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百八話 漸く分かった敵

 馬の嘶きが聞こえた。

 開け放たれた門の向こうで、赤衣の兵士達が並ぶ中から一人が出てくると、その頭上を越えて一頭の黒鹿毛の馬が飛び出してきた。


「うおっ!?」


 その馬は、俺の下に走り寄って来て、その力強い逞しい身体を擦り付けて、額を俺の顔に寄せる。

 俺もこの馬の顔を両手で抱き締めて、首を撫でて呼び掛けた。


「久し振りだなヘンリー・・・また俺と戦ってくれるか?」


 俺の言葉を理解しているかの様に、ヘンリーは大きく鼻を鳴らして頷くような仕草を見せた。


「カイル大佐・・・カイル・メディシア大佐」


 二年ぶりに再会した愛馬との遣り取りの最中に、誰かが俺に声を掛けてきた。

 誰かと思って目を向けると、声を掛けてきたのは、似合わない軍服に身を包んだソロモンだった。


「ソロモン」


「お久しぶりです大佐。ソロモン中佐以下、貴方の指揮下に入ります」


 赤いコートと白いブーツ、黒いトリコーンハット、映画か演劇の様な煌びやかで派手な姿のソロモンと、その後の兵士達。

 古き良き英国戦列歩兵の姿その物の彼等を見回して、俺は、深く息を吐いて口許に笑みを浮かべた。


「ソロモン」


「はいっ!」


「連れてきた兵力は何人だ?」


「約2100名!親衛第一、第三歩兵大隊及び補給中隊一個です!」


「訓練期間と実戦経験は?」


「半年の訓練と遂二週間前に戦闘に参加したばかりです!」


「どれだけ戦える」


「地獄の底までお供します!」


 ソロモンの最後の返事を聞いて、俺は更に口許を大きく歪ませて言った。


「良くやった。コレで・・・コレで目に付くゴミ蟲共を駆逐出来る」


「はいっ!存分にお使い下さい!!」


「じゃあ、早速・・・」


 俺は嬉々として出撃しようとするが、それは流石に周りに止められた。

 アダムス曰く、俺に好き放題させると敵も味方も関係なく消し炭にでもしてしまいそうだと言う事で、今後の攻撃目標の選定と戦略的な行動指針はソロモンに従って欲しいと言う事だ。

 何となく出鼻を挫かれた様な形になった俺は、その後、ソロモンと一緒にクリュウ伯の屋敷に戻って今後の話を詰める事になった。

 部隊は街の北側で待機と言う事になり、衛兵がその案内兼監視で同行し、俺とソロモンの護衛にはリゼ大尉と合流したグリム他数名のレンジャーが担い、屋敷での会合にはイレーナ中将も同席する。


「先ずは、この度はお騒がせして申し訳ありません。危急の事でも有ったもので、先触れが出せませんでした」


 話はソロモンの謝罪から始まった。

 ソロモンは、急な訪問と部隊の展開による街への混乱をクリュウ伯に詫びた。


「いえ、此方としては特に災禍無く済んだので気にしてはおりません。寧ろ心強い友軍の到着は歓迎すべき事であります」


 ソロモンの謝罪を受けつつ、快く到着を歓迎する言葉を述べたクリュウ伯が続けて言った。


「率直にソロモン中佐の今後の活動の内容をお尋ねしても宜しいですか?」


「勿論です」


 ソロモンが即答で答えると、俺に一度目を向けてから再び口を開く。


「前提として、部隊の長はカイル・メディシア大佐となります。部隊の指揮権も勿論大佐に移譲されます。その上で私が部隊副官兼作戦参謀に着き、アレクト殿下からの意向を交えて行動指針を策定する事になります」


 ソロモンの言葉にクリュウ伯が頷く。

 しかし、それに異を唱えるようにイレーナ中将が口を挟んだ。


「それでは、コイツは御飾りの指揮官になるのでは無いか?参謀の役目を逸脱してはいないか?」


 参謀はあくまでも作戦を立案し、上官たる部隊指揮官に提案する立場である。

 ソロモンの言っているのはソロモンの言葉に従って俺が部隊を動かして戦闘の指揮をすると言う物であるから、中将の言う通り、参謀としての権限や行動を些か逸脱していると言える。


「それは百も承知ですが、今回の場合は、高度な政治的判断や文官的なセンスが問われる場面が多く、カイル大佐には荷が重いと言うのがアラン中佐とローゼン公爵の見解です。大佐に任せたら目に付く全てを滅ぼしてしまいそうなので、大佐には前線での兵の指揮に専念して貰う事になりました」


  別に、俺としては不満は無かった。

 実際、俺にはそう言うややこしい頭を使った物事は向いておらず、それならば前線で汗と血を流していた方が多少は性に合っている。


「元々、頭を使うのは苦手な性分だ。ソロモンならば俺の事も良く分かっているだろうし頭も良い。問題は解くに無い」


「・・・当人がそう言うのなら良いが、それは指揮官としての技量が劣っていると公言する様な物だぞ」


「事実だ。個人的には俺よりも優秀な奴が上に立ってくれればそれに越した事は無い」


 俺の言葉を聞いたイレーナ中将は口を噤み、再びソロモンとクリュウ伯の話に戻る。


「話を戻しますが、我々の最初の目標はハサウェイの救済と、王国西部の平定にあります」


 現在、西部の主立ったアレクト殿下の味方は、このゴールとハサウェイ、ガラ、コーガル他四つで、この他の十二の領地が暫定的な敵地になる。

 目下の所の攻撃目標はハサウェイの北側のバンド子爵領、リースモア男爵領、フィルガリス男爵領の三つの領だ。


「一先ずはこの三カ所の領地を攻撃してハサウェイを救済しつつ、残りの反乱側の貴族に降伏を促します」


 アレクト殿下は今の段階で刃向かわずに降伏した貴族に関しては軽い処罰のみで許す考えを示している。

 俺の仕事はソロモンが敵と判断した領地を程々に攻撃して領民への被害を最小限にしつつ、敵を排除する事だ。


「反乱と言っても、大体の反乱貴族はカイル大佐の暴れっぷりを見れば直ぐに降伏する筈です。どうせ碌な思想も目的も無く共和国に煽られて動いただけの有象無象ですから」


「それはそれで問題な気がするが・・・」


 本当にそんなのばかりが領主になっているのなら問題なのでは無いかと思って、口にすると、クリュウ伯から説明があった。


「その辺を考慮してロムルス殿下が動いていたんです」


「と言うと?」


「口うるさくて煩わしいだけの連中には消えて貰うと言う事で、共和国の動きを利用して反乱する様に仕向けたんです。ただ、予想外だったのは、南部と中央でも同時に反乱が起こった事ですが」


 クリュウ伯の説明を聞いて、俺はソロモンに気になっていた所を訪ねた。


「そう言えば、結局の所、南部はどうなっているのだ?」


 俺の問い掛けに対して、ソロモンが答える。


「南部が反乱を起こしたのは事実です。公国がそれに加担しているのも事実です」


「じゃあ、公国も攻めなきゃならんのか」


 俺の呟きに、ソロモンが否定するように言う。


「いえ、その必要は無いかと」


「何故だ?」


「南部で反乱を起こしたのは公国との国境沿いの四家だけで、公国で動いているのも国境沿いの限られた地方だけだからです」


「ほう?」


「公国での動きの裏にも共和国が絡んでいる様ですが、公国では余り扇動されなかった様です。沿岸部と海軍、それと一部の執政関係者が王国に敵対するのに強固に反発したそうで、特に、今の公国海軍の若い英雄が船を全て自沈させてでも王国と戦うのは嫌だと言った程だそうです」


 ソロモンはそう言いうと、俺の顔を見詰めてから更に言った。


「アッチで何してきたんですか?海軍関係者が頻りに大佐の事を気にして脅えてましたよ?」


 ソロモンの言葉の後に、全員の視線が俺に集中した。

 と言われても、俺は特に何かした覚えというのは無い。


「大した事はしてない筈だ。強いて言えば初対面の時に喧嘩したのと、訓練したのと、海戦に連れ回しただけだ」


「本当にそれだけですか?」


 数ヶ月前の事を思い出しつつ言うが、ソロモンが疑い深く更に尋ねると、不意にリゼ大尉が口を開いて話し始めた。


「・・・あくまでも又聞きなのですが・・・まず初対面での喧嘩では、地面に叩き倒されてから馬乗りで気絶するまで殴られて、その後にも起こす為に水を掛けられて蹴られたそうです」


「うわぁ・・・」


 思わずと言う風にクリュウ伯が声を出し、他の面々も口を押さえる等している。

 そんな中でリゼ大尉が更に話を続けた。


「他にも・・・敵艦に夜襲を掛けたり、手漕ぎのガレー船で多数の大砲を装備した大型ガレオン船に挑むのを皮切りに、奪った敵艦で敵の艦隊に突っ込んだり、旗艦に正面衝突を命じられたり、特に共和国との決戦の時が一番無茶が多かったそうです」


 一連の大尉の話が終わるとクリュウ伯が青い顔をして呟いた。


「・・・人によってはトラウマもんだな」


「大佐、それを人は手荒く使い倒すと言います。もしくは、遠回しの死刑みたいな物です」


「そうか?船奪うのは確かに大変だったが、それ以外は大して苦にはならなかったぞ?」


 そう言って背後のレンジャー達に話を振るが、大尉はゲンナリした様子で当時を振り返るように言う。


「・・・カイル大佐はもう少しだけ、常識を身に付けた方が宜しいかと思います」


「リゼの言う通りだ。カイル・・・人間は誰しもがお前の様に戦えるわけでは無いんだ・・・何度も言うが船は鈍器じゃ無いんだ」


 味方しか居ないはずのこの場所で、俺は奇妙な疎外感を味わった。

 さっきの話でも思ったが、俺の事を何だ思っているのだろうか、敵は直ぐに俺に脅えて降伏するだの、俺が全て滅ぼすだの、人の事キチガイかバーサーカーか何かの様に扱う。

 俺が不満げにすると、ソロモンが話を戻した。


「・・・まあ、また話がそれましたが、兎に角、南部の方は終息しつつあります。ただし、南部諸侯は著しく疲弊していて、真面な戦力は出せそうにありません」


 小勢ながらも地形を生かしたゲリラ戦を展開した南部の反乱勢力との戦いで、多くの兵力を動員した南部諸侯に余力は無く。

 これ以上の主立った戦闘には南部は手を貸せそうに無いそうだ。


「一体、如何してこんなに情報が錯綜しているのだ」


 誰も彼もが異なる事ばかりを言う現状をソロモンに尋ねると、漸くその元凶を聞くことが出来た。


「・・・まあ、大佐に分かりやすく説明しますが、今回の敵は第二王子のレオンハルト殿下です。そして、そのレオンハルト殿下は王国東部諸侯を従えて王位の簒奪を狙っています」


 ソロモンからの説明を時系列順に纏めると、最初に動きがあったのが西部で、元々ロムルス殿下の策略で叛意のある家や目障りな家を西部に集めて反乱を誘発させようとしていた。

 そして、西部で反乱を起こさせた後は、現地に共和国侵攻の名目で移動させていた中央からの軍とアレクト殿下率いる騎士団と南部諸侯の軍で早急に片付ける筈だった。

 当時、ロムルス殿下はペイズリー卿に大きな権限が集中している事を問題視していて、ペイズリー卿に対する包囲網を作っていたのだが、ペイズリー卿の権勢が減じた事で軍が暴走し、ロムルス殿下の思惑から外れて本当に共和国と戦闘を開始してしまった。

 ロムルス殿下は事態の収拾の為に共和国との戦いを初戦で終わらせて退却させるつもりだった。

 だが、最悪の状況で南部で反乱が起きてしまった。

 公国の北部と王国南部の国境周辺で独立運動が激化し、南部全体で独立派と呼ばれる勢力によるゲリラ戦が展開された。

 この事態にアレクト殿下は中央から騎士団を引き連れて南部の支援に向かい、その穴を埋めるためにロムルス殿下が中央へ帰還、その間に共和国に侵攻していた軍が撤退前に共和国の反攻に応戦して泥沼化、ロムルス殿下の命じていた撤退が困難になる。

 ロムルス殿下が王都に帰還すると今度は中央付近で下級貴族が革命を叫んで蜂起、手空きの中央の戦力では対処しきれないと判断したロムルス殿下は民衆を集めて国民軍を結成、革命軍を鎮圧した。

 これらの混乱に乗じて、兼ねてから王位を狙っていた第二王子が東部諸侯を纏めてアレクト殿下に反旗を翻して攻撃、コレにより暫くの間、アレクト殿下が行方不明となる。

 その後に西部で反乱が起こり、レオンハルト殿下の流した偽情報によって帰還途中の俺達が壊滅させられ、ペイズリー卿の死後、軍に強いパイプを持っていたレオンハルト殿下が陸軍を掌握した。


「現状、レオンハルト第二王子は東部を中心に強力な戦力を保有すると共に、各地で盛んな情報戦を展開して此方の動きを封じています」


「・・・流石と言うべきか、何というか・・・敵になると厄介な人物だな」


 イレーナ中将の呟きに俺も内心で同意して無言でいると、クリュウ伯からソロモンに質問がされた。


「私も詳細な情報が来なくて、分からないのですが、ロムルス殿下とアレクト殿下の今後の動きはどうなっているのですか?」


 実に気になる質問をしたクリュウ伯に対し、ソロモンが答える。


「現在、中央ではロムルス殿下が何とか防備を固めていて、アレクト殿下も南部で再起を図っていますが、いずれにせよ、強力な援軍が必要です。私はその援軍を呼ぶために大佐の下に来たのです」


「カイル大佐に?」


「この状況を打開できるのは大佐しかいないとアレクト殿下たっての希望です」


 どうにも、俺の知らない所で、俺に対する評価が過剰な事になっている気がしないでも無いが、取り敢えずは何も言わずに話を聞く。


「大佐には、早急に西部の混乱を収めて頂いた後、中央で軍の強化と指揮編制に入って頂きたいのです。コレは大佐は部隊を編制するのと訓練するのが上手いと言うアラン中佐の意見が採用された形になります」


 中央の国民軍は、現在の王党派における最大戦力であるが、数だけで練度も装備も劣っており、碌な戦力が残っていない殿下達としては、国民軍の強化が急務で有り、唯一のレオンハルト第二王子に対する対抗策なのだ。


「北部からは戦力は出ないのですか?」


 ソロモンの話に対して、クリュウ伯が更に尋ねた。

 それに対してソロモンも直ぐに答える。


「既に国民軍に多数の北部民の参加が認められますが、北部は元々人口が少なく戦力も比例して多くはありませんから、北部としての大規模な派兵はありません」


「そうですか・・・」


「ロムルス殿下は残存した戦力をかき集めて、東部との境界線に当たるソレナ川に防衛線を構築して、レオンハルト第二王子率いる軍と川を挟んで対峙しており、地形を利用して対抗しています」


 もう暫くは防衛線も持ち堪えるだろうが、そればっかりに頼るわけにも行かない。

 俺は膝を叩いて、背後のグリムに声を掛けた。


「グリム」


「何だ」


「至急、ガラまで走ってハンス達を連れてきてくれ。多分、領境に来てるはずだ」


「・・・了解した」


 グリムは俺に返事を返すと、直ぐに行動に移した。

 そんなグリムを見送った後、今度はソロモンに言った。


「直ぐに動けるか?」


 部隊の状況を一番よく知るソロモンに、休息は必要かどうか、訓練は必要かどうかと言う意味を込めて尋ねるが、ソロモンは笑いながら答える。


「そう言うと思っていましたよ・・・大丈夫です」


 ソロモンからの返事を聞いて、俺は周囲を見回して立ち上がると、呟くように言った。


「じゃあ・・・やるか」


 そう言った俺をリゼ大尉とソロモンが見詰めながら頷いて返した。

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