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百二十一話 音楽隊

「雨か・・・」


 良い雨だ。

 この天気ならば、リゼ大尉達も戦いやすいだろう。

 そんな事を考えながら、俺はヘンリーの首を撫でた。


「カイル・メディシア」


 声を掛けてきたのはミハイルだ。


「第一師団は配置が完了した」


「了解だミハイル少将」


 師団長として、現在の陸軍の最高階級者になったミハイルは肩に少将を現す二つの星を着けている。


「・・・勝てるのか?」


「勝つんだ」


 負けたら死ぬだけ。

 勝つ以外の選択肢は、俺達には残されていない。


「お前達第一師団はガッチリと護って戦線を維持し続けろ。それ以上は望まん」


「・・・分かった」


 王都から南に9km、起伏も無く、森も林も無く、街も村も無く、本当に何も無い平原で彼我は南北に別れて睨み合う。

 鉛色の空からはパラパラと雨の雫が降り注ぎ、徐々にその強さを増している。


「小細工は無しだ。敵も味方もここでは何の細工も出来ない」


「・・・」


「ただ正面切った殴り合いしか出来ん」


 敵軍の兵力は目測で1万4千程、対する此方は第一師団8千と俺の支隊2千の合計1万。

 敵は昨晩の俺の攻撃である程度削れ、此方は支援兵科とレンジャーの抜けた分、正面戦力が少なくなった形だ。

 数の上では劣勢だが、充分に巻き返せる差だが、俺達は互角の戦いをしてはいけない。

 俺達の勝利条件は、常に敵を圧倒し、此方の被害の少ない内に敵を撃滅し、大勝をつかみ取らなければならない。


「勝つだけではダメ、善戦でもダメ・・・正に完勝で無くてはならないか・・・」


 随分と難しい戦いになりそうだ。

 そんな事を思っていると、俄に後の方が騒がしくなった。


「何だ?」


 何かと思って後を振り返ると、丁度エストが俺の下に駆けてきた。


「何の騒ぎだ?」


 エストに問い掛けると、直ぐに答えが返ってくる。


「志願者だそうだよ」


「志願者?志願兵では無いのか?」


「いや?志願兵では無く志願者だね」


 一体どう言う事かと思って首を捻ると、徐々に喧騒が近づいてきて、その騒ぎの中から幾人かが俺に近づいてきて声を掛けてきた。


「カイル・メディシア大佐でしょうか?」


「・・・間違いなく俺がカイルだ。貴様らは何者だ」


 敵の間諜の可能性もあって、俺はあからさまに警戒心を露わにして答えた。


「御願いします!我々もどうか戦列にお加え下さい!!」


 本当にどう言う事なのか。

 コイツらは一体何者なのかと思って尋ねた。


「貴様らは何者だ?」


 若干の威圧感も滲ませながら声を出すと、身形をただして頭を下げて答える。


「失礼致しました。私は宮廷楽士のジョーイと申します」


 宮廷楽士と言われて、成る程、確かにその様な感じだと俺は納得する。

 平民にしては身形が良く、所作に何処か垢抜けた洗練された物を感じる。


「その宮廷楽士さんが何のようなんだ?」


 何故とミハイルがジョーイに問う。

 確かに、戦場は宮廷楽士の居る場所では無い。

 宮廷楽士とは国に雇われた音楽家の事で有り、その仕事と言えば王宮で開かれる行事やパーティーなどで楽器を演奏する事だ。

 それ以外の時には腕を磨くために日夜練習を重ねると言うが、そんな人間が何故、戦地に赴いて戦列に加えろなどと言うのか、俺も不思議に思う。

 そんな俺達の疑問に、ジョーイが答えた。


「私達宮廷楽士は音楽が仕事です。音楽を奏でる事で国に尽くしております。その事に誇りを持っています」


「まあ・・・そうだろうな」


「しかし、この内戦が始まって以降、私達は全く職務を果たす事が出来ておりません。国に尽くす事が出来ておりません」


 そりゃそうだ。

 内戦の真っ只中に王宮でパーティーなど開けるわけが無い。

 それも、城の主が不在であるのだから、余計に楽士の必要とされる行事など起こらない。


「私達も国を愛する気持ちは騎士や軍人の方々に対して負けているつもりは一切御座いません」


「・・・まあ、何かと言う者も居るだろうが、俺としてはその事を疑う気は無い。宮廷楽士には確りと国に尽くし、国の為になる仕事がある。その献身は間違いようのない事だ」


「ありがとう御座います」


「だが、ここはお前達楽士の仕事場では無い。兵士の仕事場だ」


 彼等楽士は他国からの公式訪問や式典などの際にも音楽を奏で、国賓をもてなしたり、式典であればその場の雰囲気に合った曲を演奏する事で箔を付けたりする。

 ただパーティーでダンスの為に曲を奏でるだけでは無く、重要な国の顔としての活動が彼等に寄って演出されているのだ。

 誰が何と言おうとも、彼等の国に対する忠義と献身に疑いは無い。


「態々、こんな所に来て戦うなどと言う必要は無い」


「・・・」


「分かったら・・・」


 王都に帰れと言い掛けて、ふと、俺は思い付いた。


「・・・」


「何か?」


「マーチを演奏出来るか?」


「マーチ?」


 言ってみて気が付いたが、この世界、少なくともこの国周辺には行進曲は無いのかも知れない。

 確かに、思い出してみても行進曲らしき楽曲は聴いた事が無く、曲調としてはゆったりとした管弦楽中心の楽曲が主で打楽器はあまり強調されていないように思える。


「・・・行進曲って」


「?行進曲?」


 やっぱり無いのだ。

 明確に行進曲と呼べる曲が無いのだ。

 かなり意外な事実を今になって思いしらされるが、しかし、説明すればもしかしたら彼等なら再現出来るかも知れない。


「あ~・・・四分の二拍子で、そうだな・・・丁度、行進するときの足音みたいな感じの曲だ」


「はあ・・・?」


「使う楽器は太鼓を中心に管楽器でメロディを着けてくれ」


「太鼓を中心にですか?」


「ああ。成るべく特徴的で兎に角ループさせ続けてくれ。出来るか?」


「・・・やれば我々を戦列に加えて下さりますか?」


「戦列どころか最前線に連れてってやる」


 俺が返すと、ジョーイは満足したように笑顔で頷いて答えた。


「やりましょう!必ずや御期待に添って見せます!」


 そう言ってジョーイは意気揚々と仲間達の元へと戻っていく。

 その背を見送っていた俺にミハイルが声を掛けてくる。


「何のつもりだ?楽士を戦場になんて」


 些か批判的なニュアンスを含んだ声色のミハイルに対し、エストは喜色に塗れた声で言葉を発する。


「何か思い付いた様だね」


「ああ・・・奴等、腰を抜かすぞ」


 敵陣の方に視線を向けながら、笑い混じりにそう言った。


「ミハイル。陣形を変更だ」


「あ?」


「支隊を右翼から左翼に移す」


 俺がそう口にすると、エストは驚きつつも直ぐに右翼側の支隊の下へと走った。


「どう言うつもりだ?最右翼は・・・」


「強者の誉れだ・・・だが、もっと良いのが思い付いた」


 そう言い残して、俺は戦列の左翼に移動する。







 エストと支隊の動きは早く、俺の思うとおりに直ぐに左翼に移動してきて整列を始めた。

 俺は整列する支隊の各大隊長、擲弾大隊のエスト、第一大隊のソロモン、第二大隊のハンスの3人を呼び寄せる。

 支隊はまた再編して第三大隊を解散し、その分の兵を他の大隊に分配、その際に擲弾大隊にはより体格の良い兵士を集めて、各大隊を700名程度に拡充、大隊の編制は120名程度の中隊五つと大隊本部に本部管理中隊に改めて整備した。

 そんな、新たに生まれ変わった支隊歩兵部隊の3人の大隊長に対して、俺は戦闘における行動を指示した。

 3人は直ぐに俺の言う事を理解して部下に下達、その間にミハイルにも説明をした上で今回の戦いの作戦が決定する。

 そして、音楽隊が俺の支隊の直ぐ後に列んで準備が整うなり、ミハイルからの開戦を告げる号令が響いた。






「支隊!擲弾大隊より!!前へ進め!!」


 支隊最右翼はエスト率いる擲弾大隊が担当する。


「大隊前へ!!」


 エストの声が響くと、擲弾大隊が行進を始めた。

 擲弾大隊では今回、各中隊が縦8列の深度の深い横隊を組んだ。

 普段の支隊の歩兵大隊は縦3列か4列の薄く長い横隊を形成する事を考えれば、以上に縦長の戦列を組んでいる。


「第一大隊!!前へ進め!!」


 擲弾大隊に遅れる事数分、擲弾大隊と第一大隊の距離が150m程は離れた辺りで、今度は第一大隊に前進を命じる。


「第一大隊!!進め!!」


 ソロモンが声を張り上げた。

 第一大隊もまた、擲弾大隊に続いて前進を開始し、訓練通りの足並みの揃った行進を見せてくれる。


「ミハイル!!後は頼んだぞ!!」


 ミハイルの方に顔を向けて叫ぶと、俺は第一大隊が充分に進んだのを見て、3度目の号令を出した。


「第二大隊!!前へ!!進め!!」


 俺の号令を聞いたハンスが、復唱して声を上げる。


「第二大隊!!行くぞ!!前へ!!」


 やはり、第二大隊も第一大隊とは80m程度の距離を離して行進を始める。

 俺はその更に後に続いて、支隊本部中隊と音楽隊を引き連れて敵に向かって進み出した。

 敵軍との距離は凡そ400m、既に敵の戦列も前進を開始しており、一番最初に前進した擲弾大隊は既に敵部隊と接触していた。


「・・・っ」


 銃声が鳴り響いた。

 開戦の狼煙は敵の最右翼の部隊が上げた様だ。

 距離60mで射撃を開始した敵の部隊は以前に見たのと同じように、漸進射撃を始める。

 それに対してエスト率いる擲弾大隊は一切怯む事無く攻撃前進に切り換えて前に進み、距離40mの所で止まった。


「撃てっ!!」


 ここまで聞こえるほどの声でエストが叫ぶと、擲弾兵が一斉に銃火を噴いて敵に浴びせる。

 何時も通りならば、この後は射撃戦に移行して強力な火力を敵に集中して撃破するのだが、今日ばかりは違う。

 態々エパメイノンダスの真似事をしたのには理由があるのだ。


「擲弾大隊!!突撃に!!・・・突っ込め!!」


 余りにも早すぎる擲弾大隊の突撃は、しかし、コレが予定通りの事であり、本当に実行に移すエストの胆力と着いていく兵達の忠実なるは、脱帽者だ。


「ジョーイ!!マーチだ!!」


「畏まりました」


 このタイミングで、俺は行進曲を奏でるようにジョーイに命じた。

 その少し後、俺の注文通りに太鼓の音が響き、笛の音が木霊する。

 戦場は、普段には有り得ない様相の情景を醸し出した。


「っふ」


 行進曲をと頼んだのは俺だったが、まさかアレだけの注文で本当に即興の曲を演奏してくれるとは、彼等は本当に優秀な楽士だ。

 それに、この曲は実に良い。

 即興で頼んだのにも関わらず、俺のイメージしていた曲になるのには、前を行く兵達の姿を見ると何かの因果か運命を感じた。


「良い曲だ」


 そう呟くと、前線で動きがあった。

 第一大隊が戦闘態勢に入り、敵部隊に対して射撃を開始した。

 猛烈な射撃を浴びせる第一大隊だが、普段よりも距離を離して射撃を開始していた。

 コレによって支隊の特徴とも言える苛烈な火力はなりを潜め、敵の部隊は余裕を持って反撃してくる。

 第一大隊に今日の戦いの全てが掛かっていると言っても過言では無い。

 第一大隊は、更に正面とは違う向かって右側の擲部隊からも射撃が浴びせられ始めた。

 倍以上の敵から集中射撃を受ける第一大隊は、流石に普段ほどの苛烈さを発揮させる事は出来ず、徐々に圧され始めて士気が異常なほどに下がっている。


「頼むぞ・・・!」


 祈るような気持ちで俺は呟いた。

 その瞬間に、雨脚が一気に強くなって霧が立ちこめた。


「っ・・・!」


 頬を雨垂れとは別の水滴が伝い落ちる。

 全く先を見通す事の出来ない濃霧の中、銃声と喧騒と銃火の僅かな光だけがこの先の戦いの様子を俺に伝える。

 果たして、今は勝っているのか負けているのか、それすらも分からない中を前進する第二大隊に続いて歩みを進めた。


「・・・」


 無言で水滴の壁を睨んだ。

 もうそろそろかと、はやる気持ちを抑えようとした瞬間、銃声が鳴り響いた。

 バラバラと言う連なった銃声が霧の向こうから確りと聞こえて来る。


「っ・・・!」


 銃声の直後、第二大隊は先頭を進む兵士の何人かが倒れ、更にもう一度銃声が響くと、また何人かが倒れた。

 銃声は徐々に近くなり、その度に倒れる兵士の数も多くなる。

 まだだ。

 まだ、撃てない。

 縋るようなハンスの眼に無言で首を振って答えて、俺は懸命に反撃に転じたい気持ちを抑えた。


「クソッ・・・!」


 4度目の銃声が聞こえる。

 霧の向こうの発砲炎が煌めいて、鉛球が襲い掛かってくる。

 後少し、もう少し。

 背中を伝う冷たい汗がどれ程鞍を濡らしたか分からなくなってきた。

 最早コレまでか、第二大隊も流石に限界かと、そう思った瞬間、遂に時が来た。

 一度大きくラッパが吹き鳴らされた。


「ハンス!!」


「了解!!・・・第二大隊!!射撃用意!!」


 ハンスに向かって叫ぶなり、ハンスも喜色に塗れた声色で号令を出した。

 その次の瞬間、暑い霧の向こうで一つに連なった銃声が響いた。


「第二大隊!!撃て!!」


 ハンスが射撃命令を出す。

 それに従った大隊は何も見えない正面に向かって銃火を解き放ち、霧の向こうに魔弾の群れが襲い掛かった。


「・・・」


 風が吹いた。

 一陣の風が目の前の厚い霧のカーテンを吹き飛ばして、視界が一挙に開けた。

 この瞬間、正に俺は歓喜に打ち震えた。


「・・・っ!!」


 第二大隊は敵前30mの位置に立ち、敵の隊は打ち崩された様に乱れている。


「第二大隊!!ランニングファイア!!」


 ここに来て、今日初めての交互射撃の号令が発せられ、正面の敵部隊に対して雨のように連続した射撃が浴びせられる。

 コレだけでも充分だと言うのに、敵に取って恐ろしいのはその射撃が正面のみならず、右側面からも猛烈に加えられている事だろう。

 擲弾大隊と第一大隊、それと第二大隊による重層的な十字砲火に晒されて、敵の右翼は溶けるように瞬く間に壊滅する。


「第二大隊!!右向け前へ!!進め!!」


 敵戦列側面へと前進する味方に合わせて、第二大隊に方向の転換を命じると、ハンスの指揮の下で大隊は鮮やかに右に進路を変えた。

 そして、支隊の三個大隊が新たに敵側面に横撃を加える様な戦列を形成し、第一師団と併せて半包囲の形を作る。


「さあ始まりだ・・・」


 呟いて、俺は後のジョーイに向いた。


「ジョーイ!!演奏を止めるな!!音を奏で続けろ!!決して止めるな!!」


 ジョーイの返事を待たずに、俺はヘンリーの腹を蹴って走り出す。


「支隊!!前進開始!!敵を皆殺しにしてやれ!!」


 支隊が前に歩き出す。

 徐々に包囲を狭めて鋭角のV字を作るように敵を挟み込み、逃げ場を無くして殲滅に入る。

 よくぞここまでやってくれた。

 あと一息だ。

 あと一息で完全な勝利が手に入る。

 勝利を確信した俺は、笑いながらヘンリーを走らせた。

正直言うと、個人的に非常に微妙な話です。

なら書き直せば良いと思いますが、何も思い浮かばなくて困ります。

どっかにこんな感じの面白い話でも無い物か、それともこんな感じの話自体が詰まらないのかも知れない。

完結するのか不安になるこの日この頃です。

最初は恋愛話やりたかった筈なのに、何時の間にか戦争ばっかになってしまった。

まさに如何してこうなった。

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