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「どうぞ」
新藤が声をかけると、ゆっくりとドアが開かれた。そして、中を覗き見るように顔を出した人物は…若い女だった。久しぶりの依頼人だ、と肩に力が入っていた新藤と如月だったが、その女性の顔を見て、少しばかり気が抜けてしまった。なぜなら、その女性が何かしらのトラブルを抱えているとは思えなかったからだ。
「こんにちは。また来てしまいました」
と来訪者は笑顔を見せる。
「瀬崎さん」
複雑な感情を抱きながら、新藤は笑顔を見せた。
彼女の名前は瀬崎ありす。
以前、彼女がトラブルに巻き込まれた際、新藤と如月の活躍によって助け出した女子大生である。
彼女はそのときのお礼と言って、差し入れを届けに事務所へ訪れることが頻繁にあった。今日もそのつもりなのだろう。依頼かもしれない、と行き込んでいた新藤と如月からしてみると、思わず肩を落としてしまいそうだった。如月に関してはあからさまに虚しい目を窓の外へ向けている。
「あの…今、大丈夫ですか? 忙しいですよね?」
瀬崎は、二人があまりに不自然な態度だったため、遠慮がちだ。
「忙しいよ。忙しすぎて仕事する気がなくなったくらいだ」
如月が項垂れると、瀬崎は慌てて頭を下げた。
「すみません、忙しいところに押しかけてしまって」
「良いんだよ。如月さんはいつもあんな感じだから。良かったら、ゆっくりして行ってください。お茶でもどうですか?」
そう言って、新藤が席を立ち、来客用のカップなんかを準備し始めると、瀬崎が
「あ、違うんです」
と引き止めた。
「今日は調査の依頼がありまして…」
瀬崎の話は、知り合いが奇妙な現象に悩まされているため、相談に乗って欲しい、というものだった。新藤は相談者である、高月文香の名前を簡単に調べてみると、あることに気が付いた。
「もしかして、相談者の高月文香さんって……高月文也の奥さんじゃないですか?」
「誰、それ」と如月。
「ベンチャー企業の若手社長として有名な人じゃないですか? 経済とか技術系のニュース記事で、よく見る名前ですよ。確かまだ四十代の若さで、すごい稼いでいるんですよね」
著名人の名を見て、やや興奮する新藤だが、如月の関心は薄い。
「あー、そっち系の金持ちね。どうせ鼻持ちならないやつなんだろう? ちょっと成功したからと言って自分の価値感を他人に押し付けて、さらに調子に乗ると世間の判断基準も自分の思い通りにコントロールしようとする、傲慢なやつだ。そんなやつらの対手をする分、相応の料金をもらえるならいいけど……」
悪態を吐く如月だったが、彼女の言葉が途切れると同時に、小動物の呻き声のような音が聞こえてきた。如月が僅かに顔を赤らめながら、腹部を撫でているところを見ると、腹の虫が鳴ったらしい。
「まぁ、背に腹は代えられぬってやつだね。新藤くん、瀬崎さんの話を詳しく聞こうじゃないか」
表情を明るくさせる新藤と瀬崎だったが、続いた言葉はこれだった。
「ただ、手持無沙汰だから、いつもの店でポテトを買ってきてくれ。オモチャ付きのやつね」
如月は祈るように胸の前で手を組むと、目を輝かせた。
「これで私のコレクションが増える。胸が弾むなぁ」




