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百四話 いけ好かない野郎

「こうして顔を突き合わせるのは初めてか?」


 森の奥の、グリムに案内された臨時拠点で彼女は俺にそう言って来た。


「いや、それ以前に会うのも初めてだろう」


 俺は目の前のイレーナ中将の言葉に返す。

 すると、中将は心外だと言うように言い返して来る。


「いや、会った事は在るだろう」


 そう言われて俺は首を傾げる。

 彼女とは間違いなく初対面の筈だが、何処かで会った事が在るらしく。

 しかし、記憶の網を手繰り寄せてみても、覚えは無かった。


「何処で会った?」


 俺が彼女に尋ねると、直ぐに答えが返ってくる。


「共和国東部、あの夜だ」


 そう言われて俺はまさかと思って聞きかえす。


「まさか・・・あの時の捕虜の・・・」


「ああ、そうだ」


 共和国からの撤退の際、殿を務めていた俺達に最後に攻撃を仕掛けてきた敵騎兵のあの女の騎兵が彼女だと言うのだ。

 そう言われた俺は信じられない気持ちで一杯だった。


「何故?」


 何故、あんな前線に将軍が居たのか、もっと言えば何故、単騎で突撃などと言う無茶をやらかしたのか、そんな俺の疑問を受けて、彼女が答える。


「まあ、色々と訳は在るが、逃げるにはああするしか無くってな」


「逃げる?」


 彼女の説明に訳が分からず更に質問を重ねる。


「・・・敵国に弱味を晒すのは癪だが・・・言ってしまえばクーデターだ」


「はあ・・・」


 信じられずに生返事を俺が返すと、彼女は詳細に自分の知っている状況を話し始めた。


「まず、このクーデターを企てたのはニコラ・アルノー中将だ。彼は軍上層部の半数を掌握し、議会に反発を始めた」


「お得意の文民統制とやらは機能しなかったのか?」


「その文民を奴は味方に付けた。民衆を裏で扇動し、議会と議長に対して反発するように仕向け、その上で、民衆の声によって立ち上がったと言う体で議会を脅迫して議会を掌握した」


「何故、戦わなかった」


 俺の質問にも、彼女は正直に答える。


「タイミングが悪かった。丁度、王国が我が国に侵略している状態だった為に、主立った体制側の部隊が首都から離れていて、もっと言えば、お前が国内で暴れてくれた所為でニコラ側の動きに気が付くのに遅れた」


 マトモに味方の居ない状況の首都は議会に詰め寄る民衆を統制するだけの能力は無く、腐った政府を正しい物にと言う大義名分を掲げたニコラ派が民衆に味方をする形で現政府を打倒、ニコラの息の掛かった議員が強引に議長に交替して政権を奪取した。

 コレが起こったのは俺が当時の王国軍と合流した辺りの出来事で、ニコラ以外の将軍は、全員首都を離れていた。

 フェルディナン大将は俺達に相対し、もう一人の将軍のシャルル・ジュネ少将も軍を率いて共和国東側に来ていた。

 今目の前に居るイレーナ中将が北側で帝国へにらみを利かせていたため、必然的にニコラ中将が首都と西側への防衛を担当していた事になる。


「あの頃は、既にニコラが幅を利かせていて、私はそれまでの部下達を取り上げられて、奴の息の掛かった手駒を宛がわれていた。その所為で奴が首都を抑えた直後は暗殺されるのを回避する為に行動するしか無かった」


「それで、撤退する我々を追うと言う名目で本体から離れた」


 おれが言うと、彼女は自嘲した様に笑って言葉を付け加える。


「皮肉な事だが、味方の奴よりも、敵国のお前の方が信用が出来たからな」


「信用?」


「お前の戦いぶりは聞いていてな・・・練度の高い部隊を率いていて、更に軍規を重んじていると思ったからな。捕虜になっても殺されはしないと思った」


「・・・」


 もしも、あの後、この国で内戦にならずに、そのまま王都へと帰還していたとしたら、俺は確かに彼女を殺さずに捕虜として、将軍として扱っただろう。

 共和国は依然として憎き怨敵であると言う考えは変わらず、戦場で敵を見たならやる事は一つなのだが、あの時は俺は彼女を捕虜として捕らえてしまっていた。

 憎くとも捕虜に対する扱いは護るべき事だ。


「で、コレから中将は如何するつもりだ」


 俺が彼女にコレからの行動方針を尋ねると、何となく予想していた答えが返ってくる。


「私としては、早急にお前達に内戦を終わらせて貰って、お前達の支援を受けつつ祖国に帰るつもりだ」


「やはりか・・・」


「そう言うわけだから、さっさと内戦を終わらせろ。序でにアレクト皇太子に会わせろ」


 現状、全く役に立たない穀潰しが一人増えたが、有益な情報も手に入った。

 とどのつまり、今の所、共和国は我が国に進行してくる可能性が低いと言う事だ。

 イレーナ中将の口ぶりだと、ニコラ中将以外の残りの二人の将軍は旧体制側に着いている訳で、更にその二人は軍を率いて共和国の東部に居るわけで、そこに彼女の味方も居る。

 もう少し詳細な現在の状況が掴めれば言う事無しなのだが、彼女の言った事を信じるなら、ニコラ中将の現政権は国内の火種を気にして暫くはコッチに手を出して来ない。

 コレで暫くは内戦に集中できる。


「まあ、中将の話は分かった。口約束になるが貴女の支援に関しては十分に考慮しよう」


「助かる」


「で、ここからはコッチの話だ」


 そう言った俺は、漸くグリムに向いて話し掛ける。


「先ずは現状の報告から聞こう」


「ああ、取り敢えずここに居るのは全部で40人、全員レンジャーだ」


「弾薬は?」


「厳しいが、後一度くらいは本格的な戦闘が出来る」


 個人携行の物資を多く持っていたレンジャーだからこそ、ここまで保ったのだろう。

 レンジャーは元々こう言う状況で戦う様に訓練されてきたのだ、まさか自国内でその力を発揮する嵌めになるとは思いもよらなかったが。


「馬は?」


「死んだか取られた」


「って事は、実質、散兵時代に逆戻りか」


 コレは予想できた事だ。

 あの状況で馬が生き残っているなど、奇跡の様な物だ。

 そう思いながら、俺は一番気になっていた事を尋ねる。


「・・・大尉は如何した」


「・・・」


 余り信じたくなかったが、グリムの反応を見る限りでは、大尉が不在で、誰かに奴隷として買われた事は間違いない様だ。


「何があった」


「・・・俺達レンジャーは、リゼの指揮の下でこの地に留まり、情報を集めていた。カイルの情報も入り、合流しようとガラに向かう筈だったが、この領で侵攻作戦の兆候を察知して合流は見送られた」


「何故だ?」


「リゼが、カイルならばこの領の動きを掴んで行動を起こす筈だと言った。お前がここに来るのなら、その作戦を支援する事が出来る様に準備を進める。防衛に専念するのなら、我々の主要任務である後方の破壊と撹乱で援護する。そう言った」


「そうか・・・」


 俺は、ここには居ない大尉のその考えを内心で嬉しく思いながら、反面で早く来られていればと言う風に思う。


「だが、四日前に奴隷を乗せた車列に仲間が乗せられていると言う情報が入った。事態は切迫していた。リゼは直ぐに仲間を助けると言って俺達を率いて、情報の場所に行ったが・・・」


 そこでグリムは一旦、言葉を句切る。


「如何した?」


「いや・・・」


 俺が続きを話すように促すと、グリムが再び話す。


「実際に行ってみれば、確かに車列は在った。奇襲を掛けて制圧するのに五分と掛からなかったが、仲間は居なかった」


「罠か」


「ああ・・・」


 俺の言葉にグリムは頷き、続きを話す。


「それまでにも俺達は何度か、奴隷を運ぶ車列を襲って仲間を助け出していてな。それに腹を立てた奴隷商が傭兵と私兵を投入して罠を張った」


「成る程」


「包囲されれた俺達は、必死になって戦って何とか包囲を破ったが、撤退の最中に何人か落伍して、リゼは其奴らを助けに戻ってしまった」


 その後は、大尉は他の落伍者と共に奴隷商に捕まり、あの奴隷商で会ったマイヤー伍長以外は死んだか、購入されたと言う事だ。


「その後は?」


「一応、情報の収集は続けていた。お前に合流しようと言う意見もあったが、リゼ達を見捨てる事も出来ないし、士官も居ないから判断が下せなかった」


「で、取り敢えず情報を集めつつ何らかの動きを待っていた訳だ」


「そう言う事だ。敵がガラに攻撃を仕掛けたら我々もガラに言ってお前か、部隊に合流するつもりだった。お前なら敵が動く前に何か行動を起こすだろうし、何も無ければ戦場に居るだろうと思っていた」


「まあ・・・間違っちゃいないな」


 大体、俺って戦場に居るし、俺が居なくてもハンスが居るだろうし、グリムの判断に叱るべき所は無い。

 下手に動いて行き違いになったり、的に察知されるよりはマシだろう。


「大尉の居場所は掴めているか?」


 俺が尋ねると、グリムはニヤリと笑って答える。


「ああ、昨日、漸く掴んだ」


「何処だ?」


「どうやら、大尉は奴隷商に捕まった後、直ぐに領主によって買い取られた様だ」


「どうやって知った」


「モケイネスからの情報だ。アイツは奴隷商に捕まった後、脱出したらしくてな。今は、領都の中に潜伏している。他にも三人モケイネスと一緒に行動しているそうだ」


「そうか・・・」


「マイヤー伍長に会ったか?」


「ああ」


「そうか・・・」


 伍長のあの様子からすると、恐らく足手纏いになると判断して見捨てられたのだろう。

 その判断をせざるを得なかったモケイネス達の心境は察するに余りある。


「領主の情報は?」


 俺は意識を切り換えてグリムに更に訪ねる。

 大尉は、俺にとって重要な部下であり、大切な仲間だ。

 マイヤー伍長の事もあるし、何としても救出し無ければならない。


「それも色々と調べてある」


 領主に関しての情報は羊皮紙に纏められて居て、グリムはそれを俺に差し出してきた。

 俺は、差し出された羊皮紙を受け取ると、そこに書かれている文字列に視線を這わせる。

 ゴール領主、クリュウ・ライス伯爵。

 年齢は18、身長180cm、黒に近い焦げ茶色の髪に灰色の瞳、小さな商会の三男として生まれ、12歳の時に冒険者として活動する一方で自分で商売を始め、その多才さで多数の功績と豊富な資金を得てロムルスに気に入られる。

 その後、二年前にロムルスによってゴール伯として赴任、多額のロムルスの援助と、自身の資金と人脈を駆使してゴールを復興する。


「・・・何だこりゃ」


「凄ぇだろ?」


「まるで小説の主人公みたいな奴だな」


「顔も良いらしくてな。何人か女が周りに居るのも確認されている」


「正妻は決まってるのか?」


「いや・・・それが、誰にも手を出して居ない様だ」


「訳が分からん。男前で実力があって女が近寄って来てって・・・手を出し放題だろ。性欲が無いのか?」


「お前が言うか?」


 読んでるだけで腹が立ってくる情報にイラついて居ると、横で聞いていたイレーナ中将が突然割り込んで俺に言った。


「嫉妬は見苦しいぞ?大佐。幾ら顔と女で勝てぬからと言って、文句を言っても仕方が無いだろ」


「・・・」


 言い返したい事は山ほどあるが、取り敢えず今は黙って置く事にした。


「・・・で、何だってこんな女に不自由しない奴が、大尉を買ったんだ」


「・・・変態的な趣味でもあるか、リゼが奴の好みだったか」


「俺を誘いだす餌と言うのも、考えられるな」


 そう言った俺は、この腹立たしいイケメン野郎の事を考えるが、何も分からない。

 正直、的の考えている事が全く予想できないのは困りものだ。


「如何する?」


 グリムに尋ねられて、周囲に集まった仲間の視線が集中する中、俺は意を決して答えた。


「モケイネスと合流する。今夜、領都に行くぞ」

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