第91話 守護の靴
「・・・それでは、もっとも勇敢であった戦士に「守護の靴」を授けます」
夕闇が迫る中、篝火で照らされ、居並ぶ勇敢な戦士達。
台車に掲げられた怖ろし気な怪物の首。
その列を前に、静かに、水面を渡るように涼やかに薄い長衣を纏い、古代王族のような額冠を纏った若い女が、ゆるゆると進んでくる。
先程までの喧騒を忘れたように息を呑んで見つめる群衆達の前で、女は両手に掲げた見るからに特別な祝福を受けた靴を、最も勇敢であったとして称えられた戦士の前で立ち止まると、その足に手ずから履かせてやる。
勇敢な戦士は、名誉のあまり興奮して赤くなり、そして叫ぶ。
「俺は、女神の祝福を授かった!剣牙の兵団に栄光を!!」
居並ぶ戦士達は、一斉に盾を叩き、足を踏み鳴らして唱和する。
「「剣牙の兵団に栄光を!!」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この世界初の「株式会社」の設立後、30日の間、俺はひたすら走り回った。
先行して注文していた100足の納品をクワン工房から受けた。
納品された靴の品質をチェックする方法論が確立していなかったため、1人で2日かかってチェックした。
ゴルゴゴ工房の内装を改築し、20人が作業できるだけのスペースを確保した。
立ち上げた工房の人員を採用し、初歩的な教育を始めた。
最初の教育は、工房のゴミ捨てと清掃からだったが。
そうしておいて、革通りの各工房から各部品の供給体制を整えた。
併せて各種治具の注文も行った。
株主達の顔合わせは終わっていたが、実務者たちの会議は別に必要だったので、
俺、サラ、ゴルゴゴ、アンヌ、キリクで定期の会議体を立ち上げた。
一番の議論になったのは、新しい靴の名前だった。
俺は合成靴という機能性を表したネーミングが気に入っていたのだが
アンヌは「もっと高そうな名前がいい」と猛反対し、キリクも「もっと格好いい名前がいい」と反対した。
すったもんだの末、「守護の靴」「魔法の靴」「冒険者の靴」が候補に残り、ジルボアやグールジンの意見を容れて「守護の靴」に最終的に決定した。
そうして、プロモーション活動の一環である剣牙の兵団の凱旋式で「守護の靴」は、初めて一般の人間の前にデビューすることとなったのだ。
この世界では、貴族でも見たことのない「世界初の野外イベントにおける演出された画期的製品のコマーシャル」は、居並ぶ聴衆を完全に魅了したようだった。
割れるような聴衆の歓声と拍手の嵐の中、俺は改めて、アンヌの手腕と広告宣伝活動の成功を確信していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ケンジ、また注文が来てるぞ」
「・・・ああ、わかってる」
アンヌが手掛け、剣牙の兵団と組んだ広告宣伝活動の効果と反響は凄まじく、一流クランの冒険者達からはもちろんのこと、流行モノ贈答に使いたい大商人、やんごとなき方々からの夜会のファッション用としてまで、注文票が山と積まれていた。
ジルボアやアンヌ達、貴族や上流階級の生態をよく知っている人間から事前のアドバイスを受けていたので、初期出荷分は、その手の特別な連中向けの断れない依頼だと踏んでいた。
それらの注文靴は全て特別なカスタマイズ製品である。
もちろん、機能性は一般靴と変わらない。ただ、爪先に使用する爬虫類系の皮が、無意味に小竜であったり、滑り止めの金具が真銀であったり、靴紐の飾りに宝石がついていたり、靴を赤や白などに染め上げられただけである。
それでも、左右別の足型、アーチ構造の靴裏、柔らかいインナー、足首を抑えるベロと靴紐、踝まで固定する長さ、足裏の衝撃を吸収する靴底など、高い機能は同じであった。
そうして、どの「守護の靴」にも必ず、剣牙の兵団の意匠からヒントを得た、盾に剣と牙を省略したデザインの焼き印が入ることになっているのだ。
靴販売の立ち上がりは、まず順調と言って良かった。
本日の22:00投稿は遅れるかもしれません。




