九十九話 完勝
久し振りの5000字越えです。
珍しく字だけは増えています。
山腹の斜面の茂みの中、慎重に這って進む俺は、草木の間から顔を出して下方の敵の集団を見やり、その中の一人の偉そうな甲冑を着込んだ男を見付けた。
標高の低い山に挟まれた山間の狭い道を進む傭兵は、ダラダラとだらしの無い行軍を続けている。
その光景を一人で見詰めながら、俺はゆっくりとした動作でライフルを取り出して構えた。
そんじょそこらの弓矢だの剣だのならば、その甲冑の前には全くの無意味で有っただろうが、俺と俺の部下達の構える銃の前には、裸も同然の格好の的だ。
俺は、その偉そうな甲冑の男に狙いを定めると銃口を向けて、サイトを覗き込んだ。
「距離・・・230・・・風は無し」
湿度もそれ程高くなく、此方が僅かに高所を取る今の状況は、狙撃には最高の条件と言える。
300m以内で在れば俺にとっては必中の距離であり、移動速度も時速4kmに満たないゆっくりとした速度で、最早、早く撃ち殺してくれと言わんばかりだった。
「傭兵なら覚悟は出来てるだろ・・・」
呟きながら、俺は引き金をゆっくりと引き絞る。
発射機構の構造上、如何しても発生してしまう撃発から発射までのコンマ8秒程度のタイムラグの後、銃口から青白い尾を引いた魔弾が、真っ直ぐに目標の男に向かって飛翔する。
何も遮る物の無い光弾は、銃声に敵が気付くよりも早く目標の男を捕らえ、その胸を真横から貫いて絶命させた。
「・・・攻撃開始」
周りに誰もいない常態で、誰に言うでも無く呟いた瞬間、突然の事に動きを止めた敵の隊列に向かって魔弾が殺到し、その直撃を受けた者を容赦なく奈落に叩きつけた。
敵の隊列と言うよりも集団と行った方が近い様なそれに、敵を挟む様に山腹に隠れた俺の部下達が狙い澄ました射撃を加える。
命令通りに、ライフル兵は指揮官を狙い、小銃兵は成るべく当たりやすい様に密集している所を狙って撃つ。
僅か80人程度の少数に攻撃を受けているとは露とも想わない敵の傭兵は、密集して護りを固めて攻撃に備える。
「残念・・・それは悪手だ」
銃撃に対して動きを止めて固まる事ほど愚かしい事は無い。
敵にその事を指摘して責めるのは余りにも酷な事かも知れないが、それでも、彼等の取った行動が最悪の行動で有る事に変わりはなかった。
「・・・」
敵が態々的になってくれると言うのならば、それに答えるべく、優秀そうな奴を優先して狙い撃ち、敵に混乱を与える。
そうして、五発程度射撃を加えた所で、俺は銃口を下げて移動を開始した。
それと同時に、敵に対する射撃が止み、戸惑いながらも護りを固めて縮こまったままの敵を尻目に、俺達は悠々と敵から離れた。
何人殺したのかは分からないが、少なくとも此方と同じ人数分位は殺したのではないかと思う。
それに対して此方の被害は完全な無傷で、損耗と言えば弾薬を一人五発失った程度だ。
正直言えば、このまま敵が逃げてくれれば大助かりなのだが、そうは行かないと言う事は、コレまでの経験で分かり切っている。
「・・・さて、次だな」
出来る限り敵に位置を把握される事を防ぐために、中隊は最大でも5人程度に別れて行動しており、通信技術が無いが故に、中隊は先に決めていた予定とアドリブだけで作戦を実行している。
高練度かつ士気の高い兵で無ければ、絶対になし得ない作戦を見事にやってのけている兵達には、称賛の言葉しか思いつかない。
「本当に良くやる・・・」
思わず口許に笑みが浮かんでしまう俺は、一人林の中を移動して次の射撃地点に到着した。
恐らく敵は暫く行動を留めるが、攻撃が完全に終わったと判断すれば再び移動を開始するだろう。
敵も馬鹿では無い。
今度は慎重に警戒して移動し、場合によっては前哨警戒も行う筈だ。
だが、それでも次の攻撃も成功する。
敵が前哨を出すのならば、此方も前哨に対する備えをするだけだ。
「ほっ・・・!」
俺は辺りを見回して丈夫そうな大きな木を見付けると、勢いを付けて木によじ登る。
「っと・・・!・・・ダイエットしといて正解だな」
公国を出てこの方、脂肪を蓄える暇も無く戦い続きで国境に来るまでにある程度絞れていたが、その後に新兵の訓練だの、徒歩の移動だのと、更に運動を重ねたお陰で、少なくとも公国に来て直ぐの頃位には痩せる事が出来ている。
それでも少し丸みは有るが、元々細い訳でも無かったし、動けているなら問題は無かった。
「ダイエットに軍隊に、戦場で君も理想の身体ってね・・・」
独り言で誰も聞いていないジョークを言いつつ、丈夫そうな枝の上に乗って、更にカモフラージュネットを被る。
蔦を編んで草を巻き付けた即席の擬装に、更に近くの小枝を目立たない様に採取して身体に貼り付ける。
前世で学んだ擬装方法と今生でダークエルフやライカン達の技術知識を取り入れて編み出した、レンジャー流の擬装は、あらかじめ中隊の全員に周知して、敵の前哨をやり過ごすように言い含めて有る。
「・・・余裕が出来たらドーランも欲しいな・・・」
本当はドーランだけでは無く、通信装備や半自動の小銃に迷彩服、大量の弾薬消費に耐えられる兵站能力とか榴弾砲とかも欲しいのだが、流石にそれは欲張りすぎだろう。
今は銃が有ると言う事に感謝して敵を待った。
「・・・!」
「ソッチはどうだ?」
「いや~、敵どころか、鼠の一匹も居やしねぇよ・・・」
「やっぱ居ないんじゃ無いか?攻撃は一度だけだったんだろ?」
「かな~?、足跡も何も有りゃしねえしな」
自分の直下の木の根元に、5人の見窄らしい姿の傭兵がグダグダと言いながら、適当に周囲を探る。
まさか、連中も頭上に探している相手が居るとは露とも思って居ないだろうに、暫くウダウダやって、それから来た道を引き返して行った。
「・・・所詮はこの程度か・・・」
傭兵の練度と士気の低さに独り言ちて、俺は尚も動こうとはせず、樹上で敵が来るのを待ち構えた。
傭兵の前哨が去ってから小一時間が経ち、その間、動かずに待っていると、視界の中に傭兵の集団が写り込む。
先程よりもゆっくりとして警戒するその様は、ここから見れば実に滑稽であり、そうするしか手立ての無い傭兵達が哀れにも思える。
だからと言って、手心を加える様な事も無く、俺はゆっくりとライフルを構えて、最初の的を探す。
「・・・アレだな」
確認するように呟いて狙った先には油断無く武器を構えながらも、堂々として歩く中年の傭兵がいる。
装備からも様子からも、恐らくは熟練の傭兵なのだろう彼を、俺は最初の目標に定めて引き金を引いた。
「・・・大当たり」
何の事は無く、吸い込まれる様に飛翔した光弾は、男の上顎の辺りに当たって顔の上半分を吹き飛ばした。
撃たれて顔が無くなった男が、暫くの間歩き続けて、それから人形の様に倒れた時には、何だか可笑しくなって思わず笑いそうになるが、気を引き締めて、弾込めをしながら次の的を探した。
「・・・良く狙えよ・・・」
先程と同じく、敵の集団に向かう光弾の一つ一つが必殺の力を敵にぶつけ、その命を刈り取って恐怖を撒き散らす。
圧倒的に劣勢であるはずの俺達は、完全に敵を封じ込めて一切の反撃を許さず、一方的に嬲り殺しにして行った。
「そろそろかな・・・」
そう呟いた俺は、3発目を放つと直ぐさま木から飛び降りて移動を開始する。
敵が学習して反撃に出てくる事を警戒して、さっきよりも早く攻撃を切り上げたのだが、その行動は失敗だったかも知れない。
と言うのも、安全圏としている山の山頂近くまで上って敵を見下ろすと、射撃が止んでいるというのに動こうとは為ず、亀の様に固まっているからだ。
「早まったか?」
そう言って居る間にも、俺の側に中隊の兵士達が集まってくる。
対面の斜面に居る兵は合流までには時間が掛かるが、同じ方面の斜面に居る者は、即座に俺に合流を果たして銃の点検を行った。
「何だか拍子抜けですな」
俺の隣で呟いたのは、共和国に居る頃に一番に俺に気が付いたトーマス伍長で、彼もまた運良く生き残って戦っている。
「傭兵ならこんな物なのだろう・・・どうも、連中の話し方は共和国よりも西の方の者の様だったしな」
共和国の更に西側の大陸南西部は、ここ百年近くは大きな戦争は起こって居らず、食い扶持を失ったゴロツキが金欲しさに来たのだろう。
西側の戦い方は分からないが、少なくとも銃が大規模に出回っていると言う事は無い様子だ。
「帰ってくれないかね・・・」
遠目に見える傭兵共は、何やら揉めている様子で、大方逃げるか続行するかで揉めているのだろう。
全くヤル気の無い連中だと内心で感じながら、様子を見続けた。
「着いたぞ。被害は無しだ」
ワルドが報告しながら、残りの人員も合流を果たし、中隊は全員が無傷で集結を完了した。
それとほぼ同じタイミングで、眼下の傭兵達にも動きが出る。
傭兵達は、大集団での移動を止めて30人程度の小隊に分散して、林の中へと入った。
「考えたな」
こうなってしまえば、此方が攻撃を加えたところで、傭兵共は無事な他の部隊は前進しつつ攻撃している此方を探る事が出来る。
また、林の中に入った事で狙いが付けづらくなる上に、他の部隊の位置の把握も困難になってしまう。
一つ二つの敵を撃破する事は出来るだろうが、最悪の場合此方の位置を露呈してしまえば、逆襲を受けて全滅してしまう事に繋がるだろう。
「敵が馬鹿ばかりならどれ程助かる事か・・・まあ、俺も人の事は言えないがな」
「如何する?」
ワルドに尋ねられた俺は、中隊を三つに分けて林へ入る。
20人の小銃兵を連れて林を進み、腰だめにライフルを構えて遭遇戦に備える俺は、大きく深呼吸をした。
「敵を見付けたら構わず撃ち殺せ」
前を見続けたまま俺の周囲の部下達に言うと、彼等は口には出さずに頷いて返事を返した。
「敵っ!」
その直後、俺から4m程離れた左の一人が、声を上げながら引き金を引いた。
「敵だ!攻撃開始!!」
俺も大声を張り上げながら部下が撃った方向に銃口を向けって引き金を引くと、全員が同じ方に一斉に射撃を行う。
「おおおおおおおお!!」
林の中の木に遮られたのか、敵の小隊は予想よりも被害が少なく、体格の良い傭兵の一人が剣を振り上げて此方に突進してきた。
「近接戦闘!!固まって戦え!!」
部下達に命じながら、俺はライフルを放ってサーベルを抜き放ち、此方に向かう傭兵に対抗した。
「死ねぇええ!!」
上段から振り下ろされる諸刃の剣を躱しながら、俺は傭兵の懐に入ってサーベルで腹を薙いだ。
粗末なレザーアーマーを切り裂いたサーベルは、その奥の人体を容易に切り裂いて中の臓物と汚物をぶちまけた。
「ぐぐぐぐ!!」
傭兵は随分と気骨のある男で、腹を真一文字に切り裂かれても尚、俺の方に攻撃を掛けようと動き、鮮血と内臓の一部を振り乱しながら俺に向かってくる。
「シッ!」
せめて一太刀と突き出された剣を左に体をそらしながら躱して突き出された右腕の肘にサーベルを振り下ろし、腕を失った傭兵を前蹴りで蹴り倒した。
「ぐっそ・・・!」
重傷で動き続けた傭兵は、更なる出血によって急激に力を失って怨嗟の声を上げながら絶命した。
「敵は雑魚だ!落ち着いて討ち取れ!」
そう声を上げて味方を鼓舞しようとするが、見れば既に勝負は殆ど着いており、銃剣を突き立てられた傭兵共が次々と地面に崩れて落ちていた。
「もう終わっちまいましたよ」
「こんな程度に手こずってたら生き残って来られませんで」
「・・・それもそうだな」
初戦は俺と小隊の勝利だが、ここからが本当の戦いだ。
「さあ、気を引き締めろよ」
今の戦闘の音は、間違いなく敵の他の部隊にも聞こえた事だろう。
それは即ち、敵が俺達を殺しに集まって来ると言う事だ。
「円周防御!敵の攻撃に備えるぞ!」
本来ならば、さっさと場所を移動して敵に囲まれるのを防ぐべきなのだが、俺は腹を決めて部下に防御陣形を組ませ、敵を迎え撃つ体勢を取った。
「居たぞ!!」
結局の所、直ぐに敵が俺達を見付けた事から、どうあっても逃げ切る事は出来ずに囲まれてしまう事は決定事項だったらしく、ならば防御態勢を取ったのは正しい判断だったと言えた。
「各個に撃て!撃ち終わったら別命無く装填しろ!」
「応っ!!」
「団長、コレを」
サーベルを持っていた俺にトーマス伍長が近づくとライフルを手渡してきた。
「さっき投げてたでしょう?拾ってきました」
「ありがとう」
伍長に礼を言いながらライフルを受け取った俺は、直ぐさま弾囊を開いて弾薬を取り出して装填を始めた。
その間にも、ゾクゾクと現れる傭兵を部下達が狙い撃った。
至近距離と言う事も有って、撃つ弾撃つ弾が次々と命中し、誰一人として寄せ付けずに林の肥やしにした。
「囲め!囲め!」
だが、敵の隊は一つだけでは無く、戦闘に引き寄せられる傭兵は次第にその数を増して、俺達を包囲し、遂には一人の傭兵が俺達の円陣に到達する。
「死ね」
部下の一人に斬り掛かろうとした傭兵に言いながら、引き金を引くと、汚い飛沫を飛び散らせながら首を引き飛ばし、周囲を赤く染め上げた。
「落ち着いて対処しろ!敵は腰抜けばかりだ!」
部下達に言い聞かせながら、ライフルに次の弾を込めた俺は、今度は林の奥の方で指示を飛ばす傭兵を見付けて狙いを付けた。
「っ・・・!」
一瞬、狙いを付けた傭兵と眼が合い息を呑むのが感じられた俺は、構わず引き金を引いて、その傭兵を射殺した。
「・・・」
微妙な気分になる俺だったが、一々感傷に浸っている余裕も無く、気持ちを切り換えて弾を込めながら次の敵を探すが、遂に傭兵共が最後の手段に打って出た。
「全員で突っ込め!!」
最初の何人かが殺されるのを覚悟で、傭兵共が走り出す。
その連中の行動にこれ以上の射撃戦は無理だと判断して、俺はライフルを背負って地面に刺していたサーベルを抜き、声を上げる。
「迎撃!!接近戦だ押し負けるな!!」
「応っ!!」
銃剣も含めれば長さが2m近くなる小銃は、一般的な手槍とほぼ同じ程度の長さであり、密集して突き出せば、それは槍衾と大差の無い物である。
数では圧倒されていても、銃剣を突き出して円陣を組んで迎え撃つ小銃歩兵は、例え接近戦になっても決して侮る事の出来ない存在だった。
「タイマンになるな!連携して戦え!」
また、俺が口を酸っぱくして兵達に連携する事を命じ、訓練でもその様に教育してきたため、俺の部下達には骨身に染みて徹底して集団戦闘を維持し続けた。
その甲斐あって、決して小銃歩兵の得意とは言えない、足場の悪い山中の林の中での接近戦で在るにも関わらず、数の劣勢を覆して善戦して見せた。
傭兵達にも戦場で生きてきたと言う矜持は有るだろう。
それなりの実力を持っていると言う自負と自身も有る筈だ。
しかし、数々の死線を潜り抜け、猛烈な訓練を課して鍛え上げた我が兵団の兵達には遠く及ばない。
そして、安易に囲み込めば勝てるだろうと一カ所に集まった事は、この場に置いては最悪の判断だった。
「撃てぇええ!!」
何処からかワルドの大きな吼える様な号令が、敵味方の怒号を突き破って俺の耳の鼓膜を震わせる。
その声に驚いて敵が動きを止めると、次の瞬間に一つに連なった銃声が響いた。
斜面の上の方から草葉を強いた緑のカーテンを突き破って魔弾が通り過ぎ、目の前に居た傭兵共を薙ぎ払う。
「小隊後退!!射線を空けろ!!」
フレンドリーファイアを防ぐために、直ぐさま小隊に後退を命じて、射撃の為の隙間を空けると、何も知らない傭兵がその隙間に入って自ら的になった。
「うらああああ!!」
勇ましい雄叫びを上げて威嚇しようとしているのだろうが、その姿は滑稽に過ぎ、俺達の下に辿り着く前に林の奥から飛来した魔弾に撃ち貫かれて転がって行く。
その様を見て、傭兵達は漸く自分達がおびき出された事に気が付き、慌てて逃げだそうとするがそれを俺もワルドも許しはしない。
「小隊!!敵を逃がすな!!撃て!!」
かなり矢継ぎ早に出した命令だった為、射撃はまばらで、未だに装填を終えていない者もおり、数人に掠める程度で、大した被害は無かったが、それでも良かった。
何故ならば、連中は銃声を耳にした瞬間に身体を硬直させてしまったからだ。
「撃てぇええ!!」
再びのワルドの号令の下、見えない射撃手からの斉射が傭兵共を襲い、動かぬ的となった者達を撃ち抜かれた的に作り替えた。
何故、傭兵が動きを止めたのかと言えば、それは、この戦いの間に傭兵は銃声と言う物を過敏に恐れる様になっていたからだ。
連中は、銃声を聞く度に近くの誰かが倒れるのを目の当たりにし、撃たれた亡骸の壮絶さを見せ付けられた。
それは、自分達が今までに見た事も経験した事も無い未知の経験であり、それが恐怖となって精神を蝕む。
銃声と死が直結して一つになり、更に恐怖に繋がって身を竦ませるある種の条件反射となって彼等に植え付けられた。
彼等は自分がベテランの傭兵で有ると自認していながらも、新兵が陥る病気に掛かったのだ。
「に・・・逃げろ・・・逃げろ・・・!逃げろ!!」
一人が声に出して叫べば、それは一気に波及する。
後退でも撤退でも無く、転進でも無い。
ただ単に恐怖から逃げたいと言う一心から口を吐いた叫びと共に、武器を棄て、矜持も自負も何もかもを棄てて情け無く泣き叫びながら疾走する。
正に、これ以上無い程の潰走だった。
「中隊!!突撃!!」
ここに居た敵が逃げたからと言って、全ての傭兵が逃げた訳では無い。
出来る限り奴等に恐怖を与えて全体に伝染させ、傭兵共を追い散らす必要がある。
俺は迷わずに中隊全員に突撃命令を下し、自分もサーベルを持って敵を追い掛けた。
「鬨を上げろ!!」
「「おおおおおおおおおおお!!」」
走りながら命じれば後に続く中隊の全員が一杯に叫んで敵を威嚇し、直接攻撃を受けた訳でも無い敵までもが流されるままに逃げ惑う。
そのまま転がる様に斜面を降った傭兵は、山間の開けた道まで出ると一所に固まって恐怖に喘ぎ、その様子を見た他の傭兵の小隊も集まって傭兵は再び集結した。
「止まれ!」
傭兵が集まったのを見て、俺は中隊に停止を命じると、林との境界線に整列させて弾を込めさせる。
「息を整えろ!最後の一押しだ!」
言いながら、背負っていたライフルに弾を込める俺は、内心で焦りに焦っていた。
もしも、ここで失敗すれば息を吹き返した敵に袋叩きにされるのが目に見えているからで、かと言ってノンビリしていれば、それは敵に落ち着きを取り戻させる事になる。
焦りながらも冷静に敵を狙って最大効力で敵を打ち崩さなければならなかった。
「中隊構え!!」
若干、上ずった様な号令を発すると、中隊の兵士達が慣れた動作で銃を構える。
弾んだ息と荒れる鼓動の所為で、銃口が僅かに振れるのが分かるが、それでも懸命に銃を保持して敵に狙いを定めて次の号令を待った。
「撃て!!」
自分で叫びながら引き金を引く。
構えたライフルの筒先から青白い光弾が尾を引きながら飛び出すと、全く同じタイミングで中隊の全員分の光弾が傭兵に向けて殺到した。
やけにゆっくりと感じる時間の流れの中で、傭兵の群れに突っ込んで行く青白い魔弾が鮮血を飛び散らせて敵中を突き進み、それが悲鳴の合唱を創り出したのが分かった。
その、悲鳴が俺達に取っての勝利の凱歌である事に気が付くのには、そうは時間は掛からなかった。
「追撃は?」
トーマス伍長が俺に訪ねるが、俺は首を振って答えた。
「いや、追撃は無しだ。これ以上欲を掻くとしっぺ返しを喰らう」
敵には、此方の正確な数は把握されて居らず、此方が80人しか居ないと気付かれれば逆襲してくる可能性が高かった。
「それなりに被害は出したし、あれだけ脅えていれば仕事を放棄して帰るだろう。傭兵は金で雇われるだけで、死んだら金なんて関係ないからな・・・敢えて危険を冒して続行しようなんて言う奴は居ない」
「そんなもんですか」
「ああ、お前だって信頼もしていない奴の為に命を捨てるなんて馬鹿らしいだろ?」
「・・ですな。団長の為でも無けりゃ、こんな無茶はしませんな」
そう言ってなっとくした様子のトーマス伍長は、深く息を吐いて肩から力を抜いてリラックスした。
「ワルド」
緊張の解れた中隊を見回して、俺はワルドに声を掛けた。
「何だ」
「すまないが連中の偵察を頼む。あんな事を言って置いて何だが、本当に帰るかどうか様子を見て置いてくれ」
「分かった」
俺の言葉を聞くなり、ワルドは風の様に林の中へと消えて偵察に行く。
「さあ、お前らもだらけるな。ワルドが帰るまでは警戒を維持して置くぞ」
「了解」
そうして、俺達は林の中へと戻り、山頂付近で休止を取りつつワルドの帰りを待った。
話の続きが浮かばないのに、別の話ばかり思い浮かぶ不思議。




