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錠本は満樹の話を聞いた。

彼は今、フリーの便利屋をやっているそうだ。便利屋と言っても、危険で暗い仕事が専門らしい。そんな彼に一つの依頼が舞い込む。ある町に存在する、奇跡の教会。それを作り出した異能者を探し出し、力を買い取ってきてほしい、というものだった。


「教会の話と場所を聞いたとき、俺はすぐに理解したよ。お前の仕業だって。その力を知っている人間は俺だけだ。やつらは複数の人間にこの仕事を依頼しているみたいだが、俺からしてみると、目の前に大金が入り込んだようなものだったよ」


満樹は既に仕事を終えたような口振りだった。


「断るよ」


そんな彼に、錠本ははっきりと言った。


「……おいおい。何を言っているんだ。もちろん、お前に何割か渡すつもりだぞ? 神父なんかやって、せこく生きる必要もなくなるくらいだ。そもそも、そんな力、あっても使わないだろう」


確かに、能力は殆ど使っていない。しかし、この力を失ってしまったら…。


「大切なものを守っている。だから、渡すわけにはいかない」


「……あの教会か? そんなに思い入れがあるのか」


錠本は苦笑いを浮かべる。どうやら、満樹はこの教会とゆりこの結びつきに気付いていないらしい。そもそも、満樹はゆりこのことを覚えているのだろうか。


「私にとって、命より大切な場所だ。金をいくら積まれても、あれを守る力は渡さない」


満樹の説得は、何十分と続いたが、錠本の頑な態度に、彼は肩をすくめた。


「分かった。今日のところは諦める。他の異能力者でも、いくらかで買い取ってもらえるみたいだからな」


彼は背を向け「また来るよ」とだけ言って、その日は去った。




能力を売れ、と満樹が訪ねてくる日が続いた。


「お前に対して、荒っぽい手段は使いたくないんだ。早く折れてくれよ」


そんなことを言いながら、満樹は帰って行くが、いつになっても、荒っぽい手段を使う素振りはなかった。きっと、満樹も丸くなったのだ。もしかしたら、ゆりこの話をしたら、変な仕事から足を洗うのではないか。


そんなことを考えていると、一通の手紙が錠本の元に届いた。それは、ゆりこからだった。




「亮ちゃん、お久しぶりです。汚い字でごめんなさい。私の体は病魔に蝕まれ、少しずつ字もまともに書けなくなりつつあります。貴方には、色々と話したいこと、報告したいこと、謝りたいこと、感謝したいことが、山のようにありますが、一つ一つまとめる時間は、私に残されていないようです。もしかしたら、この手紙を出して、すぐにこの世を去っている、ということもあるかもしれません。

なので、一つだけ最後のお願いごとだけを、この手紙にしたためたいと思います。


いま、私の兄がありすを妙な団体に売ろうと企んでいるようです。彼女は、私の遺伝子を継いでしまったのか、少し不思議な力を持っています。そういった力を持った人間を売買する団体があるらしく、兄は自分の借金返済のために、ありすに目を付けたみたいです。妙な人間たちに、あの娘が利用されてしまうかもしれない、と想像するだけでも、居ても立っても居られません。しかし、私の体は少しも動かない。


だから、どうか彼女を助けてください。こんなことを頼める人は、亮ちゃんしかいません。自分勝手なお願いだということは理解しているつもりです。だけど、私はどんな手を使っても、あの娘を助けたい。無事でいて欲しい。そのためだったら、恥を忍んで、貴方にこんな手紙を書くこともできます。どうかお願いです。あの娘を助けてください」




手紙の文字は後半になるにつれ、歪んで乱れていた。そして、最後にありすの住所らしき情報が記載されていた。


錠本は手紙を読んで、すぐにゆりこがいるだろう病院を調べ、そこへ向かった。だが、一足遅かったらしく、既に彼女は失われていた。それでも、彼に悲しんでいる時間はない。ありすの元へ向かわねばならなかった。


間一髪。彼は今にも連れ去られそうだったありすを助け、保護することに成功した。彼女の安全を確保した後、錠本は瀬崎博史の元へ向かった。


「瀬崎ありすに手を出すな。約束すれば、命は助ける」


まるで、暗殺者のように闇夜の中、忠告だけを残して、その場を去ろうとした。しかし、瀬崎博史は震えた声で言った。


「お、お前…錠本亮二だな。わ、わかるぞ。お前みたいな、怪しいやつを、うちで匿ってやったのに、その恩を仇で返すのか」


「彼女に何かあったら、また来る」


それだけ言って、今度こそ彼はその場を去った。




改めて、ありすを保護し、追跡もないことを確認した上で、彼女を教会に招待しようと考えた。まずは錠本の住まいに彼女を泊める。一度、安全確認を含め、教会の様子を見に行ったところ、妙にガラの悪い男女二人に出会った。


「ここの教会、何年も扉が閉ざされていると聞いていますが、何か知っていることはありますか?」


きっと、彼らは敵だ。そう判断した錠本は、能力を使って、ガラの悪い男女二人を物置小屋に閉じ込めた。


次の日、ありすを教会に招待した。彼女にとっても、故郷となるこの場所を、少しでも知って欲しかったのだ。錠本は能力を使って、彼女を教会の中に保護すると、町の人と約束があったため、その場を離れた。


しかし、教会に戻るとなぜか錠本の能力が解かれていた。そして、謎の男が彼女を連れ去ろうとしている。錠本はそれを排除しなければならなかった。




ありすと謎の少女が、何者かに追われ、教会から離れて行った。追わなければならない。錠本も走り出そうとしたが、知らない番号から携帯端末に連絡が入った。


「満樹か?」


直感は当たっていた。


「よく分かったな。そっちで何か変わったことはあるか?」


「妙な連中が町で暴れている。君の言う、荒っぽい手段とは、彼らのことか?」


「そうだ。だが、目的はお前じゃない。瀬崎ありす。そんな名前の娘を保護しているだろう?」


錠本は押し黙る。


「なぜ、あんな小娘を保護している? お前の娘なのか?」


その質問に対しても、錠本は黙っていた。


「どうやら正解みたいだな。まぁ、その辺はどうでもいい。それより、俺は取引がしたいんだ」


「どういった取引だ?」


「正直、あの小娘を売ったとしても、大した金額にならなくてね。本命はお前の能力だ。そこで、だ。娘を守りたいなら、お前の能力を売ってくれ。そうすれば、金輪際、お前の娘に手を出さない」


「下衆になったな」


満樹は笑う。


「そうだよな。俺も親友の娘に対し、酷いことはしたくないし、これ以上お前に軽蔑されたくもない。だから、もう一つ条件を用意した」


「なんだ?」


「そっちに、探偵を名乗る男がいないか?」


「探偵?」


「スーツ姿の、ひょろそうな男だが、やけに格闘戦に長けているらしい。それから、中学生くらいのガキを連れている、とか言っていたかな」


「……ああ、さっき会った」


「話が早いな。そいつを殺してほしい、という依頼もあったんだ。もちろん、やってくれれば後始末はする。あの地獄の訓練を受けて育ったお前だ。簡単だろう? 娘を売るか、自分の能力を売るか、よく分からん探偵をやるか。どれかで十分だ。親友だからな、ある程度は選択肢の幅を広げてやりたい」




錠本は電話を切って、町の方へ歩き出す。

ここまで、悪くない人生だった。人を殺す道具として育てられた自分が、誰一人殺すことなく、ここまで生きてこられた。さらに、愛する人もできた。自分にとって、幸福な人生の礎を作ってくれた、その人。彼女との約束を守るためなら、本来の自分に与えられていたはずの役目を果たすことも悪くない。


いや、愛してくれた人のためだけではない。その娘のため。そして、親友のために、錠本は行くのだった。

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