外伝 アレで乙女のつもりなのか?by 狼の中隊副官
まさか一月も遅れるとは思いも寄らなかったです
初手、私と中隊の攻撃は完璧に成功したと言える。
凡そ十分余りの戦闘での此方の被害は一切無く。
それに対する敵の被害は、推定で200を超え、その内8人の士官将校の殺害が見込まれている。
「まだ足りない」
たったの200人足らずを狩った程度では全く足りない。
もっと効果的な攻撃を実施する必要がある。
「敵は先の攻撃で進行が遅れている。前衛偵察も厳として警戒を強めている。・・・実に稚拙な偵察だ」
「言ってやるな」
「我々を基準に考えてたら敵が可哀想ですよ大尉」
私の部下達は誰も彼もがカイルに染められた根っからの命知らずばかり。
「奴等にはまだまだ苦しんで貰わねばならん」
「・・・」
「レンジャーの力をタップリと教えてやれ」
「「応っ」」
さっきの攻撃は的確に指揮官を狙うのには良かったが、些かインパクトが足りない。
「騎乗」
今度は、見た目重視、インパクト重視のややレンジャーらしからぬ。
されど私達レンジャーにしか出来ない戦い方を見せる。
「全員、私に着いてこい。遅れた者は置いていく。敵に掴まった者は装備を必ず破壊しろ」
「・・・」
私の言葉に皆頷いて応えた。
私達の装備は敵にとって有用な物となり、コレを敵に明け渡すのは利敵行為となる。
最精鋭たるレンジャーとしては敵を利する行為は、如何なる物であろうとも防がなければならない。
「行くぞ!」
腹を蹴って馬を走らせた。
カイルの乗るヘンリーに比べれば些か劣るが、この馬も中々気性が荒く良い馬だ。
一度、疾走させれば雨の降る中を風のように走り抜けて私の半身の如く縦横無尽に動く。
手慣れた私達に取って高々森の中を走る事程度は造作も無い事だ。
しかし、それは敵にとってはそうでは無い。
この国の騎士達は森や崖や山を馬で駆ける事も出来ないらしく、名騎手などと呼ばれる者達と話しても誰も信じない。
「・・・ッフ」
そう言えば、あの時、カイルも驚いていた。
カイルの驚いた顔と言うのも中々見る機会が無い物だったが、ああしてみるとやはり少しあどけない様な感じだった。
「また笑っているのか」
「少し思い出し笑いだ」
「・・・カイルか」
ワルド少尉には容易く看破されてしまう。
それにしても、良くもまあ、少尉の乗れる馬を探し出してきた物だと感心する。
大柄なライカンにあって、余計に身体の大きなワルド少尉が乗っても動じないとは、あの馬も中々豪胆だ。
「そろそろ見えてくる筈だ」
少尉の言葉の少し後、森を抜けて視界が開けた。
「敵は未だ街道上を行進している!私達は敵の真正面から突っ込む!!」
「「応っ!!」」
「接敵以降!常に先頭の者の直ぐ後に続け!!」
「「応っ!!」」
雨天、泥濘みの中にあっても馬は良く駆け、脚を取られる事も無く突き進む。
街道を北東へと進んだ先には敵軍隊列の先頭が警戒を厳として気を張って歩いている。
「見えた!!」
私が叫ぶのと、敵の先頭の士官が私を見付けるのと、一体どちらが早かっただろうか、だが、私を見付けた敵は、声を上げるでも無く、ただ脅えた表情で顔を戦慄かせるだけだった。
何と情けのない風体か、敵を前にして怖じける兵など、飾りにもならない。
「っ!!敵襲!!敵襲だ!!」
敵の兵卒が声を上げるのに八秒も時間が掛かった。
アレが私の部下ならば、例え生き残ろうとも叩きのめして教育するところだ。
「無能な兵に感謝だ!!」
私は敵に聞こえるように吼える。
「ああっ・・・!!迎え撃て!!迎撃だ!!う、撃て!!撃て!!」
遅すぎる迎撃の号令は稚拙に過ぎ、号令を聞いた兵も慌てるばかりで、私に届く弾は無い。
「何をしている早く止めろ!!」
「遅いぞ!!押し通る!!」
最早、敵は眼前。
「ウォオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「っ・・・ひぃ!!」
隣でワルド少尉が咆哮を上げ、怖じ気に支配された敵の兵が悲鳴を上げて潰乱し、敵の若い士官は馬上で棒立ちに私を眺めている。
「去ね!!」
情けをかけた訳では無かった。
ただ、討ち取る価値のない首など無駄になるだけだと、私は奴を捨て置いて馬を走らせた。
「速度を上げろ!!」
更に中隊の速度を上げて街道を滑るように進む。
隊列先頭の敵前衛を突破して、今度は敵の本隊に眼を向ける。
「構え!!」
視線の先で敵の一隊が銃列を作って待ち構えているのが見えた。
「敵はただの騎馬だ!!銃火の前には無力だ!!」
その通りだ。
それは私達が命をかけて切り開いた血路、それを私達が知らぬはずが無い。
「弓!!」
背中に掛けた長弓を左手で取り出して叫ぶ。
態々用意させた長弓は、レンジャー全員に習熟訓練が成されている。
元々、私達ダークエルフと呼ばれる者や狩猟を生業としていた者、レンジャーとなる前には弓隊に居た者が数多く居たのだから、然程苦労は無く長弓の扱いにも通じた。
騎馬の扱いにも長きの訓練で充分に熟達している。
「狙え!!」
号令と同時に、中隊は私を中央に広がり正面へと向けて弓を引いた。
彼我の距離は凡そ80、この距離の敵弾など脅しにもならず、それを敵の指揮官も理解しているからこそ引き金を引かない。
弓と銃、歩と馬、攻と守、命を賭けた根比べ。
死の瀬戸際に居るのにもかかわらず、私は胸が躍り血が沸き立つ。
「っ撃て!!」
先に撃ったのは敵の隊だ。
凡そ50mで賭けられた射撃の号令と後に続く疎らな銃声に、私は歓喜して口を吐く。
「勝ったぁ・・・!!」
口角が自然と上がり、敵を狙って見開かれた眼がより鮮明に的を写す。
そして、敵との距離が20mにまで迫り、嘗て故郷で狩りをしていた時と同じ様に総毛立つ感覚が背筋を流れた瞬間、自然と口が動く。
「放て!!」
弓弦が心地良い風切り音を奏でると同時に、長く重い矢が解き放たれた獣の如く的に吸い込まれて行った。
「ハハッ!!中隊右へ!!私に続け!!」
幾つもの矢の刺さった案山子を作り上げて直ぐ、今度は中隊は私を先頭とした縦隊で敵隊列の右を反行して雨の雫を弾いた。
「各個に射て!!」
視界の左を流れる的の群れを私と中隊の部下達は容易い狩りを楽しむ様に、的当てを楽しんでいる。
だが、私にとってはコレは別に楽しくも何ともない。
ただの的を射貫くのに何の楽しみがあると言うのか、狩りはより巧みで困難であるほど心が躍ると言う物、練習の射的には何の楽しみも見いだせない。
「・・・中隊!!撤退!!矢を惜しめ!!」
戦いはまだ続く、荷物には予備の矢もあるとは言え矢筒の矢が僅かに残っている内に離脱を決めた。
どうせ、この後、敵の騎兵が私達に向かってくるのだろう。
其奴らに見舞う分くらいは残しておくべきだと、私の理性が囁いたのだ。
「着いてこい!」
私は敵の隊列から距離を取るように馬首を右に向けて走らせた。
背後からの悲鳴と怒号の大きさが私達の戦果を物語り、そして別の場所で戦うであろうカイル達への手向けになる。
「・・・」
ふと、視界の端に敵の騎兵が見える。
急な戦闘に混乱する様子も見て取れるが、走る様子は中々に堂に入っていて、それなりの者達と見受けられる。
「・・・ッフ」
まだまだ、私を楽しませる物は残されている。
再び血がたぎるのを感じて、私は矢を番えて弓を引く。
「・・・っ!」
私を追おうとする追跡者に一矢見舞う。
風に上手く乗った矢は雨露を弾きながら300m離れた敵の一人の首を射貫いた。
「上手く行くかと不安だったが・・・私もまだまだ棄てたもんじゃないな」
馬の息が上がっているのを感じられる。
それもその筈。
ほぼずっと全速力を出させていたのだから疲れるのも当然で、コレが並の馬ならとっくに倒れている。
「待てぇ!!」
私達の減速に此方の馬が疲れているのを感じたのか、歓喜の混じる声を上げた騎兵が迫る。
数は私達の三倍は居るだろうか、掴まればただでは済まないだろう事は、容易に想像の着く。
「リゼっ!」
「分かっている!」
馬を休ませる為に速度を落とす。
そうすると、更に敵の騎兵が近くまで急速に寄ってきて、剣を抜いた。
最早、コレまでと、私達を刈り取り捕まえて踏みにじらんとする意気が感じられる。
「ククッ!」
奴等は勘違いしている。
何時から奴等が狩人になったと言うのか聞いてみたい物だ。
そう、奴等は一度たりとも狩る側になど立っていない。
奴等こそ常に狩られる側。
「お前達が獲物だ」
雨が強まり、霧が立ちこめてきた。
天は私とカイルに味方しているようだ。
都合が良い。
「コッチだ!」
挑発するように振り向いて声を掛け、私は馬の腹を蹴りながら霧の中を大回りに左へと進路を取った。
「増速!!敵を逃がすな!!」
良く通る声だ。
若く力強く自信に満ちあふれた才能を感じさせる敵の声が聞こえた。
騎士らしいと言えば良いのか、何処か私の知る人物にも通じると感じた。
「・・・いや・・・もう少し、苦い声だな」
苦笑しながら徐々に速度を落として緩やかに左に回る。
「クソッ!!逃がすな!!」
正に五里霧中と言った風に、追っ手の騎兵は焦った様に声を上げて走っている。
「直ぐ側だ・・・」
全く視界の利かない中を、音と感覚を頼りに走る。
その霧中の疾駆の最中に、馬蹄の音と微かな金物の音が聞こえた。
私達と奴等と、霧の中を入れ替わるように擦れ違う。
擦れ違った事に気がつけない間抜けに、狩りを楽しむ資格は無い。
「ここだ・・・」
手綱を引いて馬速を落としながら再び左に急旋回する。
足下を見ると私達の前に通った馬の蹄で地面が抉れているのが分かった。
馬はある程度休ませられた。
今の私達は敵の背後に位置を着けた。
「増速・・・」
再び馬の腹を蹴って速度を上げて敵を追う。
そして、タイミング良く霧が風で流されて視界が晴れた。
「後だ!!」
「っ!?」
突如として掛けられた後からの声に敵の兵が振り向いて驚きに顔を染めるのが分かった。
「狙え!!」
「っ!!散開!散開!!」
敵の指揮官が声を上げるが最早遅い。
「射て!!」
敵の背中に矢が刺さる。
歓喜の瞬間を予期していた連中には、突然の絶望は理解の及ばない事だっただろう。
だが、私も平静を欠いていた。
「っ!矢がっ!」
矢が尽きていた。
この局面で、最大のチャンスで矢を切らすと言う失態を演じたのは、初めての狩りで獲物を逃がした時以来の屈辱だ。
そして、矢に気を取られて漫ろなったのは更なる屈辱だった。
「おおおお!!!」
目の前にあの若い騎士が剣を振り上げて迫っている。
「っ!!」
仕方がなしに弓から手を離してトマホークを取り出す。
「つあああああ!!」
声を上げて威嚇しては見る物の、騎士は一切怯むこと無く迫って剣を構えた。
「っつ!!」
私はトマホークを騎士に向かって投げ付けた。
コレで剣を防御に回せば通り抜けられるかと思ったのだが、あの騎士はやはりただの若者では無かった。
「ハアッ!!」
構えた剣の柄でトマホークを弾いて私に迫り、一切勢いを殺さぬままに突っ込んできて。
そして剣を横薙ぎに振るった。
「っ!」
僥倖だ。
コレが袈裟の切り払いなら難しかったが、薙ぎと来れば私には手段が残されている。
剣の刃が私の眼前に迫るのを見て、私は手綱から手を離し、そして上体を仰向けにして脚を前方に投げ出した。
「なあっ!?」
奴の驚きの声を耳に聞きながら、更に勢いのまま馬上で後転し、鞍の後を両手で掴んで跳ねる要領で再び鞍に戻る。
「・・・」
鐙に脚を通すのは間に合わず、踵を馬の腹に食い込ませるように脚で確りと馬の背を掴む。
やや安定に欠けるが、そのままライフルを取り出して後を振り向いて通り過ぎていった奴に向けて引き金を引いた。
鐙を使えずに不安定なままで急いで撃った所為で的を外したが、放たれた魔弾は奴の馬の脚を撃ち抜いて暴れる馬に振り落とされるのが見える。
「このまま退くぞ!!」
流石にこれ以上は拙い。
私達は更なる敵の追撃が来る前に離脱して姿を眩ませた。
もうじき夜が来る。
夜の戦が待っているのだ。
まだまだ私の胸の躍る仕事は残っている。
「・・・楽しみだな」
「・・・本当に、その顔はカイルには見せられんな・・・」




