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百十四話 邂逅

「ミハイル」


「・・・んだよ」


 狭い応接室の中で、俺はミハイルと二人で向かい合う。

 この男と向かい合うのはコレで三度目になるが、始めての時と比べると立場が随分変わった気がする。


「お前とこうして話す機会が出来るとは全く思いもしなかったが、今はそんな事を言っている場合では無い。それは分かっている・・・だがな」


「・・・」


「俺はお前の事が嫌いだ」


「俺もだよ」


 俺は二年前にミハイルにされた事を忘れてはいない。

 随分と酷い目に遭わされて、部下を殺された。

 戦場で殺されたのなら、まだ納得も出来たかも知れないが、この男に殺された部下達は無惨にも処刑された。

 その事を俺は忘れてやる事が出来ない。

 そして、それはミハイルも同じ事だ。

 俺は、コイツの制止も無視して無抵抗の女子供を殺した。

 あの時、俺は間違いなく皆殺しにするつもりで攻撃を命じたし、その事を許して貰おうと言う気も全くない。

 もしも、陰謀に最初から気付いていれば違っていたかも知れないが、それでも、あの時点での俺の判断は間違っていないと思っている。


「ハッキリ言ってお前は俺以上に指揮官に向いてない」


「・・・」


「まず、直ぐに混乱して判断が遅い。その判断も間違いが多い。それに経験が少なすぎる」


 二年前の時もそうだが、コイツは前線で指揮をするには瞬発力が無い。

 良く迷うし、迷いだしたらそこで思考が停止してしまって動き出すと既に遅きに失している。

 更に言えば、別に貴族でも何でも無いただの平民出身で、特別に教育を受けたわけでも無く、戦闘経験が豊富というわけでも無い。

 恐らく二年前の時は周りに指揮官としてある程度の能力を持っている者が居たか、黒幕がいたのだろう。


「・・・一つ気になっている事がある」


「あんだよ」


「あの時、お前と最初に会った時に居た青年の事だ」


「ロイドの事か?」


 ロイドと言うらしい、あの無学な青年は一体どうなったのか、あの戦闘で戦死していたのか、それが気になって尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。


「・・・知らん」


「なに?」


「だから知らねぇってんだよ」


「死んだのか?」


「知らねぇよ・・・あの日は朝から居なかった」


 ミハイルが言うには、気が付いたら居なくなっおり、戦闘のどさくさに紛れて逃げようとして死んだと思っているらしい。

 確かにあの状況なら不思議では無いが、俺が見た限りでは死体の中にはそれらしい人物は居なかった。


「と言う事は上手く逃げおおせたか」


「じゃねぇのか?」


 この話はここまでで俺は興味を失い、話を再び下に戻す。


「でだ、お前の事だが・・・正直に言えばお前をとっととクビにしてしまいたいところだ」


「・・・」


「だが、残念な事にそう言う訳にもいかん」


 現在の戦力の主力である国民兵は北部出身者が多数を占めており、その北部出身者にに取ってミハイルはカリスマ的な存在だ。

 今の状況でミハイルを追い出せば兵の間に不信感が募り、最悪の場合瓦解する可能性が在る。


「忌々しいが、軍にとってはお前はお荷物であると同時に、大事な神輿でもある。お前を担がなければ兵が着いてこない。それはお前も分かっているな?」


「・・・まあな」


「お前が指揮官として有能ならそれで問題は無いんだが・・・そうじゃ無いしな」


「・・・」


 何故、ここまで頭を悩ませているのかと言えば、それは軍の再編に関わる事で、それは、ロムルス王子が途中にしてしまっていた師団を行った。

 まず、被害を受けた各部隊、各連隊に人員を再配置、補充を行い、その上で大隊、中隊の人事編制も済ませた。

 と言っても、生き残っていた奴等の中から使い物になりそうなのを適当に拾い集めて臨時で昇任させただけである。

 で、何とか各部隊を纏め、師団を編制する草案が纏まったのだが、そこで師団長を誰にするのかと言う問題が浮上した。


「アンタが師団長をやれば良いだろう」


「それは無理だ」


 勿論、そう言う話も上がった。

 だが、俺は俺で支隊を指揮しなければいけないし、支隊を師団に組み込むのも難しい。

 何よりも、俺を師団長にした場合、兵からの反発が強いと予想が出来た。


「今の最高階級者は大佐である俺とお前で、俺の方が先任だから序列として俺が最上位になる」


「・・・で」


「エストを師団長にする事も考えたが、その場合エストは所属原隊の指揮官である俺を飛び越して特進させるかなり強引な人事になる」


「やりゃ良いだろ」


「俺もそれで良いと思ったが、周りが渋った」


 一応、国民兵以外の内戦前からの職業軍人や貴族出身の士官なども残っており、彼等がその人事を嫌った。

 序でに言えば。


「エストが頑として嫌がった」


 エスト曰く、漸く原隊に復帰して俺の下で戦えるのに直ぐに離されるなんて嫌だ。

 と言う事で頑強に抵抗された。


「一応ハンスとソロモンにも打診したが、二人とも断った」


「・・・」


「流石に上官になれと命令する訳にも行かんしな」


 と言うわけで、階級的にも余っている人材的にも、この使えないお荷物を師団長にする以外に方法は無くなってしまった。


「この際、背に腹は代えられない。どんなに無能でも無いよりはマシだろうと言う事で、お前を師団長とし、階級を少将とする案で纏める事にした」


「散々言っておいて、結局はそうなるのかよ」


「苦渋の決断だ」


 ロムルス王子に師団長をやってもらうのも考えたのだが、本人に否定されてはどうしようも無かった。


「でだ・・・お前の指揮する師団の編制の説明に入る」


「・・・おう」


「師団は四個歩兵連隊を骨幹とし、その支援として騎兵大隊、軽歩兵大隊、砲兵中隊を各一個ずつ。それと後方支援大隊を内包する凡そ11000程度の兵力になる」


 歩兵連隊は番号の若い順に第二、第五、第六、第十一と成っており、騎兵と軽歩兵は師団番号の一番を部隊番号としている。

 この部隊の内、軽歩兵大隊は新たに編制した部隊で、この部隊は成るべく練度と士気の高い兵士を集めて創った散兵部隊だ。

 散兵と言っても、専門的な教育訓練をしたわけでも無ければライフルを装備している訳でも無く、レンジャーやその前身だったライフル兵の様に独立した行動は不可能である。


「お前の言動の一つでこの11000人は生きもすれば死にもする。それを忘れるな」


 取り敢えず、これで師団創隊の準備は整い、俺の最初の仕事は終わった訳だが、俺はこの部屋を出たくは無かった。


「・・・」


「・・・なあ」


「なんだ」


「行かないのか?」


「・・・」


 如何しても部屋から出たくない。

 その理由は、この城に来た瞬間に遡るが、どうも、リゼ大尉とホークス嬢の仲が思わしくない様で、何故だかあの二人が睨み合うのを見ていると胃の辺りが痛み出すのだ。


「なあ」


「・・・」


「お前、お嬢が居るのにあのダークエルフに手ぇ出してたって本当か?」


 お嬢とコイツが言うのが誰か一瞬分からなかったが、どうやらホークス嬢の事らしい。

 コイツとホークス嬢の関係も少し気になったが、取り敢えずコイツの質問は否定する。


「リゼ大尉とは何も無い。彼女は俺の部下の一人と言うだけだ」


 そりゃ美人で俺の事を信頼してくれて、何かと俺の事を助けてくれて、俺も彼女の事を信頼しているが、だからと言って、何かあるわけでは無い。


「本当か?」


「本当だ・・・第一、アレほどの美人が俺を相手にするわけ無いだろ。彼女も俺の事は上官としか思ってていない筈だ」


 周りの連中は頻りにリゼ大尉が俺を想っていると言う様な発言をする事が多いが、矢張り俺には信じられん。

 俺に惚れる要素が何処にあると言うのか、どいつもこいつも少し安直すぎる。


「・・・お前の立場を使えば無理矢理にって事も出来るんじゃ無いか?」


「まあ・・・魅力的な女性だから俺も少しは思うところもあるが・・・軍人として分別は付いているつもりだ。それに、彼女の信頼を惚れた腫れたと勘違いして下世話な眼を向けるのは、彼女に対して失礼極まりない」


 まあ、もしも大尉とそう言う関係になれたならと言う妄想をした事があるのは事実だし、本当にそうなれたなら嬉しいと感じるのも当然だろう。

 だが、俺の様な醜男に懸想するような女がいるとも思えん。

 大尉も俺の事を一人の軍人として信頼を置いてくれているのだ、ならばその信頼に応えるのが上官としての務めと心得ている。


「お前って、なんでお嬢に嫌われてんだ?」


「分からん・・・何かした覚えも無いし。顔じゃ無いか?結局は」


 恐らく、ホークス嬢は余程俺の事が気に食わないのだろう。

 二年前に手紙をもらった事もあるが、あれもどうせ御父上に言われていやいや書いたに違いない。

 何ならゴーストライターの可能性も過分に在る。


「あのお嬢が顔で判断するかねぇ・・・」


「人の心と言うのは計り知れん・・・何か余程俺の事が気に食わない事があるのは間違いない」


 正直、何故こんなに嫌われているのか全く分からない。

 帰還して既に三日が経っているが、今日までに少なくとも四回ほど二人が睨み合っているのを見た。

 大尉がホークス嬢を良く思っていないのは何となく理解できる。

 だが、ホークス嬢の方は何故、一々リゼ大尉の相手をして睨み合うのかが分からない。


「ホークス嬢が俺と大尉の事を疑っているにしても、俺の事で嫉妬するのは明らかに可笑しい。彼女は俺には興味が無いはずだ」


 俺としては彼女は俺の事に興味は無いが、それでも他の女に取られるのはプライドが許さないという感じじゃ無いかと睨んでいる。

 貴族の子女として、婚約者を他の女に取られると言うのは如何にも分かりやすい汚点であるし、そう言ったゴシップを面白可笑しく広める者も居るのも事実だ。

 きっとホークス嬢はそれを嫌ったに違いない。


「・・・お前の事は直ぐにでも縊り殺してやりたいが、まあ、今は棚上げしよう」


「しゃあねぇか・・・言っとくが和解じゃねぇぞ」


「勿論だ」


 互いに敵意を持ちつつ、俺とミハイルは共闘する意志を確認した。

 そして、俺は覚悟を決めて部屋の外に出る。

 恐らく、今も何処かで大尉とホークス嬢が睨み合っている筈で、そうであるならば、エスト辺りが面白がって俺に仲裁させようとする筈だ。


「カイル」


 俺は自分を呼びに来たワルドの凶悪な笑みを見て、深く溜息を吐いた。

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