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外伝 兄さんって、結構不憫ですね

本編が全く進みません。

「・・・はあ」


 溜息しか出ない。

 あの日からずっと、口を開けば溜息しか出てこない。


「はぁ・・・」


 目の前で、学園の講堂のステージ上で、威風堂々として言葉を紡ぐあの人を見ていると、本当に溜息しか出てこない。


「落ち込んでいる様だな」


「・・・殿下ですか」


 隣にロムルス殿下が立つ。

 僕は、随分不敬な態度を取ってしまったけど、殿下はそれを気にも止めずにステージの上の人を見詰めた。


「フラれたな」


「・・・言わないで下さいよ」


 殿下の言うとおり、僕はリリーにフラれてしまった。

 彼女にとって、僕という存在は兄さんの弟と言う物でしか無くて、リリーは僕とはそう言う事は考えられないと言った。

 その上で、リリーは家に命じられれば甘んじて受けるとも言った。


「メディシア伯爵とホークス侯爵に言えば、叶うんじゃ無いか」


「・・・分かってて言ってます?」


「ああ、勿論」


 もしも、殿下の言う通りに父さんにリリーとの婚約を頼めば、父さんは二つ返事でリリーのお父さんに打診するだろう。

 ホークス侯爵も、父さんに頼まれれば嫌とは言わない筈だし、こう言ってはなんだけど、僕が相手なら侯爵も納得するはずだ。


「・・・兄さんには何も負けてない筈なんですけどね」


「そうだな。客観的に見ればお前は全てにおいてカイル大佐に勝るだろう」


 確かに、兄さんは多くの戦いを経験して何度も勝ってきた英雄だ。

 だけど、僕はそれでも兄さんには負けていないと自信を持って言える。

 顔の善し悪しもそうだし、頭の良さだって、こう言っては何だけど負けてないし、少なくとも頭は悪くない自信がある。

 それこそ、単純な強さに関しても、僕なら兄さんと一対一で戦ってみれば、百回戦っても一度も負けない。

 けど、そんな事は何の意味が無い。


「反則ですよ」


「?」


「兄さんと戦って勝てる訳が無いじゃないですか・・・あんなにカッコイイんですもん」


 何だかんだと言っても、僕は兄さんには勝てそうに無い。

 兄さんはきっと、一人でも生きていける。

 どんな場所でも、どんな状況でも、一人で生きて一人で戦って、そして、戦いが終わる頃には沢山の味方が着いてくる。

 あんなのは僕には出来ない。


「僕が、兄さんに勝てる訳が無いですよ。僕が勝ちたくないと思っちゃってるんですから」


「意外だね」


「何がですか?」


「アルはカイル大佐の事は嫌いでは無いのだね」


 意外そうに、そう言われると、逆に僕の方が意外に思った。


「何故です?」


 僕は兄さんの事は嫌いじゃ無い。

 むしろ、兄さんの事は尊敬しているし、大好きな位だ。


「同じ女性を好きになって、それも兄弟でこうも扱いが違うのに・・・私はアルはカイル大佐の事は・・・」


「良く言われますよ」


 不敬にも、僕は殿下の言葉を遮って言った。


「良く言われます。でも、僕は兄さんの事は心から尊敬しています。あわよくばリリーととも思ったのも事実ですけど、兄さんとリリーが結婚すればとも思ったのも本当です」


「・・・」


「・・・兄さんが確りとリリーと仲良くしてれば、こんな風に思わなくて済んだんですよ」


 段々、兄さんに腹が立ってきた。

 兄さんだって、リリーの事が好きなくせに、あんな風に格好付けて思わせ振りな事を言うから、僕だってチャンスが有るなんて思ってしまったんだ。

 リリーも兄さんの事が好きなら、もっと早くから素直になっていれば良いのに、自分で兄さんを遠ざけておいて、ヤキモキするなんて随分と酷い人だ。


「兄さんとリリーには随分振り回されてしまいましたよ」


「・・・そうかい」


 全く、リリーは素直になるのが遅すぎるよ。

 早くしないと、他の人に兄さんを取られるって言うのに、本当に動きが遅すぎる。


「って言うか、兄さんって妙にモテてますよね」


「まあ、確かにな」


 リリーに好かれてる時点で世界一幸福なくせに、あんな美人で一途な女性にも好かれてて、本当に不公平だと思う。


「エスペリア皇女との縁談も持ち上がっていますしね」


「そうですよ。あの皇女様も結構な美人でしたよ」


 まあ、皇女様の件は帝国の意向とか、色々裏がありそうだけど、兄さんなら何だかんだで上手くやれそうな気がする。


「冗談抜きに大佐の今後は国の未来を左右するよ」


「・・・」


「特に重要なのは結婚相手だね。正直な所を言えば、状況的には最早リリアナ嬢は微妙だろうね」


 それも予想は出来ていた。

 今現在、兄さんはアレクト派のビッグネームで、将来的には陸軍の最大派閥を築くだろう。

 予想される影響力は軍内部だけで無く、政治や社交の場においても絶大な影響力を持つのは間違いない。

 今や、兄さんは国内で一番の出世頭で、次期国王の懐刀だ。


「カイル大佐の結婚相手の選定は、今後非常に重要なポイントになるでしょう。ある意味でアレクト兄上の結婚相手よりも慎重に選ぶ必要があるね」


「・・・」


 そうなってくるとリリーの立場が本人の恋路を邪魔する事に成る。


「戦後は兄上は派閥の結束を固める必要が出てくるでしょう。そうなると東部の雄であるホークス侯爵家とは正直言って近付き難いでしょう。ホークス侯爵のこの戦いでの貢献度も低いですし、東部全体が軽んじられる様にも成るでしょうしね」


 東部諸侯がレオンハルト殿下の支持を表明している今現在、それを抑えるべき立場のホークス家の王家への貢献は低く、むしろ、レオンハルト殿下に利する様な動きも見られる。

 恐らくは、表向きにはどちらにも関わらない中立を貫きつつ、最後に勝った方にゴマを擦ろうと言う魂胆なんだと思う。


「侯爵家取り潰しと言う事は無いでしょう。けど、重要ポストには就けないでしょうし、それこそ、結束が必要な時期に婚姻と言うのも難しいでしょうし」


「・・・」


「割と本気でアルとリリアナ嬢の結婚の可能性が高いんじゃないかな?」


 侯爵は今頃頭を抱えているだろうな。

 状況を考えれば兄さんとリリーの婚約は解消しないといけない。

 解消しなければ家としての誇りを汚されたままになってしまって、他の家から軽んじられるだろうし、それを我慢しても、多分、方々からの圧力で婚姻は無理だろう。

 せめて、あの時の言い合いがなければ何とかなったかも知れないけど、もう無理だろう。


「・・・」


「今、少し喜んだね」


「・・・まあ・・・でも、やっぱり、僕は兄さんには幸せになって欲しいです。リリーの事も・・・いや、リリアナさんの事も応援しています」


「そうかい」


 今、目の前で声を張る彼女には、どんな未来が待ち受けているのか、願わくば、彼女の臨んだ道を歩ける事を切に願う。

 そんな事を思いながら、彼女の言葉に耳を傾けた。







 皆様、わたくし達は貴族です。

 貴族には義務が御座います。

 祖国の危機に在って、わたくし達は身を以て国と王家と国民に奉仕する物で御座います。

 それは皆様もご存じの通りで御座いますわ。

 では、お聞き致しますが、皆様の中で、その義務を果たしている方はどれ程いるでしょうか。

 少なくとも、ここに居る時点で、義務など果たしていないはずですわ。

 わたくし達は貴族として、コレまで権利ばかりを主張して来ました。

 では、何時になれば義務を果たすのでしょうか。

 それは、今で御座います。

 今、一人の殿方が一心に貴族の勤めを果たしています。

 ここで、敢えてその方の名前を言う必要は御座いません。

 ですが、その方の献身は、ここで常日頃から王家への忠誠を謳う、どの方よりも雄弁に語っています。

 決して言葉にはせず、ただ行動のみでその方は忠誠を示してこられました。

 では、わたくし達は如何すれば良いのでしょうか。

 ただ、ここで一人の殿方の忠誠と献身を眺めて、後になってその方に二三の言葉を掛けて、そして自分の勤めは終わったと満足げにパーティーで笑うのでしょうか?

 それとも、剣を取って、甲冑を纏って、馬に乗って、わたくし達の始祖がそうした様に泥にまみれますか?

 遠い未来、わたくし達に子供が出来た時その子が更に子を成した時、この時の事を何と言って聞かせるのでしょう。

 貴方の御爺様は国家の危機に瀕して、王家への忠誠が問われる瞬間に、家に籠もってワインを嗜んで暖炉の前で大言を口にしていたんだと言いますか?

 そうではないでしょう。

 貴方の御爺様は、貴族の務めを果たしていたと、馬を走らせて戦場を駆け回り、王家と共に戦ったのだと、暖炉の前で子供達に言って聞かせて、貴方たちも、そう有れかしと言うのです。

 ここまで言えば、後は如何するべきかお分かりになりますわね?

 ・・・今だけは、はしたないなんて言わないで下さいませ。


「我こそは、と思う方はわたくしに着いてきなさい!!貴族の務め!全力で果たしますわよ!!」







「アレを最初からやってれば、今頃は僕も伯父さんだったかも知れないのにな」


「確かに、お似合いの様だね」


 どうしてこうなったのか、兄さんにタップリと問い詰める必要がありそうだ。

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