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百七話 驚愕

 伯の屋敷に呼び掛けると、案外すんなりと中へと通されて、俺とフッドは応接室に案内された。

 中々に見事な応接室では、俺とフッドの分の茶が出され、その後にメイドが頭を下げて言った。


「申し訳御座いませんが、旦那様がいらっしゃるまで少々お時間を頂きます」


「構わない」


 ソファに腰掛けてメイドに答えた俺は、彼女が部屋を出るのを見送ってティーカップを手に取った。


「呑んでも大丈夫なんですか?」


 不安げに尋ねてくるフッドに、俺はカップに口着ける寸前に答える。


「問題ない」


 そう言って俺は紅茶を啜る。

 生憎と茶の味の善し悪しなどは分からない俺は、特に何か感想を言うでも無くカップを置く。


「しかし、随分簡単に通してくれましたね」


「まあな・・・案外、大尉から何か聞き出していたのかもな」


 大尉の事だから、何かしらの情報を聞き出そうとはして、その時に何か重要な情報を手に入れていれば、俺を引き入れる様に進言する可能性は在る。

 大尉が判断したのなら伯が敵では無い可能性が高くなる。

 コレは期待が持てそうだと思っていると、部屋の扉が叩かれた。


「失礼いたします」


 扉の向こうから声が掛けられた後に、メイドによって扉が開け放たれると、長身痩躯の男が入ってきた。


「やあ、どうも初めまして。クリュウ・ライスです」


「カイル・メディシア大佐だ。急の事ながら時間を割いて頂き感謝する」


 立ち上がって伯と向きあった俺は、握手を交わしながら挨拶と謝意を口にする。

 長身痩躯に茶に近い黒髪と女受けしそうな甘い顔立ちの伯は、見ていると何となく気に入らない雰囲気をしている。


「・・・」


「・・・何か?」


 俺が伯の事を黙って見詰めていると、伯は戸惑ったように俺に声を掛けた。


「いや、失礼した。何でも無い」


 適当に誤魔化しつつ、俺は伯の言葉を待たずにソファに腰を下ろした。


「・・・それで、本日はどういったご用件で?」


 単刀直入に本題に入る伯は、何となく貴族らしく無く。

 中流の商人の家の出だと言う事も聞いてはいたが、やはり少し経験が浅く交渉ごとには向かないように感じる。


「・・・まあ、そちらがそうなら良いだろう」


 俺は勿体ぶった様にして、口を開いて用件を伝える。


「貴領に置ける軍の集結と戦略物資の急速な収集を軍事行動の兆候と見ているが、どういった意図があっての事なのかお聞かせ願いたい」


 俺がこの領に来た最初の目的の件で探りを入れると、伯は直ぐに答えた。


「確かに予備役兵の招集を命じましたが、それは現在の西部に置ける混乱に対応するためであり、決して侵略的な目的があっての事では御座いません」


「あくまで領の防衛のためだと?」


「その通りです」


 確かに筋は通っている。

 この状況では、他の領での混乱が飛び火して戦闘に巻き込まれる可能性が高く、所領を防衛するために兵を集めて体勢を整えるのは当たり前の事だろう。

 俺はそれを分かっていながらも更に追求する。


「このタイミングでですか?些か行動が遅くはありませんか?」


「御指摘の通り、我が身の未熟さ故に行動が遅れてしまいました。実に恥ずべき事であります」


「領北部に部隊を集結させているのは不可思議では無いだろうか?北側のガラ領では一切の戦闘は行われていない。・・・が、話によれば、現在3000程度の部隊が領境に集結し、更に言えば、この近くの駐屯地に4000程度の部隊が即応態勢で駐留していると聞く」


「・・・」


「規模を考えれば、領境までは三日あれば付く距離だ・・・ガラを攻め落とすには事足りるな」


 俺が言葉を終えると、クリュウ伯は少し溜めて、ソファの背にもたれて言った。


「・・・そこまで調べていましたか」


「認めるのか?」


「認めます。確かに我が領軍はガラへの進出を考えていました」


「・・・」


「しかし、考えが変わりました」


 クリュウ伯はそこで言葉を句切ると、背後に控えていたメイドに向いて声を掛ける。


「彼女を連れてきてくれないかい?」


 クリュウ伯の言葉を聞いたメイドは、一度俺の方を睨むと、再び伯に顔を向けて言った。


「貴方を危険に晒す訳には行きません」


 この部屋にいるメイドは彼女一人だけで、後は俺とフッドとクリュウ伯しか居ない。

 彼女は、自分が少しでも目を離せば、俺が直ぐにでもクリュウ伯を害する事が出来ると判断したようだ。


「大丈夫だよ・・・大佐はその様な事はしないさ」


 そう言って俺に目を向けた伯に対して、俺も同意するように言葉を返した。


「・・・ああ、全くだ。攻撃するつもりならとっくにやってる」


「・・・っ!!」


 俺の言葉に反応したメイドが、何処からかナイフを取り出して構える。

 それと同時に、天井から二人小柄な人影が飛び出してきてクリュウ伯を護る様に立った。

 ハンドアックスを構えて俺を睨み付ける二人組は俺の胸ほどの小柄な身体に、黒尽くめの服装にベールを被っていて、その正体を窺い知る事は出来ない。


「お、おい!手荒な真似は・・・」


「下がって下さい!この男は危険です!!」


 今にも噛み付きそうな三人を前にして、フッドは完全に怖じけて固まり、クリュウ伯は右往左往してメイド達を見回した。

 そんな中で、俺は悠然と足を組んでティーカップを持ち上げてみせる。


「お代わりは頂けないか?」


 俺は努めて平静を保ちながら何も気にしてない風に装って紅茶のお代わりを催促する。

 正直、向けられる殺気は中々の物で、一人くらいは道連れに出来る自信はあるが、その後の事を考えると恐ろしくてたまらない。

 俺には伯を害するつもりは、今の所は無く。

 あの程度の挑発でこんなに過剰に反応されるとは思ってもみず、甚だ疑問である。


「・・・」


「・・・っ!」


 メイドの息が荒く、前に出ている小柄な二人組も明らかに興奮している。

 一触即発の空気の流れる室内は、緊張が高まっているのが目に見えるようだ。


「・・・?」


 不意に、俺の耳に部屋の外からの喧騒が聞こえてくる。

 一体何事かと思うと、突然、扉が蹴破られて、何者かが突入してきた。


「カイル大佐!!御無事ですか!!」


「・・・大尉?」


 扉を蹴破ったのは、俺の良く見慣れたダークエルフの女性で、彼女が入ってきた瞬間、俺の思考が停止した。

 乱入してきたリゼ大尉は普段の見慣れた軍服では無く、淡いグリーンの丈長のワンピースを着ており、俺は普段とは余りにも違いすぎる格好に驚いた。


「大丈夫ですか大佐!!」


「あ~あ・・・この扉割と高いんだけど・・・」


 俺に近寄って来て安否を確認する大尉と、暢気に破壊された扉の事を嘆くクリュウ伯、その両者のギャップが、更に俺の混乱を高めてくれた。


「大尉」


「はい!」


「無事か?」


「問題ありません」


 俺の問い掛けに胸を張って答える大尉に、俺は安堵して深く息を吐いた。

 深く沈み込むようにソファに身体を預けて、天井を見上げるようにして目を閉じた。


「大佐?」


「・・・良かった」


「えっ?」


「・・・君が無事で良かった・・・」


 気が抜けたからだろうか、思わず口を吐いてしまった言葉に、僅かながら気恥ずかしさを覚えながら、俺は姿勢を正して前を向いた。

 眼前のクリュウ伯は何やら柔和な笑みを浮かべて俺を見据え、その近くに侍るメイドと顔の見えない二人組も妙に和やかな様子で俺を見てくる。


「何だ・・・」


 俺が声を発すると、クリュウ伯がニヤニヤと笑みを浮かべたまま俺に返す。


「いえ・・・大変仲が宜しいようで・・・」


「何だそれは」


「すいません・・・貴方はもっと怖い人なのかと思っていたのですが・・・案外、人間くさい方なのですね」


 クリュウ伯の言葉に俺が言葉を返そうとすると、大尉の様子がおかしい事に気が付いて、そちらに目を向ける。


「・・・君・・・君って・・・」


 大尉は俺が見た事が無い程に狼狽していて、両手で顔を覆ってモジモジと身体を揺すっている。

 正直言えば、その仕草も大変愛らしいのだが、上官として、また軍人としてこれ以上の醜態は晒す訳には行かないと思って自身を律する。

 俺の三倍以上の年齢だと自分に言い聞かせながら、気を落ち着けようとするが上手く行かず、意識すればする程、土壺に嵌まってしまう。


「如何してこうなった・・・」


 思わず呟く言葉に答える者はおらず、俺は妙な居心地の悪さを感じる。

 どうにかしてこの空気を変えられないかと思っていると、再び慌ただしい足音が近づいてきて、一人の少年が部屋に飛び込んできた。


「大変です!!」


 少年は部屋に入ってくると同時に伯爵に向いて声を上げる。

 かなり切羽詰まった様子の声色に、室内に緊張が走る中で伯爵が少年に尋ねた。


「どうしたんだ?そんなに慌てて」


 落ち着くように少年に声を掛けた伯爵に、少年が明瞭簡潔に報告する。


「街の東側に謎の軍勢が来ています!!」


 少年の口から驚くべき言葉が吐き出されると、伯は飛び跳ねる様に立ち上がって部屋の外へと走って行く。

 少年も伯に続いて飛び出し、メイドと二人組も後に続く。


「大尉!」


「はい!」


 取り残された俺が大尉に呼び掛けると、大尉は直ぐに普段の冷静さを取り戻して返事を返す。

 そんな大尉に、俺は指示を出した。


「屋敷内に6名配置している。今すぐに掌握しろ」


「はい!」


「掌握後は街の中に居る部隊に声を掛けて東側に集合しろ。俺は先に東に行く」


「了解しました!」


 大尉は俺に返事を返すなり、勢い良く部屋を飛び出して命令を遂行する。


「フッド」


「はい・・・」


「着いてこい」


 それだけ言うと、俺は街の東側に走る。

 路地を抜けて大通りに出ると、更に速度を上げて一直線に東門へ向かった。


「止まれ!!」


 東門では数名の衛兵が屯していて、向かってくる俺に制止の言葉を掛けるが、それとは関係無しに東門を潜る前に足を止めた。


「・・・」


 煩わしい衛兵の声など完全に無視して、東の方を睨む。

 僅かに南に移動した東の陽の光に照らされた平原の向こう側に微かに蠢く影を見付けた。


「何だ・・・?」


 そんな俺の様子を不思議に思った衛兵も同じように東を見据えると、やはり何かが見えたようで、警戒心を顕わにしながら言葉を発した。


「・・・」


 影はゆっくりとこの街に近付いてきていて、徐々に耳に届き始めた一糸乱れぬ足音が地鳴りの様に響いた。


「アレは・・・」


 俺が呟き掛けた瞬間に、衛兵が俺の身体を引っ張って後へ下げる。

 それと同時に、門の扉が閉じられて、慌ただしく動く衛兵達がカーテンウォールの中へと入って行った。


「大佐」


 気が付けば、俺の背後に大尉と彼女の掌握した部下達が集まっていた。


「全員集合しました」


「分かった」


 大尉に返事を返して、俺は門を見詰め続ける。

 そんな俺に背後からクリュウ伯が声を掛けてきた。


「カイル大佐」


「何だクリュウ伯」


「貴方に協力を要請したい」


「協力?」


「指揮を取って頂きたいのです」


 突然、可笑しな事を言ってくる伯に、俺は笑いながら返した。


「それはご自身が無能だと言っているのと同じ事ですが?」


「分かっています。ですが、そんな事よりも、この街を護るために最善を尽くしたい」


「・・・」


「御願いします」


 必死な様子のクリュウ伯を見て、俺は再び門に視線を移して言った。


「良いでしょう」


「本当ですか!?」


 俺が了承の言葉を返すと、伯が嬉しそうに声を上げる。

 そんな伯に俺は直ぐに要望を伝えた。


「先ずはこの門を開けて欲しい。話はそれからだ」


「それは?」


「良いから早く開けなさい」


 俺の言葉に戸惑う伯と、何を馬鹿な事をと言うような衛兵達の視線が突き刺さるが、それでも俺はもう一度命じた。


「早く門を開けろ」


「それでこの街が助かるのですか?」


 伯が真剣な表情で俺に訪ねてきた。

 そんな伯に俺も真剣に返す。


「勿論」


 そう返すと、伯はジッと黙って俺の顔を見詰める。

 そんな、伯を俺も見詰め返した。


「・・・」


「・・・」


 暫くの間、無言で見つめ合った末に、伯が深く静かにいきを吐き、それから近くの衛兵に向かって言った。


「門を開けろ」


「!!」


「早く開けるんだ」


「し、しかし・・・!!」


 伯の言葉に戸惑いながら言葉を返そうとする衛兵に、伯は再度強く命じた。


「開けろ!!」


「!!」


 そして、逡巡の後、衛兵が門を開け始めた。

 重々しい音と共に門が開け放たれ、既に大分近づいていた人影が鮮明に俺の眼に写り込む。

 それは、相手も同じだった様で、俺の姿を見た相手方は立ち止まって一人が前に出た。

もっと面白い話が書ければと思うこの日この頃。



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