かんわ! 伊月と三田という人物とは
咲月視点の二人。
周りから見たら、こんな感じです。
「伊月? どうかした? なんだか、ぼんやりしてるけど」
「……」
「おーい」
「…………」
咲月が伊月の目の前で手を振るが、反応がない。目を開けたまま寝ているのかと思うほどだ。
かれこれ朝からずっとそうだ。もう昼休みとなる現在でも、その様子に変化はない。
「あ、サキ。無駄よ、この子、なにを話しかけても反応しないから」
「え? それはまた、どうして」
「たぶん、また彼関連じゃないかしら」
「彼って……あー」
結美の抽象的な回答でも、咲月は納得をして頷いた。すぐに脳に思い当たる人物が浮かんだためだ。
またなにかあったのか。『ああいつものことね、ハイハイ』と、もはや恒例のことのように感じる。 彼と伊月が知り合ってから二ヶ月しか経過していないはずなのに、周囲の認識はそれで済むほどになれた光景となっていた。
これは放置が妥当なところか、などと咲月が考えあぐねいていると、伊月が横から飛び出てきた者に抱きつかれた。
それは、頬をだらしなく緩ませた奈々だった。
「いっちゃーん!」
「……」
「いっちゃーん、どうしたの? そんなポケッとして。そんなことより、奈々と遊ぼうっ」
「猛者だ……猛者がいる」
この状況で平然と理由を問える彼女はすごいと、感心と畏怖の意味を込めて咲月は奈々を眺めた。しかも、伊月がぼんやりしてしまうことを、そんなこと呼ばわりもしていた。
楽しそうに笑う奈々は、何も考えていなさそうに見えた。だが、咲月は知っていた。この四人の中で一番計算高く、腹黒なのは彼女だということを。見た目に騙されてはいけない。
奈々の明るい声に、伊月は表情を動かさない。ただぽやっと宙を見つめている。
「いっちゃん? 奈々の声、聞こえない?」
「……ホント、魂抜けてるね」
伊月が奇妙な状態になるのは、たまにあった。その原因は、いずれも、先ほど会話に出てきた彼だ。けれど、今回のは、いつもとは勝手が異なった上に、時間が長い。
伊月は、あまり考え込まないタチだ。良い意味でも悪い意味でも。喧嘩をしてもすぐに次の日にはいつも通りに接してくるし、悲しいことがあっても、やはり翌日にはケロリとしている。負の感情が長く続かないのだ。これも、子供っぽいと言われる一因かもしれない。
そのため、会うたびに皮肉を言われることが分かっていても、変わらず彼と会話をする。決して、学習能力がないことでない、とは……言い切れないが。
そんな彼女が、朝から様子がおかしいのだ。早朝に何かあった、という可能性もありうるが、それは低いだろう。それに、咲月には、その要因に心当たりがあった。
こっそりと、隣に立つ結美に話しかけた。
「もしかして……昨日のバレンタインが原因?」
「きっとそうね。放課後、彼との勉強会で何かあったかしら」
結美からも肯定的な返事が返ってきて、ますます咲月は確信を深めた。
伊月は先週の半ばから、彼に勉強を教わっていた。その交換条件として、チョコを要求されたらしい。勉強会を始めた後にせびられたことからして、おそらく彼はそれが欲しいがために、勉強会を開いたのだろう。
伊月は、ブツブツ文句をこぼしながらも用意をしていた。しかも、手作りのものを。そのときは相談を受けた結美や咲月や奈々が、一緒に案を出した。……奈々はイヤイヤだったが。
『べつに手作りじゃなくてもいいじゃん!』との指摘を奈々がしたが、伊月が彼にそう指定されたと答えた。それを聞いた奈々が暴れ狂ったのは言うまでもない。
それを見た伊月が勘違いをして、友チョコも作るよと奈々を宥めすかしてしたのは余談だ。ちなみに、別にチョコが欲しくて彼女は暴れていたわけではない。
ともかく、伊月はしっかり用意をしてきたことを、三人は知っていた。昨日は、忘れずに持ってきたことも、確認済みである。あとは、しっかり渡したか、だが。それは、伊月の放心状態からして、よくわからない。
はたして、失敗したのか、してないのか。
「あの三田と、ねぇ……」
「ふふ。そうね。でも、伊月らしいかもしれない」
「たしかに。伊月は行動に反して、ちょっと予測できない結果になるから」
そもそもだ。わざわざ勉強会を開いて、あまつさえそれが伊月の手作りチョコのためであるなんて。彼は本来、そんなキャラじゃないことを、咲月は噂で知っていた。
曰く、女嫌いの変人。
顔が恐ろしく整ってはいるが、その眼鏡の奥の瞳は冷たく尖っており、女性に対しては丁寧で遠まわしに拒絶をする。顔面詐欺師、と呼ぶ人もいるとか。一時は、ホモなのかという噂も立ったほどだ。
付け加えると、拒絶にめげずに彼の見た目にほだされた人が、お近づきになろうとした。だが、それを三田は丁寧な口調のまま、恐ろしい程の冷気と嫌味を込めて対処したらしい。後に彼女らは、彼の姿を見かけるたびに怯えるようになったというのは有名な話だ。
そんな彼が、新学期からとある女性に妙に一方的に絡むようになったという情報は、学年の生徒達を動揺させた。むしろ、聞き間違いかと聞いた者はその情報を与えた人物に、もう一度尋ねたほどだ。
『絡まれている』ではなく、『絡んでいるのか』と。それが事実だと知ると、それが誰なのかと皆興味を持った。そして、その相手こそが、彼女、立谷伊月、その人なのである。
さらに、生徒達を驚かせたことは、三田が伊月と話している際に笑っていることだった。女性相手に無表情以外で接する三田を見て、彼女に対し『幼い変人マスター』と畏敬を持ってそう陰で呼ぶ。伊月が聞いたら怒りそうなアダ名だ。ついでに、三田はロリコンの称号を授かった。
さて、そうなると恐ろしいのは女性の嫉妬だ。三田に気に入った女性が現れたとなれば、前から好意を抱いていた者達も黙ってはいられなかった。横恋慕と言われても仕方がない。けれど本人達は至って本気だった。
複数人の女生徒が伊月と接触し、彼女に文句や脅しを言おうとした。けれど、彼女達は伊月に会った途端に、その行動をやめてしまう。
なぜなら、伊月があまりにも純粋な目をしていたためだ。無垢で何も悪いことは考えてませんよ、という子犬のような瞳に、母性本能をがっちり掴まれてしまうのだ。
その結果、呼び出しては、文句や脅しのかわりに手持ちのアメやチョコを与えて去る、というのが彼女達の一連の動きとなっている。むしろ、一度失敗をしてからは、ただ餌付けをするために伊月に会いに来る者がほとんどとなった。
一方理由を知らない伊月は、美味しいお菓子をくれるお友達やお姉さんの知り合いが増えて、ホクホクしていた。さすがは、咲月達の所属するクラス公認のマスコット、と言うべきか。
そして現在では、三田に好意を持っていた人達も、伊月と彼の仲を認めるようになっていた。……むしろ、三田なんかに伊月はもったいない、なんて叫ぶ女性の方が多い。
その件で、彼女の行動に斜め上の結果が伴うことを、咲月は実感した。
「今回は、何が起こったんだか」
「ふふ。きっと、面白いことよ」
「いや、結美はそうかもしれないけど、私は内心怖いんだけど」
「あら、そう?」
「そうだよ。だって、合コンの時もさー」
咲月が指しているのは、ひと月ほど前の合コンだ。あの時のそもそもの発端は、伊月が三田と自分がいつ交際を始めるか、と生徒達の間で話題になっていることに気づいたことだ。
それがどう転んだのかは知らないが、咲月達を含む四人で合コンをすることになった。
伊月の言動や行動に振り回されることは、4月からの付き合いで、もはや慣れていた。咲月にとって、彼女達三人は妹のような感覚に近い。元から下に妹と弟が一人ずついる咲月には、仕方ないなと思いつつも楽しんでいる。
しかし、そのときはそれだけでなく、想定外のおまけもついてきた。
そのおまけは、合コン中に乱入し、さらには伊月を拉致していった。その時の、あの凍てつくような眼差しにその場にいた全員が固まったのは、いい思い出……かもしれない。
今回も、振り回されるだけならまだいいが、おまけがついてくるのは避けたい。彼は、どうにも苦手だった。三田は悪い人物でないことは知ってはいるが、丁寧に心を折られる言葉は恐ろしい。
しかし、結美は咲月の懸念など何処吹く風だった。もともと面白そうなことに目がない彼女だ。今回も楽しもうとしているに違いない。それは、気ままな猫が獲物にじゃれつく様子を思い出させた。
それに、前回の合コンに三田がバイトとして現れたのも、彼女が教えたからに違いない。彼が現れることを当たり前と捉え、また笑っていたのを咲月はしっかり見ていた。
割を食うのは自分だという自覚があった咲月は、顔をしかめていた。
だが、それを見て結美は首を軽く竦めた。
「いいじゃない。サキも合コンで彼氏ゲットしたのに」
「ぶっ! な、な……」
「あら、知らないと思った? 宇崎くんとうまくいっているのよね?」
彼女が指す宇崎という人物は、合コンの参加者で咲月の隣に座っていた。彼は同じ運動部に所属していることもあり、話があった。その縁で、今は早朝に待ち合わせをしてジョギングをする仲だ。
弱みをつかれた咲月は口を開け閉めして、はぁっと降参の溜息を吐いた。
「そうだね。いいこともあった、かも」
「でしょ。伊月の予想外は、結果的にいいことよ」
「まぁ、それは、そうかも」
咲月は、今まで起こった数々の出来事を思い返して、頷いた。
そもそも、性格が全く異なるこの四人が一緒にいるようになった始まりは伊月だ。彼女が倒れて、それに付き添ったのが結美や咲月や奈々だ。それから、伊月と話すようになり、そして現在に至る。
言わば、伊月がきっかけでできたグループなのだ。
彼女の言動や行動は、たまに突拍子もないものだったり、周囲を振り回すものでもある。しかし、それで迷惑を与えられても、周囲が仕方がないと感受するようなものや、思いのほか後に考えて良いものだったりする。
なにより、彼女の裏表のない明るい人柄を咲月達は好んでいた。
だから、その分、三田が伊月と交友を持ったと初めて聞いたときは、三人は動揺し彼に警戒した。彼の噂は、学年の誰もが知っていて、他学年の耳にも届くほどだった。
最初は、伊月が一方的に彼に弄ばれているのではないかと疑った。そうでなければ、女嫌いの変人にそぐわない。たまたま、偶然目についた伊月に、ちょっかいをかけている、言わば気まぐれな玩具がわりに思っているのではないかと。
当然友人である咲月達は、三田に文句を言おうとした。けれど、それは伊月と彼の会話している姿に、とどまることになる。
二人の様子に、勘違いであったことを悟った。伊月をからかう三田の目は、優しく細められていた。
それは、傍から見た人が、砂糖を口から滝のように放出しそうなものだった。あれに気づいていないのは、外見同様にそういったことにも幼い伊月のみだろう。
知らぬのは本人ばかりである。
それ以降、咲月は二人については静観することにしている。
結美はむしろ、二人の仲を推し進めるような行動をとるようになった。
伊月が大のお気に入りで男性を忌避する奈々は、いまだに三田を嫌っているが。
「まったく、いつになったらくっつくのか」
「さぁ? でも、時間の問題かしら。彼、我慢するようなタチじゃないでしょ」
周囲は二人の今ひとつ進まない関係に、焦れていた。だから、『いつ、三田と伊月が付き合うか』という話題が生徒達の中で出てくるのだ。
けれど、確かに焦っているのは、誰よりも本人の三田なのかもしれない。
案外昨日起こったことも、結美の言ったことに関係がある気がして、咲月はその相手である伊月を見やった。
奈々に抱きつかれたままの彼女は、いまだに起動する素振りはない。
「一体、三田に何されたんだか」
「もしかすると、襲われたとかかしら?」
「……いや、シャレにならないから」
三田という人物が合コンの際見せた目は、猛禽類の鷹のようだった。間違いなく、あれは完全な肉食系で鬼畜だと咲月の勘が告げている。実際、伊月も彼はエスだと、彼女達に愚痴をこぼしていた。
暴走した彼が何をするのか、想像するだけで恐ろしい。純粋でウブな伊月に合わせてくれることを、心から祈るばかりだ。
と、そのとき、伊月の耳に結美と咲月の会話が入って、目に生気が宿った。どうやら、彼の名にようやく自我を取り戻したらしい。
そして、顔を真っ赤に染め上げて、大声を上げた。
「サンタくんのバカァアア!」
我に返った伊月の第一声に、結美と咲月は顔を見合わせてやれやれと首を振った。
願わくば、変人に目をつけられた、自分達の友人である彼女に幸あらんことを願いながら。
というわけで、伊月の友人達、咲月のお話です。彼女達から見て、伊月とサンタくんはどうなのか。
伊月の主観からは見えない、周りの目を書きたくて、この閑話となりました。
ここで、サンタくんがロリコンやホモという疑惑があった(ある)のが判明。
自業自得ながら、彼は変態眼鏡サンタという名が学年公認で真実になりつつあります。
おめでとう、サンタくん!
次は、一人称を伊月に戻して、ホワイトデーの話です。
サンタくんのお返しを、お楽しみに~。




