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外伝 婚約を破棄されたわたくしが、旦那様と出会った件について

「貴様とは終わりだ。リリアナ・ホークス」


「どう言う事でしょうか」


「言葉の通りだ。婚約を破棄する」


 その瞬間、わたくしの目の前が真っ白になり、彼の事を見てはいられなくなってしまった。







「もう少しですよ。お嬢様」


 そうわたくしに呼び掛ける執事の言葉にも、わたくしは何も返す事が出来ずに流れる景色を見詰めつづける。

 婚約を破棄されてしまったわたくしは、その後に様々な嫌疑を掛けられて学園には居られなくなり、無様に逃げる様に実家へともどる事となってしまった。


「・・・酷いわね」


 自嘲するように呟いた言葉は、果たして自分に向けた物なのか、学園に残してきたあの女なのか、それとも、未だに未練の残る愛しいあの人なのか、自分でも分からず、ただ惨めさが押し寄せるばかりだった。


「お父様は、なんておっしゃるかしらね・・・」


 権力欲の強いお父様の事だから、もしかすると縁を切られるかも知れないが、それも今はどうでも良い事でしか無い。

 今はただ、投げやりな虚無感と大きな失望に胸が支配されている。


「・・・いっそ」


 いっそ死んでしまえばと途中まで出かかる、その先の言葉を出す前に、何かが引っかかった。

 そんな自分に再び自嘲して呟く。


「こんな悲劇のヒロインを気取れたら、あの人に棄てられなかったのかしらね・・・」


 程なくして、執事のいう通りに馬車は実家へと入り、わたくしは開け放たれた扉から外に出る。

 そして、目の前にお父様が居るのに気が付くと、咄嗟に目を伏せて俯いてしまう。

 しかい、そんなわたくしを予期せぬ感覚が襲った。


「お帰りリリアナ。大変だったね」


 意外にも、お父様はわたくしを温かく迎えてくれた。

 お父様はわたくしに近づいて、わたくしを優しく抱き締めて頭を撫でながら言葉を掛けてくれる。

 そんなお父様にわたくしは自分の中のポッカリと空いた大きな穴が、少しだけ塞がる様な気がして目頭に熱を帯びる。


「大丈夫だよ。リリアナは大丈夫。お前は何も悪く無い」


「お父様・・・」


 優しい家族の温もりに、冷たく傷つけられた心が癒されるのを自覚しながら、わたくしはゆっくりと意識を手放していった。







 あの惨めで温かい帰還から二月が経過して、テラスでティータイムを楽しんでいたわたくしに、お父様からの呼び出しが掛かる。

 何かと思って、お父様の待つ書斎を訪ねると、開口一番に驚くべき言葉が告げられた。


「リリアナ。お前の新しい婚約者が決まったぞ」


 そう言って、お父様は一枚の姿絵を差し出してくる。


「メディシア伯の長男、カイル」


 新興の伯爵家の名は何度か聞いた事が在ったが、その御子息の顔は見た事が無い。

 噂では伯爵は大変に素晴らしい美丈夫だと聞いていたので、その御子息ならと思って姿絵を見てみれば、美男子とは程遠い醜男が描かれている。


「コレは・・・」


 低くい鼻と小さな眼顎の周りの脂肪は、絵で見てみ分かる程に脂が乗っている。

 胸から下は描かれていない物の、どんな体型なのか容易に想像が着いた。

 唯一見所が有るとすれば、珍しい黒髪で有ると言う事だけで、それ以外には全く魅力の無い容姿をしている。


「まあ、人は見た目では無い。それに、太っているのなら、私だってそうだ」


 恐らくフォローをしているつもりのお父様の言葉は、全くと言って良いほど響いてこず、嫌だと言って突き返したい気持ちで一杯だった。

 しかし、お父様の期待に背いた上に我が儘を言うのは憚られ、また、わたくしを嫁に取ってくれそうな家も今後現れるか分からない。

 この際、同い年と言うだけ、まだマシと思うことにする。


「一度、会ってみようと思います」


「そうか!それなら直ぐに見合いの日取りを決めよう!」


 お見合いをすると言う事は、即ち婚約が決定と言う事であり、わたくしと婚約しても良いと言うのならば結婚も直ぐだろう。

 わたくしは、内心で豚の嫁になるのかと憂鬱になりながら、さっさと子供を産んで別居しようと心に決める。

 そして、運命の日は、驚きほどに早く訪れて、わたくしの前に現れた。


「お、お初にお目に掛かります!カイル・メディシアと言います!」


 お父様との話から僅か3週間後、お父様と先方のメディシア家に伺いお見合いをする事になり、メディシアのお屋敷で顔を合わせた。


「此方こそ、お初にお目に掛かります。本日はよろしく御願いいたしますわ」


 小さい頃から教わっていた通りに挨拶をするが、相手のカイル様と来れば、緊張のためか言葉に詰まってしまっていて、額に汗を浮かべて、着ている服がはち切れそうな程に太った身体を震わせている。

 本当に大丈夫なのかと思いながら、目の前の想像の倍程度太っていた殿方に眼を向ける。


「っ・・・!」


 一瞬、カイル様と眼が合うとカイル様は、顔を赤面させて俯いてしまい、そのまま黙り込んでしまった。


「申し訳ない。どうやら息子はリリアナ嬢が美しすぎて照れているようです」


「ははは!いやいや!純情で良いではありませんか」


 メディシア伯の言葉に対して、お父様も笑いながら応じ、決まりきった話を進めるのは、傍から見て薄ら寒くすら感じる。


「さて、そろそろ我々は席を外しましょうか、侯爵」


「おお!そうですな。後は若い二人でと言う事で・・・リリアナ、確りとやるんだぞ」


 そう言ってメディシア伯とお父様は部屋から出て行ってしまい、後に残されたのはわたくしとカイル様、そしてメイドだけだった。


「・・・」


「・・・」


 カイル様は兎に角無口で、チラチラと此方を見るばかりで何も話さず、用意されていた紅茶にも全く口を着けない。

 わたくしは、そんなカイル様にもどかしく思いながら紅茶に口を着けると、香りと味に驚いて思わず眼を見開いてしまう。


「・・・お、お気に召しましたか?」


 そんなわたくしの様子に気が付いたのか、カイル様が声を掛けてくる。


「ええ、とても美味しいですわ」


 一体、何という銘柄なのか気になりつつも、もう一度カップに口を着けてゆっくりと紅茶を口に含み、味と後に抜ける香りを楽しむ。


「そ、そのお茶は何処にも売っていません・・・」


「え?」


「この領で新しく作りました・・・名前はまだありません・・・」


 道理で今までの記憶に無いはずだ。

 コレまでに呑んできた如何なる紅茶とも違う味と香り、何と言っても特徴的な非常に強い甘みと僅かな苦味、そして後に来るほのかな酸味で決してクドくない後味は幾らでも呑めそうな程で、思わず空になったカップを覗いてしまう。


「お、お代わりを」


 カイル様がメイドに言うと、新たなお茶が注がれる。


「ありがとう御座います」


 そう微笑みながら礼を言えば、カイル様は頭を掻きながら顔を更に赤くしてそっぽを向いてしまう。

 それからは、無言でお茶を楽しみ、わたくしが空になったカップを置いた瞬間に、カイル様立ち上がってが再び声を掛けてきた。


「よ、よろしければ外へ・・・外へ出ませんか?」


 少しドモリがちにてを差し出して散歩に誘うカイル様に、わたくしは喜んでと返して手を取った。

 大きく分厚い手は今までに出会ったどの殿方とも違う物で、意外とゴツゴツとしている事に驚いていると、カイル様は手を離してしまい、わたくしの前に立って部屋の扉を開けて先に出てしまう。

 暫くお屋敷の中を無言で進み、案内されたのは、お屋敷の裏にある見事な庭園だった。


「まあ!コレはお見事なお庭ですこと」


 多少、態とらしく声を上げると、カイル様は少し誇らしげに笑いながら言う。


「我が家の自慢の庭です。新興の我が家が少しでも他家の方に軽んじられぬ様にと・・・祖父が力を入れて取り組んだ事の一つです」


 庭園を見回しながら言葉を紡ぐ様子は、先程までの自信の無さそうな様子とは事なり、淀みなく堂々としていて、カイル様が家族をとても大切に思っている事が窺える。


「庭園を案内して頂けますか?」


「えっ!・・・あっ、はい・・・」


 わたくしが声を掛けた瞬間に、先程までの姿は何処へやら、自信なさげな太った小男に早変わりしてしまい、それが少し可笑しく感じる。

 背が低く、ヒールを履いたわたくしと並ぶと同じくらいになるカイル様に庭園を案内され、時間になってメディシア家の皆様とお食事を一緒に取り、それから、正式にわたくしとカイル様の婚約が決まると、わたくしは暫くの間、メディシアのお屋敷でお世話になる事になった。

 兎に角ドンドン物事が進む中で、一番驚いたのは、婚約から僅か一月で婚礼となると聞かされた時には、流石に驚いて声を上げてしまう。

 とは言え、贅沢は言っていられない身であるわたくしは甘んじて受け容れ、あっと言う間に婚姻を結んで夫婦となったカイル様と寝室を共にする事になってしまった。


「・・・」


 流石に緊張して声の出ないわたくしでしたが、そんなわたくしにカイル様が声を掛けてきます。


「あの・・・」


「っ・・・は、はい」


「大丈夫ですから・・・落ち着いて下さい・・・」


「は、はい」


「・・・今夜は普通に寝ましょう・・・私はソファで寝ますから」


 そう言うとカイル様はブランケットを一枚だけ取ってソファに身体を横たえて眠りに着いてしまう。

 呆気に取られたわたくしは、如何して良いのか分からず、仕方なしに一人で大きなベッドに横たわって瞼を閉じる。

 わたくしが油断した隙に来るのではとも思いましたが、結局、何もされずにそのまま日が昇り、わたくしの夫婦生活は何だか、良く分からない内に初夜を終えて始まりました。







 結婚から3年の月日が流れ、お義父様は早い内にカイル様に家督を譲ると、ご自身は国政に携わり財務卿として辣腕を振るいます。

 そして、カイル様はと言えば、日々精力的に働いて領内を駆け回り、朝食はわたくしが起きる前に済ませ、夕食はわたくしが眠った後に取り、あの夜から代わらずにソファで睡眠を取る。

 勿論、一度たりとも手を出される事も無く、未だ清いままの身体をしている事に、一抹の不安と心苦しさを覚えます。


「・・・コレで良いのかしら」


 図らずも、結婚前に思っていた事が実現してしまったわたくしは、誰に責められもせず、軽んじられもせず、悠々自適の暮らしを送る事に自責の念を感じてなりません。

 一度、カイル様が余裕の在る時に誘った事は有りましたが、無理をしなくても良いと断られてしまい、わたくしに魅力が無いのかとも思ってしまいますが、夜会や社交界では未だに言い寄ってくる方が居るのでそれは無いと思いたい。

 メイドや使用人に何位か特別な趣味でもあるのかと尋ねても、特にそう言った趣味は無く、至って健全であると言う答えが返って来ました。


「如何したら良いのかしら」


 そんな風に思っていたある日、さる公爵家の主催する社交界に出席したところ、何時もの様に最初に一度だけ踊ってカイル様と別れた後、幾人もの殿方のダンスの申し込みを受けて踊っていると、不意に踊っている相手にお尻を触られてしまい、抗議の為に睨み付けるが意に返さずに行動はエスカレートする。


「・・・お止めになって下さいませ」


「いいだろう?愉しませてあげるからさ」


 そう言うと、男性がわたくしの手を掴んで人気の無い暗がりへと引き込んで行き、わたくしは抵抗も虚しく壁に押し付けられてしまいました。


「さあ、身を委ねて」


 甘く囁くような声でそう言うと、わたくしの唇を奪おうと顔を近づけてくる。

 身を捩って逃げようにも、所詮は女の力では如何する事も出来ませんでした。


「っ!」


 自然と涙が溢れて来ました。

 大切に取ってきた純潔を、こんな所で散らされてしまうのかと、未だ何者にも許していないわたくしの全てを奪われてしまう。

 そう考えた時、背筋に冷たい物が走って涙が溢れ出た。

 そして、一瞬、わたくしの脳裏に浮かんだのは、一人の男性でした。

 申し訳なさと口惜しさの入り混じった想いは、わたくしでも意外に思う方に向けられています。


「・・・すみません」


「ん?」


 あと僅か、寸での所でわたくしの唇が奪われる直前に声が掛けられました。


「私の妻を返して貰おうか」


 次に言葉が掛けられると、わたくしを抑えていた男が引き剥がされて、床に引き倒されました。

 漸く自由になった途端に、身体から力が抜けてしまって床に座り込んでしまいます。


「な、何だお前は!何のつもりだ!」


 先程までわたくしを襲っていた男の怒声が耳に入り、顔を上げて見上げると、そこにはわたくしの旦那様の大きな背中が写り込む。


「貴様こそどう言うつもりだ。私の妻に狼藉を働こうなど、良くもその様な事が出来るな。恥を知れ!!」


 聞いた事の無い、カイル様の怒気に満ちた声に、わたくしは不思議と安心感を覚えて、カイル様の背中を見詰め続ける。


「貴様ぁあ!!」


 語気を荒げて立ち上がる男に、カイル様は一歩も引く事無く毅然として向かいます。


「先ずはズボンを上げたらどうだ」


 そう言われた男が、股間を露出していると言う事に気が付き、ズボンを上げるが、その前に騒ぎを聞きつけた方々が入ってきました。


「こ、このっ!」


「公爵の次男だろうが、こうなっては容赦はしない。私の愛する妻に手を出した事を後悔させてやる」


 淡々と言い放つカイル様の姿は、普段からは想像も着かないほどに冷淡であり、そして怒りを露わにしています。

 その後は公爵様が現れて場を収め、男は公爵家の方々に連れて行かれ、カイル様とわたくしは公爵様の謝罪の言葉もそこそこに馬車に乗り込んで屋敷に帰りました。


「では、今日は疲れたでしょうからお休みなさい。私は別室で眠りますので」


 わたくしを気遣って、そう告げて寝室を出ようとするカイル様の服の袖を、わたくしは咄嗟に掴んでしまいます。


「・・・」


「旦那様・・・わたくしははしたない女です」


「えっ?」


「旦那様・・・今夜は一緒に寝てくださいませんか?」







 そこで夢は終わりを告げ、わたくしは非常に微妙な気分で眼を覚ました。


「・・・如何して、あそこで・・・」


 頭を抱えながら、続きが見られるかもと思って再び布団に顔を埋めてみても完全に目は冴えていて、今ばかりは寝覚めの良い自分の身体が怨めしく思える。

 そして朝一番から、前世からの口癖を呟いた。


「・・・如何してこうなったのかしら」


驚くほど話が浮かびましたが、書いていて恥ずかしくなります

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