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外伝 この世で最も敵に回しては行けない男

 あの時の事は、今でも思い出す。

 数では此方が勝っていた。

 地の利も持っていた。

 装備は劣っていたかも知れないが、絶望的な戦いと言うわけでは無かった筈だった。

 ソレでも俺は負けた。

 完膚なきまでに負けた。

 もしも、あの時の自分に言葉を掛けられるのならば、俺は全力で止めただろう。

 少なくとも、あの男が居なくなるまでは待てと言っただろう。







「南側が破られたぞ!!」


 その言葉が響いた瞬間、文字通りの激震がその場の人間全員を襲う。


「今のは何だ・・・」


 本部として使っていた旧伯爵邸の窓から眼下の領都に眼を凝らした。

 聞いたとおり、南門付近には敵の良く目立つ赤い軍服が屯して居るのが分かるが、先程の轟音はそちらでは無く、反対の北門の方からだった。


「・・・北門が破られている!」


「何っ!?」


 土煙が濛々とと立ちこめては居るが、ソレでも逃げ惑う味方の様子からはそこで何が起きたのかが如実に現されていた。


「市街戦だ!!街の路地で迎え撃つんだ!!」


 咄嗟に俺は仲間達に指示を出した。

 確かに門を破られはしたが、未だに数では此方が有利で在るし、狭い市街地の戦いでは接近戦のチャンスも多いはずだ。

 子供の頃から住んでいる街の中なら此方に遥かに分が在る。

 その事は仲間達にも直ぐに理解できた様で、勢い良く部屋を飛び出して市街へ向かう。


「・・・大丈夫だ・・・大丈夫」


 誰も居なくなった室内で、自分に言い聞かせるように呟いた俺は、自分の手が微かに震えている事に気が付いた。


「・・・」


 今更、元の道に引き返す事など出来やしない。

 だと言うのに、この期に及んで怖じ気づく自分の弱さに嫌気が差す。


「・・・行かなきゃ」


 何時までも自分ばかりがこうして居るわけにも行かない。

 俺は戦っている仲間達の元へ向かおうと、部屋を出た。

 足取りは嫌に重く、肩に感じる剣の重みは未だ慣れない物で、ソレが余計に気分を億劫にさせた。


「頑張ってな!!」


 屋敷を出た瞬間、避難してきていた子供に声を掛けられた。

 その言葉が俺の背中を押し、挫け掛けていた心を持ち直させてくれた。


「うん、大丈夫だ・・・勝ってくるよ!」


 子供を安心させるために、皆を勇気づけるために、何よりも、自分自身を奮い立たせるために、俺は子供に返して前を向き、意気揚々と戦場の街へと歩き出した。

 最早、俺の心には恐怖の心は無く、ただ目の前の邪知暴虐の限りを尽くす破壊者を打ち砕き、皆に希望を与えようと言う一心の思いしか無かった。

 その思いで入った街は、普段の面影などは何処にも無く、何時もは子供達が遊び場にしている路地には、木津着いた戦士達が身を横たえ、苦痛に喘ぎながら壁にもたれ掛かっている。


「大丈夫か!」


「ああ・・・ミハイルか・・・」


「敵の様子はどうだ」


「奴等は中央の大通りを直進している・・・今はバリケードで阻止しているが何時まで持つか分からん」


 息も絶え絶えに喘ぎながら言う戦士は、そこまで言って瞼を閉じた。


「仇は取ってやる」


 敵に対する気持ちを新たに、俺は剣を抜いて戦闘の行われている方へと足を進めた。


「第二小隊構え!!」


 南門と北門をつなぐ大通りのほぼ中央地点、伯爵邸の在る丘へ通じる道との合流地点では、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 大通りを取られた此方は、狭く入り組んだ路地を利用して南から来る敵に奇襲を掛けて食い止める。

 しかし、敵の方から聞いた事の無い破裂音がする度に青白い光の弾が高速で飛来して味方を撃ち抜いて行く。


「おおおおおおおおお!!」


 俺は何人かと腕自慢の仲間と一緒に敵の隊列に斬り込むが、振り下ろした剣は躱され、反撃とばかりに手に持った杖のような槍で攻撃をしてくる。


「っ!」


 すんでの所で攻撃を躱す俺だったが、仲間達はそうは行かずに囲まれて全身を何度も突かれて絶命してしまう。


「お前らぁああああ!!」


 怒りに任せてもう一度攻撃を仕掛けるが、俺の振るう剣は素気なく受け返され、攻撃の何倍もの反撃が返された。


「ミハイル!!」


 俺の様子に気が付いた仲間達が、後から現れて、俺の事を助けてくれたが、敵はまったく気にせずに仲間達に狙いを切り換えて攻撃を続けた。

 奴等には情けや人間らしさと言う物が無いのか、全くの無表情で有りながら眼だけは憎しみに満ちて俺達を睨む。

 この時、俺には連中が人を殺すためだけに生み出された化け物の様に思えて仕方が無く、コイツらを生み出した男の、あの時の瞳の奥の暗い光を思い出した。


「退却!!退却だ!!」


 指揮を執っていた友人のジェファソンが声を上げる。

 退却と言う言葉は、ソレは詰まるところ負けを認めると言う事と同義であり、俺は連中に負けを認める事に我慢がならなかった。


「ダメだ!!逃げるな!!逃げずに戦え!!」


 俺は退却しようとする仲間に声を掛けるが、そんな俺の考えを無視して、ジェファソンが俺の襟を掴んで引き摺って走る。


「止めろジェファソン!逃げちゃダメだ!!」


「馬鹿言うな!!あのままじゃ全滅だ!!ここは一端体勢を立て直すんだ!!」


 そう言うジェファソンの手によって、俺は前線を離れて、丘の麓近くまで来た。

 周囲では肩を上下に揺らして荒く息をする仲間達が居るが、その数は圧倒的に少ない。


「一体何が・・・」


 言い掛けた俺にジェファソンが説明する。


「逃げたよ」


「逃げた!?」


「ああ・・・敵の攻撃に耐えかねて街の西側から逃げようとしていた。バリケードまで壊して逃げようとしていた」


 バリケードを壊したと聞いて、俺の頭に血が上り強い憤りが込み上げた。


「そこまでして・・・!そこまでして我が身が大事なのか・・・!」


 残された者達の事などどうでも良いと言わんばかりの身勝手極まる行動には、最早、罵倒の言葉すら浮かび上がらず、段々と怒りを通り越して悲しみすら覚える。


「・・・其奴らには、何れ天罰が下るだろう・・・」


 俺がそう呟くと、ジェファソンは首を振って言った。


「いや、もう既にバツは降った」


「・・・どう言う事だ?」


「バリケードを壊して街の外に出た瞬間、奴等の騎馬隊が現れて皆殺しにされたよ」


 そう聞けば、先程までアレほどに湧き上がる怒りと悲しみは形を変えて、その矛先が敵の方へと向かう。


「もう、俺達に逃げ場なんて無い・・・どうせ東側も伏兵が潜んで待ち構えているだろうさ」


 諦めたように言うジェファソン、力無く項垂れる仲間達、遠くから聞こえている破裂音と悲鳴は、段々と近付いてきていて、まるで俺達を追い立てるかの様だ。


「ミハイル」


「何だジェファソン」


「お前は屋敷に行って降伏の準備をするんだ」


「何!?」


「もう、こうなれば俺達の勝ちは有り得ない。聞けば、相手のカイル・メディシアは国を救った英雄の一人だ。自国の女子供相手に無茶はしないだろう」


「だが!」


「あきらめろ・・・俺達は負けたんだよ・・・!」


 言い返そうと声を上げれば、ジェファソンは見たことも無いような剣幕で俺を圧倒し、有無を言わさぬ雰囲気で言った。


「屋敷に行って白旗を揚げろ。代表者として、ソレがお前に与えられた最後の責務だ」


「・・・分かった・・・だが、お前は如何するんだ?」


 俺はジェファソンは別の事をすると言うような口ぶりである事が気になって尋ねる。

 すると、ジェファソンの口から信じられない言葉が飛び出す。


「俺は・・・俺は、最後に一矢報いる」


「えっ?」


「奴等にの攻撃を仕掛ける。どうせ捕まれば死刑は免れないだろうから・・・なら、どうせならば、戦場で死にたい。故郷で死にたい」


「ジェファソン・・・ダメだ・・・そんな事は・・・」


「お前には止められないぞミハイル。お前には役目が在るんだからな」


 そう言うなり、ジェファソンは地面に突き刺していた剣を抜いて街の方へと歩き出した。

 俺以外の周りの仲間達も口々に言葉を残しながら、ジェファソンに続き、俺はただ一人佇んで見送る事しか出来なかった。


「・・・ちくしょう・・・!」


 悔しさに歯がみして、きびすを返して丘を登り始めた俺の耳に、雄叫びを上げる仲間達の声が届いた。

 その声を聞いた俺の脚は段々と早さを増して行き、何時の間にか全力で走っていた。







 それから、奴等が屋敷まで上がってきて俺達を取り囲んだのは30分もしない内の事だった。


「頼む!此方に抵抗の意志は無い!」


 屋敷を取り囲む敵に向かって、俺は降伏の意志を見せるために武器を棄て、白旗を掲げて声を上げる。

 しかし、返ってきた言葉は無情に過ぎる言葉だった。


「降伏は受け容れられない!お前達は全員ここで死ね!」


 俺の後から悲鳴が上がる。

 奴は、カイル・メディシアは俺達を許す気など無く、本気で皆殺しにするつもりの様だ。


「此方はもう戦う事が出来ない!此方には女子供しかいない!」


 俺は必死になって説得を試みた。

 此方に戦う意志も力も、もう残っていない事を伝え、背後の皆を護ろうと声を上げた。

 だが、それでも返ってくる言葉は無情な物だった。


「自分の都合が悪いから許せとは、都合が良い事を言う!そんな戯れ言が通じる等と思っているのか!!」


 確かに言う通りかも知れない。

 アイツ自身もアイツの仲間も酷く痛め付けて、かなり残虐な方法を使って殺した自覚も在る。

 それでも、都合が良い事を言っているのは重々承知の上で、子供達を護ろうとした。

 しかし、カイルは俺達にとって最も絶望的な言葉を発した。


「攻撃用意!」


 その言葉を復唱する様に敵の一人が叫ぶと、兵士達が武器を構えるのが感じられた。

 不味いと、直感的に感じた俺は咄嗟に門を開けて外に飛び出し、地面に跪いて懇願する。


「頼む・・・頼みます・・・せめて、子供だけでも見逃して下さい」


 地面に額が着くほどに頭を下げて、必死で子供達だけでもと乞い願う。

 そんな俺の助けとなるような言葉が、カイルの隣の人物から発せられて、何とか考えを改めてくれないかと願ったが、新たに現れた聞き慣れない言葉の男がカイルを惑わした。

 その男の言葉を聞いたカイルは、少し考えるようなそぶりを見せるが、男は更に言葉を続けて、伯爵の仇を討つように諭し、そして、カイルが口を開く。


「撃て」


 ただの二文字、たった一言の最悪の言葉が放たれると、悲鳴を上げる子供達や女性達に、あの青白い光の弾が殺到した。


「止めろおおおおおおおおお!!」


 少しでも止められれば、カイルを倒せば少しは時間が稼げるか、そんな事を一瞬で思いながら、俺は拳を振り上げてカイルに向かうが、割り込んできた細身の男に簡単に伸されて組み伏せられてしまう。

 その後も、俺の耳に女性の絹を裂くような悲鳴と子供達の泣き叫ぶ声が木霊する。

 それに混じって先程の少年がカイルに抗議する声が聞こえた。

 悲鳴に掻き消されて良く聞こえないその言葉の後に、俺の胸にずしりと響くカイルの叫びが届く。


「人を殺すのが好き!?アイツらを許せ!?ふざけるな!!コレは全て奴等が自分で招いた結果だ!!俺に喧嘩を売った結果だ!!俺の部下を焼き殺した結果だ!!その報復に殺して何が悪い!!」


 万感の思いを込めたような、カイル叫びは更に続く。


「女だろうが子供だろうが関係ない!!敵であるなら皆平等に殺してやる!!俺の味わった苦しみを倍にして返してやる!!それが戦争だ!!」


 少年はカイルに食ってかかって言い返した。


「コレは最早戦争なんかじゃない!!コレは虐殺だ!!」


 だが、その少年の言葉にも、カイルは実感のこもった強烈な言葉を吐き出した。


「ああ、そうだ!!虐殺だ!!それが如何した!!こんな事は戦場では当たり前の事だ!!」


「戦争にもルールはあります!!」


「戦争にルールなど有る物か!!敵を全て殺して全て破壊するのが戦争だ!!何も知らないお前が知った風な口を利くな!!」


 一体、カイルはどんな人生を送っていたのか、どんな風に生きればそんな言葉が吐き出せるのか、俺は、カイルに戦いを挑んだ己の無能を呪い、己の判断を後悔した。







 あの後の事は良くは覚えていない。

 現れた騎士によって捕まり、投獄されて処刑を待つだけだったのだが、何故だか俺は生かされてしまい、無様にも生き残ってしまった。

 良くは分からないが、ロムルス王子の政治的なアピールのために釈放されたそうだ。


「オメオメと生きて如何しろってんだ・・・」


 巷ではロムルス王子の人気が高まっている。

 人民の王、弱者の救済者、聖王、色んな呼び方で平民から慕われている。

 だが、一度会った事の在る俺に言わせてみれば、何を考えているのか分からない不気味な奴だ。


「そう言えば・・・アイツに似てるかもな・・・」


 自嘲気味に呟いて、俺は最後の酒の一滴を飲み干して瓶を投げ棄てた。


「どうせ・・・生きていても・・・」


 そう呟いた俺の目に、お誂え向きに豪奢な馬車が写り込む。

 大嫌いな貴族に嫌がらせが出来るかと思えば恐怖は無く。

俺は馬車の前に飛び出した。






「・・・中々、来ねぇな」


 来るはずの衝撃が来ない事にヤキモキして瞼を開けると、鈴の鳴るような女の声で言葉を掛けられた。


「命を粗末にしないで頂けるかしら」


 その瞬間、この瞬間こそが、俺の運命の本当の始まりだった。


「アンタは・・・」


「着いていらっしゃい」

実は割と気に入っているキャラクターです

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