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百十一話 秋

この体たらくェ・・・

「良く来たなハンス」


「全く、貴方は何時も無茶をしてくれますね・・・三日で来いなんて無茶も大概ですよ」


 会うなりに、俺に文句を言ってくるハンスは、しかし、顔には笑みを浮かべている。

 俺は、ハンスの後に並ぶ第二大隊の兵士達を見て彼等に言った。


「お前ら疲れたか?」


「疲れましたよ!」


「アンタ俺らを殺す気か!?」


「常識的に考えてくれよ!」


 明らかに表情に疲労の色が滲み出ている彼等は、口々に文句を言い始める。

 コレが第一や第三の連中ならば、嘘でも疲れた等と弱音は吐かないだろうが、彼等は遠慮無しに不満を口にする。

 俺は、そんな彼等に笑顔で言い放つ。


「安心しろ。走るのは終わりだ」


 余程移動が疲れたのだろうか、俺の言葉に兵達が色めき立つ。

 俺は彼等に続けて言った。


「今度は戦って貰う」


 そう言うと、一斉に不満が続出するが、俺は語気を強めて更に言った。


「今までのはただの移動だ!言うなれば準備運動だ!」


「「「!!」」」


「ここからが本番だ・・・今からの戦がお前達にとっての仕事だ。恐らく、戦いが終わればお前達は口々に言うだろう・・・歩く走るの方がよっぽどマシだと・・・」


 俺の話を第二大隊は黙って聞く。

 周りにいる他の者達も固唾を呑んで俺の話に耳を傾ける。


「如何なる戦いも、コレに勝る辛苦は無い。それが劣勢で在れば、死線苦戦であるならば尚更の事だ。だが、何時しかお前達が戦場の空気に慣れ、戦いが日常と成った時。その時はお前達は戦と聞いて歓喜するだろう・・・その時まで生きていられればだがな」


 辺りはシンと静まり返った。

 誰も口を開かずに今の俺の言葉を考えている。

 彼等はこれからが初めての戦いで、いざ身近に生か死かの瀬戸際が迫ると如何して良いのかが分からないのだろう。

 そして、今までは自分が死ぬかも知れないと言う事を良く捉えられていなかったのだ。


「今日・・・今、俺達が立っている。この平原にバンド、リースモア、フィルガリスの三領連合の軍は攻勢作戦に出るために進出してくる」


「「「!!」」」


「奴等の狙いは我々だ。奴等にとって我々を倒さなければハサウェイを侵略する事は出来ず。また、焼き払ったバンドの地の報復も果たす事は出来ない。奴等は死に物狂いで俺達に掛かってくる」


 僅かに数分前、ハサウェイに戻る前にバンドに置いてきていた第一大隊の偵察兵が、ハンスと会う直前に敵の動きを報告してくれた。

 報告に依れば、バンドは俺達に対する復讐戦に燃え、コレまでは傭兵主体だったのが郷土からの志願兵を多いに取り込んでコレまで以上に規模を拡大している。

 このバンド軍の動きに呼応して、リースモア、フィルガリスでも残存兵に志願兵を加えて、ハサウェイ領境付近で合流、総勢一万二千を動員して俺達を追ってきていると言う。

 数の上では圧倒的に不利であり、コレから陣地構築の時間も無く完全な野戦での決着になる。

 だが、コレはチャンスだ。

 この戦いでは敵は指揮が旺盛な為、今までよりも格段に此方の攻撃に耐える筈であるから、此方の優勢な火力を最大限に発揮して敵を磨り潰す事が出来る。


「今日まで・・・今日まで俺は多くの部下を失ってきた」


「「「・・・」」」


「俺の足下には屍が堆く積み上げられ、俺の手は紅く生温かい血に染まり、俺の体は冷たい汚泥に塗れている」


 息を呑む音が聞こえた。

 リゼ大尉を始めとした俺を知る古参兵は、平然として、それでいて真剣に俺を見詰める。

 ソロモンの連れて来た俺を良く知らない訓練された兵士達は、呆然と驚愕と戸惑いの混じった様な表情で俺を見る。

 そして、ハンスの連れて来た未熟な新兵達は、皆一様に恐怖の色を顔に浮かべて俺を眺めた。

 そんな中で、俺は言葉を続ける。


「俺は戦争が嫌いだ。疲れるし、痛いし、頑張って戦って勝っても余り褒められない。精々、ちっぽけな勲章を投げ渡されて、名誉という名の鎖を首に掛けられて、後は人殺しだの野蛮だのと言われるだけ・・・俺達が褒めそやされるのは戦地に立ち、敵前で胸を張るその瞬間だけだ」


「「「・・・」」」


「じゃあ・・・何故俺が未だにここに居るのか・・・面倒くさい事なんて放り棄てて、気ままに暮らす事だって出来なくは無い。なのに何故、俺がそれをしないのか・・・それは、俺にはここにしか居場所が無いからだ」


「「「!!」」」


「俺は家族と言う物を良く知らない。俺をここに送ったのは実の父で、母は俺の事など気にせずに妹と茶に興じている。連中は俺の事など気にも止めない。俺も連中の事など知った事では無い。今、俺にとっての家族とは、こうして轡を並べ、足を揃え、一緒に敵に目を向けるお前達だ。俺は、お前達が居るからここに居る」


 そう言うと、リゼ大尉が少し微笑んだ様な気がした。

 正直、第二大隊始め彼等に取っては実に身勝手な事だとは思うのだが、それでも、俺にとっては兵士達が一番心の許せる相手だった。


「戦争は嫌いだ・・・戦えば俺の家族が死んでいく事になる。だが、戦いが無ければ俺は誰にも顧みられる事は無く。ただ無意に・・・空虚に過ごすだけになる・・・俺は最も忌諱するこの場所でしか、自分を証明する術を持たない。お前達の最期の瞬間でしか、お前達に対する想いを伝えられない・・・実に滑稽だ」


 何時しか、全員の瞳がそれまでとは違った色に染まって俺に向けられていた。

 同情とも憐れみとも取れる厚い信頼の色をした瞳が俺を見詰めた。


「嘗て俺は言った!お前達の命を寄越せと!地獄に送ってやると!そして!・・・そして、俺も直ぐに向かうと・・・俺は・・・俺はもう一度お前達に言おう!何度でも言おう!俺と一緒に地獄に来い!!お前らの命を俺に寄越せ!!」


 自然と声が大きくなり、最後には俺は叫んでいた。

 実に非道い言葉で俺は彼等に呼び掛けた。

 そして、彼等も俺の呼び掛けに応えた。


「「「応っ!!!」」」


 俺の望む、何時も通りの答えを彼等は叫んで返して来た。

 それが俺は溜まらなく嬉しくて、勢いのまま更に叫んだ。


「敵は全て皆殺しだ!!一人も生きて返すな!!」


「「「応っ!!!」」」


「この地にテベリアの悲劇を再現してやるぞ!!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 季節は秋の中頃、太陽が真南に僅かに届かない程の時刻に俺の下に集まった支隊は、北の小さな丘の麓から南の森に向けて真っ直ぐに横隊を組んだ。

 空は厚い雲に覆われて薄い靄の掛かった平原は、現れた三領連合と俺達とで向かい合うリングになった。

 季節外れの暑さの日の事だった。

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