百二話 本音
「・・・本当にコッチで合っているのか?フッド」
「大丈夫ですよメディシア大佐」
深い森の中をフッドの背を追う様に進む俺は、道順があっているのかを問うが、フッドは振り向かずに答えて、歩き続ける。
取っつきにくく、若干いけ好かない感じの美青年からは、言動の端々から俺の事が気に食わないと言う様な雰囲気が伝わる。
「・・・」
「・・・」
何故、俺とフッドが二人きりで森の中を歩いているのかと言えば、エド中尉の合流によって齎された情報によって状況が一変してしまったからに他ならない。
「何時もこんな事をして来たのですか?」
不意に、前を歩くフッドが俺に話し掛けてくる。
俺は、そのフッドの問いに答えた。
「・・・ああ、何時もこんな感じだ。足りない手札で大きすぎる敵と戦い続ける。無い頭を搾ってクソみたいな作戦を考えて、死に物狂いで作戦を完遂させる。何時も大体こんな感じだ」
「・・・そうですか。嫌にならないんですか?」
フッドは更に質問を重ねる。
「嫌になるな。随分多くの部下を死なせたし、それ以上に多くの人間を殺してきた。殺させてきた。こんな面倒臭い事なんてやりたくは無い。もっと大戦力で、真っ正面切って殴り合って磨り潰す戦い方が良い。何時もそう思っている」
俺が本心を答えると、フッドはまた少し黙り込んで考えるようにして口を開く。
「軍人を止めたいとは考えないのですか?」
「思わないな」
この質問は即決だった。
不思議な事に、今現在の俺はノンビリとグータラに過ごしたいと思う反面、軍人を止めたいと考えてはいなかった。
自分で言うのも何だが、俺は愛国心が強いとか、自己犠牲精神があるとか、誰かを助けたいとか、そう言う様な考えは無いのだが、何故か軍に残る事は別に不満は無く。
それどころか、軍に居る事を喜ばしく思っている節すらあった。
「戦争が好きなのですか?」
フッドが更に質問をしてきた。
その質問に対しての答えも即答だ。
「嫌いだ」
戦争なんて大嫌いだ。
金は掛かるし、時間も掛かる。
仲間は死ぬ、頭も身体も馬鹿みたいに消耗して、そのクセ、頑張って勝っても小さな勲章と良く頑張りましたの言葉一つで済まされた挙げ句、敵味方の遺族から罵声の雨嵐、これ程、割に合わない仕事も無い。
前世の知識も思えば、未来の人間というのは勝手な事を妄想して批判したり称賛したり、俺がどんな事を思っているのかも知らずに有る事無い事言ったり、物語の悪役にしたり味方にしたり、どいつも此奴も勝手な事ばかりする奴しかいない。
そんな、碌でもない奴のために命を賭けなければいけない。
こんな理不尽で馬鹿げた事も無い。
「・・・じゃあ、なんで軍人に?」
「貴族の嗜みか何かだな。ノブリスオブリージュって奴だ」
「・・・」
「・・・」
俺の答えを聞くと、フッドはまた黙り込み、俺達は無言で森を歩いた。
俺の大嫌いな戦争の為に、歩き続ける。
こうなった原因は、エド中尉が合流した日の昼間、今から丸二日前の事で、エド中尉の話から始まった。
中尉は、ガラの俺達に合流する前、幾人かの行商と出会って情報を収集し、時には大きな街に降りてまで情報を集めていたのだが、その結果分かったのが、ガラの隣のゴール領に軍事行動の兆候が見られたと言う事だ。
ゴールは、ガラの南側にある南北に長く延びる領で、俺達が奇襲を受けた平野や二年前のリーグ丘陵の戦いのあった領であり、ハサウェイへの最短ルートでもある。
このゴール領の領主はロムルスの息の掛かったクリュウ・ライス伯爵と言い、コレまでは特に動きは無かったのだが、最近になってある商会が麦と鉄を買い集めているために高騰傾向にあったそれらが、余計に価格高騰して品薄状態になっていた。
この商会の正体を追った結果、裏でゴール領主とのつながりが有る事が分かり、更にゴール内で若い男性が各地の拠点に集結していると言う事も分かった。
話によれば、ゴールではライス伯爵が来た二年前から徴兵制度が敷かれ、若い健康な男性に半年の兵役が課されていたと言う。
軍需物資の集積と戦力の集結をガラへの侵攻作戦の兆候と考えた俺達は、急遽新兵と戦線復帰可能な兵士を合わせて大隊を編制し、ハンスの指揮の下、領境付近で防衛体制を整えさせた。
それと同時に、より確度の高い情報を収集するために、俺が単独でゴール領への侵入する事にしたのだが、現地の地理情報に疎い俺の案内のために土地勘のあるフッドが同行する。
「そろそろ森を出ます」
フッドが言うと、暗かった視界が開けて光が差し込んだ。
森を抜けた先は丘の頂上になっており、眼下には、先の戦いから復興を遂げた発展した領都が見えた。
「領都が北側にあって助かったな」
ゴールの領都は領内の北側、領境から南へ60km程の場所にあり、この領都から南の領境までは直線で250km程である。
今回の俺の目的は、このゴール領都での情報の収集、敵軍の戦力規模、作戦目標、装備、指揮官、物資の量、これらの戦略的な敵情の視察と可能ならば、敵軍の要人の暗殺、物資、拠点への破壊工作等、典型的な特殊作戦である。
「さて、行こうかね」
そう言って俺は丘を下り、領都へと向かった。
二週間掛けて、この体たらくである




