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百十三話 初戦、第一ラウンド

 拝啓、父上殿。

 貴方は今、如何お過ごしでしょうか、私と貴方が最後に会ったのは二年前の出征の朝の事でありましたが、まさか、それから一度たりとも相まみえる事も無く、この様な関係になるとは、流石に予想も出来ませんでした。

 ここでハッキリとさせておきたい事が御座います。

 それは、私の立場であります。

 もしも、私が東部へと攻め入る事があったならば、私は躊躇わずに目の前に立ちはだかる敵を滅ぼす事でしょう。

 それは、例え生家で有り、我が生みの親である貴方方が敵に回っていたとしても変わりの無い事です。

 一切の躊躇無く、一片の容赦も無く、我が家を焼きます。

 必要とあれば領民皆悉く討ち滅ぼし、家人悉く滅ぼして田畑を踏み潰して行きます。

 その時になって命乞いをされても私は全く聞く気はありません。

 私は一人の軍人として、アレクト殿下に仕える忠臣として、殿下の全ての敵を私の持てる限りの力を尽くして完璧に駆逐して見せる所存です。

 いざと言う時、親子の情だとか、血縁の誼だとかと言う物で手心を加える事は有り得ず、それは御自身達が一番良く分かっている事の筈です。

 努々、私に対して温情を期待すると言う事の無いように、予め伝えておきます。

 貴方方が如何なる判断を下すかは御自身にお任せ致しますが、どうか私に懇願すると言う事の無い様に御願いいたします。

 コレまで通り、私には何も期待せず、私のこの手紙も握り潰して私の事など無視するよう願っております。

 それでは、この手紙を最後に決別とさせて頂きます。

 敬具







「全隊!!構え!!」


 俺の号令の下、三列横隊の戦列が射撃姿勢を取る。

 西部から王都まで凡そ二週間掛かったが、まさか着いて早々に戦闘に参加する事になるとは、思いもよらなかった。


「若様!!」


 ハンスが俺に向かって呼び掛けてきた。


「若様、エスト中佐がこの先にいるそうです」


「そうか」


 ハンスの報告に頷いて、俺は銃口を向けた正面を睨む。

 なだらかな登りになった視線の先の、稜線の向こう側からは戦いの喧騒が響き、その音を背にして敗軍と言った風体の兵士が続々と此方に向けて走ってくる。

 コレが俺が指揮を取る事になる国民軍だと思うと、今から気が重くなる。

 この軍を指揮していたミハイルは先程捕まえたが、随分と憔悴した様子で、文句の一つも言う気にはなれなかった。


「支隊!!この腰抜け共に本物の戦いを見せてやれ!!」


「「「応っ!!!」」」


 ハンスの纏めた逃げてきた兵士の話では、現在敵と戦闘を行っているのは第五歩兵連隊だけで、その他の部隊はここまで後退してきたらしい。

 戦闘は当初、両軍向かい合っての射撃戦から始まり、その後に前進してきた敵軍に対して国民軍は劣勢になり士気が低下、軍を後退させるために第五連隊が敵に突撃を敢行したらしい。


「エスト中佐は大丈夫ですかね」


 心配そうに呟くハンスに、俺は前を向いたまま返す。


「心配ないだろう」


「と言うと?」


「奴が死んでいたら敵はとっくにここに来ている」


 経験上、そろそろ、突撃による初期の効果が薄れて敵の逆襲が始まる頃だ。

 そうなれば機微に疎いエストでも退却を指示するだろう。

 そう思っていると、俄に視線の先が騒がしくなる。


「来ますね」


 稜線の向こう側の騒がしさが毛色を変え、戦いの色の濃かった金属音と銃声から、逃げ惑う悲鳴と、それを追う怒号と馬蹄の音に変わった。

 それを感じ取ったハンスが眼光を鋭くして稜線を睨みながら呟いた。


「戦闘用意!!エストが来るぞ!!助けてやれ!!」


「「「応っ!!!」」」


 俺の言葉に戦列から威勢の良い答えが返ってきた。

 それと同時に、稜線を越えて五連隊と思しき兵士達が命辛がらに逃げてきた。


「そろそろだな」


 呟いた途端、俺はその姿を見付けた。


「撃て!!」


 俺は躊躇わずに号令を発した。

 俺を見付けたのか、嬉々として走り寄ってくるエストの、その背後から迫る敵軍に対して斉射を浴びせた。


「まだだ!!まだ来るぞ!!」


 稜線の向こうから敵は次々とやって来る。

 その敵が俺達の姿を見付けて戸惑うと、俺は更に号令を発する。


「全隊ランニングファイア!!浴びせろ!!」


 さっきの斉射で前二列は射撃を終えて装填に入っていたが、俺の別命無く三列目と二列目が交替しており、号令があると直ぐに戦列が銃火を噴いた。


「カイル!!」


 入れ替わった三列目が射撃した後、再び最前列が銃を構えて引き金を引いた時、エストが俺の下まで走り寄ってきて俺の名を叫んだ。


「カイル!!」


「エスト・・・久し振りだな。元気にしていたか?」


 俺がエストに応じると、エストは一瞬だけ表情を歪ませ、そして直ぐに引き締めると敬礼をして言葉を発する。


「エスト・ローゼン中佐!!カイル大佐の指揮下に入ります!!」


 それに対して俺も馬上から答礼して答える。


「許可する。直ぐに部隊を掌握しろ」


「分かった!!」


 エストは直ぐに周辺に散っていた第五連隊の掌握に努める。

 彼等の練度を見る限りでは直ぐには集まらないだろうが、だからと言って放置するわけにも行かない。


「射撃止め!!」


「射撃止め!!射撃止め!!」


 敵が引き始めたのを見て、俺は直ぐに射撃を止めさせる。


「着け剣!!」


 そして、全隊に着剣を命じると、振り向いてハンスに向かって声を掛ける。


「ハンス!先に行っているぞ!」


「えっ!?ちょっ!!待ってくれ!!」


「全隊前進!!」


 ハンスの声を無視して俺は前進を命じた。

 速度毎分60m、全三個大隊の支隊は普段の通りに行進を始め、稜線を越える。


「敵見ゆ!!兵力は七個大隊程度!!」


 即座に声を上げたのは支隊の後から追従するレンジャーを纏めているリゼ大尉だ。

 大尉の言う通り、敵は七個大隊、凡そ6000人程度の兵力で、横隊の戦列を組んでいる。


「妙だな・・・」


 俺は敵の戦列を見て、違和感を覚えた。

 敵の戦列が横隊で、此方よりも厚いの物なのは確かなのだが、その割には妙に層が薄い気がした。


「もしかして2列を幾つか作って離してるんじゃ無いですか?」


 ハンスの言葉に俺は直ぐに納得した。

 俺は基本的には3か4列の横隊を一つ作るだけだが、敵の戦列は薄い横隊を少し離して多重にしていたのだ。

 それが何のためなのかは分からないが、何かを仕掛けてくるつもりなのは分かる。


「それが分かれば十分だな」


 そう言いながら、俺は前進する戦列の直ぐ後に着いて敵に向かう。

 敵の戦列も此方よりも些か遅くではあるが向かってきており、その距離が40mに達しようと言う時に敵の戦列が動きを止めた。


「若様」


「分かってる」


 俺は前進を止めなかった。


「撃てっ!!」


 敵が止まると直ぐに号令が発せられ、それに続いて銃声が鳴り響く。

 疎らな銃声の後に、敵弾の嵐が此方を襲い、幾人かが凶弾に倒れて動かなくなった。


「怯むな!!この程度何クソだ!!」


「「「応っ!!!」」」


 敵の銃は共和国で見た物と同じタイプで、魔力の爆発で鉛球を飛ばすタイプらしく、俺の直ぐ耳許を銃弾が通過する音が聞こえた。


「止まれ!!」


 敵の銃撃から10秒程前進してから停止を命じると、部隊は別命無く射撃体勢に入る。


「若様!アレを!」


 ハンスが敵の方を指差して叫んだ。

 何事かと思って見てみると、敵の戦列の後の列が、人の間を縫って前に出て来ていた。


「何ですかアレは!?」


「知らん」


 ハンスには知らないと行っていたが、俺はこの動きを知識の上では知っていた。

 二列の戦列が前進しながら交互に前に出て射撃を繰り返す運動は、前世の地球でも用いられていた戦術だ。

 コレを考案したのは、スウェーデンの英雄グスタフ2世アドルフで、漸進射撃戦術、スウェーデン射撃と言われる物だ。

 この戦術のメリットは何と言っても強力な火力を前面に投射しながら前進出来る事だろう。


「レオンハルト殿下は天才だな・・・」


 少なくともグスタフ・アドルフ並の戦術の天才と言う可能誠意が出て来た第二王子に、俺は戦慄を覚えた。


「撃て!!」


「撃てっ!!」


 俺と敵の指揮官の号令はほぼ同時だった。

 ほぼ同時の号令に従った相対する戦列は、練度の差からか、僅かに此方の方が早く反応して火を噴いた。

 その僅かに勝った射撃のタイミングが功を奏し、此方の被害は微々たる物で済む。

 だが、射撃の直後に敵の戦列は先程と同じように後の列が前に出て来て直ぐに銃を構える。

 成る程、コレではあの国民軍程度の連中では打ち負けるわけだと感心した。


「まあ・・・俺らには通用しないんだけどな」


「ですね」


「第一列構え!!撃て!!」


 前に出て来た敵に対して此方は最前の第一列が俺の号令の下で銃撃を加える。

 その間に二列目と三列目が一を交替して装填と射撃の準備を進め、俺は間髪入れずに命じる。


「第三列撃て!!」


 前に出て来ていた敵の戦列との距離は凡そ24m、歩兵の斉射の威力を発揮するには十分に近い距離だ。


「前列構え!!」


 既に最前列の装填は完了している。

 しゃがみながらの装填という高等な技術を習得してくれているお陰で、俺は悠々と交互射撃を命じる事が出来る。


「撃て!!」


 前に出て来ていた敵の戦列は最早反撃と言う様な余裕は無く、間髪入れない三度の斉射に依って完全に打ち崩されている。


「練度の差が出たな」


 理想を言うのならば、前後二列だけで交互射撃が出来たイギリスのレッドコート位まで訓練できていたら尚良しだ。


「全隊前進!!」


 まだ突撃は掛けない。

 数の上では此方の方が劣勢な事に変わり無いのだから、不用意に白兵戦を仕掛けるのは得策では無い。

 ここは優勢な練度を最大限に発揮できる射撃戦で、火力に物を言わせて敵を圧倒したい。

 別にここで敵を完全に打ち破らなければならないと言う訳でも無いのだから、敵が逃げるまでとことん撃ち合ってやれば良いのだ。


「撃てっ!!」


 敵の指揮官は残っていた後列に射撃を命じる号令を出した。

 前進した此方は20mにまで近づいており、それなりに被害を出すが、その程度で止まれる用ならば今までの戦いで勝利を収める事など出来ない。


「止まれ!!」


 距離約15m、敵の兵士の白眼が見えるほどの距離で、俺は部隊に停止を命じ、そして直ぐに次の号令を出す。


「撃て!!」


 本日何度目かの斉射によって作り出された濃密な弾幕が敵の戦列を飲み込むと、いっそ哀れなほどに容易く敵に列を引き千切り、地面を鮮血で染め上げる。

 だが、ここで止めてやるほど俺も優しくは無い。

 敵の後にはまだ予備兵力が残っている。

 まだ敵に戦う気力があるのならば、此方は一切容赦してやる事は無い。


「前列撃て!!」







 この後の事を敢えて詳細に語る事は無意味な事だろう。

 ただ、端的に撃ちまくって敵を叩きのめしたと言うだけなのだから。

 そして、敵の生き残りが這々の体で逃げ帰って行くのを見送った後、エストとミハイルと残存兵を拾って王都に帰還を果たした俺は、ある意味で本日最大の危機に直面した。


「・・・」


「・・・」


「・・・あ~・・・久し振りだな。リリアナ・ホークス?」


「ええ、お久しぶりですわカイル・メディシア様。そちらの方を紹介して頂けますか?」


「・・・こちらは俺の部下の・・・リゼ大尉だ」


「始めましてリリアナ様。カイル大佐の腹心を自負していますリゼと申します」


「そうですか」


「はい」


 如何してこうなった。

 いや、マジで、誰か助けて下さい。

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