射撃
所長は何かつまらなそうな雰囲気を纏っている。
なんだろう。
「でだ、新人君」
「はい」
「サバイバル訓練はやってるよな?」
「それは当然ですね。義務教育では必須でしたから」
「格闘技は此処に来てから、だったよな?」
「本格的にはそうですね」
というかやる事がなくてレーヴェ先輩と組み手をやらされていただけですけど。
「いいかね?異能と言っても使えなくなる事だってある」
「そうなんですか?」
「どんなものも道具だ。ただ使い用いることだ。頼るのでなく、な」
どういう事だろうか?
「君ならどうするね?」
「最初から異能を使わない事を前提にしますね」
「それも正解だな」
レーヴェ先輩が何かを持ち出してきていた。
銃だ。
なんだってこんな物が。
「さすがに銃は撃った事はないよな?」
所長、そりゃそうですって。
「宇宙で掘削アンカーを撃った事ならありますけど、本格的な銃はないです」
「だよねえ」
レーヴェ先輩が所長に視線を移す。
「今から使わせても間に合いそうにないですね」
「だが使わせておく意味はある」
「ですね」
今から射撃訓練になりそうだ。
「じゃあ軽くヒートガンから一通り試してみようか」
クルーザーの輸送ポッドから武装ラックが降りてきた。
「他の皆は点検整備と射撃訓練だ」
所長の号令に皆が慣れた様子で動く。
もしかして皆さん、武器の扱いに慣れているのですかね?
手にした銃の反物質エネルギーパックを取り外して残量確認をすると、一旦銃を分解して銃把の握り具合を確認しながら調整しているようだ。
ハンドガンのタイプと小銃タイプ、それに小型端末のようなリストバンドも取り出した。
リストバンドはどうやら個人用バリヤー発生器のようだ。
数回で使い捨てではあるが、軍用ですよね?
「ニコライ君、始めるよ」
ここでもレーヴェ先輩の指導になるようだ。
この人は本当に大丈夫なんだろうか?
大丈夫じゃなかった。
射撃訓練場に移動する間に銃の簡単な特性の説明と使い方だけで終わってしまった。
後は実地で、という事になった。
一番簡単だったのはやはりレイガンだ。
でも地上ではどれほど役に立つのか、やや心配ではある。
空気中ではすぐに減衰してしまうので、射程が短く感じる。
宇宙空間なら減衰しないから有効なんだろうけど。
逆に使い方が多様で扱うのに自信がないのはヒートガンだ。
射程はレイガンよりも更に短い。
空気中ではあっという間に放熱してしまうからだが、射程内であれば破壊力は大きい。
広域でも使えるなど調整範囲が広いと言うが、使い勝手は良くない気がする。
使い勝手で言えばレーザーライフルは良さそうだった。
射程も比較的長い。
但し、エネルギー消費も中々激しい。
エレルギー消費を抑える為にパルス・レーザーで使用するのが一般的だけど、使いようによっては剣のように振り回すこともできるそうだ。
そんな豪快な事をするような武器じゃないと思うけどね。
他にも質量共鳴ライフル、麻痺銃となるパラライザーなどもあったけど、電磁投射ライフルが最も凶悪なのは間違いない。
地上で使うには危険すぎる反物質弾頭を見せられた。
どう使うんだこんなの。
外れたら周囲にいらぬ被害を与えてしまうだろう。
無論、ボクが使ったのは通常弾頭だったけど、それでもその威力は半端ない代物だった。
初心者のボクでもほんの数発試射しただけで一通り扱えそうだ。
簡単に殺し屋になれそうな気がする。
最も、整備となると全く話が違ってくる。
基本的には武装ラックの方で勝手に分解整備してくれているのだが、携行武器なら使用者も分解整備が出来る様じゃないといけない。
何事も自動機械任せにしない。
それがここのルールなのだった。
最も簡単な構造はパラライザーで、本体は反物質エネルギーパックよりも軽い代物だ。
大きさが異なるけど、保全員研修で使ったパラライザーと基本構造は一緒だった。
これなら使える。
普通は大型獣の捕獲に使用するものだが、当然ながら人間相手にも使える。
このタイプは殺傷レベルの電圧は封印されてなかったから、本質的には兵器と言って差し支えない。
正直、スペックだけで言えばプラズマ銃の一歩手前だ。
でもこいつが一番分かりやすい。
人に向けて使っても殺さないで済むだろうしね。
射程が短いのはまあ目を瞑るしかない。
あと扱えそうなのはレイガンくらいだ。
収束レンズを見ると複相対応で二つのブロック構造になっている。
長射程対応の豪奢な奴だ。
ハンドガンのくせに調整幅は小銃用に匹敵するだろう。
レンズ以外は単純構造で整備はボクでも出来た。
レイガンの携行には合格点を貰えたのでヒートガンはスルーした。
扱いきれないのは承知している。
「他はいいのかい?」
「覚えきる気がしません」
「レーザーライフルは使えるようにした方がいいよ?」
仕方がない。
レーヴェ先輩の忠告は半ば命令だと思って聞くようにした方がいい。
この人の言う事は何か不気味だ。
レーザーそのものは工業用切削機械で高等学校時代に散々扱ってきた。
でもそれは宇宙空間でのコロニー補修や小惑星資源の抽出で使っているのであり、兵器となると初めてになる。
因みにボクは高等学校教育課程で宇宙作業士二級、宇宙整備士三級、宇宙航法士二級を取得している。
免許三級取得は珍しくないが、二級を二つ取得したのは中々なものだろう。
宇宙で生活していくのならば最低一つは三級資格があった方がいい。
一つだけなら宇宙航法士三級が必須だろう。
でもボクは今、地上にいる。
まあ重力下での作業機械操作はコロニー重力下で散々やったから問題にならない。
問題になるのは海中だ。
浮力が関わってくると難易度が跳ね上がる。
二度ほどこっちで海中作業をやったけど、バーチャル・リアリティ遠隔操作を使った精密作業ではイヤになるほど疲れてしまった。
正直、深海は宇宙以上に脅威を感じる。
おっと。
レーヴェ先輩が不思議そうな顔でボクを見ている。
慌ててレーザーライフルを取り出す。
さすがに初めて手にするタイプだとマニュアルなしでは扱えない。
左手のリストバンド端末から仮想ウィンドウでマニュアルを表示しながら分解整備をしていく。
簡便化されてるとは思えない造りだ。
それに人を殺せる武器って感じが強いのが正直怖い。
そう。
こいつには人を殺せる明確な意思が感じられる。
レイガンのような玩具みたいな雰囲気がない。
やや苦戦していると、他の皆も各々が選んだ武器で射撃訓練を始めていた。
明らかに皆さん撃ち慣れている。
射撃は一応、環境保全員に必須のスキルとされているけど、大型獣捕獲目的のパラライザーに限った話だと思ってました。
「皆さん、慣れてますよね?」
「うん。君が海や島で訓練している間は父島でやってたからね」
「え?」
「格闘訓練もやってるよ」
「ええ?」
なんということだ。
ここではボクが一番、使えない人員って事?
いや、別に兵士になったつもりもないんだけど。
「必要、なんですか?」
「保険、なんだよねえ」
答えになってない気がする。
「急にボクにも射撃訓練とか、この先必要になりそうなんですか?」
少しだけ踏み込んでみた。
「そうならないで欲しいんだけどねえ」
実に不安を煽る答えが返ってきてしまって答えに窮する。
やっぱりこの人、未来が見えているのだろうか。
射撃の腕が大きく問われるのは何といっても電磁投射ライフルだ。
僅かに重力の影響があるし、狙点固定ができないとそもそも遠距離では当たらない。
つまりある程度の重量が必要になるわけで、そこそこに重たい。
それを軽々と扱うビッグ・ママときたら実に正確な射撃でなんか怖い。
フユカ、ミランダ、パメラは三人揃ってレーザーライフルだ。
三人とも今日からでも殺し屋になれそうだ。
怖いな。
キナ臭さが更に高まっていく。
この違和感は何だろう。
所長は質量共鳴ライフルを試していた。
目標になっている岩塊に照準を向けると、高温が鳴り響いた。
高音のピアノのように空気が震えたかと思うと、岩塊は砂のように崩れ去る。
おっかないなあ。
ボクもレーザーライフルを一通り試してみる。
収束調整ができるタイプで対レーザー装甲にも変調させて効力を出せる高級品だ。
何に使うんだか。
一応、パルスレーザーで射撃を続けるけど、成績は芳しくなかった。
しょうがないよね、こんなの初めてなんだし。
「そろそろ潮時だな」
所長がそう言った所で訓練は終了だった。
「じゃあ最終搬入をやっときます」
スニールさんが手元の端末で何やら操作を始めた。
クルーザーが両方とも宙に浮くと父島方向に戻っていくようだ。
高速艇も一緒にだ。
えっと。
「帰しちゃうんですか?」
思わず声のトーンが上がってしまった。
移動手段がなくなるじゃないですか!
所長に向かって叫んでしまっていた。
「念のためだ」
「何を言ってるんです?」
「思い過ごしであって欲しいがね。これも保険だ」
保険って。
「何事もなければテレポートで戻ればいい。大事にはならんだろうさ」
テレポートって。
ボクには使えませんけど。
「大丈夫。お前さん以外は全員跳べるから問題ない」
それはボクに問題があるって言っているんですか?
顔に出てしまったようだ。
「うん。君もいずれ跳べるようになれるさ」
いや、本当にボクにそんな異能の力があるんだろうか。
最近は色んな体験をしてるけど、益々もって力が本当にあるのか自信がなくなってきた。
仮説の建物には何やら大仰な装置が付いている。
何だろう。
特定範囲フィールドに作用するシールドか何かな気がする。
ここにはよく訳の分からない装置もあったりする。
あの所長の伝手は一体どうなっているのか。
未だに異能力の全容も見えてない。
それ以上に千年以上生きているとか、未だに信じきる事ができなかった。
胡散臭いし。
そもそも、幻覚か何かで誤魔化されている可能性を疑っているのだ。
それ位、あの人達はやりかねない。
ボクだってナノマシンを使ったバーチャル・リアリティ・ゲームもいくつか体験している。
あれとそう変わらない臨揚感なのだから、後付で作り上げたとしても驚きはない。
オカルトであれ魔法であれ、今や科学の産物と見分けがつかなくなっている。
怪しい。
銃を武装ラックに収納すると、またもキャンプの様相になった。
女の子達はビッグ・ママの指揮下で料理をするようだ。
話しかけるタイミングが見出せない。
「君はこっち」
所長とレーヴェ先輩に連れられたのは海だった。
小型の二人乗りホバーが海岸に置いてある。
「じゃあ乗れ。今から行く所がある」
所長の命令でホバーに乗る。
「レオン、後は任せる」
「はい」
そう言い残すとさっさと発進していく。
運転は所長自らがするようだ。
どこに連れて行かれるか心配だが、従うしかない。
遠目に南鳥島を眺めながら、何故か不安な気持ちになっていた。
ホバーがある程度沖に出ると今度は海の中に潜行し始めた。
「え?」
このホバー機は潜水艇の機能はない。
よく見るとホバーの周囲に円形の結界が見えていた。
「周囲に念動でバリヤーを張ってるだけだよ」
所長はそう教えてくれたが、いきなりだとビックリしてしまう。
何でここの人達は後付けでしか説明してくれないのだろう。
不親切なのか。
脅かすのが好きなのか。
「今から旧レアアース採掘場の管制施設に行く。そこの再起動を手伝ってくれ」
「採掘場ですか?古くなっているんじゃ?」
「今も生きている施設だ。眠っている訳じゃないし定期的に手も入れている」
「定期的に、だ。リトル・マムもいる」
リトル・マムは群体型の電子脳だ。
クルーザーから父島のベース基地まで、随所にいる。
そして相互が本体でありバックアップとしても機能しているのだ。
ここのもそうなんだろうか。
ホバーから投射される光が海底の光景を照らしていく。
いきなり切り立った崖になっている場所に到達すると、崖に沿って移動していくようだ。
「この崖の下にレアアース鉱床がある。まあ泥みたいなものだがね」
「そうなんですか」
「今じゃ小惑星資源から得られるからここは用済みだがね」
そう、宇宙ではレアアース資源も小惑星から抽出する事で賄っている。
鉄を始めとした金属資源と一緒にだ。
地球資源は出来るだけ宇宙に持ち込まない。
地球環境の保全の基本の一つだ。
「まさかまだ掘っているんじゃないでしょうね?」
「そんな事はしない。ここは別の用途で使っている。内緒だぞ?」
所長の顔は悪戯小僧のそれだった。
嫌な予感がしていた。




