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百二十話 家族、信頼

「大尉」


「・・・」


 兵舎の士官用区画にある大尉の部屋の前で呼び掛けてみるが、反応が無い。

 扉には鍵が掛かっており、目撃証言から部屋に入ったのは間違いが無いが、幾ら呼び掛けても大尉は何も返してくれなかった。


「大尉開けてくれ」


 一体コレで何度目になるか分からない呼び掛けを続けていると、まるで自分が物を言わない扉に話し掛ける変質者の様に思えてくる。


「・・・大佐」


 もう、諦めようかとすら思い始めた頃、溜息を吐こうかと息を吸うと、遂に扉の向こうから大尉の声が聞こえた。


「大尉」


「大佐・・・私は・・・」


 先程までの剣幕とは打って変わって、今の大尉はとても弱々しい様子で、声に覇気が無い。


「大尉ここを開けてくれ。直に話をしよう」


 扉を開けるように声を掛けると、再び大尉は黙り込んだ。

 失敗したかと思うと、少しして鍵を開ける音が聞こえた。


「開けるぞ」


「はい・・・」


 一言断りを入れて扉を押し開けると、部屋の中は薄暗く良く見えない。

 どんよりとした澱んだ空気が部屋を支配しており、部屋に入らずとも大尉の鬱屈とした沈み込んだ様子がありありと浮かぶ様だ。


「入るぞ」


 士官用とは言え、然程大きくない部屋の奥のベッドの上で、大尉はシーツを被って膝を抱えていた。

 暗い部屋では大尉の顔は良く見えず、表情は窺い知れないが、酷く落ち込んでいるというのは容易に想像が着く。


「大・・・」


「すみませんでした・・・大佐」


 俺が呼び掛ける前に、打ち消すように大尉が謝罪の言葉を述べる。


「私は・・・私は、冷静ではありませんでした・・・自分の権限を越える。許されざる事をして・・・大佐に迷惑を掛けてしまいました」


「大尉・・・」


「私は・・・私は自分が抑えられなかった・・・!」


 吐き出すように、謝罪と後悔の念を口にする大尉は、俺が幾ら呼び掛けても反応を返さず、ただ一心に言葉を紡ぎ続けた。


「大佐・・・私は自分が恥ずかしい・・・!こんな・・・こんな愚かな事をしてしまう私自身が恥ずかしくて・・・悔しくて・・・」


「大尉・・・俺は気にしていない」


「嘘です!!」


 そう俺が口にすると、大尉は弾かれたように頭を上げて言った。


「貴方は・・・リリアナ様を愛していた!それを私は・・・!私が壊してしまった!!」


 大尉は恐らく、自分の行動による結果を自分の頭で考えて、導き出したのだろう。

 若しくは、あの現場を何処かで隠れて見聞きしていたか、そうで無ければ誰かが伝えたのか、兎に角、大尉は現状を詳しく把握している様だ。


「大佐はリリアナ様との婚約を破棄されてしまったのでしょう・・・」


「ああ・・・彼女からその様な事を言われた・・・恐らくだが、内戦が終わるか、何処かで落ち着いた辺りで彼女の御父上から言い渡されるはずだ」


「やはり・・・!私の所為で」


 事実を伝えると、大尉はまたも自身を酷く責め立てる。

 俺は咄嗟に彼女を慰めるように、俺自身の本意を口にする。


「いや、大尉の所為では無い。俺が彼女に相応しくなかっただけだ」


 俺がホークス嬢に嫌われる様な人間で無ければ、それで済んでいた事。

 その様な人間であれば、ホークス嬢は淑女として良く尽くし、理解してくれていた筈だ。

 彼女はそう言う聡明な人だと俺は思っている。


「ですが!・・・ですが、大佐は・・・」


 俺の言葉を聞いても尚、大尉は自分を責めた。


「大佐は何も悪くない!悪いのは私で!・・・私が勝手な事をしたから・・・!」


「コレで良かったんだ・・・コレでな」


「良くありません!!」


 大尉は立ち上がった。

 立ち上がって、涙を浮かべた瞳で俺を睨めつけて言った。


「良くはありません・・・!私は貴方の事を想って・・・貴方の助けになろうと・・・そう想って今日までを戦って来て・・・それなのに、私が貴方の邪魔をしてしまった!!」


「大尉・・・」


「こんな事なら・・・私など見捨てて、リリアナ様と・・・」


「それ以上言うな!!」


 大尉の言葉を俺は途中で止める様に怒鳴り付けた。


「それ以上は言うな。俺に向かって部下を見棄てろ等と・・・そんな言葉は冗談でも口にするな」


「・・・大佐」


「俺は前に、兵団は家族だと言ったな」


「はい・・・」


「家族を見殺しにする事・・・家族を見棄てる事・・・家族を踏み台にする事・・・それ以上に辛い事がこの世に有るわけが無い。お前は、そんな事を俺に強要しようと言うのか大尉」


「・・・」


「大尉の死の上でホークス嬢と望まれぬままに結ばれて、それ程に悍ましく残酷な事を、俺は決して許さない。そんな事を自分がしてしまっていたら、俺は本当に一人になってしまう」


 例え、あの時にホークス嬢を責めていたのが大尉で無くとも、俺は同じ事をしていた。

 大尉では無く、ハンスであっても、エストであっても、ソロモンであっても、それこそ名も知らぬ一人の兵卒であったとしても、それが俺の部下であったなら、俺の仲間であったならば、同じようにホークス嬢の前に膝を折って頭を垂れて許しを請うた。

 この世で、この世界で俺が一番に信頼し、愛している家族のためならば、俺はどんな事でもしていた。

 俺から家族を取り上げるのならば、俺の部隊を傷付けるのならば、それこそ、アレクト殿下にさえ銃口を向ける覚悟だ。

 だから、俺は大尉の口から自分を見棄てて等と言う言葉を聞きたくは無かった。


「俺は酷く矛盾しているな」


「どう言う事ですか?」


「俺はお前達を大事だ・・・家族だ等と言っておいて、その口でお前達に死んでこいと命じて、死地に追いやっている」


「大佐」


「もしかしたら、お前達は俺なんかと一緒に居るのは嫌なのかもな・・・本音を言えば、直ぐにでも俺の下を離れてしまいたいのかも知れない。それを無理矢理縛り付けて家族だ何だと言っていると思うと・・・実に滑稽じゃ無いか」


 自嘲して呟くように俺は言葉を吐き出した。

 そもそもの話、彼等は皆無理矢理に連れて来られた物ばかりで、願い出て兵団に、俺の部下になった者など居はしない。

 皆何かしらの事情が有って、仕方が無く俺の下にいるに過ぎない。

 そう思うと、今の俺の言葉が何とも薄ら寒い者に思えて仕方が無い。


「・・・この戦いが終わったら・・・いや、いっそ今すぐにでも言ってみるか・・・」


「何をですか・・・?」


「・・・お前達は自由だ。もう、俺の下にいる必要は無いと言ってみるか・・・何人残ってくれるか見物だな」


 そう言って、俺は自分の掌を広げて眼を落とした。

 皺だらけで、傷だらけの皮の厚くなった貴族らしからぬ掌を見ると、奪った敵の命と、救えなかった味方の命が、その全てがこの掌にのっているかの様に思える。


「大尉も・・・」


 俺は大尉に言葉を掛けようと顔を上げて口を開いた。

 しかし、その言葉を口にする前に、大尉が俺の事を両手で包み込んで抱擁した。


「大尉?」


「大佐・・・その先は言わないで下さい。その言葉は私に取って侮辱です。酷い屈辱です」


「・・・」


「貴方が私達を大事に思ってくれているのは、痛いほどに分かっています。・・・それと同じように、私達も貴方の事を大事に思っています」


 大尉の囁くような言葉が鼓膜を震わせると、途端に俺の身体が軽くなって空中を漂う羽の様な感覚に陥った。


「貴方に信じて貰えない。その事は私達に取って一番辛い事です。だから・・・冗談でもそんな事を言わないで下さい。もっと私達を信じて下さい。私達は家族なのでしょう?」


「大尉・・・済まない。こんなに情け無い男で済まない」


「貴方はまだ若いのですから仕方がありません」


「そうか・・・そうだな」


 本当に、自分の未熟さが身に染みる。

 大尉を励まそうと思って来たはずなのに、何時の間にか俺の方が彼女に励まされている。

 本当に俺はまだまだ子供で幼稚だ。


「・・・俺は隊の家族を愛している」


「はい」


「俺は君達を愛している」


「はい」


「お前達は・・・俺を愛してくれるか?」


「勿論です・・・私は・・・」


「勿論さ!!君が好きに決まっているよ!!」


 リゼ大尉が、俺の出した卑怯で卑屈な問い掛けに答えてくれようとした瞬間、背後の部屋の入り口からエストが入って来て叫んだ。


「エスト」


「あ~あ・・・折角の機会だったんですけど・・・まあ、俺も若様の事は好きですよ」


「ハンス」


「大佐は自分達にとって掛け替えの無い存在です」


「ソロモン」


 入り口の方を見れば、見知った顔が俺の方を見て笑っている。


「カイル・・・僕たちは君から離れない。何てったって、地獄まで着いていくって言ったからね」


 エストの言葉に続いて、部屋の中に入りきらないほど部下達が入ってきて俺に言葉を掛けてくれた。

 その言葉のどれもが、俺を信じて俺を認めてくれる物で、一つ一つ聞く度に胸が熱くなる。


「・・・そうか、信じてなかったのは、俺の方だったな」


「・・・」


「如何した?大尉」


 何だか大尉の様子が少し変だ。

 妙に機嫌が悪そうと言うか、珍しく不満そうに膨れた様な雰囲気だ。


「大尉・・・」


「伝令!!」


 大尉に声を掛けようとした瞬間、一人のレンジャー隊員が額に大粒の汗を浮かべて駆け込んできた。


「報告!敵、レオンハルト軍主力がソレナ川渡河の兆候あり!!また!南側の敵軍先遣隊に合流の動き有り!!」


 その瞬間に、全員が先程までとは全く別物の表情で俺を見た。

 そんな彼等に答えるように、俺も直ぐに意識を切り換えて口を開く。


「戦闘用意!!」


「「「応!!」」」


 返事を返すなり、全員がさっさと部屋を出て支度に入る。

 俺は背筋を伸ばして、大尉に背を向けて言う。


「大尉」


「はい!」


 大尉も、俺と他の者と同じく、引き締まった普段通りの精悍な顔付きで答えてくれる。

 そんな大尉を、俺は心強く感じながら指示を出した。


「レンジャーを全員集合させ、直ちに兵舎前に整列させろ」


「了解!」

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