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幸い文香が新藤たちの仕業ではないことを強く主張してくれたため、警察を呼ばれることはなかったが、それでも高月の疑いが晴れるわけではない。
石の出所は分からないまま、高月邸を出て行かなければならなかった。
「本当にすみませんでした。主人がどこから美術品を仕入れているのか、私も知らなくて…お役に立てそうにありません」
「いえ、大丈夫ですよ。地道に調査することも探偵の仕事なので」
頭を上げる文香に手を振って否定する新藤。だが、その隣でどこか上の空といった表情を見せる瀬崎に気付いた。
「瀬崎さん?」
声をかけると瀬崎は目を瞬かせてから首を横に振った。
「すみません、少しぼんやりしていました」
彼女も慣れない環境で一夜を過ごしたのだから、仕方のないことだ。付き合わせてしまったことを申し訳なく思う新藤だったが、瀬崎は言う。
「また手伝えることがあれな、何でも言ってください。私、頑張りますから」
胸の前で両の拳を握られてしまうと、新藤もなかなか突っぱねることはできなかった。
瀬崎有栖は、新藤たちと別れ、文香の車で自宅の近くまで送ってもらうところだった。
文香の表情は暗い。と言うよりも、フロントガラスへ向けられる視線は、誰かに対する怒りで溢れているようにも見えた。
「あの、先生はこの後、どこかでお休みになられるのですか?」
恐る恐る、瀬崎が聞いてみると、彼女は首を横に振った。
「そうしたいけれど、講義が入っているから、大学に直行かな。瀬崎さんも大学?」
先程の表情とは打って変わり、穏やかな表情を見せた文香に、少しだけ戸惑いながら答える。
「えっと…迷っています」
と何とか笑顔を見せることに成功した。
「さぼったら? 疲れているでしょう。本当にありがとうね」
「私は全然大丈夫です。でも…」
瀬崎は迷ったが、その視線は正直だ。他人の顔色に無頓着な人間だって、何か言いたいことがあるのか、と問いかけるだろう。
しかし、文香は横目でそれを確認しながら、何も言わなかった。
「この辺で大丈夫?」
と文香の声と同時に車が停まる。
「あ、はい。ありがとうございます。また何かあったら、手伝わせてください」
文香の車を見送った後、瀬崎は自宅へ帰り、大学の時間割表を調べる。確かに、文香はこの後に一コマの講義があるようだ。彼女が動き出すとしたら、この後ではないか。
文香は何かを隠している。
たぶん。彼女は、あの人魂らしい物体を見て、何か心当たりがあるような呟きを漏らしていた。何かあったのなら、新藤たちに伝えるべきだ。しかし、彼女は口を閉ざしたまま。自分にも何も打ち明けてくれなかった。
きっと、その何かは事件の核心に迫るものだ。自分の気のせいだったなら、それで良い。でも、その何かがあるとしたら、新藤に伝えなければ。
瀬崎は一度シャワーを浴びてから服を着替える。そして、重たくなった体へ気合を入れ直すように、大きく一呼吸してから家を出た。




