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告白

 醸造所は古い城を改装したもので、昔ながらの製法でビール生産を行っている。

 まあ趣味の範囲なんだけどな。

「おかえり、ディオ」

 朝の配達から戻ると、本来ならば学校に行っている筈の顔があった。

 ルシウスとラシーダだ。

 大学も休講なのだろう。

 昨夜の飲食街はそこそこ賑わっていたようだが、今日はその様子が一変していた。

 ケニア・バレルの奪還失敗のニュースは拡大EUにとっては大きな痛手になっただろう。

 あいつの思惑通り、か。

「よう。さすがに大学も休講かね?」

「おかげさまでね。少し彼には文句が言いたい」

 ルシウスは威丈夫であり、様々なスポーツクラブから誘いがあるようだが、真面目に学生を演じている。

 いや、知識の吸収に貪欲だ。

 そして知恵も、である。

 その点、私などは不真面目に過ぎる。

 趣味の世界に耽溺している訳だが、それはそれで私らしいと周囲は言ってくれる。

 ニケは何も言ってくれないけどな。


「そうは言っても彼には彼の事情があるのですから」

「ラシーダは甘い。あの男が我等に隠している事がないとでも?」

「常に何かを企んでいる様子は分かり易いですけど」

「しかも悪戯の範疇だ」

 ルシウスの様子は怒っているというよりも呆れているように見えた。

「で、学業はどうするね?」

「ネット回線も使えないし大学も当分閉鎖らしいから端末ローカルで本でも読むよ」

「私もルシウスに付き合います」

 いや、ラシーダに他の選択肢ないじゃないの。

 言葉にはしないだけの分別は私にもある。

「彼はこの後、どうするつもりなのでしょう?」

「何かやりたい事が他にもあるらしいからな。東の方に行くみたいだが」

 ニケが配送トラックから降りるとラシーダに声をかける。

「気にしないで。貴方達は己のすべき事をする。それでいいのよ」

 畜生。

 私にはそんな優しい声で語りかけることなどない。

 慈愛に溢れた顔つきはしない。

 困ったものだ。

「私は直接、彼に学び問いかけたいがね」

 ルシウスの懸念は分かる。

 ルシウスにもラシーダにも本来居るべき場所はあるのだ。

 彼ら二人に大学生活を過ごさせる意図は、まだ何も伝えていないのだろう。

「ラシーダ、昼食は手伝ってね?」

「もちろんです。祈りを捧げる時間は頂けますよね?」

「大丈夫よ」

 とはいえ日常の生活はなくてはならないものだ。

 女達はその事をしっかり弁えている様だった。

 私達男共をそっちのけで城にさっさと引き上げていく。

「まあこっちはこっちで好きにやっていていいのだろうさ。用事があれば彼からここに来る」

「シェイド、か。影をつける、という意味もあるのだと聞いたが?」

「日よけって意味でもあるけどな」

 太陽に陰りを付ける名前ともとれる。

 彼はその名前の通り、世の中に影を落すだけになるのか、それだけが気がかりではあった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 普段と同じ感触を取り戻したのは久しぶりだ。

 とはいえ先輩がこの先どんな課題を仕掛けてくるか、知れたものではない。

「じゃあ体験しておこうか」

 そう聞こえた瞬間。

 母島の高台にいたのにクルーザーの中に転移していた。

「テレポート?」

「まあそうだね」

 わお。

 なんて便利な。

「便利だと思うでしょ?それだけに注意しといてね?」

「何をですか?」

「どんな能力も道具と同じ。用いるのはかまわないけど頼り切っているのは危険ってことだね」

 先輩の言い様は普段から含蓄があるんで深読みしてしまう。


 あまりに感動していたせいか、油断した。

 先輩に肩を叩かれる。

「じゃあ、少しだけ枷を増やしてみようか」

 全身を倦怠感が襲う。

 今度は感覚が鈍い。

 やられた。

「油断してるの、顔つきで分かってたよ?」

「な、なんでまた」

「君自身のコントロール能力を鍛えるためだよ。当たり前じゃないか」

 本当にそうなんだろうか?

 とてもじゃないがワザと悪戯してるように思えるのだけど。

「リトル・マム、クルーザー操作は手動で。音声認識は使っちゃダメだからね」

《了解》

 しまった。

 今度はそうくるのか。

 けだるい感覚もまた厄介なモノだった。


 夕食では昨夜関係した彼女達と席を同じくしたのだが、話を切り出すきっかけがなかなかない。

 直視できなかった。

 特に彼女達は挑発的な格好をしてないんだけど、ボクの視線は彼女達の全身を嘗め回すように動いてしまう。

 どうにかならないものか。

 自分の中にこれほどにまで強い欲望が潜んでいたとは。

 どうしても抗えなかった。

 そんな自分を見抜かれそうで、話しかけるのが怖いのだ。

「さて、新人とお壌さん達にはそろそろ話しておくか」

 所長はそう言うと食堂にいる全員に緊張が走った。

「じゃああたしは片付けがあるからね」

「私は解析を続けてますよ」

 ビッグ・ママとスニールさんは席を外すらしい。

「フユカ、ミランダ、パメラ、そしてニコライ。これからの話はまあ軽く聞き流す程度でいいよ」

 レーヴェ先輩がそう言うと官能小説を閉じた。

「実は所長と私なんだけどね、人間ですらないんだよ」

 一体何を告白してるんですか。


「人間じゃない、は言い過ぎだろ?」

 所長はそう言うがどうなんだろう?

「まあ人間の常識から外れているのは間違いないですから」

 そう切り返すレーヴェ先輩。

 ふざけているようにしか見えない。

「信じられないかもしれないがね。私はもう一千年以上、生きてるよ。そして所長は私よりも年上だったりするよ」

「冗談、ですよね?」

 ミランダは最初から信じていないようだ。

「エイプリル・フールでしたっけ?」

 パメラも信じていない。

 フユカは何故か真剣だ。

「じゃあ私からだな」

 所長がそう言うと。

 景色が反転した。

 接触していないのに、いつのまにか精神同調が始まっていた。


『これが覚えている最も古い記憶の一部だ』

 見えている風景は山の中だ。

 谷を駆け上ってくる兵士の姿が見える。

 随分と古めかしい格好をしていた。

「これって」

『古い言い方で言うと宿命通だ』

 どうやら視点は所長のもののようだ。

 逃げていた。

 谷に充満する炎から逃げていた。

 洞窟の中に駆け込むと、人影に何かを叫んでいるようだ。

 音がしないので奇妙に感じる。

 それ以上に奇妙なのはその人影だった。

 全身に火傷があるような凄まじい姿だ。

 顔も原型を留めていない。

 その人物は古めかしい刃物を手首に奔らせると血が周囲に飛び散った。

 そのまま洞窟の外に出て行く。

『彼女は私の育ての親だった』

 洞窟の外では兵士達が殺到しているが、彼女はまるで気にしないようだった。

 炎の中で揺れる影。

 不意に兵士達の一部が倒れてしまう。

『土蜘蛛、地走、水蛟、山子、悟、泡波、蟲、風雷、炎猿、まあ色々な呼び名があったがね』

 影は力尽きたのか倒れてしまう。

 周囲の兵士達は次々と止めを刺しに殺到する。

 もう動かなくなった影に槍を突き刺すが、そのうち彼らも倒れてしまった。

『彼女は毒女だった。彼女と接触できたのは私だけだったよ。私を逃がすために身を賭してくれたんだ』

 あまりのリアリティのある光景に言葉が出ない。

『彼女だけでなく谷にいた仲間は全て殺されたよ。仲間は全て、村々で爪弾きにされた者ばかりだったよ』

「これは何時の出来事なんです?」

『いつだったかな?大和に朝廷があった頃だったかな?』

 二千年近く前じゃないですか。

『以来、ずっと彷徨い続けてきた訳だ。その間、何度か死んでもいる』

「死んでいるんですか?」

『生き返るけどな』

 それは確かに人間じゃない。

『最初は死なないだけの異能だったが、そのうちに様々な力に目覚めていった。そして今の私がいる』


『じゃあ次は私かな?』

 レーヴェ先輩が思考に割り込んできた。

『私の持っている最も古い記憶がこれだね』

 美しい顔の貴婦人が見えた。

 彼女はうなじを差し出す。

 視線の持ち主はうなじを噛むと、血を啜り出した。

「吸血鬼?」

『そう見えるだろうけど伝説伝聞とは相当違うよ』

「どういうことですか?」

『私の一族は寒い時期に併せて長期間冬眠する。そして冬眠明けの者に血を与えるのは家族としての必然の行動だよ』

「え?冬眠?」

『そう。冬眠中とはいえ代謝は低レベルで行われている。体液中の不純物は涙腺から排出するんだ』

「涙で、ですか?」

『冬眠だからね。そして肌からも水分は僅かではあるけど失われる。体液中の塩分も余計な分は排出される』

 へえ。

 人間でも冬眠するような異能者なんだろうか。

『冬眠明けともなると、水分と塩分を強烈に体が欲しがるようになるんだよ』

「それで血で補給するんですか?」

『そう。元々私のような一族がいたのは海から遠い内陸部だったらしいから塩は貴重だったんだろうね。血を与えるのは愛情表現だよ』

「じゃあ海水は」

 先輩は海に入ろうとしなかった理由は何だろう。

『精神修養。海水は私にとって甘露だけど、それを前に我慢するのも大事なことだからね』

 そんな意味があったのか。

『吸血鬼、ではなく吸塩鬼って言うべきなんだろうね』

「人間じゃないんですか?」

『人間は冬眠しないよね。私達の一族は冬眠するとはいえ寿命は三百年程度はあるよ』

 それは人間離れしてる。

『そんな一族の中でも私は異端だったよ。異能の力に目覚めてしまうと一族を放り出されたからね』

「放り出された?」

 視線の先の光景は奇妙なものになっていた。

 棺桶の列だ。

『冬眠する亜人類、その中でも私は異端者だった。二重の意味で普通じゃなかったんだねえ』

 まるで他人事のような言い草なのが気になった。


『以来、私も彼も漂泊の日々だった訳だ』

 所長の言葉には苦味が伴っていた。

 精神同調の所為なのかもしれない。

『私がレオンと出会ったのは第二次世界大戦の後だから四百年ほどの付き合いだな』

「長いですね」

『そうだな。そして異能を発現した人間を辿る旅を始めた』

「旅ですか?」

『異能を持つ故に迫害を受けるのは見過ごせないからな。可能ならば保護することもしたよ』

 そうか。

 今のボク達のような状態がまさにそうなのだろう。

『今もそう。地球圏連合とは一定の取り決めをしてある』

「今も?なんですか?」

『国家権力と互いに距離を置いて干渉しない。それだけなんだけどね』

 なんかキナ臭そうな話だ。

『異能者の方でも国家権力に追従する者も出てくる。逆に社会に弓引くのも出てくる。犯罪に手を染めるような者もね』

「共存できないんですか?」

『その答えを探しているのさ、今でもね』

 その声には隠し切れない悲しさが滲んでいた。

 重ねた年数こそがその答えなのかもしれない。


 話がようやく済んだ。

 中身はなかなか受け入れ難い。

 どう理解したらいいのか。

 第一、このタイミングでこんな話をされても、ボクにはどう行動に結びつけていいのか分からない。

 彼女達はどう受け取ったのだろう。

 そういえば彼女達と話をしないといけないのだ。

「でだ、新人」

 いつの間にか所長に背後から声をかけられた。

 肩に手が置かれている。

 まさか。

「もう少し試練は続くから覚悟しとけ」

 そう言われた、気がする。

 自分の意識が遠のく。

 油断していた。

 またしてもしてやられる自分に腹を立てる暇もなかった。


 起きたら自室のベッドの上、上半身を起こして座っていた。 

 しかも体が重たくて動かしたくても動けない。

 いや、体の感触が鈍くなっているようだ。

 加えて体中が封じられていた。

 右腕側にフユカの裸体が絡みついていた。

 反対側にパメラだ。

 背中側から抱きつかれて首を後ろに向けさせられると、口を塞がれてしまった。

 ミランダが口を放すと耳元で囁かれる。

「今日も可愛がってね」

 背筋を駆け上がる熱が抑えられない。

 一気に火がついていた。

「私にはケダモノになってくれていいわよ」

 パメラのその声はボクの中の獣を更に奮い立たせた。

「違うわね、今日は私達がケダモノになる番かもね」

 フユカはずっと無口だったが、行動で意思表示をしてきた。

 真っ先に獣のように襲い掛かってきたのはフユカだった。

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