百三話 手掛かり
領都の中に入ってみると、驚くほど活気に満ちていた。
高さ凡そ8m、厚さ4m、ブロック製のカーテンウォールにグルリと囲まれた円形の大規模な都市だ。
詳しくは調べられてはいないが、カーテンウォールは昇降用の階段や倉庫などを内部に内包し、等間隔に塔とバルチザンを備え、全体の上部歩廊は狭間付の胸壁で護られている。
「・・・銃眼か?」
幕壁をよく見ると部分的に材質が違っていたり、少しだけ隙間が見えた。
恐らく内部の歩廊からも攻撃できる用に銃眼、若しくは窓が設けられているのだろう。
城壁自体も見事と言わざるを得ない物だが、外側には掘りも掘られている。
掘りの内側には水が張られているため、正確には分からないが目測で深さ4m、幅3m、出入りの門は跳ね橋では無く頑丈な石橋に、二重の落とし格子と金属製の分厚い門扉が備え付けられている。
街単独としての防護能力としては、中々に堅固な様だ。
「それで、コレから如何するのですか?」
フッドが俺に話し掛けてくる。
街の中に入ってから初めての発言だが、何時までも壁を見てばかりの俺にしびれを切らしたらしく、俺にこの後の行動を訪ねてきた。
「ああ、そうだな・・・」
フッドに尋ねられた俺は、コレからの事を思索する。
一体何から始めるかと考えながら、周囲を見回した時、俺の眼に信じがたい物が写り込んだ。
「アレは・・・」
「ああ、奴隷商ですね」
思わず呟いた俺の言葉に、フッドが説明する様に言うが、そんな事は俺も知っている。
俺が驚いたのは、並べられている商品に着いてだった。
「・・・」
俺は、その奴隷商に近づいていき、軒先に並べられている商品の一人に近づいた。
「フッド」
「何でしょうか?」
「ちょっと奴隷商と話して意識を逸らして置いてくれ」
「はあ?」
「早くしろ」
店番か、それとも商品の見張りかは知らないが、一人の男が軒先で目を光らせているのを確認して、俺はフッドに注意を逸らす様に命じる。
俺に言われたフッドは意味が分からないと言うような反応を見せるが、渋々言うとおりに店番の男に声を掛けに言った。
その間に、俺は商品の一人に声を掛ける。
「無事か?」
「団長ですか・・・何故ここに?」
「それはコッチの台詞だ伍長」
商品の内の一人、首輪と手かせを着けられたダークエルフの青年は、俺の睨んだとおり、レンジャーのマイヤー伍長だった。
伍長は大分窶れて消耗した様子で、粗末な布切れ一枚を身体に巻き付けて地ベタに座り込んでいる。
「怪我をしたのか・・・」
「足をやられました・・・」
伍長が布切れをズラして左脚を見せると、それは酷い有様だった。
脹ら脛に金属片がめり込み、傷口が化膿して青紫色に変色しており、蛆虫が湧いていた。
「・・・」
「自分は、もう戦列には復帰できません」
「・・・伍長」
俺は伍長に何と声を掛けたものか迷った。
ふと、伍長の他の商品を見れば、誰も彼もが酷く痩せていたり怪我をして弱っていたりと、どうも、商品価値の低い物がこうして並べられているようだ。
空は正に不良在庫のセールと言った様子だった。
「他の者はどうなっている」
「・・・中隊の残存はグリム軍曹が纏めて街外れの森に・・・」
伍長の言葉を聞いて、俺は咄嗟に一番に気になった事を尋ねる。
「大尉は如何した」
すると、伍長は口籠もり、少し考えてからゆっくりと口を開いて話した。
「大尉は・・・買われていきました」
「なに!?」
「おい!アンタ何やってんだ!」
伍長の言葉に思わず声を上げてしまった俺に、店番の男が気が付いて怒鳴り付けてくる。
騒ぎを聞きつけたのか、店の中から屈強な男が二人飛び出して来て、三人がかりで俺の方へ向かって来た。
「逃げて下さい!」
「しかし・・・!」
伍長に逃げる様に促されるが、俺は直ぐには動けなかった。
ここで彼を置いていってしまうのかと言う葛藤が頭を駆け巡り、俺の脚を地面に縫い付けてしまう。
「団長!!」
伍長が俺にむかって叫ぶ。
「貴様ぁああ!!」
男の一人が怒鳴りながら俺に掴み掛かってきて、反応が遅れた俺が手に掛かりそうになるが、伍長が男の足に手を掛けて引き倒した。
「行って下さい!!」
「離せっ!!」
俺は背を向けて走り出した。
背後からは、伍長が男に怒鳴り付けられる声が聞こえてきて、その後に鈍い打撃音が俺の鼓膜を震わせた。
「済まない・・・」
呟いて、俺は全速で走って先程入ってきた門を目指す。
一体何事かと言う風に周囲の人々が俺の方に視線を向け、大きなざわめきとなって周囲に波及していくのが分かる。
「メディシア大佐!」
「着いてこいフッド!」
俺は後から追い付いて声を掛けてきたフッドに言いながら門を潜り、街から離れた。
「ここまで来れば・・・」
走り続けた俺とフッドは、街から大分離れた森の境で立ち止まり、息を整えて街を眺める。
「・・・済まない伍長」
聞こえるはずの無い謝罪の言葉を吐き出して、俺は森の方へと向いた。
「また森ですか?私はこの森の事は知りませんよ?」
不満げに俺に言うフッドに、俺は森を向いたまま答える。
「伍長が有益な情報をくれた。ここに、味方がいる」
「はあ・・・」
「行くぞ。森に入れば、あっちから見付けてくれる」
そう言って、俺は薄暗い森の中へと足を踏み入れた。
その後を渋々と言った風にフッドも着いてきて、二人で森の奥へと進む。
日の入らない森の中は夜の様に暗く、普通の人間である俺に取っては、手を伸ばした先が辛うじで見えると言う程度の視界で、思わず帝国のウシャの森を思い出す。
「さっきの人は部下の方ですか?」
不意に、背後に着いてきているフッドが聞いてきた。
「ああ、俺の仲間だ」
伍長の事を尋ねられた俺は、振り向かずに答えた。
「マイヤー伍長、優秀なレンジャー隊員で、共和国内での戦いの際にも俺と共に戦ってくれた。公国で俺が殺され掛けた時にも、俺を助けてくれた」
あの時は分からなかったが、後で聞いてみると、俺が殴り殺された時に、馬乗りになっていた敵兵を射殺したのがマイヤー伍長だったと大尉から聞かされた。
詰まり、伍長は俺にとって命の恩人だったのだが、俺はその彼をあの場所に置き去りにしてきてしまった。
「・・・伍長にはまた助けられてしまった」
伍長の事を口にする度に、俺の胸の奥から後悔と慚悔の念が湧き上がってくる。
そして、またもや部下を置き去りにしてきたと言う事実が重くのし掛かり、俺の気分を暗く落とす。
「・・・」
「・・・」
そんな俺の心中を察してか、フッドはそれっきり黙り込んでしまい、俺も何も喋る気にはならずに、ただ足を動かし続けた。
鼓膜を揺らす音が自分とフッドの踏み締める草の折れる音だけの暗闇の世界で、俺はこのまま永遠に歩き続けて朽ち果てるのでは無いのかと言う錯覚に陥る。
寧ろ、そうなる事を望んでいたのかも知れない。
だが、現実には、そんな事にはならなかった。
「カイル」
何故ならば、俺に声を掛けてきた男が居たからだ。
「・・・良く来てくれた」
ワルドを僅かに小さくした様な見た目のライカンは、僅かに声色を和らげて俺に言った。
俺も、迎えに来たグリムに返事を返そうとしたのだが、それは新たな人物によって阻まれてしまう。
「犬っころ!そいつが貴様の上官だな!」
突然現れた見知らぬ女がグリムに向かって怒鳴った上に、ライカンである彼に犬と呼び掛けた。
普通ならライカンが犬呼ばわりされれば怒るところの筈だが、グリムは怒らず、呆れたように女に答える。
「・・・そうだ、コイツが俺の上官のカイルだ」
「そうか・・・悪名高き戦争卿か」
暗いせいで良くは分からないが、赤みがかった金色の髪の女は、俺の顔をマジマジと見詰めてくる。
「誰だ?お前は」
見覚えのない女に尋ねると、女の口からは信じられない言葉が飛び出した。
「お前では無い。私は、イレーナ・ベルティエ中将だ。敬称を着けろ大佐」




