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百九話 二年ぶり

 ゴールでの話し合いから三日、俺はソロモンと二個大隊を率いてハサウェイに侵入していた。

 ゴールの南東に位置し、南北に長い菱形をしたハサウェイは、北と北東の三領の連合軍による攻撃で領の北側半分を失っている。

 元々、ハサウェイは単独で北側の三領を相手取っても十分に圧倒出来る筈だったのだが、ハサウェイの南側の隣領に兵を派遣したために、戦力が半減してしまっていた。

 戦力の低下と二正面作戦を強いられている状態でのハサウェイにとって、北側の失陥は戦線の縮小による防衛力の強化を伴う苦肉の策だった。

 今回の俺の目標は、このハサウェイ北部のバンド、リースモア、フィルガリスの三領連合7000を圧倒しつつ早急に撃破する事にある。

 ハサウェイ北部を開放すればハサウェイ軍は後顧の憂い無く南側の友好領の支援に力を注ぐ事が出来る様になり、また、俺と親衛隊の力を見せ付ける事で反乱を起こしている領の士気を削ぐ事が出来る。

 更に、ゴール領でも兵力の派遣が決定しハサウェイに6000人の部隊を移動させる準備をしている。

 ガラ侵攻に使う予定だった部隊をそのまま移動させるため時間が掛かるが、この部隊がハサウェイに入れば王国西部での戦いに一応の終止符が打たれる事になる。

 ゴール領は共和国の侵攻に備えて兵力を拡大した背景が有り、この王国の混乱に乗じて共和国が攻撃を仕掛けてくる懸念が有ったために国境線から戦力を離すのを嫌っていた。

 ガラへの侵攻も、結局はガラが反乱側に着いているる可能性とガラに共和国が侵攻してきた場合に備えての事で、クリュウ伯は一貫して国境防衛を優先させていた。

 だが、イレーナ中将による共和国の攻撃の可能性が非常に低いと言う話を受けて、今回、ハサウェイの救援と西部の平定に乗り出す事を決定した。


「しかし、相も変わらずウチの兵は速いな」


 俺がハサウェイに着いたのは昨日の事で、部隊は凡そ200km以上の距離を二日で走破した事になる。


「神速の歩兵は健在か・・・」


 整然と並ぶ兵達を眺めながら呟くと、背後から近づいてきたソロモンが俺の言葉に返す。


「まあ、貴方は嫌という程走らせますからね」


 俺は兵の訓練に置いて、殊更に体力錬成を重視する。

 この時代、この世界の兵士の訓練と言うと、剣にしろ槍にしろ銃にしろ、武器の扱いや戦闘訓練が基本となる。

 だが、俺は前世の経験から基本教練と体力錬成を重視しており、特に持久走は嫌と言うほどやらせている。

 この訓練形式故に、俺の指揮下の部隊、俺の訓練した部隊は高い持久力と常識離れした機動力を身に付けるに至った。


「偵察結果の報告です」


「聞こう」


 二時間程前、俺は偵察を放っていた。

 偵察と言っても、リゼ大尉は今はゴールに残してきて居るため、第一大隊と第三大隊の本部管理中隊から偵察班を出しただけな為、能力は限定的だろう。

 ここで、大隊の編制の説明をすると、今の大隊は大隊司令部の下に本部管理中隊と6個の小銃中隊を置く編制で、小銃中隊は150名を定員としている。

 戦闘の際には、二個大隊の全ての中隊、12個中隊の内、10個を横隊で並べて戦列を形成し、各大隊の第一中隊は呼び兵力として運用する。


「この先8kmの地点に敵の大集団を確認しました」


「規模は?」


「徐々に集結しているので未だ拡大中ですが、4000程かと」


 ソロモンの報告を聞いて俺は呟くように言う。


「主力と見て良いだろうな・・・」


「ええ、恐らく近い内にハサウェイ軍に攻勢を掛けるつもりのようです」


 そう言ってソロモンは俺を見詰めた。

 周囲の兵達も俺に注目して、この後下される俺の命令を待っている様だ。


「二年ぶりだな」


「・・・ええ、二年ぶりです」


 兵団解体から二年、その間、ソロモンを始めとした将兵はアダムスの指導の下、アレクト親衛隊として再編されて3500を数える程の部隊にまで成長した。

 俺の目指した部隊をアダムスは見事に造り上げて、その上で俺に判断を委ねてくれた。

 今、俺は二年の時を経て、自分の居場所に戻ってきたのだ。


「・・・」


「カイル大佐・・・いえ、カイル団長、指示を御願いします」


「・・・ああ」


 感極まって、俺は一度深く息を吸い込んで、少し溜めた後に口を開いた。


「カイル支隊、前進」


 本来は親衛隊所属の二個大隊は、原隊を離れて俺の指揮下に入った事で、便宜上の支隊として編制された。

 とは言っても、司令部は両大隊の要因の一部と俺だけで、俺は第一大隊の大隊長と支隊長を兼務し、第三大隊をソロモンが指揮している形は、半ば第三大隊が第一大隊の隷下に入った様な物だ。

 正直、余り健全とは言い難い状況ではあるが、指揮官が圧倒的に足りないための致し方ない措置だ。


「敵主力は今なお増大を続けている。的が最大戦力に成る前に叩いて数的劣勢を少しでも抑える」


「まあ・・・正直、的が全部集まってても勝てる気はしますが・・・」


「それは否定しないが、楽な方が良いだろう」


「それもそうですね」


 コッチがコレだけ大々的に動いているのだから、的もとっくに動きを察知して備えている筈だ。

 もしかしたら俺が思っているほど楽には行かないかも知れないと内心で思っていたのだが、その予想は大きく外れる事になる。

 特に災禍無く敵を目視出来る位置まで前進した支隊は、距離800mまで近づいて漸く敵に発見された。


「・・・拍子抜けするな・・・」


「ですね・・・」


 今になって陣形を変更しようとしている敵に対して、脱力気味に言葉を吐き出した俺は、さっさと終わらせてしまおうと号令を発した。


「全隊前進!」


「全隊前進!速歩!進め!」


 俺の後にソロモンが復唱して部隊に前進を命じると、各中隊は一斉に前へと歩き出した。

 戦列は各中隊4列横隊で二個中隊を予備として10個中隊を前面に展開する。

 前進速度毎分60mで進む支隊は、このまま行けば13分程で敵を射程に収めて攻撃に移る事になる。

 ソロモンからは予め、ランニングファイアに関する訓練は済んでいると言う事を聞いているため、攻撃開始から10分もあれば敵を潰走させられると予想した。


「騎兵が居ないのだけが惜しいな」


 戦闘において最も被害の大きくなるのは撤退する時であり、そう言った局面では足の速い騎兵が一番力を発揮する。

 勿論歩兵でも射撃後には敵に対して突撃を敢行して白兵戦で敵を撃破するが、やはり追い掛けて敵を倒すのには騎兵は不可欠と言える。


「敵が前に出て来ます」


 ソロモンが俺に声を掛けた。

 言われた俺が敵の居る正面に目を向けると、方向転換もままならない敵の一部が突出して此方へと進んできているのが見えた。

 その統率の取れていない烏合の衆をみて、俺はヘンリーの背の上で呟く。


「哀れな・・・」


 その直ぐ後、俺は支隊に停止を命じて迎撃の体勢を取らせた。


「射撃用意!」


 俺の声に呼応して、戦列の前2列が射撃の体勢を取る。

 最前列がしゃがみ、2列目がその頭の上から銃口を敵に向け、次の俺の一言を待つ。

 それから暫くは俺と支隊の中に声を発する者は無く。

 突っ込んできた敵兵が20m程にまで近づいてきた所で、俺は声を上げた。


「前列撃て!」


 待っていましたと言わんばかりに、最前列に並んだ銃の筒先から魔弾が放たれた。

 何時もの通りに、空気を切り裂いて飛翔する青白い光の弾は、直撃した敵の人体を撃ち貫いて破壊した。


「2列目撃て!」


 間髪入れず、俺の次の射撃命令に従った戦列の2列目は躊躇わずに引き金を引いて、後続の敵に銃撃を浴びせた。

 この時点で此方に向かって来ていた敵兵は、生きている者は一目散に引き返していて、二撃目が捕らえる事が出来た敵兵はそれ程多くは無かった。


「弾込め!」


 俺は慎重に射撃を行った前2列に弾込めを行わせる。

 敵は未だ逃げる気配は無く、それどころか方向転換を未だに終えては居なかった。

 アダムスが鍛えて居てくれた兵達は僅かに20秒足らずで装填を終え、俺の号令を直立不動で待つ。

 そんな彼等に俺は新たに命じた。


「着け剣!」


 この先、白兵の可能性を考慮して早い内から兵に着剣を命じ、それが終わると、再び部隊を前進させる。

 再びの速歩の前進は、着実に敵との距離を詰めて行き、敵が方向尾を転換して横隊を組んだ頃には、既に此方の射程圏内だった。


「止まれ!!」


 嫌が応にも力の入った声で叫ぶと、前進を続けていた戦列は停止し、別命無く前列が銃を構えた。


「射撃用意!!」


 再びの射撃用意の号令に、各中隊長の復唱の声が響いて指揮下の兵に行動を取らせる。

 最前列は膝を着いてしゃがみ、2列目がその頭上で銃口を揃えて構える。


「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 不意に、敵から声が上がった。

 味方を鼓舞し、敵を威圧する鬨の声を上げるのは正に戦いの始まりを告げる号令で、それを合図にゆっくりと槍を構えて進み出してきた敵の戦列に俺は冷静な視線を送り続けた。


「まだだ。まだ撃つな」


 自分を戒めるように俺は言った。

 もしも、今撃ったとしても弾は十分に敵に届いて敵の戦列を崩せるだろう。

 だが、それだけでは足りない。

 タダ敵を倒すのでは無く、出来る限り敵に出血を強いる方法で勝たなければならないのだ。

 だから、俺は我慢した。

 敵との距離が30mを切り、20mにまで迫り、敵の兵士の一人一人の表情が見える程に近づいても、尚、我慢した。


「大佐・・・!」


「まだだ」


 既に白目処か黒目も、目の動きすらも追えるほどに敵が近づいて、ソロモンが声掛けるが、それでもまだ我慢する。


「・・・」


「大佐!」


「団長!まだですか!」


 ソロモンだけで無く、周りの士官や兵からも声が上がる。

 距離は10mを切り、槍の穂先が此方に掠める程に近付いて、敵が攻撃に移るその瞬間、俺は声を上げた。


「!!・・・撃て!!」


 声を上げる瞬間の一瞬の溜め、その為が、敵の最後のギリギリの一歩までを引き出した。


「撃て!!撃て!!撃て!!」


 焦った様に、ソロモンが連続で復唱して叫ぶ。

 それは各中隊の中隊長も同じで、必死で号令を発すると、戦列が一斉に火を噴いた。


「ランニングファイア!!敵に浴びせろ!!」


 続いて俺が発した命令は、お決まりの交互連続射撃を命じる物だ。

 既に前列が打ち終わっていた戦列の各中隊は、中隊長の復唱を聞くと同時に2列目が射撃を行い、それが終わると3列目の兵士がしゃがんだ2列目の頭上から射撃を行う。

 所謂三段撃ちで短時間で高火力を発揮するランニングファイアは、正に溶かすかの如く、敵の戦列を破壊した。

 何の事は無い何時も通りの戦場の風景がそこには有った。


「大佐!!敵が逃げます!!」


 そう叫んだのは、俺の直ぐ側に居た第一大隊第一中隊の中隊長で、彼の言う通り、僅かに6度の射撃を浴びただけで敵の戦列が崩壊して俄に潰走を始めていた。

 この機を逃すわけには行かない。

 俺は再び声を張って部隊に命じた。


「全隊突撃!!徹底的に叩きのめせ!!」


「「「応っ!!!」」」


 俺はサーベルを抜いてヘンリーの腹を蹴った。

 逃げ惑う敵に向かって走り出した兵達の先頭にまで出て、いの一番に敵に斬り込んだ。


「おおおおおおお!!」


 背中を向けていた手近な一人をサーベルで斬り伏せ、序で邪魔な敵をヘンリーに前足で蹴らせ、果敢に俺に向かってきた男をやはりサーベルで斬り殺した。


「大佐に続け!!」


「団長にばかり働かせるな!!行けぇええ!!」


 俺の後に続いて敵に突撃してきた兵達は、口々に敵を罵り、俺に続けと叫びながら銃剣を敵に見舞う。

 最早、敵の中に俺達に対抗しようと言う気骨の在る物は存在せず、皆一様に我先にと先の者を押し退け、或いは後に続く者を蹴落としながら潰乱した。

 本来ならば、ここで騎兵を投入して逃げる敵の先頭を抑えて皆殺しにしてやる所なのだが、今はそれが出来ず、結局、先頭を走る敵は見逃す事になってしまう。

 口惜しい事に、予定の半分の時間で敵を壊滅させてしまった所為で敵陣の奥の方に居た敵に逃げる隙を与えてしまい、より多くの敵を屠る事は出来なかった。


「止まれ!!戦闘終了!!」


 何処までも追いかけ回しては切りが無いと諦め、兵達に追撃を止めるように命じた。

 言うまでも無く俺達の勝利で有り、正面切って戦ったにも関わらず、地面に倒れている赤いコートは全く見当たらず、血と汚物と死体に覆われた地面は下に生えている草が見えるところを探すのが困難な程だ。


「報告!」


 戦死者0名、負傷者、軽傷24名、重傷者1名、損害は極めて軽微。

 殆ど無いような部隊の損害を聞いて、俺は思わず口角の上がるのを抑えられずに言った。


「良くやった。我々の勝利だ」


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