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転回

 この反応は予想外だ。

 夕陽を眺めながら、遥か南側で行われている砲撃をも眺めていた。

 いや、知覚していた、としか言い様がない、

 大体、地平線が邪魔しているから直接見えている訳じゃないのだ。

 概ね地形を把握できているから【遠視】で見える範囲も広くなっている。

 傍目に見ても顔を顰めるような光景だった。

 マダガスカル島の極一部とはいえ、地形は原型を留めていない。

 準光速弾による奇襲。

 そして極低周波弾頭による地下設備破壊。

 加えて強襲揚陸艇による地上精査。

 現在、荒れ果てた地上で生命反応を求めて小型のハンター・バグが蠢いているのが見えていた。


 果たして人間に出来る様な事だろうか?

 歴史を紐解くと、衛星軌道上からの電磁投射、しかも準光速で打ち込まれた事例はあの悪名高い第三次世界大戦にまで遡る。

 発端は事実上宇宙開発の寡占していた企業の所有する軌道エレベーターだ。

 これを地上の大国連合が軍事力で接収を試みた。

 アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスといった国際連合の中枢国家を中心に国連軍が編成されたのだ。

 最初の衛星軌道からの攻撃は単純な反撃であり、窮余の策だったのだが。

 効果は絶大なものだったらしい。

 資源用に確保されていた小惑星の幾つかは分割され、大国の首都と主要な軍事施設を目掛けて打ち込まれた。

 その結果、地上国家の統制は一気に崩れて混乱の極みに陥ったのだ。

 後に地球圏連合の母体となるその企業は、自己防衛のために対地攻撃用の電磁投射砲を装備するに至った。

 第三次世界大戦中、軌道エレベーターの占領はその後も何度か地上国家群により試みられたが、いずれも失敗に終わっている。

 そしてその反撃には準光速弾が使用されてきていた。

 現代の地球圏連合では使用に制限をかけている。

 弾頭も通常の質量弾頭ですら凶悪な代物なのだが、広域かつ地下まで破壊し得る極低周波弾頭と反物質弾頭は核兵器以上の禁忌になっている。

 その筈だ。

 驚くべきは極低周波弾頭が使用されている事だろう。

 そしてハンター・バグが破壊された施設の撤去に反物質弾頭を使っているのも脅威的だ。

 普通は質量共鳴砲で破砕するのが一般的だと思うのだが。

 そうまでする理由は何なのか、理由は分からない。

 だが攻撃があった後、【念話】らしき思考が飛び交っていたのが確認できている。

 異能者がいたのだ。

 マダガスカルだけではない。

 太平洋の真ん中あたり。

 南アメリカ大陸のどこか。

 三箇所を同時にだ。

 そしてその三箇所の近くで攻撃があったのだ。


 これが手掛かりなのか。


 彼らに迷惑を掛けてしまったのは心が痛むが、今は手段を選んでいられなかったのだ。

 直接会って謝罪するしかなかろう。

「あ、マスター、散布機の設置位置確認が終了しました」

 携帯端末を確認していたサーシャから報告が上がる。

 意外に早かったな。

 今はケニア・バレルとインドネシア・バレルの宇宙港に接舷している輸送船から位置情報をレーザー発振で得ている。

 まだ地球圏連合の連中にも気付かれていないから楽でいいな。

 もう手掛りは得ている。

 情報封鎖は解いてもいいのだが、連中のやり方が気に食わないんだよなあ。


 サーシャの傍で空間が歪むと三つの影が出現した。

「設置かんりょー!」

「思ってた以上に早かったな」

「予定より早く終わりました。すぐに起動しますか?」

 ラクエル、カティア、サビーネは転移跳躍を使ってインド各地でナノマシン群を封じた散布機を設置していったのだ。

 無論、散布機はそこそこ重たいものではあるが、彼女達はいずれも物体引寄せと転移を組み合わせて、輸送船から運び込んでいる。

 五十機ほどの散布機を設置するのに半日かからなかった。

 オレと長らく同調していたおかげで彼女達もこの世界でエスパーみたいな働きが出来るようになっている。

「よし。ナノマシンの起動シグナルを打ったらメシにしよう。その後で追跡になるぞ」

「追跡、ですか?」

 サビーネはいつでも確認を忘れないな。

「ああ。思念は捕まえた。使えば何時でも追えるだろう」

「次のナノマシン散布は予定通り行いますか?」

「予定通りにやる。空、地上ときたからら次は当然海だな」

「最初は地中海にするか、大西洋にするか決めたんですか?」

「まだ決めてない。サーラ08に用意だけは進めさせているがね」

 地中海は狭くはあるが、海流との兼ね合いで結果が出るのに時間がかかる。

 量子型並列コンピューターによる検算結果はあるにはあるが、汚染区域があるだけに予測通りに進むかは確定的ではない。

 いっそ地球全域規模でやるべきか。

 それには手持ちのナノマシン群が足りない。

 自己増殖タイプだからいずれ十分な量に達するだろうが、汚染浄化が先に延びてしまうだけだ。

 ここ一年で用意できた量で地球全域は何十年と必要になるだろう。


 そこまで待てない。


 夕陽はもう沈みかけている。

 インドの大地は複合汚染で犯されているとは思えないほど美しかった。

 かつて、この大地で使用された大規模破壊兵器群は様々なものが使用されてきた。


 生物兵器。

 化学兵器。

 熱核兵器。

 中性子爆弾。

 果ては反物質弾頭が最初に使用されたのもここだった筈だ。


 この順番でこの大地を蹂躙したそうだが、今もその爪痕は深く大地に食い込んでいる。

 インドの人口は十億を超えていたのが大戦後は五千万人を割っていたという。

 今や立派な暗黒大陸だ。

 地球圏連合はもちろん、地上の国家群のいずれもがこの大地を占有しにこない。

 だからこそだ。

 このテストには意味がある。

 事前に小規模なテストもやってある。

 オランダの低地区域は第三次世界大戦のあおりで海面下に沈んだ。

 そして海水中の汚染物質をたっぷりと吸ってしまい、未だに汚染区域のままとなってしまっている。

 拡大EUはどの政権でも公約として母国本土の復興を声高に叫んで入るが、目に見えた結果は出ていない。


 オレは出したけどね。


 見捨てられた土地、汚染区域の半径数キロメートルに亘って自己増殖型ナノマシンによる浄化を行っている。

 結果は上々だった。

 ついでに塩害も対象にしたのだが、そちらも解消していた。

 信号によるナノマシン群の増殖停止も確認してある。

 良好な結果ではあるが、それだけで終わらせるつもりは最初からなかった。

 インドでもいい結果が得られたら、他の地域でもテストするのもいいだろう。


 だが本番は別にある。


「マスター?」

 おっと。

 呆けている場合ではない。

 携帯端末を操作してナノマシン群の起動信号を打つ。

 あとは経過観察用の観測機器に任せるだけだ。

「で、今日の夕飯担当は誰だ?」

「あたしだよ」

 カティアか。

 彼女の料理はワイルドなんだよなあ。

 それに大抵は肉だ。

 ヘビーな量がデフォルトになる。

 まあ誰の料理でも問題はない。

 問題があるのはオレが料理当番になる場合だ。

 だって料理なんて自動機械任せでやり慣れていない。

 そして自動機械の作る料理がオレ以外のメンバーには不評なのである。

 戦闘奴隷として活躍していた彼女達だから、こっちの世界の常識はまるで通じなかった。

 最初に比べたら色々と妥協してくれたのだが、食事だけは妥協してくれそうに無い。

 ついでにオレの手料理なんてものを食いたがるとか、お前ら実はマゾなんじゃね?

 オレなら辞退したいが。

 味は二の次でオレが作ったって事が重要だってのは分かっているけどね。

「肉は何だ?」

「豚。煮込んであるのを温めるだけだからすぐに食えるよ」

「そうか」

 携帯端末に生体認証コードを打ち込む。

 何も無い地面の上に高速艇が徐々に出現してくる。

 偽装フィールドによるものではない。

 亜空間フィールドによるものだ。

 船ごと【姿隠し】ができるなんて便利な世の中になったものだ。

 次元推進デバイスの応用で発明したものだが、なかなかに便利ではある。


 オレがあのゲーム内部で使っていた魔法の数々は、この世界にあっても変わらず使えている。

 理由?

 そんなものは未だに分かっていない。

 サーシャ、ラクエル、カティア、サビーネの四人はゲーム内部では人間ですらないが、こっちでは人間そのものだ。

 外見上はな。

 ゲーム内部で得ている様々なスキルはこちら側では使えない。

 その代わりにオレと同様に精神魔法をこちら側でも使えるようになっていた。

 ついでに彼女達がゲーム内に戻ると、精神魔法を使えるようになっている。

 オレの優位性は何処かにいってしまったような話だ。

 まあこっちの世界では彼女達の精神魔法はオレと常時同調していないと使えないようだが。

 それにこっちの世界でも未だにオレは彼女達のご主人様なのであった。

 彼女達が肉体を伴ってこっち側に来てくれて良かった。

 そうでないといずれ人を殺しかねない程に荒れてしまっていただろう。

 あの日、撃たれた日の事を思い出すだけで怒りがこみ上げてくるが、それでも自制できたのは奇跡だった。

 既にオレの興味は彼らになかったからだ。

 オレを嵌めた連中には全員に退場願った訳だが、その後がどうなったのかは心底どうでも良かった。

 軍技術部の拠点だったコロニーを一基、丸ごと接収したのと引き換えにしたことで溜飲を下げてるしな。

 もっと気掛かりな事が他にあったし。 


「サーシャ、高速艇に乗ってR-04の管制を頼む。オレが乗り込んだら亜空間フィールドを展開しろ。大気圏離脱まで頼む」

「あ、はい」

「カティアはメシ、ラクエルは配膳を手伝ってやれ」

「おうよ」

「了解ー」

「サビーネ、上の連中と交信して引き上げさせろ。撤退が確認できたらオレの方で上空ナノマシンの停止信号を打つぞ」

「分かりました」

 今日の所はこれでいいだろう。

 捉えた思念も彼らが【念話】を再度使えばいつでも追いかけられる。

 次の一手を打つにしても急ぐことはあるまい。

 あの攻撃を回避するようであれば簡単に始末される事もなかろう。

 気になるのは異能者達が地球圏連合に狙われるようになったのか、その理由のほうだ。

 まさか、ね。

 オレが『巡察』のジュディスに接触した事が直接影響したとか?

 思い当たるのはその程度だが、それにしては過剰に反応し過ぎな気がする。


 オレが高速艇のタラップを登りきると同時に亜空間フィールドが展開された。

 周囲の景色が一転する。

 白黒が反転したような奇妙な風景だ。

『フィールド展開しました。いつでも発進できます』

 携帯端末を通じてサーシャが確認をしてくる。

「よし。大気圏を離脱したら全員も食堂に来い。会合地点はいつもの場所だ。R-04もいいな?」

『あ、はい』

《了解です》

 発進するが振動は僅かに過ぎない。

 重力制御と慣性制御がよく制御できている。

 食堂は元々が軍艦であるせいか殺風景なのだが、今は様変わりしている。

 サビーネが中心になって作った手芸作品で飾られているのだった。

『マスター、通信終了。撤退始まります』

 そのサビーネからも報告が入る。

『ブラックから伝言です。会合地点で報告があるそうです』

「分かった」


 大気圏を離脱すると皆が食堂に集まってくる。

 カティアとラクエルが配膳をし終えると、皆がいつもの席につく。

「マスター、今日はやけに機嫌がいいみたいー」

「ん?まあそうだな。大きな進展があったからな」

「あの思念波ですね」

 そうだ。

 遂に辿りついた手掛かり。

 過去の歴史を追い、この世界の歪みを検証した結果がようやく出た。

「笑ってますよ、マスター」

 おっと。

 ニヤケ顔を正面から見られてしまったか。

「さっさと食うぞ。月の裏側に着いて合流したらまた転移跳躍しなければならんしな」

「あ、はい」

 オレが手を合わせると、全員で手を合わせる。

「いただきます」

「「いただきます」」

 食事は美味しかった。

 心が弾んでいると食事も実に楽しいものになった。

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