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百話 次の戦い、

 コーガル領での戦いに決着が着いたのは、俺達が敵の部隊を追い返した三日後の事だ。

 援軍が来ると信じ、物資が残り少ないながらも懸命に包囲を続けていた敵軍に対して、領内各地から集結した義勇軍が強襲を掛け、然る後に領都からも伯爵の軍が打って出た。

 未だ戦力に置ける優勢を保っていた敵軍だったが、突然の逆包囲に下がりきっていた士気が完全に潰走してしまい、傭兵はちりぢりになって逃走し、伯爵軍が勝利した。

 戦闘により消耗していた傭兵共は、今までの怨みと言わんばかりの追撃と落人狩りに遭い、殆どが領境に辿り着く前に討ち取られて山に打ち棄てられる事となる。

 作戦の終了を悟った俺は、一度ガラへと帰還してから次の作戦を立てようと考えていたが、伯爵からの使いが寄越されて、返る前に領都に立ち寄って欲しいと言われ、その現に従って伯爵に会うために領都へと赴いた。


「たのもう」


 領都の傷付いた門と城壁を一度長め、それから門衛に声を掛けると、門衛は直ぐに応じて泣けに入れてくれた。


「ただ今案内の者が参ります。暫しお待ちを」


「過分な扱い感謝する」


 門衛の言う案内人は直ぐに来た。


「お待たせいたしました。伯爵がお待ちですので着いてきて下さい」


 そう言って俺達を率いて伯爵の館へと向かうのは、古びたレザーアーマーを着込んだ若い男で、彼の頬には未だ真新しい切り傷が見え、良く街を見回せば、そこら中が戦いの爪痕を色濃く残している。


「伯の軍の現状は如何ほどだろうか」


 俺が案内の青年に尋ねると、青年は振り向かずに答える。


「正直に申し上げて、芳しくはありません」


「と、言うと?」


「戦死者はそれ程多くはありませんが、負傷者が非常に多く、また、装備の傷みも酷く、戦術の陳腐さも否めません」


「軍の現在戦力は?」


「300を下回ります」


 損耗率6割以上、立派な全滅状態だ。

 領内各地でも未だ混乱は続いており、農作物への被害がどれ程の物になるのか見当も付かない。

 ハッキリと言って、伯の軍にこれ以上の戦闘を強いるのは酷と言うもので、コレからの事を考えれば戦費の負担も難しいだろう。


「皆様の援護が無ければ我々は既に敗北を喫していたことでしょう」


「・・・まあ、そうだろうな」


 こんな所で謙遜したりしても意味も無い。

 実施問題、俺達が何もしなければ敵の補給が途絶えて弱体化する事も無ければ、更なる増援による攻撃で押し潰されていた事も事実なのだから。

 それを分かっているからこそ、青年は俺の率直な返事を聞いて悔しそうに口許を歪める。


「戦術の陳腐化と言っていたが、敵の戦術はどんな物だったんだ?」


「それに着きましては我が主からお話があるかと思います」


「そうか」


 それからは互いに言葉が絶え、無言で歩き続けた。

 そんな俺達を街の住人は怪訝な目付きで睨み、友好領の街の筈なのに居心地の悪い思いをするが、余り気にも止めずに前をを向き、少しして館の前に到着する。


「カイル・メディシア大佐と麾下将兵の皆さんをお連れしました」


 青年が言うと館の門が開き、俺達は館の使用人達とその主による歓待を受けた。


「善くぞ来られた。さあさ、大した物は無いが歓迎しましょう」


 随分と年代物のプレートアーマーを身に着けた中年の男性は、声を弾ませて俺に近づいて手を取った。

 俺はその男性に取り敢えず名乗る。


「カイル・メディシアです。此方こそ過分な歓迎痛み入ります伯爵」


「おお、コレは済まない事をした。・・・申し遅れたが私がコーガル領を納めるフィネガン・スタンレインだ。改めて大佐の行動には感謝の念が尽きない」


「いえ、私も自分の任務を果たしただけであります」


 そう互いに言い合って、俺は伯に連れられて館の中へと入る。

 俺以外の中隊は広間の方で休憩と食事をと言うことでそちらへと向かわせ、俺は伯と二人で話し合う事になった。


「まあ、本当に大した物は無いが、一先ずは感謝の印として食べてくれ」


 そう言って給仕されたのは、厚切りのベーコンとゆで卵だった。


「・・・では、遠慮無く頂きましょう」


 一度は遠慮するべきかとも思ったが、この状況にありながらも出してくれた物を無碍にするわけにも行かないと思って頂く事にする。

 油の滴るような良質のベーコンは、噛めば確りとした弾力がありつつも柔らかく、鼻に抜ける微かな香草の香りが後味をすっきりとさせてくれた。

 続いて手を着けたゆで卵は、匙で一度叩いて頂上部分のからを割り、蓋を開けるように切り取って黄身を露出させ、胡椒を振りかけてその黄身を食べる。


「・・・如何かな?」


「大変に結構な物であります」


 この後、手早くパンも平らげた俺は、早速気になる話に入る。


「・・・それでは」


「うむ、敵の事だな」


 どうも、話を聞いている限りでは、俺達が相手していた傭兵と伯爵が相手取っていた傭兵は、装備や戦術に大きな違いがあるようで、俺はその事が気になっている。


「先ずは敵の装備からお教え願えますか?」


「良いだろう。と、言っても、君の方が詳しいかも知れないが」


「?・・・それは・・・」


「君達が使っている様な銃を装備している兵士が幾分散見されていた」


 話に聞くと、全軍が小銃やライフルを装備していたと言うわけでは無く、一定の割合で銃を装備している兵士がいたと言う事で、銃も俺達の物とは少し違っている。


「まあ、実物を見るのが早いだろう」


 そう言って使用人が運んできた実物を見た感想は、デカイの一言に尽きる。


「全長が随分長い。2m近く有る」


 全長だけで無く、木製のストックやフレームも太く、銃身も肉厚で持ち上げてみれば重量もかなり有るようで、ライフルと比べても遥かに重い。

 口径もかなり大きく、目測で80口径は有りそうだ。


「最早大砲だな」


 そんな感想が思わず口を吐くような代物を置いた俺に伯爵が声を掛けてくる。


「如何かな?専門家の意見は」


「・・・正直に言えば信じられません」


「と、言うと?」


「銃火器の装備化には大きな障害がありますが、その中でも取り分け重大なのが兵站であります」


 槍や剣と違って銃一つ有れば戦えるわけで無く、銃器を使うには当然弾薬も必要となる。

 只でさえ補給線の構築には膨大な手間が掛かり、ほんの少しのミスが命取りとなると言うのに、更に補給の負担が増える上に、管理には専門知識と施設を要し、保守点検も他の物資以上に気を使わなければならない。

 ハッキリ言って兵站への負担は二倍処の騒ぎでは無い。


「訓練、兵站、戦術、編制、どれを取っても一朝一夕でこなせる物ではありません」


 俺が兵団に銃を装備できたのは、比較的小規模であった事と規模に見合わない後方支援部隊を組み込んだ事、アレクト殿下を始めとした強力なバックアップと資金援助が有ったからこそで有り、一国の軍隊一つを近代化しろなんて言われたら絶対に無理だった。

 だが、ロムルスはそれを成そうとしている。

 伯爵から聞いた限りでは、全軍に銃を装備する事は未だに出来ていないようだが、一定規模の銃の装備と部隊の訓練は一様の達成をを見せており、時代的には30年戦争頃の戦術を確立し始めている様だった。


「・・・マウリッツ通り越してグスタフかよ・・・」


「何だって?」


「いえ、何でもありません。それよりも今後の動きについてですが、私は一度ガラ領に戻って補給を行った後に、南下しようかと思います」


「南・・・ピーター卿か?」


「はい、ハサウェイに向かうつもりです」


 俺が今後の予定を伝えると、伯爵は少し考えてから思い当たる節を口にした。

 ハサウェイ領主ピーター・フレッチャー・レキシントン侯爵、西部最大の所領と軍備を持っている王国でも古株の大領主である。

 南部諸侯軍がロムルス軍に敗北を喫した以上、反ロムルス派貴族で最大の戦力を持つ事実上の最後の砦であり、ロムルス側の最大の攻撃目標でもある。


「東部南側の戦況は侯爵が各地に派遣した部隊のお陰で優勢でありますが、過信は出来ません。この際、北側を棄ててでも侯爵を優先します」


 俺の説明に対して、伯爵は特に異論を挟むこと無く同意してくれた。


「私も君の判断を尊重しよう。実際に北側貴族に纏まった戦力を抽出するだけの余力が無い事も確かだ。私も君達と共に戦いたいのは山々だが、現実的に見て、それは不可能だ」


 伯爵は本当に情け無いと言うような仕草で顔を覆って更に言葉を続ける。


「兵を出す事は出来ないが、せめて我が領を盾として君達の背後を護る事位はして見せよう。私とて西部の雄と言われた男だ」


「ありがとう御座います。伯爵のご決断はきっと後世まで語り継がれるでしょう」


「下手な御世辞は止したまえ、言ってはみた物の、今度攻撃されれば何時まで持ち堪えるか分からないのだからな」


 それから、もう少しだけ伯爵と話してから、俺は伯爵邸を後にする。

 領都を出る直前、伯爵が俺に声を掛けて来て手紙を渡してきた。


「大佐、この手紙を頼みたい」


「コレは?」


「侯爵への手紙だ。コレを見せれば侯爵も無碍には扱わないだろう」


 そう言って手渡された手紙を受け取って、俺は伯爵に頭を下げて礼を述べる。


「何から何まで、ありがとう御座います」


「礼は良い。ただ、勝ってくれればそれで良い」


 伯爵はその言葉の後に、思いついたように付け加えた。


「それと、大佐、序でにもう一つ頼まれてはくれないか?」


「何でしょうか」


「うむ、大佐の共としてこの者も同行させて欲しいのだ」


 そう言って、伯爵は俺を屋敷まで案内した青年を押し出した。


「旦那様!?」


「どうか頼まれて欲しい。この者は名をフッドと言い、度胸のある若者だ。きっと役に立つだろう」


 俺と同じ黒髪の青年は、垢抜けない雰囲気ではあるが目鼻立ちが良く、背丈も俺よりも幾分か高い。

 身体も頑健そうで、伯爵の言うとおり、確かに気骨の在りそうな男だ。


「分かりました。引き受けましょう」


 俺がそう言うと、伯爵は再度礼をして、青年に俺に同行するように言い含める。


「良いかフッド、大佐の役に立ち、我が国を助け殿下をお救いするのだぞ」


「しかし、旦那様・・・」


「頼んだぞ」


 何か言いたげなフッド青年に伯爵が念を押すように言うと、青年は押し黙って俺の前に出て礼をする。


「よろしく御願いいたします」


「よろしく頼む」


 こうして、俺は新たな仲間を一人得て、一路ガラへと目指して中隊を南下させた。

 どうせ、この先も碌でもない事ばかりが待ち受けているだろうと思いつつ、それもまた何時もの事かと諦めつつ、意気揚々と歩いた。

新年初投稿です。

今年もよろしく御願いいたします。

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