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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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見せばやな雄島のあまの袖だにも 濡れにぞ濡れし色はかはらず

 気が付いたら、65話から水系の連続になっていました。水遊びしたかったです。


 今回は元は恋愛系の歌ですが、意味を大きく変更してみました。

 ゾンビもので服の色が変わってしまう状況と言えば……ゾンビ災害下では都会ほど3Kです。

 伝統の仕事なんて、くだらないと思ってた。

 海に潜って魚や貝を取る海女の仕事……こんな職に就くなんてまっぴらだ。

 息の限界まで何度も潜るなんてキツいし、何が混じってるか分からない海水にずっと浸かってるなんて汚いし、素潜りなんて危険じゃん。

 典型的なブルーカラーの、3K仕事。

 アタシはそんな生活をしたくなかったから、地元を捨てて東京に来た。


 これでアタシは、キレイでお洒落な生活を手に入れられる。

 そのはずだったのに……一体、どこで間違えたんだろう。


 狭く薄暗い雑居ビルの一室、アタシたちは身を寄せ合っていた。

 部屋の中には湿気がこもり、むっとする悪臭が行き場を失って漂っている。本当なら一刻も早く逃げ出してシャワーを浴びたいところだけど、残念ながらそれはできない。

 それなら臭いの元を捨ててしまいたいと思うけれど、それも不可能。

 だって、この臭いはアタシたちの体から発しているんだから。

 逃れようとしても、逃れられるはずもない。


「ほら、今日の分の水だ」

 仲間の男が、ぶっきらぼうに2Lのペットボトルを渡してくる。

 アタシが今日使える水は、これが全て。飲み水も含めて、ね。

 冗談じゃない、こんな量じゃ飲むだけで終わりだ。水浴びどころか、体を拭くこともできやしない。

 アタシは男に精一杯媚びた目をしてみたけれど、さらりと無視された。


 ……もう何日、お風呂に入っていないだろう。

 アタシの体は汗でベタベタで、おまけに自分史上最悪の臭いをまとっている。

 せめてシャワーだけでも浴びられたらと思うけれど、水はもう蛇口から出てこない。どこの蛇口を、いくらひねってもダメ。

 もしまだ水が出る蛇口があるとしても、それを探しに行くことすらできない。うかつにここから出れば、自分の血のシャワーを浴びる事になるかもしれない。


 自分のじゃない血なら、もう浴びてきた。

 アタシの服には、赤茶けたシミが大きく広がっている。

 不定形のまだら模様に、しぶきのような点々とした跡……お洒落なデザインでも何でもない。大事な一張羅を見る影もなく台無しにした、ただの汚れだ。

 今すぐにでも洗濯したいけど、それもできない。

 そんな事に使う水なんかないし、そもそも洗濯機がないから。


 全く、どうしてこんな事になってしまったの!?

 アタシ、キレイな生活がしたくて東京に出てきたのに。


 昔から、都会での清潔でお洒落な生活に憧れていた。

 故郷の土まみれだったり海水びたしだったりする生活に嫌気が差していた。そんなものに触れないでいいような暮らしをして、流行の服を思う存分楽しみたかった。

 だから、昔の友達も親の期待も家業も全部捨てて東京に来た。

 アタシはいつだって、キレイで垢抜けた女でいたい。仕事中だって、お洒落に手を抜きたくない。

 飾りも色もない服で常に水浸しなんて、まっぴらだ。


 アタシはここで、理想通りの女になれた。

 渋谷や新宿で季節ごとに新しくなる流行の服を手に入れて、バッグや靴もお金が許す限り揃えて、好きなだけ着飾って街や大学を闊歩した。

 学業のお金や、物価が高いからと言ってせびれば、親はどんどんお金を送ってくれる。

 キレイで、楽で、安泰な生活。

 これが、いつまでも続くと思ってたのに……。


 ゾンビが出るって、一体何?

 確かに、外国で変な病気が流行ってるってニュースは知ってたけど、こんなヤバイものだなんて聞いてないよ!

 ある日突然東京に現れたあの死にぞこない共は、ものの数時間でアタシの輝いた日々を奪っていった。


 いつものように渋谷で買い物をしていたら、突然近くで暴力騒ぎが起こった。

 たった20分くらいで、白目をむいて血まみれの暴徒が至る所にはびこっていた。暴徒共が周りの人間に噛みついて食い殺すと、殺された奴も数分で暴徒の仲間になって立ち上がる。血と臓物と悲鳴が飛び交う、ゴアまみれの倍々ゲーム。

 危ないと思って逃げようとした時には、すでに狩る側と狩られる側の数が逆転していた。

 アタシたちと同じように周りで買い物とファッションを楽しんでいた人たちは、大部分が体と服を血でベタベタにしてさらなる血肉を求めていた。


 アタシたちは、訳も分からずやみくもに逃げるしかなかった。

 店のあるビルの中は暴徒だらけで、ようやく外に出たと思ったら中以上の数が待っていた。

 日本一人口が多い東京の、ファッションの中心で常に多くの人が集まる渋谷……その日も騒ぎが起こる前から、人であふれていた。

 でも、人が多いという事はゾンビの餌……ゾンビの元が多いのと同じこと。

 アタシたちが事態を把握する間もなく感染は爆発的に広がり……気づいたら、周りはどちらを向いてもゾンビがひしめく最悪の危険地帯となり果てていた。


 ようやくアタシたちに情報を集める余裕ができた時、アタシたちはすでに今いる狭い事務所のような場所に押し込められていた。

 今むやみに動いても危険なだけだからと、腰を下ろしてスマホで情報を集めて、アタシたちは色々なことを知った。

 あの暴徒はもう死んでいて、ゾンビなんだということ。

 そして、ゾンビになる病気は、噛まれなくても血や唾が体内に入ったら感染すること。


「……おい、これ、ヤバいんじゃね?」

 唐突に、仲間の一人がそう言ってアタシたちを見回した。

 アタシも、恐る恐る自分の体を見て愕然とする。

 服が、赤黒いベタベタまみれで、不快な鉄の臭いがする。これは、返り血だ。逃げ回っているうちに、ゾンビを倒そうとした時に飛び散ったり床や壁を染めていたのがついたんだ。

 これが誤って口や目や傷口に入ったら、アタシたちもゾンビに……!


「し……消毒だ、早く消毒しないと!!」

 でも、ここは小さな事務所。消毒薬も洗剤もない。

 あるのは、コンロが使える給湯室だけ。

 つまり、消毒に使えるのは、熱湯だけ。


「おい、すぐお湯沸かすから、早く脱いでよこせ!」

 その言葉に、アタシは反射的に抵抗した。

 だって……だってその手早い消毒って、この血がべったりついた服に熱湯ブッかけるって意味だよね?

 ちょっと待ってよ、そんな事したら……このシミもう取れなくなっちゃう!

 服を押さえて抵抗するアタシを、仲間の男は鬼の形相でひっぱたいた。

「バカかてめえ!!洗ってる間に指先の傷から入ったり、しぶきが目や口に飛んだらどうするよ!?

 そもそも、水だっていつ止まるか分かんねーんだぞ!!」

 服と命を引き替えには、さすがにできなくて……アタシのお気に入りの服に、容赦なく地獄の川のような熱湯が注がれた。


 そんな訳で、今アタシの来ている服は見るも無残な有様だ。

 元は一点のくすみもなく透明感のある白地に、黒のアクセントをつけたモノトーン。

 今はその白に汚らわしい赤茶色のシミが不定形に広がり、黒い部分には白っぽいほこりやゴミがついている。

 買った時のシャープなデザインは、見る影もなく穢されてしまった。

 おまけに何日も着替えていないせいで、汗ジミまで広がり始めている。人には見られたくない部分の汚れも……こんなに汚くて見苦しい自分は、初めてだ。


 どうしてだろう、アタシは、キレイでいるためにここに来たのに。

 これじゃ、東北の田舎で泥と海水にまみれていた方がマシだった。

 キツい、汚い、危険……こっちの方がよっぽど3Kだ!


 閉ざされた臭い部屋の中、故郷の友からのメールにさえ苛立つが募る。

 私たちは無事だからというメールに添付された、昔と変わらぬ友の写真……アタシが散々馬鹿にしていた、水びたしの海女装束と土ぼこりまみれの農作業服。

 血のシミも汗ジミも、ついていない。

 何て清潔で、キレイなんだろう……。


 そっか、東北は人口密度が低いから、東京みたいに一気に街全体がゾンビに支配されたりしないんだね。ネットのニュースでも、地方では感染が抑えられてるとこがあるってね。

 それに、海の魚や貝は潜れば取れるから、食べ物に困らないよね。何かゾンビウイルスって水中で分解されやすいらしいから、海の恵みは安全に取り放題だね。

 そのうえ、水も……あの辺りはきれいな川が多かったよね。そもそも、汗とか垢とかほこりだったら海に入れば落ちるよね。

 いいな、いいなぁ……。

 アタシも、思いっきり海に潜りたいなぁ……。


 アタシは、故郷の友人に写真を送るのをやめた。

 今までは散々、着飾った写真を送ってキレイなアタシを自慢してきたけれど……それだけに、今のこんな汚い姿はとても見せられない。

 これがアタシの最期の姿になってしまうのなら、特に。

 それでもたった一人見せたい人がいるとすれば、それは多分、アタシ。

 ファッションに夢中で故郷を見下していた頃の自分に、今のこの姿を見せてやりたい。

 この血と汗で汚れきった服と、いつも海に洗われてきれいな海女装束を並べて見せてやったら、いくらバカなアタシでもさすがに考え直すだろうから。

 服の血のシミは、「ゾンビ・オブ・ザ・官渡」でも使ったネタです。

 郭図「消毒は熱湯で~」

 于禁「そんな事したら、シミが取れなく~」

 のシーンから焼直してみました。


 ただの宣伝です、すみません(汗)

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