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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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忘れじの行末まではかたければ 今日を限りの命ともがな

 心情系の歌がたくさん残ってしまいました。


 絶望した少女に差し伸べられた、想い人の手です。

 しかしその想い人は移り気で……明日が見えない世の中だからこそ、一瞬の幸せにこだわりたいものです。

「絶対に、君の事を守るから!」

 ああ、夢にまで見たこの瞬間。

 ずっとずっと、長年恋焦がれてきた憧れの先輩が、私の顔を覗き込んでくれています。顔が近すぎて、そらすこともできません。

 私は今、どんな顔をしているんだろう。この喜びにふさわしい、笑顔になっていますか?

「だから死にたいなんて言わないでさ、僕とずっと一緒に生きていこう!」

 肩に、手が……先輩に触られたところが、すごく熱くてじんじんします。


 振り向いて欲しかった、私だけを見てほしかった。

 小さい頃からずっと側で想い続けて、ようやく叶った熱い熱い恋。

 ……なのに、この不安は、心の中で急速に膨らんでいく冷たい塊は何でしょう。

 あなたは今、私を守ると言いました。ずっと一緒に生きていこうと言いました。

 ……その、ずっとって、いつまでですか?


 昔から、とても優しくて面倒見のいい先輩でした。

 困っている人を見ると放っておけない性分で、私も何度この人にお世話をしてもらったか、とても数えきれません。

 壁に阻まれたりつまずいたりして、希望を失っていた私に、先輩は手を差し伸べてくれました。

 そして、今日もまた……。


 数時間前、私は全ての希望を失って屋上に立っていました。

 眼下に広がる住み慣れた街の、あちこちから煙が上がっています。

 どうやったらこんなに同時に火事になるんだろうと思うくらい、どちらを向いても煙が見えました。屋上まで、焦げ臭いにおいが漂ってきていました。

 消防車は、どこにも見当たりません。

 火を消そうとする人もいません。

 みんな、それどころではありませんから。


 街で動いている人影は、二種類います。

 一つは、恐怖におののいて逃げ回る人々。混乱したようにあちこち走り回ったり、訳が分からず立ち止まったりしています。

 もう一つは、恐ろしい程無表情で疲れたようにふらふらと歩く人々。彼らはたいてい、歩いているのがふしぎなくらいの大怪我をしています。あまり目を凝らして見たくはありません。

 そのふらふらしている人たちが、元気な人たちを追っています。


 どうして追いかけているかは、少し観察してみればすぐ分かります。

 例えばあの、袋小路に追い詰められている人。ふらふらと近寄ってくる三人に向かって、必死に何かわめいています。

 でも三人は聞こうともせず、追い詰められている人に掴みかかり……噛みついてしまいました。

 ……これ以上は見ていたくありません。

 何をするかは分かっています、肉を噛みちぎって食べるのでしょう。同じような場面を見たことがあるので、分かります。

 私の前で初めてそうなった人は、父でしたから。


 息をつく暇もないくらい、最悪の事ばかりが起こり続けました。

 朝っぱらから家の庭に怪しい人がいて、追い出そうと説得を始めた父さんが噛まれて。母さんと一緒に家から逃げ出したものの、今度は母さんが暴走して来た車にはねられて。

 110番してもつながらなくて、交番も空っぽで、とにかく頼れる人がいる所に行こうと思って無我夢中で学校に駆け込んで……。

 知ったのは、日本中でこんな惨劇が起こっているという絶望的な事実でした。


 希望なんか、ありませんでした。

 警察は、とっくに壊滅しました。消防は、様子のおかしい人たちを助けようとして真っ先に噛まれました。自衛隊だって、日本全国を救いに来られる訳がありません。

 学校の周りも様子のおかしい人がいっぱいで、もう別の場所に逃げる事もできません。今は何とかもっている校門やフェンスが破られれば、きっと学校中が血祭りに……。


 どうせ助からないのなら、誰も救ってくれる人がいないなら……。

 これから生きていても、先に苦しみしかないのなら……いっそのこと……。

 そう思って、私は屋上に立ちました。


 でも、そんな私に先輩は手を差し伸べてくれました。

 自分が生きる目的になり、君を守って支えると誓ってくれました。

 私が秘かに想い続けていた人が、共に生きると約束してくれた……本当に、それはそれは嬉しいことです。

 先輩がこれからずっと私のことを見て、側にいてくれるなら、私は間違いなく幸せです。

 どんなに希望のない世の中でも、命の続く限りあがいてみたくなります。あなたに寄り添って共にあがくならば、その時間は情熱に満ちた温かいものになるでしょう。


 そんな時間が、本当にずっと続くのなら、の話ですが。


 私は先輩を、小さい頃からずっと見てきました。

 だから私は、知っています。

 先輩が、これまでたくさんの女の子に手を差し伸べては、同じような言葉をかけてきたことを。

 先輩はとても優しくて面倒見が良くて、困っている女の子を放っておけません。行き詰まって希望をなくした女の子を見るたび、僕が支えるからと言って心をすくいあげてきました。

 そして、その女の子が立ち直って元気になると、しれっと興味を失ったように離れていきます。

 君にはもう、僕は必要ないだろ、と言って。


 先輩は、それを悪いと思っていません。

 多分、本当に悪気はないのだと思います。

 困っている人に元気になってもらいたくて、どうすれば女の子が手っ取り早く前に進めるようになるかを分かっていて、人助けのつもりでやっているんですよね。

 実際に、助けられた女の子が結果に納得して先輩を恨まないこともまあまああります。

 でも、先輩に捨てられたと思って傷つき、それでもいつか先輩の心を取り戻そうと狙っている子が多くいるのも事実です。


 先輩が本当にずっと私に寄り添ってくれるなら、私はずっと幸せです。

 でも、私はどうにもそれを信じられないのです。


 だって、この地獄のようになった世の中に、困っている女の子がどれだけいると思いますか?

 私のように近しい人を失い、帰る場所もなくして、心に大きな傷を負って打ちひしがれている女の子が数えきれないほどいるでしょう。

 先輩はきっと、そんな子を見るたびに心を動かされるに決まってます。

 そして、私がある程度元気になったら私を捨てて……いえ、私が元気にならなくても隠れて何人もの騎士になるかもしれません。

 そんな事になったら、私の人生は地獄です。


 それを防いで幸せのままでいる方法が、一つだけあります。

 それは、私の命を幸せなままここで終わらせてしまう事。

 ついでに先輩の命もここで終わってくれたら、完璧に二人で幸せのままです。

 生きている限り、先輩は困っている女の子に目移りし続ける。生きている限り、私はそれに悩み苦しみ続ける。

 だったらいっそのこと、私たちの命が今日で終わってしまった方が……。


 なぜでしょう、さっきまであんなに恐ろしかった様子のおかしい人たちが、とても愛しく感じられます。

 あの人たちが校門かフェンスを破って入って来てくれたら、私と先輩はお互いを守り合い想い合ったまま終われるのでしょうか。

 先輩が他の子に目移りしないうちに、さっと命を奪ってくれたら。


 だって、私にはもう先輩しかいないんです。

 心の中心をがっちり掴んでおいて、状況が良くなったらおさらばなんて……。

 そんな、立派な新居を立てておいて大黒柱を引き抜くようなまねをされたら……私はきっと、死ぬよりつらい……。


 あ、今、学校のフェンスに暴走する車が突っ込んできました。

 車がめり込んで大きく歪んだフェンスに、様子のおかしい人たちが集まってきています。

 ああ、このままではフェンスが破れるのは時間の問題です。

 先輩の顔が青ざめて、手が冷や汗で湿っているのが分かります。でも私は頬に朱を散らして、体が熱くてたまりません。

 先輩……きっとこれで、約束を破らずに済みますね。

 せめて終わりが訪れるまで先輩の心が揺るがないように、私は先輩の体をぎゅっと抱きしめました。

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