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百五話 変態

「で、どうやって入るつもりだ?」


 夜陰に乗じて領都の近くまで来た俺に、着いてきてしまったイレーナ中将からの質問が突き刺さる。


「どうすっかな・・・」


 壁は高く、掘りは深く広く、入り口は狭く、鉄壁の城塞都市は攻略するよりも隠密潜入する方が困難で在るように感じられる。

 出来れば、騒ぎを起こしたり陽動を使って痕跡を残すような事はしたくない。

 もっと言えば、何人か人員を連れて侵入したい。

 随分我が儘だが、そもそも、人数が居なければどうにもならない状況という物があるのだから、最低限の人数を確保したいのは当たり前だ。


「まあ、流石に無理っぽいな・・・」


 独り言ちて、俺はグリムに向いて訪ねる。


「情報は在るか?」


「と言うと?」


「何でも良い。排水路とか下水設備とか小さな隙間が在るとか」


 と尋ねれば、グリムは掘りに架かっている石橋を指して言った。


「あの石橋の下に排水口がある。街の生活排水を堀に流している様だ」


「・・・聞いて置いて何だが、なんで知ってんだ?」


「調べて置いた。リゼがカイルが来れば役に立つ情報だと言っていた」


 まさか、コレから助けに行こうと言う人物の調べた情報が役に立つとは、本人も思いもよらないだろう。


「痩せたとは言え、まだ太めだけど行けるか?」


「・・・ギリギリだ」


 問題は排水口から先の長さと、何処に繋がっているのかだ。

 それに、俺が4分間潜水できたのは前世での話だ。

 今生ではどれだけ息が持つか、分かった物じゃ無い。


「道は一本道だ。まっすぐ行けば、街の北側の水路に出られる」


「その水路からは入れないのか?」


「水路の水源は地下水だ」


「・・・やるしか無いか」


 これ以外の方法は無いと諦め、俺は服を脱いで袋に入れ、ライフルを布で包んで街へと向かった。

 もう少し楽な方法とか、何なら朝を待ってから別の方法を考えるとか、そう言うのも一瞬考えはしたが、今はいち早く現状を掴みたかった。


「寒そう・・・」


 堀の縁にしゃがみ込んだ俺は、呟きながら誰も来ないうちに掘りの中に入る。

 恐らく、遠くで見守るグリム達からはもう姿は見えなくなっているだろうが、それでも彼等が俺を見守っているのは良く分かる。


「・・・!」


 時季は既に晩秋に差し掛かる頃だ。

 冷たい水は俺の身体に噛み付くようで、一瞬にして冷えた身体が震えだした。


「寒い・・・!バラエティでもこんな無茶はしないぞ・・・!」


 小さく呟きながら、俺は音を立てないように東側の石橋へと向かう。

 頭上から歩哨の話し声が聞こえてくる。


「しっかし・・・こんなに厳重に警備して、敵なんて来るのかね」


「んな事言ったってな・・・油断してて街がやられましたじゃ悔やんでも悔やみきれねぇだろ」


「それもそうだな」


 どうやら、兵の士気はそれ程高くは無さそうだ。

 しかし、それを律する程度の意識が有ると言う事は、それなりの訓練も受けている事が窺い知れる。


「所で聞いたか?」


「何だ?」


「領主様が新しく買った奴隷。凄ぇ美人だって話だ」


「ああ・・・確かダークエルフだったっけ?」


 歩哨の話の内容に大尉の事が出て来て、思わず話に意識を傾ける。


「何でも随分気位が高くて・・・どこぞの軍人なんじゃ無いかって話らしい」


「ダークエルフの軍人?そんな奴いるのか?」


「ああ、噂なんだが、あの戦争卿の部下じゃ無いかって話だ」


「げぇ!あの戦争卿かよ!アイツが通った後はペンペン草一本残らないって話だろ?」


「もしかしたら、その戦争卿がここに攻めてくるかもな」


「勘弁して欲しいな・・・っても戦争卿って今、何処に居るんだ?」


「さあな・・・戦争してるのは間違いないけどよ・・・あ~あ、どうせ来るんなら、この前の共和国の連中の時に味方で来りゃ良かったのによ」


 話を聞いていると、気になる話が出て来て、俺は更に話に集中した。


「アレは、おっかなかったな・・・突然領主様が出撃だなんて行って国境に行ったかと思ったら、まさか連中、王国軍に変装して国境を越えてくるとは思わなかった」


「!?」


 思わず、動揺して声を上げそうになるが、それを懸命に堪えていると、歩哨は更に続ける。


「あの新兵器の大砲、思いっ切りぶち込みまくって撃退したけど・・・ありゃ、気持ちの良いもんじゃ無いな・・・」


「ああ・・・ボロボロになった肉片が飛んできた時にゃ・・・今思い出しても怖気が立つな・・・」


 どう言う事か、連中は越境してきた共和国軍を攻撃したと言っている。

 それは間違いなく俺達の事だろうが、擬装した共和国軍だと言う言葉と、野砲が新兵器として装備されていると言う事が気になる。

 話を聞きながら歩哨と共に石橋へと向かう俺の目に、目的の場所が見えた。


「どうなってんだろうな一体・・・共和国の連中は来るし、公国は裏切るし、その上、東部は反乱・・・この国は大丈夫なのか?」


 一体どう言う事か、この歩哨は俺の知らない情報を知っていた。

 俺の居る事に気付いていて、偽の情報でも掴ませようとしているのかとも思ったが、そうする意味が思い付かない。


「・・・」


 俺は方針を転換する事に決めた。


「もう少し詳しく聞かせて貰おうか」


「っ!?」


 掘りをよじ登り、歩哨の二人の背後に立って声を掛けると、二人が驚いて振り返る。

 そして声を揃えて叫んだ。


「「へ、変態だ!!全裸の露出狂の変態だ!!」」


「違うわ!!」


 大変に不名誉な呼ばれ方をされた俺は、手近な一人をライフルで殴って掘りに叩き落とし、もう一人に接近して鳩尾を抉るように殴った。


「如何した!!」


 騒ぎを聞きつけた他の歩哨が、此方に向かってくる音が聞こえる。


「すまん大尉・・・もう暫く待っていてくれ」


 誰に聞かせるでも無く呟いて、俺は気絶した歩哨を担いで走り出した。


「グリム!!援護しろ!!」


 走りながら闇の中に叫ぶと、俺を追っている背後の兵士達が銃撃される。


「当てるな!!」


 驚く事に、兵士達は即座に伏せて地面の凹凸の中に隠れた。

 それは銃器を使った戦いを学んだ人間にしか取れない行動だ。

 この領の領主に対して興味を深めつつ、俺は闇夜の中に逃げ込んでグリム達と共に森へ走った。

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