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外伝 わたくしと婚約者様が遂に破局して、その後、一つの決断を下した件について

 もう覚悟は決まった。

 遂にあの方との縁が切れてしまった今、もう何も怖がる事は無い。


「・・・」


 先ずは、準備から始めなくてはいけない。


「お嬢様?何か御用でしょうか?」


 シエイラが声を掛けてくる。

 タイミングの良い。

 

「ねえシエイラ?」


「はい」


「わたくしと貴女はどれ程の付き合いになるかしら?」


 シエイラとは10年来の付き合いになる。

 物心着く頃には既に側に居てくれて、わたくしが最も信頼する相手でもある。


「もう随分な付き合いになります。お嬢様」


「そうね・・・初めて会った時はどんな風だったっかしら」


「・・・あの日の事は今でも鮮明に思い起こせます」


 シエイラはわたくしの言葉に笑顔を浮かべて応える。


「あの日、初めてお屋敷に上がった私に、初めて会った私に、お嬢様は微笑んで下さいました。思えば、あの瞬間に私の運命は決したのです」


「・・・」


 あの日、わたくしもまた、シエイラに出会った瞬間に喜びに包まれた。

 再び彼女に出会う事が出来て、もう一度、シエイラと語らう事が出来て、わたくしは、本当に嬉しかった。


「お嬢様と出会う事が出来た。それこそが私の人生の一番の幸運で御座います」


 シエイラもわたくしと同じように思ってくれている。

 それが溜まらなく嬉しくて、自然と口角が上がる。


「そうですわね。わたくしも、貴女に出会えて良かったわ。シエイラ」


 そう言うとシエイラは嬉しそうにして笑顔を見せてくれる。

 彼女に会えて良かった。

 彼女がわたくしのメイドで良かった。

 本当に、こころからそう思える。


「ねえ・・・シエイラ」


「はい?」


「コレ・・・見覚えが無いかしら?」


 わたくしはシエイラに対してカイル様の小姓から預かった手紙を取り出す。

 わたくしの名前で出された見覚えのない手紙、そこに綴られた誰にも言った事の無いわたくしの気持ち。

 決して有り得るはずの無い手紙を、無二の親友に突き付けて問い詰める。


「・・・」


「シエイラ・・・コレを書いたのは貴女ね?」


「・・・」


 シエイラは何も言わない。

 でも、わたくしには分かる。


「言わなくても分かりますわよ。だって、貴女とわたくしは長い付き合いですもの」


「・・・」


「シエイラ・・・」


「・・・お嬢様を欺くつもりは御座いませんでした」


「分かっていますわ」


 何故こんな事をしたのか、わたくしは実の所を言えば、分かっている。

 だけど、わたくしはシエイラの本人の口から聞きたかった。


「シエイラ・・・貴女、昔の事を覚えていますわね」


「・・・それは」


「勿論、今の人生の事ではありませんわ」


「・・・やはり、お嬢様も」


 シエイラがそう言うと言う事は、つまり、シエイラもまた、わたくしと同じと言う事。


「お嬢様と会った瞬間、私は全ての過去の事を思い出しました」


「・・・」


「あの瞬間、正に前世と言うべき記憶が私の中に流れ込んできました。お嬢様との出会い、あの男の仕打ち、お嬢様との別れ・・・そして、新たな出会い・・・全て思い出したのです」


 シエイラは嘗ての人生で、わたくしが結婚するまで何時も側に居てくれた。

 そのシエイラと今生でも一緒に居る事の出来たのは、本当に幸運でした。


「・・・お嬢様が嫁がれてから暫くして私はお屋敷からお暇を頂きました」


 その話は知っていました。

 わたくしがカイル様に嫁いでからシエイラが屋敷を出たのは、わたくしの耳にもと届いていた事で、当時は少し寂しく思ったのを今でも覚えています。


「私は、その後、実家に戻って家業の手伝いをしていましたが、それから数年して、お嬢様がお亡くなりに成られたと聞いたときには、目の前が真っ暗になりました」


「・・・」


「風の噂で・・・王都に偶々戻った時に聞いた噂で、お嬢様の御子が残されていると聞いた時、私は居ても立っても居られませんでした」


 わたくしの子、わたくしとカイル様の間に出来た唯一の子供、あの子の事はわたくしも大いに気になる所です。


「あの子は・・・無事だったのかしら?」


「はい。私が見つけ出したのは10歳の時ですが、とても健やかにされていました」


「そう・・・」


 一つ、気掛かりになっていた事が知れて良かった。


「若様にはそれから6年お仕えしました。お嬢様に似てお優しくて美しく成長されました。惜しむらくは、お側にお仕えすることが出来なくなった事。私が、死んでしまった事でしょう」


「・・・どう言う?」


「若様はお嬢様と旦那様・・・カイル様の名誉を回復させようと働いておられました。その最中、刺客が差し向けられたのです」


「・・・」


「私は・・・私はもう、主を失うのは嫌だったのです」


 シエイラは、あの子の為に命を犠牲にして助けてくれた。

 わたくしが死んでしまっても、それでも尽くしてくれたシエイラの献身には感謝にたえません。


「私は再びお嬢様にお仕えできて幸せで御座います。ですが、今の私はそれだけでは足りないのです」


「え?」


「お嬢様の御子に・・・もう一度若様にお仕えする事、それが私のもう一つの願いで御座います。その為には、お嬢様には結婚して頂かなければいけません。出来る事なら、カイル様との間に子をなして頂かなければいけないのです」


 まさか、親友が私の結婚と出産をここまで切望しているとは夢にも思いません。


「お嬢様のお気持ちは分かっているつもりで御座います」


「・・・」


「お嬢様がカイル様の事を好いておられる事など分かり切っています」


 面と向かって言われるととても恥ずかしい。

 自分で顔が熱くなって赤くなるのが感じられて、頭にはカイル様の事が思い浮かんでくる。


「でも・・・それは」


「お嬢様の気持ちも理解できます・・・怖いのでしょう?」


 そうです。

 わたくしは怖いのです。


「もう・・・あんなのは嫌なの」


 御父様を連れて帰ると言って出て行ったあの方は、二度とは帰ってこなかった。

 わたくしもまた会えると言って、あの子を残して命を絶った。


「わたくし・・・自分で思っているよりもずっと怖がりなの」


「お嬢様・・・」


 もしも、またあの方を、カイル様を失ってしまうのかも知れないと、そう思うだけで足が竦んで、如何しても遠ざけるような事しか出来なくて。

 でも、それでもわたくしは未だに惹かれ続けている。


「お嬢様は幸せに成るべきなのです!過去の事など気にせずに!・・・」


 シエイラは涙を流しながら、わたくしに抱き付いてくる。


「気にしてしまいますわよ・・・如何しても」


 カイル様は強い。

 私の知らない幾つもの顔を見せて、既にわたくしの知らない一の様になってしまっている。

 それでもわたくしはカイル様に惹かれてしまって、それ故に、カイル様を失う事を恐れてしまう。


「何故!お嬢様は・・・もっとご自愛下さい!もっと我が儘を言って下さい!」


「・・・」


 我が儘を言って欲しい。

 言われてみれば、わたくしは今の人生で我が儘を言ってこなかったかもしれません。


「もう、お嬢様は一人ではありません。カイル様は嘗ての様に弱くはありません。カイル様は・・・今のカイル様は強くなりました。この国で一番強くなりました」


「そうね・・・カイル様は強くなった・・・でも、今のカイル様は何時も死と隣り合わせで・・・」


「あの方は死にません!」


 意外なほどに、シエイラはカイル様の事を信じている様な風に言葉を紡ぐ。


「決してあの方はお嬢様を置いては逝きません!例え千の騎士に阻まれても、万の兵に囲まれても!あの方は必ず帰ってきます!!全ての壁を越えて、全ての敵を打ち破って帰ってきます!!必ずお嬢様の元へと帰って来ます!!あの方は変わられたかも知れませんが、それでも変わっていない所もあります!!」


「・・・」


「あの方の家族への思いは、些かも変わってはいません!!」


 そう、カイル様は家族を大事にされる御方。

 それは、今でも決して変わってはいないとわたくしも思う。


「もっとご自分の事を考えて下さい。お嬢様・・・」


 咽び泣くシエイラを抱き留めていると、段々とわたくしの視界も歪んでくる。


「ごめんなさい・・・シエイラ」


「お嬢様・・・!」


 もしも、あの時に我が儘を言っていたら、あの方はわたくしを選んで下さったでしょうか。


「・・・無理ですわね」


 きっと、あの方にとって、今のあの方に取って一番大事なのは、部下の方々なのでしょう。

 それは、きっと、あの方に会った日に全てが決まったのでしょう。


「ありがとうシエイラ。こんなわたくしの為に尽くしてくれて」


「お嬢様・・・貴女以外に誰が私の主人となりますか。貴女をおいて私の主人となるべき方は一人しか存在し得ません」


「ありがとう」


 漸く、今日、わたくしは産まれた様に思います。

 カイル様を失うのはとても嫌な事です。

 けれど、カイル様が他の女の隣に居るのは、もっと嫌な事です。


「シエイラ」


「はい。お嬢様」


「わたくし・・・少し我が儘に生きて見ようと思うの・・・どう?」


「はい。よろしゅう御座います。お嬢様」


「我が儘なんて何時以来かしら」


「そうで御座いますね」


 何だかとても身体が軽くなって様な気がして、今なら何でも出来る様な気がします。


「それにしても、旦那様・・・カイル様もカイル様です!」


 羽のような気分で居ると、不意にシエイラが不満を顕わにして言葉を発する。


「あんな野蛮人とお嬢様を天秤に掛けたばかりか、あろう事か、野蛮人を選ぶなど!」


「シ、シエイラ・・・」


 これ程に激昂するシエイラは前世から今生を通じても珍しく、わたくしの見た事の無いほどに眼を釣り上げている。


「あの方はもっとお嬢様の事を思いやるべきなのです!ご自分から手紙も送らずに、私が出した手紙にも結局返事も寄越さず!如何言うつもりですか!」


「わたくしに言われても困りますわ」


「かと思えば、あんな辺境の野蛮人にうつつを抜かして!」


 随分とカイル様に不満があるらしいシエイラは更に言葉を続けている。

 そんなシエイラに、わたくしは話し掛ける。


「シエイラ御願いがあるの」


「・・・御願いですか?」


「ええ・・・早速わたくしの我が儘、聞いて下さらない?」


 覚悟は決まりました。

 わたくしはシエイラにある頼み事をして、早くに眠りに着く。

 久し振りの我が儘に胸が躍る。


「本当に・・・如何してこうなったのかしらね」

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