外伝 せめて、生きている限りは
「・・・」
暗闇の中、二つの足音が近付いてくるのが感じられる。
恐らくは歩哨だろうと思うが、何の話し声も聞こえないと言う事は、それなりに真面目にやっている様だ。
それもそうだろう。
この三日間、徹底的に隙を見付ける度に攻撃を繰り返してきたのは我々なのだ。
「・・・」
歩哨は更に近付いてきた。
ゆっくりと、音が出ないようにナイフを抜いて構える。
刃渡り35cmの片刃の大振りなナイフは、この時の為に刃は火で炙って煤で黒く染めてある。
「・・・なあ」
「何だ?」
歩哨がパタリと止まって声を発した。
「俺達は何時までこんな事をやってんだ?」
「・・・俺に聞くなよ」
「だってよぉ・・・要するに王子様方の兄弟げんかだろ?何だって、俺達が関係ない兄弟の意地の張り合いに巻き込まれなきゃなんねぇんだ?」
「俺も知らねぇ・・・てか、そんな事、誰かに聞かれたら首が飛んじまうぞ」
「構いやしねぇよ。誰も聞いてねぇさ」
歩哨の愚痴は続く。
どうやら、敵の兵士の士気は大分落ち込んでいるらしく、コレまでの我々の闘争は無駄では無いと実感される。
「はあ・・・帰りてぇな・・・」
「俺もだよ・・・」
「俺・・・実はさ、嫁が腹が膨れててさ」
「子供かい?」
「この冬に産まれる予定なんだよ」
「そうか・・・」
「だって言うのによぉ・・・何だって、こんな所で殺し合いなんてしなきゃ・・・」
「・・・」
「しかも・・・相手はあの若様・・・カイル様だろ?」
「ああ・・・まさか、あの方と戦う事に・・・」
話を聞く限り、どうやら歩哨の二人はカイルの事を知っている様だ。
私は、もう少し集中して話に耳を傾けた。
「領主様と若様の不仲は分かってたけどよ・・・けど、親子で敵同士にならなくてもよぉ・・・」
「若様は家を出てから随分出世なさったみてぇだな」
「ああ、確か、戦争卿だっけか?」
「随分おっかねぇ事してたって話だ」
「そんな凄い人なら、俺らの味方なら良かったのになぁ・・・」
「無理だろ」
「だよなぁ」
「領主様も・・・なんで若様をあんなに嫌ってんだかな?」
「そりゃ・・・俺らも人の事は言えねぇだろ・・・俺らも、若様には冷たかったしな」
「・・・なあ」
「んだ?」
「もしよ・・・もし、若様が領に行ったらよ・・・どうすんだろうな」
「そりゃ・・・」
歩哨の男は言葉に詰まっている。
もしも、カイルが実家の領まで行ったら。
それは、詰まり、そこまで攻め上げたら、実家を攻撃するのかしないのかと言う事だろう。
カイルは、今まで敵に対しては徹底的に攻撃していた。
今度もそうするのだろうか、それとも、カイルにも人の情のような物が有って、それで攻撃をしないと言う事が有るのだろうか。
到底、私には予想は着かない。
あの男の動きと言うのは、今回に限っては本当に読めない。
「こんな下らねぇ事・・・さっさと終われば良いのによ」
「違ぇねぇ」
「・・・寒いな」
「さっさと戻ろう。こんな月の無い夜に見回ったって、何も見えねぇ」
「だな」
その言葉を最後に、歩哨の二人が遠離っていく。
「~~~~~~!」
茂みから姿を現して、私は月の無い空に向けて吼える。
人には聞こえぬ、我々ばかりにしか聞かれぬ声で鳴く。
そうすると、直ぐに答えが返ってくる。
「・・・後は私だけか、少し遅れてしまったな」
珍しく、自分でも思うほど珍しく独り言ちて、先程の歩哨の後を追うように歩き出した。
狩りの時のように、足音を殺し、気配を殺し、完全に夜の闇の中に溶け込むようにして進む。
「・・・」
既にグリムの方は準備が出来ている。
全く、若者に遅れを取るとは情け無い。
最近少し、気が緩みすぎているのかも知れない。
気を引き締めねば成らない。
「・・・」
今夜で三日目。
明日の日の出を見れば四日目に入る。
リゼは、今日の夜襲が最後のチャンスだと言っていた。
私もその意見には同意だ。
未だ、我々には被害は出ていないとは言え、皆疲労の色が見えている。
それこそ、元来のレンジャーの者も今や半数と居ない。
カイルを迎えに公国に向かった時から考えれば、明らかに我々の勢力は衰えている。
補充の兵は何奴も此奴も精気滾る強者ばかりで、カイルも我々に格別の配慮をくれた物だが、それでもレンジャーとしての訓練の時間が足りないのは確かだ。
別に奴等を責める気は無い。
むしろ、よくぞやってくれたと肩を叩かんばかりの働きを見せてくれた。
我らレンジャーにも負けず劣らずの戦いを見せてくれた。
だが、レンジャーは戦いだけが全てでは無い。
レンジャーは私が思うに、その思考こそが真骨頂だと思っている。
敵を恐れず、闇を恐れず、死を恐れず、そして、恐れる事を恐れない。
恐れを克服し、味方に着け、そして、その感覚でもって精神を研ぎ澄まして任に当たる。
我らレンジャーに取って、恐怖とは敵であり味方でもあると私は思う。
「~~~~~~~~!」
グリムの鳴き声が聞こえる。
敵の様子がおかしいと言ってきた。
そう言われれば、私も警戒せねば成るまい。
「・・・」
眼を凝らし、耳を澄ませて、神経を集中する。
人の話し声、薪の爆ぜる音、足を踏みならす音、私には何がそうで有るのかは分からず、グリムの言う所の違和感と言うものが分からない。
「~~~~~~~!」
グリムに返す。
予定通りに攻撃する。
私とグリム、そして他のライカン達の9名で夜襲を掛ける。
「っ!!」
最初の攻撃は私の勤めだ。
足に力を込め、地面を踏み切って私は風になる。
闇夜を走る一陣の風になって敵の野営地に肉迫する。
「・・・っえ!?」
そして、最初に私を見付けた男の首に向けて、口を一杯に開いて噛み付いた。
「っがあああああああ!!!!」
五月蠅い声を上げる。
耳許で煩わしいその声を抑えるために、噛む身からを強めてそのまま首をへし折った。
「敵襲!!」
他の者が声を上げた瞬間、グリム達の声が上がった。
今度は獲物にも聞こえるように、盛大に喉を鳴らして咆哮を上げる。
そうして、敵を怖じけさせて襲い掛かるのだ。
「グルォオオオオ!!!」
私は息絶えた肉塊を放り出して次の敵に的を絞る。
「ヒッ!!」
哀れにも私の前に出て来たその兵士は、驚きと恐怖に満ちた眼で私を見詰めて身体を硬直させる。
それは悪手だ。
足に力を込めて跳ぶように走り、擦れ違いざまに右腕を降るって爪を振り抜く。
肉を引き裂き骨を折る感触と共に、獲物の命を刈り取ると、手に着いた汚物を払って次を探す。
「叔父貴!!」
「・・・グリムか」
既に身体を返り血で染めた甥が現れた。
「叔父貴!嫌な予感がする!!」
グリムは珍しく焦っている。
普段から落ち着きの無い若者だが、この焦り様は平常とは明らかに様子が違っている。
「・・・」
ふと、気が付けば喧騒が治まった。
野営地に襲い掛かったと言うのに、どう言う訳か何処にも敵の姿が見当たらない。
「・・・コレは」
「叔父貴!臭いがしないんだ!!」
「何?」
「火薬の臭いがしねぇ!!」
そこまで言われて、漸く気が付いた。
そうだ、敵の野営地だというのに、敵の物資の臭いがしない。
「・・・耄碌したか」
私も歳を取った。
「叔父貴!!」
歳を取って、経験を積むとあらゆる事の予想が着くようになってくる。
私も、もう、引退の頃合いかも知れない。
「グリム」
「ああ!?なんだ叔父貴!!早く逃げないと!!」
「グリム。落ち着け。リーダー足るものは常に落ち着け」
「ああ!!?・・・ああ?リーダー?」
「グリム。隊を纏めろ。それから来たのとは別の方向へ逃げろ」
「叔父貴?」
「早くしろ。既に敵に囲まれ始めている」
覚悟は決まった。
この若者ならば心配はあるまい。
私以外にも経験を積んだ者も居る事だ。
何も心配は無い。
「グリム。私は群れを離れる」
年老いたライカンのリーダーは群れを離れるのが通例だ。
一家に主は二人は要らない様に、群れにも長は二人も要らない。
次代に託したのなら後は去るのみ。
「グリム。リゼとカイルを頼む。あの者等はこのままでは何時まで経っても番には成れぬ。カイルの尻を叩いてやれ」
「・・・」
「家族を大切にしろ。嫁を取れ。子をなせ」
「・・・」
後は言う事は無い。
私の耳に暗闇の中を疾駆する地響きが聞こえる。
奴等は東から向かってきてる。
「行け」
「・・・」
グリムは何も言わずに去った。
その直ぐ後にグリムの、隊を纏める声が聞こえて来て、若者の成長が嬉しくなる。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
一吼え。
最後の戦いの狼煙に声を上げる。
若者への餞別に、敵を引きつけよう。
どれだけ狩れるかは分からないが、出来るだけ敵を殺してみよう。
「・・・面白い」
私の声を聞いてか、直ぐに敵の兵達が大挙して押し寄せてくる。
馬に乗り、甲冑を身に着けた者共は気勢を上げて私に向かってくる。
「ッフ!!」
先ずは一撃。
最初の一撃は先頭を走っていた男に決めた。
両手の爪を剥き、一息に飛び掛かって馬上の騎手を掴んでそのまま後続の騎手に投げ付けた。
「さあ!!掛かってこい!!」
「うおおおおおおお!!」
一人が剣を振り上げて掛かってくる。
人馬一体足るその姿は、一角の武人らしき者ではある。
「フン!!」
迫る剣は、しかし、私を捉える事は無い。
横凪の一撃を屈んで躱し、そのまま通り過ぎようとする背中を掴んで引き落とす。
「グハッ!!」
「グルルルルァアアア!!!」
トドメは刺さない。
倒れ込んでいる騎手に胸を踏み付け押さえ込み、横合いから迫る次の騎手に備える。
ヤリを構えて突進する騎手に対して、私は腰のトマホークを引き抜いて投げ付けた。
「ぶっ!!」
トマホークは騎手の頭に当たると、板金の兜をたたき割ってその奥の顔面を引き裂き、悲鳴と共に男を馬上から叩き落とす。
「ぐああああ!!」
足下の男が暴れる。
「ガアアアアア!!」
私は踏み付ける足に力を込めると、そのまま胸甲を踏み潰し、息絶えるまで力を掛け続ける。
それが終われば次に襲い掛かる。
剣を躱し、槍を避け、頭を掴んで潰し、胸を貫き、腹を割る。
時には馬の首をもぎ取って見せてそのまま足蹴にして見せたりもした。
そうして、幾人もの敵を殺して見せるが、その間に私も無傷と言う訳にも行かない。
既に身体中に着いた傷の数は領の指の数を優に超え、自身の血で濡れた毛が湿って重さを増す。
「・・・っふう・・・ふう・・・」
息は最早荒げる事も出来ない。
それでも敵の数はまだまだ減らない。
「ふっ・・・僅か一人ばかり・・・この程度が関の山か」
「おおおおおおおお!!」
また、新たな者が挑み掛かってくる。
「ぬっ!!」
疲れからか、反応が遅れて振り抜かれた剣を躱すことも受けることも叶わなかった。
「っ!!」
「はあああああ!!」
腋に痛みが走る。
刃が肋骨をへし折って、その奥の内臓に傷を着ける。
口の奥に熱い物が込み上げるのが感じられた。
「っぐぬ!!」
だが、私にも意地がある。
ただ、やられて堕ちると言うのは、性に合わない。
生きている限り、目の前の敵に脅威を与えてこそだ。
「ガッハアアアア!!」
血反吐を吐きながら、私は目の前の男の首を右手でねじ切って放る。
それからまだまだと意気を吐こうとするが、身体が言う事を聞かなかった。
「っ!?」
膝が折れた。
私の意に反して、身体が地面に倒れ込もうとする。
「ッグウウウウ!!!」
何とか堪えようとするも、どうにも成らないまま、冷たい地面に身体を横たえてしまう。
最早、声を上げる事も、息をする事も儘ならぬ。
「・・・っ」
一人の騎手が馬から降りるのが感じられた。
「・・・っ!!」
私は、身体に活を入れて立ち上がろうとした。
だが、それでも私の身体は石のように動かない。
近づく敵に一噛みを見舞う事も出来ない。
情け無い限りだ。
高々2、30人ばかりを屠るばかりでこの体たらく。
実に嘆かわしく情け無い。
「・・・ッグウウウオオオアアアアア!!!!」
幾ら吼えても、身体は動かない。
それでも私は諦めない。
生きる事では無い。
戦う事を諦めない。
例え首だけになっても、私は意志有る限り戦い続ける。
「・・・お前は良く戦った」
「ゴアアアアアア!!!」
何事かを直ぐ側の騎手が言っているが関係ない。
この男に一撃を見舞う。
その意気だけが私の中を渦巻いて燃えたぎった。
「せめて一思いに。安らかに眠れ」




