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百六話 救出作戦

 捕虜にした兵士から聞き出した情報は、確度は高くは無かったが、それでも、今までに入ってこなかった様な物ばかりだった。

 ロムルスは王国に反旗を翻したのでは無く、王国を護るために中央を抑え、国境を越えて攻めてこようとしていた共和国軍を追い返したのだと彼は言った。

 アレクト殿下が行方不明に立っているのは事実だが、そもそもは公国と南部諸侯がクーデターを起こしたのを鎮圧に向かったのがアレクト殿下で、アレクト殿下が不在となって混乱に陥った王都を纏めたのがロムルスだった。

 ロムルスは北部諸侯を後ろ盾に、反旗を翻す南部諸侯と対峙しつつ、独立を狙う東部ににらみを利かせて王国中央を護って居るのだと言う。

 そして、ロムルスが共和国の動きを察知して国境を越えようとしている軍を迎撃せよと命じられたのがゴールの領主であり、攻撃されたのが俺達だったらしい。

 ロムルスは越境しようとしている共和国軍は王国軍に擬装しているとゴール領主に伝え、共和国に進軍していた王国軍は全滅していたと伝えた。

 アレクト殿下の行方が分からなくなると、今度は共和国の間諜によって西部の幾つかの諸侯がそそのかされて反乱を起こし、また、東部の民衆の間で広まった独立運動も共和国の手による物だと言う話だ。

 彼、捕虜にしたロジャーと言う男の言う事を信じるのならば、ロムルスは敵では無く、味方と思っていた南部が敵であり、アレクト殿下に呼応するのならば南部諸侯に攻撃目標を切り換える必要がある。

 だが、この話をしているのは、タダの兵卒でしかない一人の男であり、信じるに値するかと言えば、寧ろ信用ならない話であるし、イオナ夫人が俺を騙したと言う事になる。

 イオナ夫人も誰かに騙されていたと言う可能性も在るが、そうなると誰を信じて何をすれば良いのかが全く分からなくなる。


「・・・何だってこんな面倒な事に」


 俺としては、こんな頭を悩ませる話は頭の良い奴に任せて、自分は前線で言われた通りに暴れ回るのが良いのだが、問題は、その頭の良い奴が誰も居ない事だ。

 流石の俺も、この状況で好き勝手に暴れ回るのは不味いと言う事くらいは分かるし、何でもかんでも信じて良いというわけでも無いと言う、分別くらいはつく。


「あ~あ・・・誰か頭良い奴いないかねぇ・・・」


 と言って見回せば、暗闇の支配する森の中に、強面のライカンと間抜け面の女将軍、困惑顔のダークエルフばかりが写るのみだ。


「・・・イレーナ中将は将軍なんだから、良い案は無いのか?」


 俺が尋ねると、中将は大きな胸を自信満々に張って言った。


「何も浮かばん!」


「・・・本当に将軍なのか」


「こう言う事は参謀の仕事だ。私は兵を纏めて指揮をするだけだ。」


「・・・アンタの参謀がここに居りゃぁな」


「奴は沿岸に居る筈だ」


 沿岸と言われて、俺はもしやと思って尋ねる。


「クロード・オリヴィエの事か?」


「知っているのか?」


「カラビエリで会った・・・と言うか、顔はよく見てないが戦った」


 あの男も何だかんだと鼻に着くいけ好かない話し方をしていたと思い出す俺は、あの夜の事が遥か昔の事の様に思えた。

 しんみりとした気分になって枝葉に覆われた空を見上げる俺に、グリムが話し掛けてくる。


「それで、結局、如何するんだ?誰と戦えば良いんだ?」


「良い質問だ。取り敢えず暫くは戦わない方針だ」


 相変わらず好戦的なグリムは、暫く戦闘は無しだと伝えるとあからさまに落胆した様子で、背後の部下達にも伝える。

 グリムの言葉を聞いたダークエルフ達も口々に不満の言葉を吐き、戦いを欲している様な雰囲気だ。


「ここまで好戦的だったか?」


 そんな風に呆れ混じりに呟く俺に、不意にフッドが話し掛ける。


「カイル大佐」


「何だ?」


 それまで黙り込んでいたフッドに驚きながら返事を返すと、フッドは意見具申をしてきた。


「ここはいっその事ゴールの領主に会ってみては如何でしょうか」


「クリュウ伯爵か」


「聞くところによれば、クリュウ伯は聡明で心穏やかな方だそうです。伯からの情報ならかなり確度が高いのでは無いでしょうか」


「・・・」


 フッドに言われて、俺は少し考えてみる。

 確かに聞く限りではクリュウ伯の人柄は良い様に思えるし、領都の様子を見ても、かなり発展していて活気があった。

 ロジャーの口からも頻りに伯を褒める言葉が出ていたし、伯はロムルスとも深く関わりのある人物の様だから、正確な情報が聞き出せるかも知れない。

 それに、伯と会えば大尉の安否も確認できる可能性が大だ。

 だが、不安もある。

 世間の評判が全てと言うわけでも無いし、もしも伯が敵ならば、ノコノコと会いに行った俺は犬死になってしまうし、嘘の情報に踊らされてしまう可能性も十分に有り得る。

 果たして自覚があるほどに馬鹿な俺に、腹芸が出来るかと言えば限りなく難しいと言わざるを得ない。


「・・・」


「如何いたしますか?」


 無言を貫く俺に周囲の視線が集中し、フッドの声が掛けられると、俺は決心した。


「会ってみるか・・・」


「本気か?」


「ああ、本気だ。この際、伯が敵か味方か、王国の現状が如何だと言うのは置いておこう。何時も通りだ。何時も通りに俺の目指すべき戦場を探そう」


「そうか・・・」


 少し不安げなグリムに、俺は更に言葉を掛ける。


「何、心配するな。もしも伯が敵だったらその場で殺せば良い。そうしたら大尉を連れて逃げ出して、後はもう一度ここに来て焼き払えば済む話だ」


 言っていてとんでもない事を言っている自覚はあるが、俺の言葉を聞いたグリムは、顔を上げて目を輝かせた。


「それもそうだな。なら、俺にとっては伯爵が敵の方が都合が良いな」


 そう言って口許を歪ませるグリムを、フッドは途轍もなく恐ろしい物を見る目で見た。


「じゃあ、どうやって会いに行くかだな」


「えっ?」


 俺の言葉にフッドが不思議そうに声を上げる・


「会いに行くなら普通に・・・」


「んな馬鹿な事をするわけが無いだろう」


「えっ?」


「最低限の用心は必要不可欠だ」


 信じられないと言うようなフッドを尻目に、俺はグリムを始めとした隊員と話を詰める。


「取り敢えず、俺が伯に会うのは決定として、街の中に最低でも1個分隊は必要だ」


「中に居るモケイネスと連携を取りつつ、支援体勢を取ろう。領主の館にも最低4人は潜入させたい」


「出来れば、大尉の確保も考えたいな」


「なら後2人・・・合計で6人を館に侵入させて、モケイネス達と合わせて8人で撤退援護か」


「撤退なら東門に攻撃を集中させよう。あの街は、かなり密集しているから、火を掛ければ時間が稼げる。僅かな時間でも門が確保できていれば撤退は難しくは無いはずだ」


 こう言う相談をしている時の彼等レンジャーは実に活き活きとしていて、全く頼もしい限りだ。


「・・・この男共は狂っているのか?」


「・・・私もその気がします。言っている事が常人のそれではありません」


 横でイレーナ中将とフッドが何やら言っているが、そんな事はお構いなしに話を進める。

 そうして、作戦が纏まると、翌日に備えて眠りに着く。

 最早、馴れてしまった野宿も、中将やフッドは寝入るまでには時間を要して居るようで、翌朝になって、良くも眠れるなと言う言葉を掛けられた。







 作戦の開始は、東の空が白む前だった。

 夜明け前の辺りが暗く、歩哨が一番疲れて頭の鈍っている頃だ。

 夜明間近になって開け放たれた東門に、数台の荷馬車が入って行く。

 荷馬車はその後も続々と現れて東門に向かっていく。


「じゃあ、行くぞ」


 俺が低くい声で言うと、10人のダークエルフとフッドが無言で頷いた。

 それから、身を低くして街道に近づいた俺達は一旦身を伏せてからタイミングを見計らう。

 そして、待ち構えていた所に三台の荷馬車が連なって走ってくる。

 荷物が多いためか、走る速度はゆっくりとしていて、実に好都合だった。


「よし。行け」


 そう俺が言うと、一人のダークエルフが松明を持ってヨタヨタと馬車の前に出た。

 突然の事に驚いた御者が馬車を止めると、怒鳴り声を上げる。


「何をやってんだ!!死にたいのか!!」


 そう怒鳴られた直後に、ダークエルフの隊員がその場に倒れ込む。

 御者はかなり驚いた様子で御者台から降りて隊員に近づいていく。


「如何した?」


 後の馬車からも御者が降りてきて、荷馬車に乗っていた商人も降りて集まりだした。


「いきなり倒れたんだよ」


「コイツはダークエルフだな・・・」


「行き倒れかよ」


 そう口々に言いながら、男達は倒れたままの彼を道の脇に寄せ始める。

 その隙に、俺達は馬車に近づくと馬車の下に潜り込んで張り付いた。

 それから暫くすると、馬車が動き出す。

 俺は一番後の馬車に張り付いており、俺の張り付いている馬車が動き出すと後からさっきの隊員が走って追い掛けてくる。

 ゆっくりと走っていた馬車に追い付いた彼は、馬車の後部に辛うじで捕まると、器用に馬車の下に潜り込んできて、俺の隣に並んだ。


「良くやった」


「ありがとう御座います」


 俺と同じ馬車に張り付いているフッドは、流石に腕力だけでは持たないので、仕方が無くロープを使っているが、それ以外は全員足を引っ掛けている以外は腕の力だけである。

 銃は破損を防止するために背中では無く前の方に袈裟に掛けており、装備も最小限にしている。


「どの位掛かりますかね・・・」


「さあな・・・30分位じゃ無いか?」


 適当に答えつつ、早く着かないかと思いながら腕に力を込める。

 こんな時になると、公国に居る時の不摂生が悔やまれた。


「コレでも痩せたんだけどな・・・」


「まだ絞り込めますよ」


 小太りの俺に、バッキバキの岩の様な腹筋のダークエルフが笑顔で言ってくる。

 俺だって、公国に行く前はと言い返そうかとも思うが、虚しくなるだけなので止めておいた。

 好い加減、上腕二頭筋と腹筋がキツくなってきた頃、漸く、背後に見える地面が土から石畳に変わり、それから何度か曲がったりを繰り返した後に馬車が止まった。


「行くぞ」


 俺は手を離して地面に降りると、フッドに近寄ってロープをナイフで切る。


「急げ」


 正直、腕と腹筋が痙攣していて、今にも吊りそうになっているが、さっさと荷馬車の下から這い出て物陰に移動した。


「っつ~・・・」


「静かにしろ」


「は、腹が・・・」


「俺も同じだ。我慢しろ・・・」


 腹筋が吊って苦しむフッドを窘めつつ、全員が集合するのを待ち、集合を確認次第に移動を開始しする。

 市場に人が集まり出す前に路地の中へと入り、街の南側へと向かった。


「どうやってお仲間と会うんですか?」


 フッドが俺に訪ねてくる。

 俺は振り返らずに、前を向いて歩きながら答えた。


「グリムから連絡が行っている筈だ」


「え?」


「ライカンは俺達の耳では聞く事が出来ない声で話す事が出来る」


 そう話している内に、狭い路地の更に脇にそれた小道から声が掛けられる。


「お待ちしてました団長」


 立ち止まって、小道の暗闇の中を見ると、ギョロリと白い目玉が二つ動いて俺を見詰めた。


「来たか、モケイネス」


 声を掛けてきた目玉に言葉を返すと、暗闇に同化した真っ黒な肌の青年が姿を現す。


「真っ黒だ・・・」


 黒人を見るのが初めてなのか、フッドが呟くと、モケイネスがフッドを睨んだ。


「す、すいません・・・」


 慌ててフッドが謝ると、モケイネスはフッドに近づいて言葉を掛ける。


「コレ、洗っても落ちないんだぜ?」


「え?」


「あん?おっかしいな・・・」


「何がだ」


「いや、コレ言うと大抵の人は笑ってくれるんですがね」


 本人的にはジョークの一種だったらしく、肌の事を言われてもモケイネスは特に気にしていない様子だ。

 その後は、モケイネスの案内で残りの三人の下へと連れて行かれ、モケイネス達が拠点にしている空き家で計画の説明を行う。

 モケイネス達は、俺の話を聞く間は終始無言で、説明を終えても特に異論も無く笑顔で作戦に参加する。


「狙撃はモケイネスに任せる」


 そう言って、俺はモケイネスにライフルを手渡した。


「使い方は分かるな?」


「前に教わった事は憶えています」


 俺の手からライフルを取ろうとするモケイネスに、俺は念を押して言う。


「このライフルは何があっても敵に渡すな」


「はい」


「最悪の状態に成ったら、必ず破壊しろ。コレはお前の命よりも優先される事だ」


「了解しました。無事に合流すれば良いんですね」


「そう言う事だ」


 俺とフッドが領主の館に向かい、その間に6人が裏から館へ侵入する。

 侵入後、6人は二手に分かれ、2人が大尉を検索し、4人は俺の援護の為に潜伏しつつタイミングを見計らって施設に攻撃を加える。

 モケイネスを始めとする残りの8人は、館の外で撤退の準備を行う。

 退却経路である東門を内側から4人で攻撃し、外からも一個分隊が攻撃する。

 モケイネスは狙撃位置に着いて俺の援護を行い、残りの3人は、撹乱の為に武器食料の倉庫を中心に放火、更に敵を西側に集中させるために外の部隊が西側に攻撃を集中して揺動する事になっている。

 フッドからは、街の住民に被害が出るような作戦に難色を示す言葉が出たが、コレでも被害は最小限になるように考えたつもりだ。

 そもそも、クリュウ伯が敵で無ければ作戦は中止して伯に協力を要請して平和に終わるのだ。


「要は、伯が敵で無ければ良いんだ。敵なら遠慮する必要は無い」


「無茶苦茶ですよ・・・」


「戦争なんてこんなもんだ。俺も本当は嫌なんだけどな・・・なんでこうなったのかね」



誰か、もっと頭の良い文書力のある人が、こんな感じの話を書いてくれないだろうか

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