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外伝 わたくしの婚約者様が出征してから二年、何時の間にかに内戦が始まって遂に帰ってくるそうです

 幸福の絶頂にいた日々、愛しい人と最愛の家族に囲まれいたあの日、それが夢幻であると分かっていても、それでも思わずには居られない。

 老いさらばえて眠りに着くその日まで、ここに居たい。

 あの人に抱かれながら、あの子を抱き締めながら、永遠に覚めない夢の中に囚われ続けたいと思わずには居られなかった。

 それが、決して叶わない事だと知っていても。







 夢から覚めて、わたくしは最低の気分で起床した。

 それと言うのも、今日はロムルス第三王子の主催するお茶会に参加しなければならず、当然王子に会わなければならない。


「・・・どの顔で会えば良いのよ」


 わたくしの嘗ての生の記憶が脳裏を過る度に、わたくしは憂鬱な気分に陥る。

 特に、あの第三王子の事は特別にわたくしの気分を重くした。


「お嬢様」


「・・・起きてるわ」


 わたくしは何時も通りに、起こしに来たシエイラに答えて、手伝われながら着替えを済ませる。

 朝食はとても食べる気にはならず、どんよりとした厚い雲に覆われた鉛色の空が、恰もわたくし自身の心を写しているかの様だ。


「はあ・・・」


 思わず吐いた今日で何度目かの溜息は、ほんの少しでもわたくしの気分を晴れさせる事は無く。

 時間が来て馬車に乗り込む瞬間にも、その溜息が自然と口を吐いた。


「大丈夫で御座いますか?」


 馬車は、ここ最近の雨で泥濘んだ道を真っ直ぐに進んで王宮へとわたくしを運ぶ。

 その道の最中、馬車に揺られるわたくしにシエイラが心配そうに声を掛けてくれた。


「大丈夫よ・・・」


 そう言って窓の外に眼を向けて見ても、矢張り気分は晴れないし、シエイラも一層心配げにわたくしを見詰めた。

 もしも、今この場所にあの方が居てくれたなら、なんて、有り得もしない事を思ってしまうのは、わたくしが弱い証拠でしょう。


「ずっと前に決めた事ですのにね・・・」


「お嬢様?」


「何でも無いですわ・・・気にしないで」


 シエイラにそう言ってわたくしは意識を切り換える。

 そう、わたくしは決めたのだから。

 前と同じ様には行かないと。







 王宮に着いて案内されたのは、庭の見えるテラスでした。

 広くよく手入れの行き届いた見事な庭を見ることの出来るテラスは、コレで天気が良ければ言う事の無い程に見事な物だったでしょう。

 ですが、そんな物は何の励ましにもならず、わたくしは、ただただ憂鬱なだけでした。


「・・・」


「楽しんで頂けては居ないようですね」


 そう声を掛けてきたのは、濃い金色の髪の長身痩躯の方で、ロムルス第三王子殿下でした。


「いえ・・・そう言う訳では・・・」


 思っても無いと言う事は、殿下にも直ぐに分かったでしょう。


「私が思うに、貴女はどうも、私の事を嫌っている様ですね」


「それは・・・」


 そう言われて、咄嗟に何かを言おうとして、しかし、わたくしの口からは何も出ませんでした。

 そんなわたくしに、殿下はメイドに言ってカップにお茶を注がせると、一口啜って言う。


「このお茶は貴女の御実家の方から取り寄せたものです」


 そう言って、わたくしにも同じお茶を勧めてくる。

 断るわけにも行かずに、用意されたお茶を啜ると、懐かしい味と香りが広がって、少しだけ気分が落ち着いた。


「カイル・メディシア・・・」


 不意を突くように、ロムルス殿下が婚約者様の名前を口にする。

 その名前を聞いた瞬間、わたくしの心臓の鼓動が大きく跳ねて頬が少し熱くなる。


「・・・いきなりどうなさったのですか?」


 平静を装いながら殿下に尋ねると、殿下は笑いながら答える。


「いえ、ただ貴女と彼との仲が少し気になった物ですから」


「それは殿下には関わりの無い事では御座いませんか?」


 わたくしは自分で言っていて表情が険しくなるのを感じる。

 ただでさえ苦手なロムルス殿下と一対一で話していると言うのに、その殿下の口からあの方の事が出ると言うのは、わたくしに取っては、とても落ち着かない事でした。


「どうにも、私は貴女には嫌われているようですね」


 このロムルス殿下は何も悪くは無い。

 わたくしも何かをされたと言うわけでも無ければ、直に有って話すのも数えるほどしか有りません。

 それでもわたくしは、この第三王子殿下のことが殊更に苦手なのです。


「矢張り・・・記憶の所為ですかね?」


「っ!!」


 突然、殿下の口を吐いた言葉に、わたくしは思わず立ち上がって睨み付けます。

 そんなわたくしに、殿下は尚も笑いながら言葉を続ける。


「まあ、落ち着いて下さい。別に私は貴女の敵ではありませんから」


 そう言われたところで信じられる筈も無く、わたくしは周囲を見回した。

 しかし、周囲には誰も居らず、先程までは確かに居たはずのメイドの姿も有りませんでした。


「今、この場所には私達二人しか居ませんよリリアナ嬢」


「・・・何が目的ですの」


 観念して、わたくしは再び席について殿下に向かい合う。

 既に紅茶は冷めて温くなり、空の様子も先程よりも一層、暗さを増している。

 誰も居ないテラスで向かい合う得体の知れない目の前の男を睨み付けて、わたくしはその覚めたお茶を一口啜った。


「私も・・・いや、俺も前世の記憶を持っているんですよ」


 矢張りと言うべきか、先程の口ぶりから察した様に、彼も記憶を持って生まれてきたと言った。


「では、わたくしに婚約破棄を伝えた事も・・・勿論覚えておいでですわね?」


 怨みを込めて、わたくしは嘗て愛した王子様に言う。


「・・・」


 一体どんな事を言い返してくるのかと思って居ると、以外にも殿下は何も言わず、ただ、無言でわたくしを見詰める。

 何も言わないのは彼も大人になって恨み辛みくらいは引き受けようと言う事なのかと思えば、余りにも予想外の言葉が返ってきます。


「・・・俺・・・ロムルスが貴女に行った仕打ちは知っています。ですが、残念ながら俺はロムルス本人では無い」


「どう言う・・・」


「俺は前の生を別の人物として生きて、そして、今生はロムルス・アウレリアとして生きているのです」


 そう言われて、わたくしは何だか微妙な気持ちになる。

 目の前の人物が憎き男では無いと言う事に安堵を覚えると同時に、あの男に何の恨み辛みも言う事の出来ない歯痒さ、それらの思いが渦巻いて何とも言えない。


「貴女としては複雑でしょうが、紛れもない事実なのです」


「・・・そうですか」


 未だにグチャグチャの思考のままで、わたくしはおざなりな返事を返す。


「それでですね、今日貴女に来て頂いた理由なんですが・・・件のカイル・メディシア大佐が近々王都に来る事になりましてね。その事をお伝えしようと思ったんですよ」


 再びあの方の名前が出て、わたくしは思わず彼の話に食いついた。


「・・・本当ですの?」


「食いつきましたね・・・まあ、何時とは明確には分かりませんが、そう遠くは無いでしょう」


 答えを変えす彼に、わたくしは更に尋ねる。


「根拠は何ですか?カイル様が来るという根拠は」


 彼は、わたくしの言葉を聞くと嬉しそうに笑いながら答えた。


「つい先日、兄上・・・アレクト兄上から連絡が入りましてね・・・その連絡の中に、彼の部下の一部を大佐の下に送ったとあったのですよ」


 今、あの方は西部の国境近くに居る。

 それはわたくしも分かっている事でしたし、西部の戦況が思わしくない事も知っています。

 そんな彼の地の今の人生のあの方に精鋭と呼ぶに相応しい部隊を送ると言う事がどう言う事なのか、そんな事は誰に聞いても答えは分かり切っている。


「大佐は早急に西部での戦闘を終結させて、その後にこの王都へ来ます。そして、現在のところ優秀な戦闘指揮官の居ない国民軍を指導し、我が方の劣勢で進んでいる戦況に変化をもたらすでしょう」


 彼は実に嬉しそうに、わたくしの知らないあの方の事を話す。

 正直に言えば、わたくしは今のあの方に会うのがとても恐ろしくてなりません。

 何故ならば、あの方はわたくしが知るカイル様とは余りにもかけ離れてしまっていて、会ってみて、人柄も何もかもが違ってしまった時に、わたくしの記憶の中のカイル様までもが変わってしまう様で、とても怖いのです。


「貴方はカイル様にはお会いした事が有りますか?」


「それは、今の人生でですか?」


「いいえ・・・前の人生で・・・ですわ」


 わたくしの質問に、彼は少し考えてから、ゆっくりと答えた。


「会った事はあります・・・しかし、記憶では酷く朧気な物です」


「それは・・・どう言う?」


 彼の答えに更に質問を重ねると、彼は立ち上がって庭の方を見て、それから此方に向いて言う。


「・・・もう時間です。残念ですが今日の話はここまでですね」


「・・・そうですか」


 答える気は無い。

 暗にそう言う彼に、わたくしもそれ以上は聞かず、何時の間にかに戻ってきていたメイドに案内されて王宮の外に向かう。


「もう・・・貴女とは離れない・・・」


 背後で、彼が何かを呟いた気がしますが、わたくしにはその言葉を聞き取る事は出来ませんでした。







「もし」


 王宮の外を目指すわたくしに、背後から声が掛けられます。

 やや無作法な呼び掛けに対して、わたくしは振り向いて応じます。


「何でしょう・・・貴方でしたか、エスト・ローゼン様」


 声を掛けてきた主の正体に気が付くと、わたくしは自分でも分かる程に落胆した態度を取りました。

 いけないと分かっていても、この方に対しては如何してもこうなってしまいます。


「・・・何の御用でしょうか。エスト・ローゼン様?」


「僕としても君に声を掛けるなんてしたくは無いんだけどね」


「では、何故?」


 エスト様は、ご自分から声を掛けてきたにも関わらず、あからさまに嫌そうな顔で言う。

 わたくしはそんなエスト様に声を掛けてきた理由を尋ねた。


「彼が君に用があるそうでね・・・ほら、後は自分の口で言うんだ」


 そうエスト様が答えると、背後から一人の少年が顔を出す。

 歳は十歳くらいで、東部辺境特有の日に焼けた褐色の肌の可愛らしい少年でした。


「ナジームと言います。初めましてリリアナ・ホークス様」


 顔と体付きの割に大人びた風な少年に、わたくしも応じて返す。


「初めましてナジーム。わたくしに何の用かしら?」


「コレを・・・」


 思わず頬が緩むのを自覚しながら用件を尋ねると、ナジームは懐から一枚の手紙を取り出して手渡してきた。


「コレは・・・?」


「私の主・・・カイル・メディシア大佐からの手紙です」


「えっ!?」


 予想だにしない答えに、はしたなくも声を上げてしまたわたくしは、ナジームに更に尋ねた。


「本当にカイル様からの・・・?」


「間違いありません。二年前に帝国で書かれたものです。カイル大佐は出すつもりは無いと言って帝国に置いて来ようとしていましたが、密かに私が回収しておきました」


 受け取った手紙を読みながら、わたくしはナジームの話を聞きますが、その中で可笑しな事を言い出しました。


「大佐はリリアナ様の手紙を貰って随分と嬉しそうにしていましたよ・・・ねえ、エスト中佐も見ていたでしょう?」


「・・・まあ、あの日は何時になく上機嫌ではあったかな・・・」


 そう言っている二人の言葉も耳には入らず、わたくしの心中は困惑で満たされています。


「・・・あ、ありがとう御座いますね・・・申し訳ないのですが、少し急用を思い出したので失礼いたしますわ」


 そう言うと、わたくしは足早に立ち去って王宮の外の馬車に乗り込んだ。


「何故・・・」


 何故、出した筈の無い手紙の返事が有るのか、それだけがわたくしの頭の中を埋め尽くす。

 わたくしはあの方とは距離を置こうと努めてきて、その為にあらゆる事をしてきた。

 手紙だって何度か書こうとはしても、その度に自制して筆を置き、日記にもこう言った事は残さない様に気を使ってきました。

 それなのにあの方に届いた届くはずの無い存在すらしないはずの手紙。

 そして、その存在しない筈の手紙に対する有り得ない返信の手紙。

 わたくしの手にある手紙は、果たして一体誰に返される筈の手紙だったのか、家に向かう馬車の中で疑念の渦巻く手紙を握り締めた。

やっと付箋がある程度回収出来つつあります。

そして、漸く思いっ切りやりたい事が出来るようになります。

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