外伝 あの人立派な戦闘狂だよな。by 名も無きレンジャー
漸くリゼさんの話が書けました。
「大尉」
「少尉か・・・敵が見付かったか?」
暗い森の中で何時の間にか背後に現れたワルド少尉が声を掛けてきた。
私は少尉の口から望んだ答えが出る事を期待して問い掛けた。
「敵の前衛を確認した」
少尉からの答えは私の望む物だった。
口許が緩み自然と笑みが溢れてしまう。
「そうか」
コレで任務を果たすことが出来る。
そう思うだけで気分が高揚し、全身が総毛立つ。
「敵の数は?」
「敵前衛は目測で400程だ」
一個大隊に僅かに届かない程度の兵力。
攻撃に移るのは実に容易く、殲滅するのも簡単な事だろう。
だが、私は今すぐにでも攻撃に出ようとする自分を抑えて、少尉に言う。
「やり過ごせ・・・目標は敵の本隊だ」
ここで敵の前衛を攻撃すれば本隊の警戒が上がる。
そうなれば攻撃が難しくなり、任務達成が更に困難になってしまう。
それだけは防がなければならない。
でなければカイルからの任務を果たすことが出来なくなる。
「敵の本隊を待つ」
「分かった」
ワルド少尉はそう答えると直ぐに森の中に消えて行った。
「・・・」
少尉が居なくなり、私は再び森の中で一人になる。
木の根本で幹に背中を預けて座り込むと、あの日の事を思い出す。
いや、今までの様々な事を思い出す。
「・・・カイル」
果たして、本人が居ないからと、誰も居ないからと呼び捨てにしてしまうのは、余りにも傲慢だろうか、不敬だろうか、そう思うのと同時に、コレくらいは許して欲しいと言う、誰に向けたものかも分からない言い訳が頭の中に浮かんで渦巻く。
「・・・」
手慰みにライフルを右手で撫でた。
良く手入れされながらも、数々の傷の付いた持ち主に良く似たライフルを私は頻りに撫でた。
「・・・もっと頼ってくれても良いのですよ」
そう、ここには居ないライフルの本当の持ち主に言ってみても意味の無い事だ。
銃は何も答えない。
ただ、銃口から殺意の塊を吐き出して、撃ち抜いた相手の命を奪う。
それだけの道具でしか無い。
それでも、臆病な私はこの銃を通じて彼に言うしか出来ない。
彼が丹精込めて作り上げた世界に二つと無いこの銃ならば、もしや通じるのではとそんな幻想を思ってしまう。
「・・・カイル」
銃床を撫でながら、私は瞼を閉じた。
完全な暗闇に視界が支配されると、段々と意識が漆黒の中に溶けて行き、その先で私は遂先刻の事を夢に見る。
「レンジャー中隊151名集合終わりました」
「ご苦労」
カイルに命じられた通り、兵舎前に部下が整列を終えたのは10分と経たない内の事だった。
「・・・練度は十分だな」
「ありがとう御座います」
隊を褒められて少し気分が高揚し、素直に言葉を返すと、カイルは表情を一層引き締めて中隊の前に出た。
「諸君・・・仕事の時間だ」
「「「!!」」」
重々しい我らが兵団長の言葉に、中隊の全員が気を引き締めて注目した。
「先程、偵察が持ち込んだ情報・・・と言っても、諸君等が持ち帰った情報だが・・・その情報によると、敵、レオンハルト軍にソレナ川を渡河する兆候が見られた」
ワルド少尉率いる偵察班の至急の報告で伝えられた情報は、まず間違いないだろう。
その情報は既にレンジャー内である程度共有され、先頃カイルに伝えられた瞬間に支隊に戦闘準備が言い渡された。
「報告によれば敵軍主力の戦力は凡そ3万を数え、また、既に此方側に来ている敵の先遣集団にも、合流の兆候が見られている」
「「「・・・」」」
「もしも、敵の合流を許してしまえば、その総戦力は4万を超え、我が軍には一切の勝ち目が無くなってしまうだろう」
カイルの口から勝ち目が無い等と言う言葉が出るのは衝撃的だった。
それは、如何なる困難な闘いに際しても、カイルは全力で軍を指揮し、そして勝利に導いてきた実績が有り、私達もその死線を幾度も超えてきた自負が有るからだ。
にも関わらず、勝ち目が無いと最初から宣言するのは、私にとっても、部下達に取っても余りにも衝撃的だった。
彼は何時だって負けるとは言わずに私達を勇気付けてきた。
「当然、我々はこの敵に向かわなければならない。それが例え望みの無い戦いだとしても死力を振り絞って立ち向かわなければならない。それが軍人としての勤めだ」
自然と身体が強張り、直立不動の両の拳は痛いほどに握りこまれる。
「今日・・・俺はお前達にある命令を下す。・・・今まで散々に地獄に連れて行くだの何だのと言って来たが、この言葉を命令として口にするのは恐らく初めてだ」
緊張が走る。
誰もカイルから視線を逸らす事が出来ず、額を伝う汗を拭う事すらも出来ない。
全身全霊がカイルの言葉を一字一句たりとも聞き逃すまいとして、集中している。
「・・・死ね」
「「「!!」」」
「っ!」
「お前達レンジャー中隊に命じるのはただ一つ、敵主力軍の行動を可能な限り・・・いや、命を擲ってでも阻害し遅滞し時間を稼げ。お前達は一分一秒の時間を一人一人の命を持って作れ。その僅かな時間を使って、支隊本隊と第一師団は敵の先遣集団を攻撃し、コレを撃破する」
言葉が出なかった。
完全に死ぬ事が前提の無謀と言うほか無い作戦を、カイルの口から聞く事になるとは思わなかった。
私は、自分の耳が信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
「・・・」
「「「・・・」」」
「・・・」
カイルが口を閉じた。
場は空気が死んだように静まり返り、呼吸の音すらも聞こえなかった。
辛うじで、私はカイルを見た。
まるで石の様に固まった身体に力を込めて、無理矢理に首を動かして、今にも霞みそうな眼でカイルの方を確りと見た。
「・・・!」
カイルの足下に赤い水溜まりが出来ている。
強く握られたカイルの手から、紅い血潮が流れ落ちて、彼の足下を濡らして紅く染めていく。
その様子に気が付いたのか、中隊の部下達が響めいて、凍り付いた空気が氷解していく。
「・・・諸君等は・・・レンジャーは如何なる困難に際しても任務を果たす事を目的として編制され、訓練された精鋭だ・・・」
カイルの声が掠れている。
「その諸君に対して・・・この様な・・・この様な無能極まる命令を下す事しか出来ない自分が・・・俺は、恥ずかしい・・・この程度の事しか思い付かない自身の余りにも小さな脳みそが口惜しい!!」
「・・・」
「この中に・・・二年前から、テベリア以前から、帝国以前から俺に着いてきてくれた者は何人居る?」
カイルが私達に尋ねた。
私は直ぐに右手を挙げた。
それに続くように、中隊からチラホラとたが上がる。
「・・・両の手の指では足りない。だが、足の指も足せば事足りる・・・今、手を上げた者は善くぞ俺に着いてきてくれたと思う。しかし、俺は今から自身の無能故に、諸君等も棄てなければならない。そう思うと、本当に情け無い」
私は何も言う事が出来ない。
一体何と声を掛ければ良いのか分からない。
私が迷っていると、一人が声を上げた。
「団長」
「!」
「そんな事気にすんなよ。アンタが頭良くない事ぐらい、俺たちゃ分かってるよ。アンタが馬鹿な事位で見限るようなら、とっくに逃げてるよ」
「だな・・・それに、死ねって言ったのは始めてかも知んねぇけど。何時も似たような事言うじゃねぇか。今更気にすんなって」
一人が口火を切ると、次々と声が上がった。
「何時も通りに言ってくれよ。俺たちゃアンタの言う事に従うよ」
「今更怖じ気付いたら、先に逝った奴等に申し訳が立たねぇよ・・・俺達ばっかり特別扱いするなっての」
「・・・お前ら」
カイルが足下を見て身体を震わせる。
それを見た中隊から笑い声が上がり、一人が声を掛けた。
「また泣くんですか?アンタ、何だかんだで泣き虫だな」
そう言われると、カイルは目許を乱暴に拭って顔を上げた。
「泣いていない!コレは汗だ!」
またもや笑い声が上がった。
余りにも苦しい言い訳に、全員が満面の笑みを浮かべ、中には腹を抱える者まで居た。
「そりゃぁ流石に苦しすぎるぜ団長!」
見れば、あのワルド少尉までもが分かりやすいほどに笑っている。
そんな中隊の部下達に向かって、カイルは顔を真っ赤にして怒ったように怒鳴り付ける。
「っ!・・・良いだろう!!そこまで死にたいなら言ってやる!!お前ら全員死んでこい!!」
「「「応っ!!!」」」
「いいか!一人たりとも生きて帰ってくるなよ!帰って来たら再訓練してやるからな!!死んだ方がマシだと思わせてやるからな!!」
「「「応っ!!!」」」
「良いか!!俺はお前達の帰還を決して喜ばない!!ただ、任務の達成のみを喜ぶ!!精々俺を喜ばせろ!!蛆虫共!!!」
「・・・」
目が覚めた。
眠っていたのは、そう長い時間では無いと思う。
五分か十分か、そっれとももう少し少ないくらいの筈だ。
「・・・ふ」
不思議と笑みが溢れた。
あの時のカイルは本当に可笑しかった。
誰も見ていなかったら、私は転げ回って笑っていたかも知れない。
笑いを堪えているつもりだったが、もしかしたらカイルにもバレていたかも知れない。
そう思うと少し気恥ずかしいが、しかし、それでも可笑しかった。
「大尉」
「来たか」
再び背後からワルド少尉の声が掛けられた。
私は、その呼び掛けが敵の本隊を見付けた事の報告だと直ぐに悟る。
「では、作戦開始だな」
「了解だ」
ライフルを手に、私は立ち上がって森の外へと向かう。
敵のはソレナ川の下流を渡河後、真っ直ぐに南に向かっている。
恐らく先遣集団との合流を目指しているのだろう。
このまま何もしなければ三日程で合流を果たすはずだ。
「何もしなければ・・・な」
「・・・その顔」
「何だ?」
ワルド少尉が口を開いた。
「その顔はカイルには見せられんな」
「・・・そんなに酷い顔か?」
「血に餓えた獣のようだ」
「花の乙女に向かって・・・」
花の乙女に向かって随分な物言いだと言い返し掛けて、途中で自分でもどんな表情をしているのかが思い浮かび、全く言い返せなくなってしまう。
そんな私に、少尉が更に随分な物言いをした。
「・・・乙女と言う歳でも無かろうに」
「それは流石に聞き捨てならないな」
まだ、五十代だと言うのにオバサン扱いは看過できない。
コレだけは譲ることは出来ない。
せめて後百は歳を取るまでは年増扱いは受けたくない。
「理解出来んな・・・」
「ふんっ・・・」
少尉と言い合いながら、私は射撃地点に着く。
「では、手筈通りに頼むぞ。少尉」
「ああ」
極短い返事を背中越しに返して、少尉も定位置へと向かう。
その気配を背中に感じながら、私はカイルから借り受けた弾帯の弾囊から弾薬を取り出して手元に置いた。
「・・・」
少し泥濘んだ地面に俯せになり、予め用意しておいた擬装網を被り、銃口を真っ直ぐに正面へと向ける。
敵は、この銃口の先の大きな街道を西に進んで行く。
私はその街道の北の森に中隊を隠し、全員を擬装させた上で、通り掛かったところを奇襲する作戦を取る事にした。
街道までの距離は約120mと此方のライフルの射程に充分に収まる範囲であり、それでいて敵の小銃の射程外と言う、絶好のアウトレンジスポットとなっており、また、巧妙に擬装を施す事で、此方の受ける被害を最低限にしつつ、敵に此方の数を露呈する事を防げる。
「・・・さあ来い」
思わず呟いてしまった。
まるでその呟きに応えてくれるように、視界の端の街道の東に隊列の先頭が見えた。
「・・・」
一度深く深呼吸をする。
攻撃は私の最初の射撃が合図となっていて、部下は私の後に続いて各個射撃をする様に命じていた。
だから、最初の一発は決して外す事は出来ない。
「・・・遅い」
敵の行軍は随分と動きが遅い。
兵団と比べると明らかに速度が遅く、隊列も乱れていて兵の足取りもだらしがない。
カイルに鍛えられた私達と比べるのが酷なのかも知れないが、自分の基準と照らし合わせると随分と練度が足りていない様に感じた。
「・・・」
雨が降ってきた。
元々厚い雲が空を覆っていたが、とうとう降り出してきてしまった。
雨粒は今の所は小さく、それ程雨脚も強くは無いが、このまま雨が強くなって降り続ければ狙いが定め辛くなってしまう。
万全を期すならば、雨が上がって暗くどんよりとした曇りのままでいるのが一番良い。
「ふう・・・」
息を一度吐いて呼吸を止める。
隊列が街道を進み続けて先頭が私の前を通り過ぎて幾許かが経っている。
ドクドクと胸を打つ心臓の鼓動が強く大きく聞こえてきて、視界が狭まって遠くが良く見える様になってきた。
鼓膜を震わせる雨音も、風が戦ぎ枝葉が打ち合わされる音も、何も聞こえなくなって、ただ灰色の静寂だけが私を支配した。
「・・・」
隊列の中に軍旗の側を馬に乗って進む将校が見えた。
煌びやかなモールと勲章で飾られた淡い緑色の軍服に身を包み、だらしなく肥え太った身体の、大凡軍人や兵士とは思えない姿だ。
同じく太っていてもカイルとは何故ああも違うのか理解に苦しむ見苦しさだ。
「・・・っ!」
私は引き金を引いた。
ゆっくりと引き絞るように引き金を引いて撃発すると、銃口から魔弾が吐き出されて狙い通りに空を切り裂いた。
初めての強い衝撃を肩に受けながら眼を見開いて敵の方を見ると、隊列が動きを止めて騒ぎが起きている。
私の放った魔弾は狙い通りに目標を穿ち、あの見苦しい将校の胸に新しく大きな紅い勲章を作り出していた。
「・・・ふう」
漸く止めていた息を吐いて、教わった通りにボルトを動かして薬莢を取り出し、再び押し込んで次弾を装填した。
それが終わった瞬間、響めく敵の隊列に私の部下達の放った光の礫が殺到して、棒立ちの的を撃ち抜いた。
「・・・いいぞ」
呟きながら、私も二発目を敵の兵士に見舞う。
狙ったのは先程の将校の近くに居た旗手だ。
中々に体格の良い優秀そうな兵士を狙って引き金を引くと、面白いように膝から崩れて落ちる。
「フフ・・・」
もう夢中になって狙いを付けて引き金を引いた。
撃った後はすかさずボルトを引いて次の弾を込め、弾倉がからになれば新たな弾薬を押し込んで再び狙いを付けた。
私は狙い通りに的が撃ち抜ける事が楽しくて仕様が無く、敵の隊列の中から銃を持った兵士が出て来て此方をめくらに撃ってくると、お返しとばかりに、私と部下達の放った弾が襲う。
圧倒的な射程と威力に物を言わせて狙い撃ちにする快感は、狩りとはまた違った昂揚感があり、私も、そして部下の者達も存分に腕を振るった。
戦いは今始まったんだ。
本音は本編の話が思い付かないだけです。
すみません。




