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結果から言うと、リストに並ぶ骨董屋や美術商たちは、例の石について何も心当たりはない、とのことだった。数日に渡る調査だったが、十分な成果は得られなかったのである。
ただ、彼らの中には高月について何か思うところがあるものもいるらしく、こんな話を聞けた。
「高月さんか…あの人、いつか美術品で痛い目に合うような気がしていたよ」
「どういうことですか?」
と新藤が質問する。
「上手く言えないけれど、買い方に愛がないんだよ。ただ価値があるから買う。そんな感じ。それが気に入ったからとか、美しいと感じたからとか、そういう愛情が一切ないように見えたんだよね。
たぶんさ、美術品を買った後も家の片隅にある一室に放り込んで、そのままなんだろうな。こっちも商売だから何も言えなけれど、できれば美術品を愛してくれる人に買ってほしいと思うよ。あの人の買い方は節操がないから。
本当にそれを必要としている人、愛する人に、行き届かないとしたら、需要と供給のバランスがおかしくなっているというか。あの人を見ていると、世の中の歪みのようなものを感じずにはいられなかったよ」
だから、いつか高月は美術品で痛い目に合う。この男はそう語ったが、新藤は考える。今回の件で、高月は痛い目に合ったのだろうか。もちろん、多少の煩わしさはあったのだろうが、特に愛してもいない美術品を破壊されたことで、彼が痛い目に合った、と言えないような気がした。
もう一人、高月について印象深いことを語る骨董屋の男がいた。
「高月さんを見ていると、現代の猛者とは、あのような人を言うのだと思い知りますね」
「猛者? やはり、ボクシングをやっているのでしょうか?」
と新藤が質問する。
「ボクシング? いえ、そういうことではありません。確かに、かつては腕力が男の価値だったのでしょう。それは、もっと人が死と隣り合わせだった時代のことで、腕力がなければ生き残れなかったし、腕力があれば評価されたのかもしれない。男の価値を決めるものは、獲物を取ってくる力だったり、武功を立てるための力だったり、そういうものだった。
でも、今は違うでしょう? 線の細い人だって社会的に認められる機会は十分にある。高月さんの腕力がどうか、ということは知りませんが、あの人が現代の猛者であることは、確かなことです」
「つまり、経済力ということですか?」
骨董屋の男は頷く。
「あの人は、何でも手に入れられる。何でも叶えられる。かつての時代、力ある王がそうであったように。これは、強さの証明と言えるのではないでしょうか」
骨董屋は最後に目を細めて付け加えた。
「現代では、金が持つ人間が持たない人間から奪うようになっている。それが大事な物であっても、奪われてしまうんですよ」
この骨董屋は、高月に何かを奪われたのだろうか。話を聞いている間、この骨董屋の娘という人物が新藤たちにお茶を出してくれた。
親子で商売をしているのだから、ある意味、幸せの一つを得ているようにも見える。それでも、彼の目は失った何かを悼むような色があるようだった。
「考えられる可能性は、二つだ」
事務所に戻る途中、如月は言った。
「高月は、このリストに載っていない何者から石を得たのか、今回話を聞いた骨董屋と美術商たちの誰かが嘘を吐いているのか。このどちらかだ」
シンプルに考えれば、そういうことになるだろう。
「でも、嘘を吐く必要性があるのでしょうか?」
「それはもちろん、あるだろう。彼らもまともではないルートで美術品を仕入れていることだってあるのだから」
「だとしたら、このリストに載っている人たちが、何か怪しいルートを使って商売していないか、地道に調査するべきなのでしょうか」
「そうかもしれないが、かなり時間がかかりそうだな。もしかしたら、別の角度から事件を見直した方が、有力な情報が得られるかもしれないね」
別の角度とは何か……。
新藤は考え込むが、特に良い案は出てこない。
それで、如月はその別の角度について、何か思い当たるものがあるのか聞いてみよう、と口を開きかけたときのことだった、新藤の携帯端末に、瀬崎有栖から電話があった。
「すみません、新藤さん。会田さん、というお名前に心当たりはありますか?」
「会田さん、ですか? 今回の事件に関係がある人物なのでしょうか?」
「今のところは、たぶんとしか言えませんが…」
新藤は如月のリストを見て、その名前がないことを確認し、自分の記憶の中も漁ってみたが、該当するものはない。その名を如月に伝えると、彼女は首を横に振ったものの、その口元には僅かな微笑みを浮かべた。
「どうやら別角度が、思わぬところから転がってきたみたいだね」




