弾する。
「さっきよりも近い・・・!」
敵は戦列後方から頭上を跳び越す様にして砲撃をしている。
常識外れ極まりないと言うか、普通はそんな危険な事はしないものだが、何はともあれ、初弾を奪われたのは確かだ。
「敵は戦列の後から撃っている!!だが、そうそう中るものでは無い!!初撃は此方が取るぞ!!」
声を張り上げて味方に檄を飛ばした。
敵の砲撃は大きく山なりを描く様に飛んできている。
となれば、砲撃から着弾までは僅かに時差が生じ、跳弾も期待できないからピンポイントに中てて来れなければ被害はで無い。
「第一砲兵中隊!!撃て!!」
直後に響く轟音は、聞く度に心が震えて高鳴る。
はじめてこの音を聞いたときから、俺はもう夢中になっていたのだ。
そして、今日、はじめて本格的に使う時が来た。
それは実に喜ばしい事で、今日が俺達の栄光の始まりだと確信する。
だが、俺の思い描いていたのとは裏腹に、撃ち出された砲弾が敵に中る事は無かった。
「何が有ったのです?」
応えは簡単だった。
砲弾がバウンドしなかったのだ。
「恐らく地面が緩すぎるのでしょう」
「緩い?」
「良く鋤き返された上に先日の雨と午前までの霧で泥のようになってしまって、砲弾が跳ねずに埋まったのです」
コレは予想外だ。
まさかこんな事が起こるとは考えもしない。
「敵弾!第三射!!」
兵の一人が叫ぶと、それから僅かの間を空けてから地面の土が空を舞った。
「近づいてるぞ!!」
双方共に砲撃をピンポイントに中てる必要が出た。
敵は徐々に此方に近付くように角度を調整しながら砲撃をしてきてる。
「砲兵中隊!!第二射撃て!!」
再び砲撃を指示すると、即座に応じて俺達の砲が火を吹いた。
「どうだ!」
観測員に弾着を確認する。
「ダメです!!まだ遠い!!」
「っち!!角度調整!!第三射用意!!」
肌寒いと言うのに額には大粒の汗が浮かんで流れる。
「第四射!!来る!!」
敵の砲声が聞こえる度に身が氷る様な想いをして、それが外れたと分かる度に安堵する。
本当に心臓に悪い仕事だ。
「ミハイル、敵が近づいてきますわ」
敵が前進を再開した。
速度はそれ程早くは無く、戦列の先頭に銃兵が立っている。
「いよいよですわね」
覚悟をするようにお嬢が言った。
「師団長!!」
「っ・・・!撃て!!」
砲兵から声が掛けられるなり、直ぐに砲撃を命じる。
「ダメです!!まだ遠い!!」
此方の砲撃はまだ中らない。
「敵弾来る!!」
そうこうしている内に敵が第五射を放った。
「っぐああああ!!」
悲鳴が上がる。
「第五連隊第三大隊に被弾!!」
敵の砲弾は殆どが外れた。
だが、数発が右翼の五連隊に直撃弾を出してしまう。
「っ!・・・来るぞ!!敵の効力射だ!!」
いよいよ持って、敵の砲兵が本腰を入れて砲撃を開始するだろう。
まごまごしていれば此方の陣に砲弾の雨が降ることになってしまう。
その砲撃の支援に支えられた敵歩兵は、悠々と前進して俺達を射程に収め、数に任せて押し潰す。
「ミハイル!」
お嬢が縋るような眼をして俺に叫んだ。
「っ!!」
今すぐに敵に反撃をしなければ俺達の負けになる。
「・・・砲兵中隊!!」
俺は何の考えも無しに砲兵に叫んだ。
「・・・!」
叫んでから、何か無いかと考えて、それから、一瞬、思い付いた事を命じる。
「第一から第六は各自角度をズラして照準しろ!!」
そう命じて見た瞬間、信じられないと言う様な部下達の視線が突き刺さる。
「早くしろ!!第一から1度ずつだ!!」
有無を言わせぬ様に、無理矢理に怒鳴り付けてやると、兵達が不承不承と従って角度を調整する。
「準備完了!!」
「よし!!各砲!第一から順番に砲撃!!」
次に俺は斉射では無く、順番に撃つように指示する。
「第一撃て!!」
一度、砲声が鳴る。
「外れだ!!まだ遠い!!」
「二番撃て!!」
観測の声を聞いて直ぐ、二番の砲撃を命じた。
「遠い!!」
「っ!!・・・三番!!撃て!!」
三度目の正直、三番目の砲撃はどうかと俺は祈った。
だが、返って来た言葉は俺の求める物では無い。
「まだだ!!」
「敵!!第六射!!」
四番に砲撃を命じる前に、敵の砲が撃ってきた。
「伏せろ!!」
今度の砲撃は間違いなく此方に届いて、直ぐ近くで土埃が巻き上がる。
「第五連隊、第六連隊に着弾!!被害多数!!」
「此方第五連隊第三大隊!!大隊長戦死!!中隊長戦死!!」
「っ!!」
「ミハイル!!」
「四番から六番!!撃て!!」
悲劇的な報告と、お嬢からの悲痛な叫びに、俺は怒鳴るように残りの三門に砲撃を命じた。
「頼むっ・・・!
放たれた三発の砲弾は、空を切って浅い放物線を描いて飛び、そして地に落ちる。
「どうだ!!」
観測に直ぐに叫んだ。
「・・・命中!!命中!!」
漸く、此方の砲撃が中った。
だが、中っただけでは不十分だ。
「何番だ!!」
「っ・・・!第五・・・第五だ!!五番砲が中った!!」
弾かれる様に砲兵に向かった。
「五番砲だ!!全員五番に角度を合わせろ!!」
距離が分かったのなら後は簡単だ。
敵部隊の前進に合わせて砲の角度を調整させる。
「第二連隊に連絡。直ちに前進を開始と」
お嬢が伝令を放った。
その、お嬢の判断には意を唱えるつもりは無いが、俺はお嬢に向かって言った。
「お嬢」
「何ですの?ミハイル」
「第五連隊も前進させましょう」
左翼の二連隊だけを進めただけでは簡単に対処されてしまう。
攻撃は出来る限り広範囲で、かつ、効果的に行う必要がある。
「ですが・・・」
「五連隊なら問題ありません!」
お嬢は恐らく砲撃を受けた五連隊を案じて前進を命じなかったのだろう。
だが、俺には確信がある。
それは、連中なら問題なく行動が出来るはずだという確信が。
「・・・第五連隊は前進、攻撃に移って下さいませ」
お嬢は、少し逡巡すると顔を上げて命じた。
「第五連隊!!前進!!最右翼の意地を見せろ!!」




