第385話 手を動かすだけで
手を動かし始めてすぐに、新人官吏達の面々はクラウディオの興奮した所以を共有することになった。
なにしろ、今まで誰も考えたこともなく経験もない新しい計画というものが、各人が手を動かしているだけで完成していくのだ。
そして、誰かが何かを注意すると、板切れを並び替えたり、加えたりすることで計画が精緻化されていく。
「なんだ、これ」
少しだけ実家の開発計画などについて聞いたことのあるロドルフに、その困惑は殊更に大きかった。
複雑な計画の立案という知的作業は、経験を積み重ねた父と文官のような人間が頭の中で立てるものであり、下のものはそれに従う、というのが常識だったからだ。
今、新人官吏達は、この世界で最初の、視覚化されたボトムアップ型のプロジェクト・マネジメントという手法の一部を体験している。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんか・・・できちゃったな・・・」
「ああ、これで、いいのかな・・・」
手を動かし、議論をすること数時間。
途中から卓上に並べることを諦め、椅子を片付けて床一面に並べられた板切れを見つつ、新人官吏達は呆然としていた。
並び終えて見れば、膨大な作業量に目がくらむほどだ。
だが、本当に驚くべきは、その膨大な作業量を伴う計画を、新人官吏達が半日もせずに立てられたことである。
計画とは、1ヶ月単位で立てるもの、と考えていたロドルフや聖職者達は、その速度に頭を殴られたようなショックを受けていた。
「こんなにたくさんのこと、やれるんでしょうか・・・」
とシオンが不安をこぼした。
とは言え、陽は沈んで外は暗くなり、板切れの字も読みにくくなってきた。
「とりあえず、続きは明日にしましょうか」
クラウディオの言葉に、慣れない知的作業に疲労の溜まった残りの者達も同意した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あー・・・そうだよね、ご飯終わっちゃってるよねえ・・・」
いつもなら工房の終業時刻に合わせて、職人と手伝いに来ている家族と一緒に温かいスープを食べられたのだが、サラが工房の方に戻った時は、すっかり片付けられた後だった。
工房には人がおらず、事務所にチラチラと小さな灯りが見えているだけで、ガランとしていた。
自分は家族と一緒に食べる、というシオンと別れ、事務所に向かいながらサラは口の中でつぶやいていた。
「家族とご飯、か・・・」
ケンジはまだ仕事をしているだろうか。そう思いつつ事務所の扉を開けると、温められたスープの匂いが、サラの鼻孔を直撃した。
「おう、遅かったな。スープの残りで良かったらあるぞ」
ケンジの目線に従って部屋の角を見ると、壁に細い筒が刺さった薄い金属製の小さな樽のようなものがあり、中で小さな炎が揺らめいているのが見える。樽の上には深めの片手鍋が置いてあって、そこに食欲を刺激する匂いはそこから漂ってきている。
「知り合いに作ってもらったんだ。工房はレンガ作りだが、火事になったらまずいからな。ちょっとしたものを温められて、煙は外に出るようにしてある」
ケンジは鉄の小さな樽に何やら説明していたが、大事なことは夜に温かいスープを食べられることだ。
「パンは・・・固くなってるな。仕方ない。茶もいれるか」
ケンジがパン、器、匙、杯を2人分を事務所の小さな卓に並べだしたのを見て、サラが訝しんだ。
「あれ、何で2人分なの?ケンジはもう食べたんでしょ?」
「仕事が忙しかったんでな。いいから一緒に食おうぜ」
そう早口で言いつつ、サラと視線を合わせず器にスープを鍋からよそう。
「そうね、お腹と背中がくっついちゃいそうだもの!」
サラは口の端に笑みが浮かぶのを抑えられず、笑顔で席についた。
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