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百二十三話 諦観

 ゴブリンの襲来が全てを狂わせた。

 奴等が湧いて出た事は、的を取り逃したと言う事以上の意味を持つ。

 俺達の本来の目的である王都の防衛と言う事を思いだして見れば分かるだろう。

 奴等ゴブリン軍は、今も尚、王都の南西部直ぐ近くに屯しており、その侵攻は間違いなく王都へと向けられる。

 王都防衛と言う最優先目標がある以上、俺達は奴等ゴブリンを優先して撃破せざるを得ない。

 それは、一日か二日かをこのタイミングで失うことに他ならず、更に言えば、目下の所、リゼ大尉達が足止めをしている第二王子の軍に対して、第一師団を防衛戦構築のために差し向けなければならない。

 第一師団は先の戦闘において、第十一連隊が特に大きな損害を被り、戦傷による兵力の低下は思った以上に大きく、連隊は実質大隊程度にまで、その戦力を減じている。

 また、軽装歩兵も被害は大きく、他の各連隊の戦闘による被害を考えれば、第一師団は連隊を丸々一個失ったのに等しい損害を受けた。

 だが、第一師団の最も大きな損害は、何よりも人多岐な損失よりも士気の大幅な低下である。

 実戦経験の浅い、その上練度の低い第一師団将兵は、一度の戦闘での被害に多大なショックを受けたようで、士気の低下が著しい。


「ミハイルが毅然としているのは、唯一の救いだな」


「そうだね。まあ・・・彼も成長しているって事かな?」


「かもな・・・アイツも、随分多くの仲間を失っているからな。・・・まあ、殺したのは俺達だが」


「フフ・・・」


 意外にも、ミハイルは戦意を喪失しては居なかった。

 それどころか、積極果敢な攻撃を進言し、半日でゴブリンを殲滅してみせると息巻くほどだった。

 だが、現状の一師団ではゴブリンの早期の殲滅は難しいと言わざるを得ず、敵の侵攻を考えれば、防衛に専念させるほか無かった。

 その判断は詰まるところ。


「レンジャーは既に全滅していると?」


「いや・・・まだ生きているだろう。恐らくは三日は持つはずだ」


「残り二日・・・師団の移動と築城を考えると・・・」


「ギリギリだろうな」


 第一師団を移動させた今、ゴブリン軍と敵の残党に対しては、俺達カイル支隊が当たる事になる。


「擲弾大隊はどうだ?」


「皆良く戦ってくれたよ。敵を怖がらないし撃たれる事を恐れない。良い兵士だよ」


 支隊の戦闘による被害が一番大きかった擲弾大隊だが、エストが言うには士気には問題は無く、兵力も未だ充分だと言う。

 コイツが問題ないと言うのならば、擲弾兵はまだまだ戦ってくれそうだ。

 他の大隊に関しても、視察した限りでは異常は無く。

 コレまで通りに士気旺盛意気軒昂と言った感じだ。


「全く・・・頼りになる連中だよ」


「君が育てたんだ。当たり前だよ」


 さあ、ここからが今日の仕事だ。

 現在、支隊はゴブリン軍を捕捉、凡そ8000の大規模な集団に対して攻撃に出る。

 ゴブリン側も既に此方を見付けている様で、奴等は本能の赴くままに猛進している。


「前線指揮の方が性に合うんだがな」


「そんな事を言わないでおくれよ。君が指揮をしなければ誰がするんだい?」


 今回、俺は前線には出ずに戦列後方から部隊の指揮を行う。

 コレが本来の仕事だと言われればそれまでだが、どうにも鉄火場を離れて眺めるだけと言うのは性に合わない。


「大丈夫。君に育てられた僕達を信じてくれ」


「・・・生意気な」


 何とも嬉しくなる事を言ってくれる。


「じゃあ・・・仕事の時間だ」


「了解」


 そう言って、俺はヘンリーに跨がった。

 今回、支隊の編制は第一師団から僅かに補充を受けて兵力は変わらず約2000人となっている。

 だが、擲弾、第一、第二の三大隊は600人程度に縮小し、その代わりに支隊の本部と本部付き中隊を編制。

 単独での戦闘が取れるように準備を整えた。

 また、ジョーイ率いる音楽隊も同行する事になり、支隊本部に編入されている。


「・・・」


 エストは部下の大隊の下へと去って行った。

 周りには本部中隊と音楽隊だけが残り、各大隊への指示は伝令によって伝達されるが、大まかな動きを伝えるだけで、基本は大隊長の自己判断によって戦闘が進められる。

 指揮官の仕事は、戦闘の様子を俯瞰して観察し、現場では知り得ない情報を伝え、場合によっては現場の部隊に動きを指示する。


「支隊、前進開始・・・ジョーイ、ラッパを鳴らせ」


「はっ!」


 俺の指示に答えて、ジョーイによって高らかにラッパが吹き鳴らされた。

 それと同時に、音楽隊の鼓笛手がそれぞれのパートを演奏し初め、続いて、各大隊が前進を初める。

 戦列は右から擲弾、第一、第二の順番に並び、隊列はオーソドックスに横隊を形成する。

 烏合の衆のゴブリンに対して奇策を用いるのを嫌い、何時も通りの正面からの攻撃で敵を圧倒するのが俺のプランだ。


「・・・」


 やることが無い。

 前進する部隊を眺める以外に何もやることが無い。

 彼奴らがやられるなんて事は、そうそう無いだろう。

 装備、士気、練度、どの点においても負ける要素が無く、安心して見ていられる。

 俺の仕事は、ここから連中の仕事ぶりを眺めて、奇襲に警戒すれば良い。

 ただ真っ正面から突っ走ってくるだけの敵ほど楽な相手は無い。


「コレは、ただの時間稼ぎだな・・・」


 奴は、そんなにも第二王子を勝たせたいのか、それとも俺の事がよっぽど嫌いなのか、どちらかは分からないが、取り敢えず今度会ったら、ぶちのめしておこう。

 しこたま顔面を殴って、考えられる限りの方法でボコボコにしてやろう。

 死んだ部下の分まで、ヤッてやろう。


「・・・平和だ」


 戦場に居て何をと思うが、それ以外に今の状況を形容する言葉は無く。

 少し離れた所で聞こえる銃声と断末魔が、この時間の無意さを現している。


「如何して・・・」


 こうなったのか。

 最近は何も上手く行かない。

 神様は余程俺が嫌いなのだろうな。


「・・・」


 溜息を吐こうとした。

 何時も以上に陰気でしみったれた溜息を吐こうとした。

 だが、それは突然に入った伝令によって掻き消された。


「伝令!」


「何が有った」


「第二大隊より!!我!左翼にて新たな敵勢力を発見!」


 左翼第二大隊からの敵の増援の発覚。

 右翼側は河になっており、左翼側はなだらかな丘の向こうに林があるが、林は大した事の無い範囲でしか無い。

 伝令によれば、敵は、この林の向こう側に隠れている様で、今現在の敵の動きの予想としては、正面を囮にしつつ、左翼からの横撃で河岸まで押し込むつもりだろう。


「・・・偵察を出す。偵察班!左翼側を視察し、的の現状を把握しろ!!」


 本部中隊内の偵察班を左翼側へ向かわせる。

 偵察班は、一師団から補充させた馬に乗せた乗馬出来る兵で構成されており、人数は12人でなっている。

 レンジャー程では無いが、間違いなく仕事は果たすだろう。


「伝令!」


 次いで、俺は伝令を出す。

 左翼第二大隊に対して、一個中隊を捻出して敵に備えさせ、更に支隊全体に前進を停止させる。

 敵が此方を叩くというのなら、俺達も存分に迎え撃つまでだ。


「本部を移動させる!戦列後方寸前まで移動する!」


 本部を第一大隊の直ぐ右後方に移動させる決断を下した。

 ここからは、攻撃では無く敵を迎え撃つ方向で動くためには、本部と前線の距離が離れているのは都合が悪い。

 敵が河岸に追い詰めようと言うのならば、それに乗ってやろう。


「伝令!擲弾に伝えろ!!俺達が行くまでに正面を撃破しろ!!」


 俺達に先んじて伝令手が馬に乗って駆けて行く。

 その間に、俺と支隊本部はゆっくりと移動を開始し、敵の動きを見定めながら、慎重に行動する。

 そうして、予定の位置に付くと、俺は直ぐ側の擲弾に向けて檄を出す。


「エスト!!敵を片付けろ!!吹き飛ばしてやれ!!」


 そう叫ぶと、答えは直ぐに返ってきた。

 言葉の返事は一切返ってこなかったのだが、俺が叫んだ直後に擲弾大隊正面から爆音が轟き、土煙と共にゴブリンの破片が宙高く舞い上がっている。

 何とも景気良くやってくれた物だ。


「報告!!」


 そうしている内に、偵察班が戻ってきて報告を上げる。

 俺は紙を取り出して広げると、簡単な地形図と報告の内容を描き込んで無い頭を捻る。


「・・・」


 偵察の結果、ゴブリンの集団は、左翼側に正面の倍程度が集結しているらしく、どうやら、此方が本隊だった様だ。

 この敵本隊は俺達を包み込もうと動いており、既に形だけならば半包囲が完成している。


「後は、連中が動き出すだけか・・・」


 寸での所だったのかも知れない。

 ハンスからの伝令が無ければ、少し危なかったかも知れないと、僅かにだが汗が冷たく感じる。


「伝令!第二大隊に伝達!!最左翼に展開した中隊を一挙に前進!!前進後、敵による奇襲があった場合は直ちに大隊を後退せよ!!」


 コレで上手く釣れてくれれば良いが、少し、あからさま過ぎるかもしれない。

 どっちにしろ連中は此方を包囲して攻撃するつもりなのだから、俺はそれを受けて迎え撃つつもりなのだから、それならば少しくらいは敵の企図を邪魔してやれれば良い。

 敵が釣れなくとも、ハンスなら上手く判断して敵に対する被害を拡大してくれるだろうし、程々の所で戻るだろう。


「第一大隊に伝令!!大隊は第二大隊後退後、合わせて本部付近まで移動し、擲弾大隊と交替せよ!」


 俺の考えでは河岸に第一と第二の二大隊で戦線を構築し、擲弾大隊を予備兵力としつつ、背水の構えを取ろうと思っている。

 圧倒的劣勢で包囲されて押し潰されるのは、確かに精神的にも戦力的にもキツい所かも知れないが、背後に河を背負えば少なくとも完全包囲される心配は無く、ウチの連中ならば、ゴブリンに囲まれたくらいではびびりもしない。


「さあ、上手く行ってくれよ」


 祈りながら、俺は少し口角を上げて敵を睨んだ。

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