第98話 結婚しろ
剣牙の兵団を拡大する方法。
その方法は常に考え続けていた。
俺はジルボアの後ろに控えるスイベリーに目をやると
「お前、結婚しろ」
と言った。
スイベリーが目を白黒させるのは、なかなかの見ものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の見るところ、剣牙の兵団は街で人気がありすぎる。
当初の計画では、団としての足元が固まり他所の街から依頼があれば出かけて怪物を掃討する、遠征が主体のクランになる筈であったが、剣牙の兵団の団長ジルボアが取り仕切る演出された凱旋式は、すっかり街の市民の娯楽として根付いているし、そこからあがる商人の寄付や、せっかくできた貴族との繋がりを絶ってしまうのは得策ではない。
だから、剣牙の兵団は機能として分割されるべきである。
街を拠点に活動する集団と、遠征を主業とする集団に。
遠征を主業とする集団のリーダーは団長のジルボアに決まっている。
剣牙の兵団は、強い敵と戦うことを求めるジルボアの想いによって支えられているからだ。
そうすると、街を拠点とする集団を支える想いとは何か。
それは、自分の街を守るという意識だ。
「だから、結婚というわけか」
ジルボアは面白そうに言う。
「ああ。それに、団の連中で街娘と、いい仲になってる連中もいるんだろう?
団長にも、街の有力者から婚姻の申し出は来ている。ちがうか?」
「違わないな。だが・・・」
「そう、あんたはまだまだ上に昇りたい。そうだろう?」
ジルボアは笑顔で首肯する。
「あんたについていける奴はついていけばいい。だが、野望の大きさ、出世の望みは人それぞれだ。
街娘に言われて、商人や鍛冶屋の婿になる道だって、決して悪くない、そう思う連中もいるはずだ」
一般的に、冒険者は、街の人間にとって得体のしれない余所者だ。怖ろし気な怪物を狩り、血の付いた武器を振り回す、出自のしれない乱暴者達だ。3等街区にある治安の悪いギルドの周辺でたむろし、街の外に出て周辺の素泊まり宿でその日暮らしをしているムサくて汚い連中である。
現代の感覚で言うと、ドヤ街を寝ぐらにする民兵のようなイメージだろうか。
年頃の娘を持つ親は、決して周辺に近寄らないよう厳しく躾けている。
収入だって危険のわりに高くない。もし娘が冒険者の婿など連れて来ようものなら別れさせた上で叩き出す。
それが街の上品な市民の普通の感覚というものだ。
だが、剣牙の兵団ほどの一流クランともなれば、評価は逆転する。
物語の英雄のような力量を持ち、輝く武器と上等な魔法に祝福された装備を身に纏い、頑健な身体と鍛えられた油断のない物腰は街中の市民では決して持ちえない資質である。
さらに収入も多い。給与は銀貨で受け取り、大商人や貴族からの様々な付け届けもある。
そうなれば、身分が知れないのも欠点にはならない。むしろ、普通の市民からすると貴族の出自などない分、引け目なく婿に迎えられるというものである。
唯一の懸念であった怖ろし気な印象も、街を守ってくれる英雄と見れば、それは頼もしさへと転化する。
端的に言うと、剣牙の兵団の連中は、今、人生最高潮にモテているのである。
「結婚して、街に残りたい連中も増えてるんだろ?」
俺はジルボアに問う。
ジルボアが視線を後ろに向けると、スイベリーが背を伸ばして答える。
「申し訳ありません、団長。自分の教育不足です」
「つまり、結婚して街に残りたい奴は別集団にした方がいい。先のことを考えると、なおさらだ。
結婚して街に残るリーダーはスイベリーが適当だろう。
だから、お前、結婚しろ」
言い終わると、俺は何かを期待したように頬を染めた街娘が淹れた茶を飲んで、一息ついた。
これで、数日もしないうちにスイベリーに街の市民達から結婚の申し込みが殺到することだろう。
本日には22:00にも更新できそうです。




