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百一話 新たな帰還者

 コーガルを出て三日、ハンスによって設営されたガラ臨時駐屯地に戻った翌日、朝靄に包まれた駐屯地が俄に騒がしくなるのを感じた。

 何事かと思って天幕から顔を出すと、ハンスが息を切らせて俺を呼びに来た。


「如何した?」


「味方です!エド中尉が来ました!」


 その言葉を聞いた俺は、直ぐさま天幕を飛び出して駐屯地正面に走る。

 完全に寝起きの俺は下は戦闘服の下衣と上は薄手のシャツの姿で、裸足で走る秋の泥土は冷たく、空気は鋭く肌を刺すようだったが、そんな事も構わず走った。

 そして、駐屯地正面の出入り口に近づくと、野次馬に囲まれた数両の荷馬車と荷車、それと大きな身体の補給士官の姿が眼に入り、俺は更に速度を上げ彼等の下へと走り寄って声を上げる。


「エド中尉!」


 俺の声が早朝の駐屯地に響くと、正面入り口に集まっていた野次馬が一斉に避けて道を作り、エド中尉とその指揮下の35名が一斉に挙手の敬礼を行い、俺もそれに敬礼を返してエド中尉に近付いた。


「中尉・・・それにお前達も・・・善くぞ生きていた・・・!」


「・・・エド中尉以下38名、カイル・メディシア兵団への復帰を許可願います」


「許可する!・・・後の三人は何処だ?」


「・・・荷車の中に・・・負傷兵です」


 そう言われて荷車の中を見ると確かに三名が横たわりながらも息を繋ぎ、俺に気が付くと敬礼を為て言葉を発する。


「団長・・・自分らも戦います」


 そう言った一人の兵士は、左腕で敬礼しながら戦意旺盛な様を見せてくれる。

 他の二人も五体満足とは行かない物の、それでも戦線への復帰を望むかの用に敬礼を続けて俺を睨む。


「・・・わかった・・・だが、先ずは身体を直せ。そしたら再び戦おう」


「はい!」


 三人は直ぐに領都内の臨時病院に運ばせ、再びエド中尉に向いて話す。


「良く来てくれた中尉、お前にはやって貰いたい事が沢山ある」


「・・・自分もそのつもりで来ました。しかし・・・その前に、お詫びを言わなければなりません」


 エド中尉は一端言葉を区切ったかと思うと、涙を流して謝罪の言葉を吐き出し、俺に深く頭を下げた。


「自分は・・・自分は、団長の・・・団長から預かっていた部下を死なせてしまいました・・・!多くの部下を・・・」


 大きな身体を縮めて地面に手を着いて涙する中尉に、俺も膝を着いて彼の肩を掴んで返す。


「・・・中尉顔を上げてくれ。謝らなければならないのは俺の方だ」


「団長・・・」


 後から、ハンスの心配する様な声が掛けられるが、俺は構わずに言葉を続ける。


「あの時・・・もしも、あの時に俺が冷静でいられたら・・・あの時、お前達を指揮して戦うことが出来ていたら・・・」


 あの日の俺はコレまでで一番最低な指揮官だった。

  平静を失い、ただただ狼狽して部下への指示を出すのを忘れて、挙げ句の果てに戦場を去るという失態まで犯していた。

 中尉達を始めとした部下達が散り散りに成ったのも、多くの部下が傷付き死んでいったのも、全ては俺の責任だ。


「お前は・・・中尉は復帰を願うと言っていたが、俺の方がお前達に聞きたい・・・本当に俺なんかで良いのか?」


 尋ねるのはとても恐ろしかった。

 もしも、本当はイヤだと、お前なんかの部下に成るのは御免だと言われたらどうしよう等と思いながら、俺は中尉の返事を待つ。

 その時間の長い事、本当は大して時間が掛かっていた訳では無いはずなのだが、それでも俺には永遠に等しいかの時間が流れて、中尉が口を開く。


「貴方以外に、誰が自分達の長となる人が居ますか・・・自分に取っての兵団長はカイル・メディシアただ一人のみであります」


 エド中尉のその言葉を聞いて、俺は胸が熱くなり、込み上げる物を我慢しながら立ち上がって中尉に手を差し出した。


「立て。エド中尉、お前がそこまで言うのなら立って胸を張れ中尉。お前がメソメソしていたら俺も胸を張れなくなる。」


「はい・・・!」


 俺の手を取って立ち上がり、見上げるほどの巨体を堂々と胸を張って仁王立ちするエド中尉に、俺は声を張って言う。


「高々100人200人死なせたくらいでガタガタ言うな!威張れる事じゃ無いが俺なんて1000人以上は死なせている!お前の部下が死んだらそれは俺の責任だ!存分に転嫁しろ!」


「・・・」


「俺は宣言するぞ!部下がやられたらその十倍は敵に返す!失態を犯したら生きている限りは全力で取り返す!今回も同じだ!今の所何人死んだのかは分からんが、取り敢えず敵を皆殺しにしてしまえば関係は無い!そして、俺が手柄を上げたらお前らは自分の事として威張り散らせ!俺が許可する!その分、存分に俺に扱き使われろ!」


「はい!!」


「良し!ならいじけるのは終わりだ!仕事に取り掛かれ!!」


「「応っ!!」」


 朝っぱらから随分汗臭い事をやってしまったと思いつつ、俺はそのまま、エド中尉からの報告を受ける。

 エド中尉と補給隊はあの戦闘の間、物資を護らんとして独断で国境を越えて一度共和国側へと戻り、それから敵から逃げ回りながらやり過ごした後、再び戦闘のあった地点で装備の回収を行っていたらしい。

 当時からは随分減ったが今の俺達に取って非常に貴重な装備や物資が得られた。

 あの状況で任務を果たしてくれた中尉と補給隊には脱帽物である。


「これが物資の内訳であります」


 小銃388挺、ライフル15挺、拳銃2挺、パイク18本、銃剣500本、野外用天幕、馬防杭、スコップ、ツルハシ、ハンマー、他工兵用資材、糧食、弾薬、医薬品、軍服等、数々の貴重な装備資材が記された羊皮紙は、読んでいると泣きながら抱き締めたくなる様な物で、それをハンスに渡して俺はエド中尉に眼を向ける。

 そうすると、中尉の後から一人の兵士が出て来て俺にある物を差し出した。


「戦闘中に拾いました・・・コレは団長の物でしょう?」


 細長い布に包まれた物を受け取って中身を見てみると、それは俺の作ったボルトアクションのライフルだった。


「ああ・・・君が拾っていてくれたのか・・・ありがとう。良くやってくれた」


 この銃が敵に鹵獲されていないと言う事と、自分で作って使い慣れた物が自分の手に戻ってきたと言う、二つの意味での安堵を感じ、礼を言いながら俺はライフルを抱える。


「さて・・・中尉、早速だが難題を押し付けよう」


「・・・何なりと」


「お前達が運んできてくれた物資のお陰で、我々はまだ暫くは戦える様に成ったが、先々の事を考えれば、遥かに足りない」


「・・・はい」


「そこで、中尉には弾薬の安定した補給を頼みたい」


 兵団の使う弾薬の材料は、その多くを帝国から仕入れていたのだが、今現在ではそれが出来なくなっている。

 何故ならば、王国北部がロムルス側に着いている以上、ロムルスに仇なす立場である俺達の軍事物資の輸送を許す筈は無く、共和国ルートはもっての他であり、唯一考えられるルートとしては、南部から公国を経由して王国東部の国境の外を迂回する物しか考えられず、そんなのは間違いなく不可能な事である。

 帝国以前の弾薬の補給に関しては主に王国中央近辺の錬金術に使う触媒などを利用していたが、当時は規模も小さく、長期的な戦争の事はそこまで重要に捉えてはおらず、この方向でも補給は困難だろう。


「・・・一命に変えて任務を果たしましょう」


 そんな無理難題にもかかわらず、中尉は快く引き受けてくれた。

 彼は決して無理な約束をするような男では無く、一度言った言葉は必ず実行し、やり遂げる男だ。


「分かった。頼んだぞ」


 そんな中尉だからこそ、俺は信頼して補給を任せる事が出来る。

 正直、ダメだったと言われてもこの事については責める気は起きないだろうが、中尉の身体から漲る気迫は何としてでも成し遂げようと言う言葉を全身で表している。

 コレならば大丈夫だろうと確信して、俺は中尉達に背を向けて天幕へと戻る。

 好い加減に泥にまみれた足が冷えて感覚が無くなってきた。


「寒い・・・!」


「せめて靴くらいは履いて出て来ても良かったでしょうに」


 後でハンスが言う言葉が耳に痛く、相も変わらず軽率な己を恥ながら天幕へ戻って足を洗い、身だしなみを整えた。

 やる事は山のように残っており、時間は雀の涙の如く少ない。

 俺は思わず、ここには居ない仲間達の事を思い浮かべて白い息を吐いた。


「大尉・・・無事だろうか」


 生きていれば、ここに居てくれれば、様々な事を想いながら呟いた言葉は、誰に聞かれる事も無く空に消え、それから自嘲した。


「俺も大概、女々しいな・・・」


 今は居ない者を思う時間は無い。

 今ここに居てくれる者達の為に、時間を使うべきだ。

 そう自分に言い聞かせて、俄に活気付く駐屯地の奥へと歩みを進めた。

 作中の麦の収穫時期について、テッキリ米と同じくらいなのかと思いきや、収穫が初夏という事に漸く気付きまして、コレは不味いと思い、しかし、今から修正するのも色々都合が悪い。

 その為、作中の近辺の麦は春に巻いて秋に収穫する品種と言う事で御願いします。

 一応、その位の収穫時期の麦は実在するそうなのでコレでつじつまが合うかと勝手に思うことにします。

 不勉強で申し訳御座いませんでした。

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