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九十八話 決意

 拝啓、アレクト殿下。

 殿下は今、如何お過ごしでありましょうか、怪我や病気など無く息災でありましょうか、未だ所在も安否も掴めていない現在、私は貴方が無事であるのかと言う事だけが気掛かりで在ります。

 殿下さえ生きておいでならば、如何様にも反攻のしようはあります。

 しかし、殿下がいなければ、我々は行動を取る事すら出来ず、家臣は誰も彼もが混乱して、味方同士で相争う醜態を晒す事になってしまうでしょう。

 かの王位を簒奪せしロムルスは、王国に混乱と破壊をもたらし、あまつさえ、不倶戴天の天敵であるザラス共和国と深く繋がって我が国の財を流していると言います。

 南部諸侯は、今や力を失って護りを固めるのが精一杯で、西部は敵味方が入り乱れての戦乱の様相を呈し、その間にも中央と北部の親ロムルス派は力を蓄えて、この国に暗黒を齎そうとしております。

 私は、最後の瞬間まで殿下の臣下として、全力を尽くして戦い、何時までも貴方を待ちましょう。

 少なくとも、私が死んで野に屍を晒す迄は、戦いましょう。

 親愛なるカイル・メディシアより。


「・・・」


「手紙は書けたか?」


「ああ、だが、まだ出せそうにないな・・・」


 書いた手紙を懐にしまいながら目の前の光景を眺める。


「何人ぐらい居ると思う」


「1000程じゃ無いか?」


 コーガル伯領で戦い初めて一週間が経過し、その間に400以上の傭兵を屍に変えてきたのだが、その間に敵が新たに援軍を差し向けて来たと言う情報を得た。

 ガレイ子爵が新たに傭兵を雇って派遣してきたと、捕まえた敵の兵士の一人が漏らし、罠や嘘の可能性があったのだが、一応確認に来てみると本当の事で、コーガルとペラネジアの領境からコーガル側へ8kmの地点で、大規模な傭兵の集団を発見した。


「攻撃して勝てると思うか?」


「冗談だろ?」


 80人程度の中隊で推定1000人程度の大隊に攻撃を仕掛けるなんて、絶対に有り得ない事で、ワルドが冗談だろとと入って来るが、冗談などでは無かった。


「恐らく敵は山間を通って領都に向かうつもりだ」


 現在位置と領都の位置関係は、ここから南東に50km領都が有り、ここから領都に向かうと見付からずに領都の西側に着く事が出来る。

 現在領都に展開している敵軍は、東側に居るため、このままでは、ただ単に敵が増強されるだけでは無く、予期せぬ方向から領都が攻撃される事になってしまう。


「・・・本気か?」


「気持ちは分かるが本気だ」


 俺がワルドに言うと、ワルドは困った様に頭を掻いて言った。


「カイルと一緒に居ると暇が無いな。何時も無茶な事ばかりを言われる」


「すまないな。だが、言っただろ?地獄に連れてってやるって」


「言わなければと思ったのは、コレが一番だ」


 ワルドは諦めて呟くと、俺に正対して訪ねた。


「どう言う作戦で行く」


 諦めが付いたのならば、後は全力を尽くすだけと言わんばかりに、ワルドは前のめりになって、俺の指示に耳を傾ける。

 見れば、周りに居る者達も、周囲を警戒しつつも、俺の話を聞こうと集中した。


「山間に部隊を分散して配置する。徹底してショットアンドムーブを繰り返して、敵を翻弄するんだ」


「狙いは?」


「士官、指揮官、或いは経験の豊富そうな奴を優先して狙え」


 敵の数に対して、圧倒的に劣勢である此方は幾ら敵を射殺しても切りが無く、効果的に敵を撃退するのならば、やはり指揮官を中心に狙うのが一番だ。

 史上類を見ない戦いである事は間違いないのだが、俺は決して無理な戦いでは無いと感じていた。


「お前達なら出来る。ここには最高の専門家が揃っている。アマチュア共に本物のプロフェッショナルと言う物を見せてやろうじゃ無いか」


「「応っ!」」


 威勢の良い返事が返って来た事に満足しつつ、俺もライフルを取り出してメンテナンスを行う。

 ラムロッドを使って、銃口から銃身内を入念に手入れして、引き金の感触やハンマーダウンの感覚を再確認して、銃身の歪みもチェックする。


「問題は無いか?」


 ワルドが俺に訪ねてくるが、俺は無言で頷いて返す。

 ライフルには以上は無く、ガタつきなども感じられず、俺は慎重に弾を込めた。


「大尉達が居ればな・・・」


「リゼの肌が恋しいか?」


「・・・そんなんじゃ無い。そもそもそんな関係では・・・」


「分かっている・・・皆まで言うな」


 あの一件以来、俺と大尉の間を誤解されている気がしてならない。

 確かに魅力的な人物だとは思うが、彼女と俺との関係と言うのは、俺にとっては信頼する部下であり仲間と言う物であり、また、彼女に取っても俺と言う存在は年下の上官と言う以外には何も思うところは無いはずだ。

 第一にして、俺には婚約者が居るのだ。

 仲が良いにしろ悪いにしろ、その事実には変わりは無く、今の所は婚約関係も続いているのだからして、他の女性に目移りしてしまうと言うのはどの方面に対しても失礼だと俺は思っている。


「何度も言うがな・・・」


「婚約者の事は俺も分かっている。お前達人間が一人の妻しか持たない事も分かっている」


「なら・・・」


「だが、リゼはお前に対して憎からず思っているのは、お前も気付いている筈だ」


「・・・」


「お前だって、リゼの事は良いメスだと思っているのだろう」


「いや・・・」


「言わなくても分かる。お前は自分すらも偽る癖が付いている。だが、本心では想っているはずだ」


 ワルドに言われて、俺は徐々に逃げ場を失って来ているのを感じる。

 直情的で本能的なライカンにしては、理路整然として言葉を突き付けるワルドは、実に真剣な眼差しで俺を見据えて来た。

 その鋭い瞳を見ると、俺は何も言えなくなってしまう。


「まあ、お前にも事情が有ると言うのは理解しているつもりだ。人間と言うのが面倒臭い社会をしているのも分かっている」


「・・・」


「だが、不誠実な行いだけは許さん。例えお前が相手だとしても、それだけは許さん。お前が気持ちを押し殺すと言うのなら、例えリゼが泣くことに成ろうとも必ず誠実に対応しろ」


「・・・分かった。約束しよう」


 言っている内に、俺もワルドも、そして他の者達も準備が完了していた。

 全員が円になって俺とワルドを取り囲み、今や遅しと俺とワルドを待っていた。


「よし、準備は良いな」


「いや、待て」


 俺の言葉に対して、一人が否定の言葉を上げた。


「如何した?」


 出鼻を挫かれた俺が、声を上げた男に目線を向けて聞くと、彼はおずおずと言った。


「結局、団長と大尉の関係はどう言う関係なんだ?」


「ああ、それ気になってた・・・ここん所戦闘に入ってた所為で聞けなかったけど、如何なんです?」


 口々に掘り返すように言う連中に、俺は頭が痛くなってきて、思わず額に手を添えた。


「・・・お前ら・・・こんな大事な時に」


「いや、だってなぁ~」


「船の時も随分激しかったし、この前だって一緒に包まって寝てたし」


「全て誤解だ。俺と大尉は部下と上官の関係以外は何も無い!・・・全く、緊張感の欠片もない連中だ」


 俺が愚痴る様に呟くと、一人が静かに言った。


「だって・・・団長と大尉の事が分からないと安心して逝けないですし」


「俺達の団長の嫁が誰になるかの問題は、重大な問題なんでさぁ。何にも分かんないままで、おっ死んじまったら死んでも死にきれないッスよ」


「・・・」


「そう言うわけだから、カイル。成るべく早く結論を出してくれ」


 明るく朗らかに、しかし、切実に言う連中は、常に死の瀬戸際に居るからこそ、極限の状態でも普段通りに振る舞うのだ。

 ここに居る全員が仲間を失った者ばかりだ。

 目の前で倒れて動かなく成った友人を、戦場に置き去りにしてきた者ばかりなのだ。

 最早、彼等に取ってはコレが日常で、ならば日常を過ごすのに気張ったり緊張したりするはずも無く、そして、何時死ぬとも分から無いからこそ、疑問を残したくは無かったのだ。


「団長は、俺達に取っては上官ですけど・・・何か弟か息子みたいな感じにも思えるんでさぁ」


「団長が頑張るのを見てきたから、俺達は無茶苦茶やって死にに行ける。どんなに苦しくても着いていける。団長が地獄に連れて行くって行ったら、俺達は先に言って準備をしておく。そんな風に思えるんですよ」


「・・・馬鹿共が・・・急に真面目に成るんじゃねぇよ」


「さあ、団長」


「言ってくだせぇ。何時もみたいに俺達に死んでこいと」


「ああ、勝ってこいと」


「カイル」


 思わず、目頭が熱くなるのを感じた俺は、それでも無様な姿は見せられないと胸を張り、声が震えてしまわない様に気を着けて言った。


「作戦開始だ」


「「応っ!!」」


 願わくば、一人でも多く生き残って、この先も共に戦う事が出来る様に。

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